響け!ユーフォニアム 第七回 「なきむしサクソフォン」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第七回 「なきむしサクソフォン

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 武本康弘

 

(プロローグ)

 

滝「今年はオーディションを行うことにしたいと思います」

卓也「課題曲、自由曲の譜面とCDもらってきた」

葵「オーディション、頑張りなよ!!」

久美子「えっ!?」

 

OP

 

〇北宇治高校、外観~校内情景

 

音楽室から基礎練習の音が聞こえている。

 

〇音楽室

 

晴香が基礎練習の指揮を執っている。

 

晴香「少し音が安定していないので、各自気を付けて」

部員たち「はいっ」

晴香「自分の耳で、自分の音と周りの音、ちゃんと確認しながら外さないように」

部員たち「はいっ」

晴香「じゃ、5分休憩。トイレ行く人は急いで」

 

休憩中の部員たち。トイレへ行ったり、チューニングしたり、おしゃべりしたり。

 

岡「ヒロネがずっとこっち向いてる……」

喜多村「噓っ、チューニングずれてるのかな?」

井上「ペンある?」

釜屋「はい」

井上「ありがとう」

 

久美子「(ナレ)試験も終わり、コンクールに向けての練習がいよいよ本格的になってきた。後日行われるオーディションに備え、各自コンクールで演奏する曲をひたすら練習する」

 

平尾「あ、葵先輩、塾ですか?」

葵「うん、ごめんね。(晴香に向かって)じゃあ、あとよろしく」

晴香「ぁあ……、うん」

 

久美子、出ていく葵と残された晴香を見やる。晴香の表情が曇る。

 

タイトル 第八回 「なきむしサクソフォン

 

〇校舎外観

 

『三日月の舞』の演奏が聞こえてくる。

 

〇音楽室

 

滝が手をたたいて演奏を止める。

 

滝「田邊くん。出だしのロール、フォルテピアノですが、アクセントをもっと大げさにください」

田邊「はいっ!」

滝「良い返事ですけど、ズボンのファスナーが開いてます」

田邊「えぇ!?」

部員たち「ははは」

滝「では、頭からもう一度」

 

〇廊下

 

練習が終わり、挨拶を終えた野口、田浦ら部員たちがでてくる。

 

部員たち「(OFF)ありがとうございました」

 

〇音楽室

 

部屋から出ようとする香織に、優子が駆け寄る。

 

優子「先ぱぁい♡」

香織「ぁ」

優子「今日は一緒に帰っていいですか?」

香織「うん、いいよ」

優子「やったぁ」

 

優子がソロパートの練習をしている麗奈に気づき、眉をひそめる。

 

優子「ん……」

香織「どうしたの?」

優子「高坂さんですよ。これ、ソロパートのところじゃないですか。香織先輩がいるのに……」

香織「1年がソロの練習しちゃいけないって決まりはないでしょ?……前にも言ったけど、無視とか嫌がらせとかしてないよね?」

優子「……してませんよ。(麗奈に)高坂さん」

麗奈「はい」

優子「練習、終わりよ。片付けて」

麗奈「分かりました」

香織「ほら、素直じゃない」

優子「ん……」

 

香織、沈んだ表情で出て行く晴香に気づく。

 

優子「どうしたんですか?香織先輩」

香織「ごめん、やっぱり先に帰ってて」

優子「ぇえ~っ」

 

〇廊下~音楽室

 

片づけの情景、久美子が最後の机を音楽室に運び込む。

 

久美子「よっと」

緑輝「これで終わりですね」

久美子「うん」

葉月「あれ、雨降りそう」

緑輝「緑は雨も好きですよ」

夏紀「ねぇ」

久美子「あ、はい」

夏紀「そこの椅子、どこかに戻しておいてくれる?」

久美子「あ、ホントだ。倉庫ですかね?(と、夏紀がケースを背負っているのに気付き)あ……、持って帰るんですか?」

夏紀「うん。たまにはね」

久美子「ぁぁ……(と、頬が上気する)」

優子「そこ、邪魔なんですけど?」

夏紀「よけてけばいいでしょ?」

優子「むっ、ごめんあそばせ!(わざとぶつかって出ていく)」

夏紀「うぁ、おい、なにすんの!?(無視する優子に)ふんっ……」

梨子「前からああなの。犬猿の仲なんだよねぇ」

久美子「はぁ……」

 

〇倉庫

 

久美子が椅子を持って倉庫に近づくと、中から香織と晴香の声が聞こえてくる。

 

香織「葵、言ってたもんね」

久美子「葵?」

晴香「うん。あと少し、コンクールまでは頑張らないっ?て言って、とりあえず保留になってはいるんだけど」

香織「頑固な所あるからね、葵。あすかには言ったの?」

晴香「うん……。受験なんだし、辞めたい人ムリに続けさせても良くないんじゃない、って」

久美子「(ハッとする)」

香織「あすからしいね」

久美子「辞める?葵ちゃんが?」

 

宇治神社

 

手水所の屋根の下、雨宿りをする久美子。秀一がやってきて並ぶ。

 

秀一「おい」

久美子「ん、あぁ秀一か」

秀一「ここらへんでお金がかからず雨宿りできそうな所って言ったら、ここくらいだもんな。……さっきさ、聞いたんだろ?葵先輩の話」

久美子「えっ?」

秀一「黙っていた訳じゃないぞ。俺も一昨日、トロンボーンの先輩から聞いたのが初めてだし」

久美子「そっか……。何で今なんだろうね?コンクール終われば、3年生部活終わりなのに……。どう思う?」

秀一「あー……」

久美子「なんか知ってるの?」

秀一「あぁ、いや、あくまで先輩の推測なんだけど、去年のことがあるんじゃないかって」

久美子「去年って、今の2年生がたくさん辞めたって話?」

秀一「うん……」

 

〇北宇治予備校

 

外観~講義を受けている葵。

 

久美子「(OFF)でも、あれって葵ちゃんの上の代と下の代が衝突したって話でしょ?」

秀一「(OFF)そりゃ直接は関係ないけどさ。でも、あいだに挟まれていた訳だから、色々あったんじゃないのか?」

 

宇治神社・手水所

 

久美子と秀一の話が続く。

 

秀一「だからどの先輩も、あんまり話したがらないんだよ。去年のこと」

 

久美子「(ナレ)まるで、夏を飛び越えて秋になってしまったかの様な……」

 

〇夜のコンビニ前

 

傘をさして歩く葵。店頭に貼られた吹奏楽コンクールのポスターをちらりと見て、立ち去る。

 

久美子「(ナレ)少し冷たい空気を感じながら。それでもわたしは、葵ちゃんが辞めるはずないと、どこかで楽観していたのだ。だけど……」

 

〇校舎外観

 

雨が降り続くなか、練習の音が聞こえる。



〇音楽室

 

合奏練習をする部員たち。

 

久美子「(ナレ)その瞬間は翌日、唐突に訪れた」

 

滝「(譜面台を叩き)今のところ、サックスだけでもう一度。オーボエソロ前まで」

部員たち「はい」

滝「1、2、3……」

 

サックスパートの演奏。滝がそれを中断させて言う。

 

滝「粒が荒いです。もっとなめらかに音を繋げられませんか?そして穏やかにオーボエを迎え入れてください」

部員たち「はい」

滝「テナーサックス、出だしがブレてます。1人ずつ、斎藤さん……」

葵「はい……」

滝「3……」

 

葵が演奏するが、微妙な空気。

 

滝「もう一度……。(葵が演奏しないので)どうしました?」

晴香「葵……」

滝「分かりました。斎藤葵さん」

葵「はい」

滝「今の所いつまでに出来るようになりますか?」

葵「……」

滝「残念ながらコンクールは待ってはくれません。いつまでにと目標を決めて、課題をクリアてゆく。そうやってレベルを高めて行かないと、良い演奏はできません。分かりますか?」

葵「はい」

滝「ここは美しいハーモニーで旋律を支えなければいけません。今、テナーサックスのあなただけが音を濁しています。受験勉強が忙しいのは分かります。が、同時にあなたはコンクールを控えた吹奏楽部員でもあるのです。もう一度聞きます。いつまでに出来るようになりますか?」

葵「先生」

滝「なんですか?」

葵「(顔をあげて)わたし、部活辞めます」

部員たち「えぇっ(ざわめき)」

晴香「はっ……」

滝「……理由はありますか?」

葵「今のまま部活を続けたら、志望校には行けないと思うからです。前から悩んでいたんですが、これからもっと練習が長くなることを考えると、続けるのは無理です」

滝「そうですか。分かりました。後で職員室に来てください」

葵「はい(立ち上がり、退室する)」

森田「斎藤先輩、辞めないでください……」

岡本「葵、待ちなよ」

部員たち「(ざわめき)」

久美子「ぁ……」

岡「晴香ぁ」

 

久美子が立ち上がり、葵を追って音楽室から出てゆく。

 

葉月「久美子……」

滝「……(ため息をつく)」

 

〇廊下

 

葵を追いかける久美子を、晴香が追い抜く。

 

久美子「葵ちゃん……」

晴香「葵!」

久美子「あっ……」

晴香「本当に辞めるの?」

葵「前に話したでしょ?高校は受験失敗したから、大学は志望校に絶対受かりたいの」

晴香「練習きついんだったら、別にコンクール出なくてもいいから……」

葵「最初はそのつもりだった。でも今は……、今の部は去年までとは違うでしょう?」

晴香「……」

葵「サンフェスの時に思った。滝先生だけじゃなく、みんな本気だって。コンクール、金賞取るつもりで頑張ってるって。わたし、そこまで出来ない。わたし、のうのうと全国目指すなんて出来ない。去年、あの子たち辞めるの止められなかったのに、そんなこと出来ない」

晴香「……っ」

葵「ちょうど良かったんだよ。どっちにしろ受験勉強しなきゃいけないのは本当なんだし、これでスッキリする(と、背を向ける)」

久美子「葵ちゃん」

葵「(振り返り)オーディション、頑張りなよ。じゃぁね」

 

葵が立ち去り、久美子と晴香が残される。

 

晴香「やっぱり……。わたしが部長なんて無理だったんだ。あすかが部長だったら……、そしたらこんな事にはならなかったのに」

久美子「そんな事……」

晴香「いいよ、最初から分かってたから。みんなそう思ってる。あすかじゃなくて、どうしてわたしが部長なんだって」

久美子「思ってないですよ、そんな事。小笠原先輩だってすごい所、いっぱいあるじゃないですか」

晴香「じゃあそれを言ってみてよ!」

久美子「え、えぇと、気配りできるし、優しいし……」

晴香「他には?」

久美子「ぁ、その、後輩にちゃんと挨拶してくれるし、たまに差し入れも入れてくれて優しいし」

晴香「優しいしか無いじゃない !優しいなんて、他にほめる所が無いひとに言うセリフでしょ?わたし分かってるんだから!」

久美子「……すいません」

晴香「……(息を吞む)」

あすか「謝らなくていいよ」

久美子「ぁ……」

あすか「なに後輩にグチグチ絡んでるのよ。あんたはヘビか?」

晴香「絡んでない!何で来たの?」

あすか「あんまり遅くて、みんな心配してるから。黄前ちゃんは先に音楽室に戻ってて」

久美子「はい……」

あすか「ほら、涙ふいて(とハンカチを差し出す)」

晴香「(ハンカチを奪い)自分でできる!」

あすか「だめだよぉその情緒不安定な所、直さないと。前にも香織に言われたでしょ?部長は堂々として怖がられ……」

晴香「だったら、あすかが部長をやればいいでしょ!」

あすか&久美子「はっ」

晴香「あすかが断ったから、わたしがやらなきゃいけない事になったんだよ?あすか……」

あすか「だったら、(ふっと笑い)だったら晴香も断れば良かったんだよ」

晴香「っ……」

久美子「ぁ……」

あすか「違う?」

晴香「……(言葉が出ず、うつむく)」

 

CM(トランペットパート)

 

〇校舎外観

 

雨が降り続いている。

 

〇校舎内

 

校舎内で練習をしている部員たち(香織、加瀬と高久、みぞれ)の姿。

 

〇職員室

 

人気のない職員室で、葵の退部届に目を落とす滝。

 

〇廊下

 

硬い表情で歩いてくる葵。

 

〇晴香の家(外観~晴香の部屋)

 

雨の情景~ベッドの上で外を見ている晴香。

 

〇校舎外観

 

雨が降り続いている。

 

〇音楽室

 

休みの晴香に代わり、あすかがチューニングの指示をしている。

 

あすか「はいっ(と止め)。ユーフォ、いま吹いてた?」

夏紀「はい」

久美子「ぁ……、すみません」

あすか「何で?チューニングは必要ないの?」

久美子「いえ……」

あすか「じゃあ、ちゃんと吹いて」

久美子「はい……」

 

〇校舎外観

 

降り続く雨。『三日月の舞』合奏が聞こえている。

 

〇音楽室

 

滝が手をたたき、合奏を中断させる。

 

滝「204小節目から、低音パートだけでもう一度」

部員たち「はいっ」

滝「3。……(演奏を聞いて)黄前さん」

久美子「ぅぇ」

滝「何かもたついていませんか?さっきからずっと音を取りこぼしています。ちゃんと集中してください」

久美子「はい……」

 

〇廊下

 

練習が終わる様子。

 

滝「(OFF)では、今日はこれまでにします」

部員たち「(OFF)ありがとうございました」

 

〇教室(低音パート)

 

合奏練習が終わり、ぐったりの久美子。葉月たちが慰めている。

 

久美子「あぁ、疲れた……」

葉月「大丈夫?あんなに怒られてる久美子、初めて見た」

久美子「厄日だね。はは……」

緑輝「音楽は一度奏でられると消え、2度と取り戻せないといいますよ。常にそのつもりで演奏しないと」

久美子「うん……」

夏紀「あんまり気にしてもしょうがないって」

梨子「葵先輩の事でしょ?」

夏紀「受験だったんだし、仕方ないよ」

久美子「はぁ……」

緑輝「やっぱり気になってたんですか?」

葉月「幼馴染だもんね」

久美子「……あの、夏紀先輩」

夏紀「ん?」

 

〇楽器室

 

緑のコンバスを運んできた久美子と夏紀、楽器室にそれを置く。

 

久美子&夏紀「しょっ、しょっと……よっと」

緑輝「ありがとうございます」

夏紀「去年の事かぁ。色々あったからねぇ」

葉月「先輩はどうして部に残ったんですか?」

夏紀「んー、まぁやる気が無かったからかな。でも、その時はそれが良いと思ってたんだよ」

葉月「思ってたんですか?」

夏紀「ほら、吹奏楽ってサッカーみたいに点数で勝ち負けがはっきり決まらないじゃん?コンクールもあくまで決めるのは審査員だし……」

久美子「はぁ」

夏紀「そんなはっきりしない評価に振り回されるのって、本来の音楽の楽しさとは違うんじゃないかって、やる気の無かった先輩たちは言っててさ。わたしもそう思っていた訳。でも、それって結局キツイ練習したくないための言い訳だったんだよね」

久美子「そうなんですか?」

 

〇(回想)教室内(去年の低音パート)

 

雑談している上級生たちの前に座る夏紀と梨子。そこにフルートを持った部員ら1年生がやって来る。

 

夏紀「(OFF)うん。だってうちらの同級生が真面目にやろうって言ってきた時、その人たち無視したんだよ。まるでその子たちがいないかのようにふるまって……」

 

〇楽器室

 

夏紀の話が続く。

 

夏紀「いなくなるまで、ずっと続けて」

緑輝「ひどい。ひどすぎます」

夏紀「でも、それに意見できる人はいなかった訳よ。相手は先輩だったし、怖かったしさ」

 

〇通学路

 

1人下校する香織。

 

夏紀「(OFF)それでも香織先輩や葵先輩は頑張ってた。無視には加担しないで、互いの話を聞いて、間を取り持とうとして……」

 

〇晴香の部屋

 

ベッドの上で外を見ている晴香。

 

緑輝「(OFF)でも、辞めてしまったんですね」

 

〇予備校

 

講義を受けている葵。シャーペンのサックス君を見つめる。

 

夏紀「(OFF)うん。晴香先輩も、葵先輩も、香織先輩も、多分思ってるよ。あの子たちが辞めるの止められていたら今頃って」

 

〇楽器室

 

4人の会話が続く。

 

夏紀「思ってないのは、あすか先輩くらいじゃない?」

久美子「あすか先輩が?」

夏紀「あの人は去年、どっちにも加担しなかった。どこまでも中立。今とまったく変わらず」

久美子「はぁ……」

夏紀「ま、そのくらい去年と今年の空気は違うってこと。あれだけやる気が無かったわたしが、ちょっとやる気になってる位だからね」

久美子「無視……か」

 

〇教室(トランペットパート)

 

優子が入って来るが、香織の姿が見えない。

 

優子「あれっ、香織先輩は?」

笠野「帰ったよ」

優子「えーっ、またぁ?」

 

〇晴香の家(玄関)

 

チャイムが鳴り、ドアを開ける晴香。傘を差した香織が紙袋を差し出す。

 

晴香「はい?……あ、香織?」

香織「おいも」

 

ハンバーガーショップ

 

寄り道する3人。久美子は本降りの窓の外を見ている。

 

緑輝「よいしょっ、と。(ポテトの載ったトレーを置く)」

葉月「帰ったらご飯じゃないの?」

緑輝「ご飯は別腹ですから。良かったらポテトどうぞぉ」

葉月「でも、去年入学じゃなくてよかったなぁ。あんなんだったら、辞めてたかも」

緑輝「緑は続けてたかもしれませんね。音楽、好きなので」

 

〇(回想)楽器室(中学時代)

 

先輩に詰められる久美子。

 

先輩「わたし、あなたのこと認めないから……」

久美子「えっ……」

 

ハンバーガーショップ

 

会話が続く。窓の外を見ている久美子に緑輝

 

緑輝「久美子ちゃん?」

久美子「えっ、ぁごめん」

 

〇晴香の部屋

 

焼き芋を食べながら話す晴香と香織。

 

香織「はむっ……、うん」

晴香「なんでこの時期に芋なの?」

香織「食べたかったの芋。牛乳で。合うでしょ?」

晴香「一応、吹奏楽部のマドンナなんだよ」

香織「マドンナだって、芋が好きなの」

晴香「(フッと笑う)」

香織「はむっ、んー……」

晴香「練習はあすかが?」

香織「副部長だからね。滞りなく完璧に」

晴香「だよね」

香織「でもね……」

晴香「ん?」

香織「でもね、わたしそれを見て思った。あすかは部長を断ったんじゃなくて、引き受けられなかったんだなぁって」

晴香「……そうかな?」

香織「多分、あの状態の部を引き受けるのは、相当な勇気が必要で……。あすかは頭が良いから、そういうの全部計算しちゃって、引き受けられなかったんじゃないかなぁ」

晴香「……それって、わたしが馬鹿ってこと?」

香織「おぉ、そうか」

晴香「そうかぁ?」

香織「うふふ、違うよ。それだけ勇気があったってこと。そしてそのことを、少なくとも上級生はみんな分かってる」

晴香「……ぅう」

香織「あの時、晴香が部長を引き受けてくれたから、今の部があるんだって」

晴香「……それは滝先生のおかげだよ」

香織「そう?わたしは晴香のおかげだと思ってるけど」

晴香「……なにそれ?あすか派のくせに」

香織「ふふ。カッコイイからねぇ。演奏者としてあそこまで切り捨てて演奏に集中出来たらって思っちゃう」

晴香「浮気者ぉ」

香織「ふふっ」

晴香「でも、何か分かるよ。なんだかんだ言って、私もいつも気にしてるもん、あすかのこと(と香織の牛乳を飲む)」

 

京阪電車外観~車内

 

下校途中の久美子と葉月が、お腹をさすりながら話している。

 

葉月「うう、つられてポテト食べ過ぎたぁ」

久美子「Lサイズ同じ値段って、罠だよね」

アナウンス「黄檗黄檗です。電車とホームの間が開いています。お降りのお客様はお足もとにご注意ください」

久美子「あ……」

葉月「あ……。さて、じゃあ降りますか」

久美子「うん」

葉月「久美子」

久美子「ん?」

葉月「あんまり力になれないかもだけど、話したいことあったらいつでも話してよ。聞くからさっ(と笑う)」

久美子「(笑顔になって)……ありがと」

葉月「どういたしまして。じゃね」

久美子「うん、また明日」

 

黄檗駅ホーム

 

電車から降りる葉月が、秀一とぶつかる。

 

葉月「うわっ」

秀一「おっと、悪い。(電車に乗り込み、久美子に)よっ」

 

ドアが閉まり、走り出す電車。葉月が頬を染めて、秀一を見送る。

 

京阪電車・車内

 

並んで座る久美子と秀一。

 

秀一「やっぱり部長、昨日のことが有ったから休んでるみたいだって」

久美子「あすか先輩は何も言ってなかったけど?」

秀一「もし部長が辞めたら、田中先輩が部長になるのかなぁ?」

久美子「む……、辞めないよ。変なこと言わないでよ」

秀一「仮にだよ。……俺さ」

久美子「ん?」

秀一「実は田中先輩、苦手でさ」

久美子「あすか先輩が?良い先輩じゃない?」

秀一「あー、まぁそうなんだけど。完璧すぎるっていうか、どこまで演技で、どこから本気なのか全然分からないっていうか。いや、久美子にこんなこと言ったら怒られるかも知れないけど」

久美子「うぅん、分かる気がする」

 

〇あすかの家

 

自室で譜面を見つめるあすか。

 

久美子「(OFF)あすか先輩って、見てる所が全然違うっていうか……」

 

京阪電車・車内

 

久美子と秀一、ふと横に座っている麗奈に気付く。

 

秀一「うわぁ」

久美子「うわっ、……いつの間に」

秀一「何か用か?」

麗奈「別に……」

久美子「ぁぁ……」

秀一「ぁぁ……」



〇校舎外観

 

すっかり晴れわたった空~校舎外観。

 

〇音楽室

 

部員たちの前で話す晴香。

 

晴香「昨日は休んでしまって、すみませんでした。体調も戻ったので、今日からまた頑張ります」

部員たち「(拍手)」

晴香「拍手する所じゃないって……」

あすか「これからは皆勤賞で頼むよ。わたしは楽器とたわむれる為にここにいるんだから」

晴香「わかってるよ。じゃぁ、チューニングB♭」

 

鳥塚のクラリネットに合わせてチューニングする部員たち。晴香、葵が座っていたはずの空席を見やる。

 

〇(回想)夜の街角

 

雨上がりの街角。立ち尽くす晴香に、葵が手を振る。

 

晴香「(OFF)本当に辞めるの?」

葵「(OFF)今から戻る訳にはいかないよ」

 

〇(回想)ファミレス・店内

 

晴香と葵が話している。

 

葵「辞めて分かったの。こうするしかなかったんだなぁ、って」

晴香「葵……」

葵「やっぱりわたし、そこまで吹部好きじゃなかったんだよ」

晴香「ぅ(うつむく)……」

葵「晴香はどう?」

晴香「えっ?う、うん、私は……」

 

〇(回想)夜の街角

 

立ち去る葵の背中を見つめる晴香。

 

晴香「わたしは……、多分……」

 

〇音楽室

 

チューニングを終える部員たち。

 

晴香「はい。じゃぁ次……」

 

〇校舎外観

 

基礎練習の音が聞こえてくる。

 

久美子「(ナレ)葵ちゃんのいない吹奏楽部は、新たなスタートを切った。そして……」

 

〇1-3教室

 

昼休み。お昼を食べようとする久美子たち。久美子のお弁当箱の中には玉子焼き、タマゴサラダ、煮卵、たまのりふりかけ。

 

久美子「おぉ!やったぁ卵尽くし」

緑輝「(鼻歌)ふんふんふん……ん?(と、葉月の様子に気付く)」

葉月「ねえ、久美子……」

久美子「ん?」

緑輝「(ハッとする)」

葉月「久美子ってさ、トロンボーンの塚本と付き合ってんの?」

久美子「はい?」

 

玉子焼きを落っことす久美子。

 

久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED

響け!ユーフォニアム 第八回 「おまつりトライアングル」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第八回 「おまつりトライアングル」

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 藤田春香

 

〇1-3教室内

 

昼休みの教室。久美子たちがお弁当を前にして、秀一の事を話している。

 

葉月「だから、塚本と付き合ってんの?って」

久美子「付き合ってる?塚本?つか……うわあぁっ、秀一の事!?」

緑輝「どうなんですか?」

久美子「いや、付き合ってないけど」

緑輝「本当に?」

久美子「うん」

緑輝「よかったぁ」

久美子「いや、待って。なんでそんな話になってるの?」

葉月「いや、ほら2人ちょくちょく一緒に帰ってるみたいだったからさぁ」

緑輝「緑、安心しました。葉月ちゃん、行きましょう!」

葉月「待ってよ!だから昨日も言ったけど、わたし別に塚本が好きだとかって言うんじゃなくって」

久美子「好き……、秀一を?葉月ちゃんが!?」

葉月「(慌てて)しーっ」

久美子「「あ、ごめん(口を押える)」

葉月「だから、違うって言ってるじゃんかぁ」

緑輝「でも、気にはなるんですよね?」

葉月「ま、まぁ、ちょっとだけ」

緑輝「あがた祭り……」

葉月「えっ?」

緑輝「一緒に行きたいなぁ、なんて思ってたりしてませんか?」

葉月「まぁ、ちょっとはね……。(緑を見て)のわぁ!」

緑輝「(手でハートマークを作り)恋ですよ!」

葉月「なんでそんなに積極的なんだよぉ……」

緑輝「それはもちろん、全ての音楽は恋から始まるからです。愛と死は音楽にとって永遠のテーマ。全ての曲はそのために有ると言っても過言ではないのですよ、葉月ちゃん」

葉月「なんか、論点が微妙にずれてない?」

緑輝「さあ、行きましょう!」

葉月「わぁ、待って待って……」

 

久美子「(ナレ)あがた祭りというのは毎年6月5日に行われるお祭りで、この時期になるとなんとなくみんながソワソワし始めたりする……」

 

〇音楽室

 

優子が香織に話しかける。低音パートでは久美子たちも盛り上がる。

 

久美子「(ナレ)こんな感じで」

 

優子「香織先輩!」

香織「……?」

優子「あの、もし良かったらあがた祭り……」

香織「ごめん。あすかと晴香と一緒に行こうって言ってて」

優子「えぇー……」

夏紀「邪魔だってさ」

優子「うっさい!」

久美子「へー、緑ちゃん妹さんと行くんだ」

緑輝「はい、毎年そうなんです」

久美子「へぇ、仲良いんだね」

葉月「ぁ……(こちらを見る秀一に気づいて)」

秀一「ん……(と、目をそらす)」

 

麗奈がその様子を見ながら、席につく。

 

OP

 

〇教室内(低音パート)

 

パート練習の場でもあがた祭りの話題でもちきり。

 

夏紀「わたしはクラスの友達と行って、後は流れみたいな感じかな」

緑輝「梨子先輩は誰と行くんですか?」

梨子「ぇ……」

夏紀「決まってんじゃん。後藤でしょ?」

梨子「ちょっ、夏紀ぃ」

久美子「えっ?」

緑輝「先輩、それってもしかして恋ですか?」

夏紀「恋もなにも、こいつら付き合ってるよ?」

梨子「夏紀!」

緑輝「興味、しんしんですっ!!(とキラキラ)」

梨子「ちょっと待って。だから付き合ってるというか、付き合ってないというか……」

卓也「(むせて)……付き合ってないのか、俺たち……」

梨子「ああ、そうじゃなくて……。ほら、秘密にしとこうって話してたでしょ?」

あすか「何なに、公式発表?とうとう言っちゃう?」

卓也「なんでそこだけ入ってくるんですか」

あすか「だって。みんな知ってるのに、じれったいんだもん」

葉月「あすか先輩は彼氏とかいないんですか?」

あすか「いる訳ないでしょ?わたしの恋人はユーフォ・ニ・アムさん、ただ一人!」

夏紀「黄前ちゃんは誰と行くの?」

久美子「わたしですか?……あんまり人ごみ好きじゃないからなぁ。家の近くがもう屋台の通りで、あんまり有難みも感じないし……」

夏紀「黄前ちゃんって、そういうトコ冷めてるよね」

久美子「え、そうですか?」

梨子「葉月ちゃんは誰と?」

葉月「えっ、わたし?」

緑輝「あぁ、葉月ちゃんは……(葉月にチョップされ)痛ぁ……」

葉月「まだ決めてなくて。はは、あはは」

久美子「お祭りかぁ」

 

タイトル 第八回 「おまつりトライアングル」

 

〇音楽室

 

合奏練習する部員たち。滝が演奏を止める。

 

滝「みなさん、前にも話したはずですよ。この部分は何を表現しているんですか?……田中さん」

あすか「はいっ。(大げさな身振りで)地球を離れただ1人、遠い星に旅立つ。その旅路を祝福する様に、月が舞っている場面です!ちなみに作曲者は、子供の頃から1人で夜空を見るのが大好きで……」

滝「そこまでで結構ですよ」

部員たち「(笑い声)」

滝「今の田中さんの舞はなかなかのものでした。あのように自由奔放に、恥ずかしげもなく。ここの音は軽やかに、そして勇ましく。分かりますね」

部員たち「はいっ」

 

久美子が楽譜に書き込む。それを見てあすかが話しかける。

 

あすか「黄前ちゃん、そこ苦しんでる?」

久美子「はい……」

あすか「ここ、替え指でいったほうが良いかもよ」

久美子「ありがとうございます」

 

久美子を見ていた秀一、ふと横を見ると麗奈と目が合う。

 

滝「それでは次、ベルリンBの頭。クラリネットから行きましょう……」

 

宇治駅

 

電車から降りてくる久美子に秀一が声を掛ける。

 

久美子「(運指を確認しながら)うーん、と……」

秀一「よっ」

久美子「(気づかず)こうか……、そして……(小突かれ)った!」

秀一「無視すんなよ」

 

宇治川沿いの道

 

連れ立って帰る2人。運指の確認をする久美子に秀一が尋ねる。

 

秀一「どっか引っかかってんのか?」

久美子「うん、まあね……」

秀一「俺も。トロンボーン人数多いし、頑張らないとオーディションやばそうで……」

 

宇治川沿いのベンチ

 

秀一がトロンボーンの練習をしている。久美子がベンチに座りそれを聞いている。

 

秀一「どう思う?」

久美子「うーん、トロンボーンの1年、3人だっけ?」

秀一「(久美子の横に座り)うん、福井と赤松。ユーフォは……、全員行けそうだよな」

久美子「人、少ないしね。でも、滝先生って実力なかったら平気で落としそうな気がするし、気は抜けないよ」

秀一「なんかさ、まじで全国行けたりしてな。ここの吹部に入ってまだ2ヶ月位だけどさ、最近そんな気がしてきた」

久美子「そんな甘くないよ」

秀一「でも、前よりは絶対上手くなってるって」

久美子「うん。でも、もっと上手くなりたいね」

秀一「そうだ、じゃぁ今度一緒にここで練習するか」

久美子「えー、ユーフォ重いし、やだ」

秀一「なんだよ。……お前さ、5日って何してんの?」

久美子「5日?普通に部活」

秀一「その後だよ。あがた祭り……、一緒に行かね?(顔が赤い)」

久美子「は?何で?」

秀一「……いいや。考えといて、じゃあな(と、立ち去る)」

久美子「(ナレ)それは全く予想もしていなかった事で、わたしの思考回路は思いっきり混線してしまった」

久美子「なんだよ……」

 

〇久美子のマンション・外観

 

雨が降っている情景。

 

〇通学風景

 

傘をさして登校する久美子~電車内の久美子~歩く久美子の背

 

〇北宇治高校

 

正門前の通学風景

 

〇1-3教室

 

久美子、席で悶々と相関図を描いている。

 

久美子「(整理すると、葉月ちゃんは秀一をあがた祭りに誘いたくって、秀一はあがた祭りに……。なるほど)」

 

〇(空想)1-3教室

 

葉月が緑に泣きついている。

 

葉月「えぇーん、緑ぃ」

緑輝「この嘘つき!何故そうならそうと先に教えてくれなかったのですか?」

久美子「違うの、違うのぉ!」

秀一「そうだ、久美子は悪くない(きりっ)」

久美子「お前は出てくんな!」

 

〇1-3教室

 

現実に戻り、困惑する久美子。前方で葉月が緑と話している。

 

久美子「えー、これはまた厄介な……」

緑輝「「本当ですか?それはもう行くしかないです。飛べー、走れー、告白しろーです」

葉月「いやー、でも勘違いかもしれないしさ」

緑輝「そんなことありません!ねえ久美子ちゃん」

久美子「えぇ?」

緑輝「葉月ちゃんったら、この間塚本君と目が合っ……」

葉月「ちょーっ、もぅサファイア!!止めて!」

緑輝「あぁ、サファイアはいけませんよ。反則です!」

久美子「秀一と?」

葉月「いや、でも偶然かもだしさ」

緑輝「偶然なんてありません。必然なんです。運命なんですよ!ね、久美子ちゃん」

久美子「うぇ!?あ……、うん」

緑輝「さあ、オーディエンスも曲が始まるのを待っています。ステージへ行きましょう(と葉月を連れ出そうとする)」

葉月「え、待ってまって。自分のタイミング、自分のタイミングで行くから」

 

〇音楽室

 

考え込む久美子。前方で赤松と話す秀一と目が合ってしまう。

 

久美子「どうすればいいんだ……。(秀一と目が合い)やばっ」

秀一「(音楽室から出て行く久美子を見て)赤松、ごめん俺ちょっと」

葉月「(出ていく秀一を目で追い)よし、……いくか」



〇手洗い場

 

手洗い場の前でため息をつく久美子に、秀一が声を掛ける。

 

久美子「(ため息)はぁ……。(秀一に気付き)っぇえ」

秀一「あ、いた」

久美子「何?」

秀一「そっちこそ何?さっき、合図しただろ」

久美子「わたしが?してないよ」

秀一「しただろ。こっち見てから1人で外でて……」

久美子「なんでそれが合図になるんだよ……」

秀一「普通そう思うだろ?っていうか、あがた祭り……」

久美子「うわあ、ぁ、あれね……」

秀一「……予定あった?」

 

久美子、ドアを開けて出てきた少女の手をとっさに掴む。

 

久美子「ごめん。わたし、この子と行くことにしてて……」

秀一「えっ……、高坂と?」

久美子「えっ……、はっ」

 

久美子、掴んだ手が麗奈のものだったことに気付く。葉月がそこにやって来る。

 

葉月「塚本……(久美子を見てうなづく)」

久美子「はっ……(1歩さがる)」

葉月「ちょっと話があるんだけど、いい?」

秀一「ぇ、いま、久美子と話してるんだけど……」

久美子「行ってきなよ!行ってきなよ、秀一」

秀一「……行っていいのかよ」

久美子「……うんっ」

秀一「あっ、そ……」

久美子「うん……」

 

立ち去る秀一を追いかける葉月。残された久美子、握る手に力がこもる。麗奈がそんな久美子の横顔を見つめる。

 

〇下足室

 

雨が上がった夕方。久美子が下駄箱の前で浮かない顔をしている。落としたローファーの向きを揃えようとしたとき、麗奈がやってくる。

 

久美子「(しゃがみ込み)うーん」

麗奈「ねえ、何時にどこ集合?」

久美子「……」

麗奈「お祭り、行くんでしょ?」

 

CM(トロンボーンパート)

 

〇1-3教室

 

美知恵が生徒たちに向け注意をしている。

 

美知恵「もう1度言っておくぞ。祭りといえども高校生らしく楽しむこと。分かったな!」

 

久美子「(ナレ)という美知恵先生のしつこい注意と……」

 

〇音楽室

 

滝が部員たちに話をしている。

 

滝「では、本日の練習はこれまでにします」

部員たち「ありがとうございました」

 

久美子「(ナレ)お祭りの熱でどこか浮ついた練習が終わると……」

 

久美子の前方で、みぞれが優子に向かって首を横に振っている。

 

〇縣神社周辺

 

祭りの情景、制服で買い食いをしているホルンパート。

 

久美子「(ナレ)夕暮れとともに、賑やかな祭りの時間がやってくる」

 

宇治川沿いのベンチ

 

座っている卓也のもとに、浴衣姿の梨子がやってくる。

 

梨子「後藤くん、お待たせ」

卓也「ぅん……」

梨子「どうかな?」

卓也「(耳を赤くして)かわいい」

梨子「……ありがと」

 

〇屋台通り

 

屋台の情景。くじ引きのあすか、香織、晴香。射的の夏紀、優子、加部。

 

〇JR宇治駅

 

妹の琥珀を連れた緑が葉月の髪型を整える。

 

緑輝「うん。OKです、葉月ちゃん」

葉月「本当?変じゃない?」

緑輝「超かわいいです」

葉月「私服でスカートはくの、ほぼ初めてなんだけど……。ん?(緑そっくりの琥珀に服を掴まれ)ガーン、緑だ。すごい再現率」

緑輝「よく言われます」

葉月「名前、なんだっけ」

琥珀「こはく……」

緑輝「葉月ちゃんだよ。こんばんは、は?」

琥珀「……こんばんは」

葉月「うひゃー、やばいね。こんばんは!」

琥珀「みどりちゃん、おまつり……」

葉月「早く行きたいかぁ」

緑輝「じゃあ、緑たちは行きますかね」

葉月「うん」

緑輝「ねえ葉月ちゃん、今日メチャクチャかわいいですよ!ね、琥珀

琥珀「ちょーかわいい」

葉月「そ?」

緑輝「最高です」

葉月「サンキュ。じゃあね」

緑輝「また明日」

葉月「(手を振り)いってらっしゃーい。(見送り、空を見上げた後)フーーーーっ」

 

と、腹式呼吸をしている葉月のもとに秀一がやってくる。

 

秀一「加藤!」

葉月「ぅう」

秀一「悪い、遅れた」

葉月「おう……」

 

宇治神社参道

 

久美子がTシャツに短パンというラフな格好に、ユーフォを背負って階段を上ってくる。下を向いて息を切らす久美子に、麗奈が声を掛ける。

 

久美子「なんで……ユーフォ、持ってこなくちゃいけないんだぁ……」

麗奈「10分遅刻」

久美子「ん?……わっ」

 

久美子が顔をあげると、白いワンピースを着た麗奈が立っている。

 

麗奈「何?」

久美子「やっ、かわいくてビックリした(と、自分の足元を見やる)」

麗奈「(照れて)……、行こっ」

久美子「え、どこ行くの?」

麗奈「大吉山。登るの」

久美子「なんで?」

麗奈「何となく。楽器は交替で持つから」

 

歩き始めた麗奈の背中を見つめる久美子、ついて歩き始める。

 

久美子「(ナレ)高坂さんの真っ白いワンピースと、少しひんやりとした青い空気に見とれて、わたしの頭の中は雪女のお話でいっぱいになった」

 

〇さわらびの道

 

登山口に向けて歩いて行く麗奈と久美子。

 

久美子「(ナレ)不安を感じながらもその美しさに惹かれ、命を落としてしまう気持ちというのは、こういう物なんだろう」

 

麗奈、宇治上神社の前に差し掛かり、久美子に尋ねる。

 

麗奈「どっちが好き?」

久美子「え?」

麗奈「さっきの神社と、こっちの神社」

久美子「……」

麗奈「わたしはこっちの方が好き。渋くて大人な感じがする。分かんない?」

久美子「ねぇ」

麗奈「何?」

久美子「こういう事、よくするの?」

麗奈「こういう事って?」

久美子「いきなり山に登ったりとか」

麗奈「わたしを何だと思ってんの?する訳ないでしょ」

久美子「だよねぇ」

麗奈「でも、たまにこういう事したくなるの。制服着て、学校行って、部活行って、家戻って……。なんかたまに、そういうの全部捨てて、18切符でどっか旅立ちたくなる」

久美子「それはちょっと分かる気がする」

麗奈「これはその旅代わりみたいなもん」

久美子「ずいぶんスケール小っちゃくなっちゃったね」

麗奈「それは仕方ない。明日、学校だし」

久美子「ぇ……」

麗奈「「早く」

 

〇大吉山・登山道

 

麗奈と久美子、暗くなり始めた登山道を登る。麗奈が立ち止まって、久美子に言う。

 

麗奈「交替」

久美子「え?」

麗奈「楽器」

久美子「いいよ、これ重いし」

麗奈「駄目。そういうのちゃんとしないと気が済まないから(と髪をしばる)」

久美子「じゃぁ……」

麗奈「(ユーフォを持って)重っ……っしょ」

久美子「何かあれだね」

麗奈「何?」

久美子「その白ワンピースにユーフォ持たせてるの、背徳感がすごい」

麗奈「何で?」

 

麗奈のサンダルのストラップが、かかとに食い込んでいるのを見て。

 

久美子「足、痛くないの?」

麗奈「痛い。でも、痛いの嫌いじゃないし」

久美子「何それ、なんかエロい……」

麗奈「……変態」

久美子「あははは……」

 

〇縣神社

 

参拝するあすか、香織、晴香の3人。香織がお祈りを口に出す。

 

香織「オーディション、うまく行きますように」

あすか「そんなのお祈りしても上手くはならないよ」

晴香「それはそうだけど」

あすか「楽器も音楽も、全部自分次第でどうにでもなるのに、神様に頼むなんてもったいないよ」

香織「それもそうだね」

 

あすか、屋台通りを男子と歩く葉月のすがたを見つけて。

 

あすか「ん?あれ、加藤ちゃんじゃない?なに彼氏?やったぜ加藤ちゃんかよ」

晴香「追いかけちゃ駄目だよ。見なかったふり。ね」

あすか「分かってるぅ」

 

宇治川沿いのベンチ

 

秀一と葉月が座っている。

 

葉月「やっと座れたね……。あぁ、たこ焼き。ちょっと冷めてるけど」

秀一「サンキュ」

葉月「わたし、男子とあがた祭り来んの、初めてだ」

秀一「俺も初めて。あんま、こういうの慣れてないし。……加藤さ、チューバ上手くいってる?この間持って帰ってたよな?」

葉月「塚本、わたしさ、塚本のことが好きなんだけど……」

秀一「(むせて)ぶっ……、げほ。ぁあ、うん。いや、おう」

葉月「何、その反応?」

秀一「いや、びっくりして」

葉月「で、返事は」

秀一「(組んだ掌を見つめて)……ごめん」

葉月「(絞り出すように)……そっか」

 

宇治川の情景。水面に映る灯り、ゆったり流れる宇治川の流れ。

葉月、両手を挙げて宣誓。

 

葉月「よしっ、分かった。わたしが久美子との間、取り持つわ」

秀一「いや、あいつとはそんなんじゃないし……」

葉月「もしかして、自覚なしってやつ?」

秀一「ホントに違うんだって、マジで」

葉月「チューバは……、チューバは陰で支えるのが仕事なのだよ、塚本君(と、笑う)」

秀一「(つられて)……はははは」

 

〇大吉山・登山道

 

すっかり暗くなった登山道を麗奈のスマホが照らす。

 

久美子「(びっくりして)ぅわっ……」

麗奈「アプリ。暗いと思って入れといた」

久美子「あ、へぇ……」

麗奈「わたし本当はさぁ、前から思ってたの。久美子と遊んでみたいなぁって」

久美子「えぇ!?」

麗奈「久美子って性格悪いでしょ」

久美子「あ……、もしかしてそれ悪口?」

麗奈「ほめ言葉。中3のコンクールの時、『本気で全国行けると思ってたの?』って聞いたんだよ?性格悪いでしょ」

久美子「いや、あれは純粋に気になったから。……っていうか、やっぱりそれ悪口」

麗奈「違う。これは、愛の告白」

久美子「……どう考えても、違うでしょ」

麗奈「でもわたし、久美子のそういうところ気になってたの、前から。好きっていうか、親切な良い子の顔して、でも本当はどこか冷めてて。だから良い子ちゃんの皮、ペリペリってめくりたいなぁって」

久美子「それは、どういう……」

麗奈「分かんないかなぁ、わたしの愛が」

久美子「高坂さんねじれてるよ……」

 

〇大吉山・展望台

 

麗奈と久美子が展望台に到着する。2人の前面に宇治の夜景が広がる。

 

麗奈「着いた」

久美子「(安堵のため息ひとつ、夜景に気づいて息を吞む)はー。……はっ」

麗奈「綺麗だね(と先へ進む)」

久美子「……うん。(と麗奈に続き)高坂さんはこれが見たかったの?」

麗奈「……見たかったっていうと、ちょっと違うけど。他人と違うことがしたかったの。」

久美子「わぁ、地面が星空みたいだ……。あ、あれお祭りの灯りかなぁ」

麗奈「そんなに塚本が気になる?」

久美子「へっ?そんな訳ないじゃん。そんなんじゃないし……」

麗奈「「ふーん、そんなんじゃないんだ」

久美子「ぅん」

麗奈「ねえ、お祭りの日に山に登るなんて馬鹿な事、他の人たちはしないよね」

久美子「……うん、まぁ」

麗奈「久美子なら分かってくれると思って」

 

〇(インサート)仲良し女子のイメージ。

 

お揃いのシュシュ、LINEの画面、ピースサイン、廊下でのダベり。

 

麗奈「(OFF)わたし、興味ない人とは無理に仲良くなろうと思わない。誰かと同じで安心するなんて、馬鹿げている。当たり前に出来上がってる人の流れに、抵抗したいの」

 

〇大吉山・展望台

 

麗奈と久美子の話が続く。

 

麗奈「全部は難しいけど、でも分かるでしょ?そういう意味不明な気持ち」

久美子「……うん、わかるよ。高坂さんの気持……」

 

麗奈の指先が、まっすぐ久美子の額に触れる。夜景を背にした麗奈のワンピースが風になびく。久美子は麗奈から目をそらすことができない。

 

麗奈「……麗奈」

久美子「……麗奈」

麗奈「わたし、特別になりたいの。他の奴らと同じになりたくない」

 

麗奈の指先が久美子の額から鼻筋、鼻筋から唇へと撫でるように動いて、離れる。

 

麗奈「だから、わたしはトランペットをやってる。特別になるために」

 

久美子「(ナレ)吸い込まれそうだった。わたしは今、この時なら命を落としても構わないと思った」

 

久美子「トランペットやったら、特別になれるの?」

麗奈「なれる。もっと練習して、もっと上手くなれば、もっと特別になれる。自分は特別だと思ってるだけのやつじゃない。本物の特別になる。(と、久美子を見て笑い出す)ふふっ、ふふふふっ。やっぱり久美子は性格悪い」

 

ED

 

〇展望台のベンチ

 

サンダルとスニーカーを脱いで演奏準備をする麗奈と久美子。

 

麗奈「準備できた?」

久美子「できたよ。何やるの?」

麗奈「中3の時やったやつ。送別会の」

久美子「あれ?」

麗奈「好きなの」

久美子「……分かった」

 

2人だけの合奏が始まる。奥華子『愛を見つけた場所』。

 

〇(インサート)屋台通り

 

祭りの情景(緑と琥珀、夏紀・優子・加部、卓也と梨子、あすかたちの横で美知恵と滝から逃げるホルンパートたち)。

 

〇(インサート)宇治橋

 

1人で歩く葉月、緑と琥珀がやってくる。強がる葉月に何かを察する緑。泣き出す葉月に抱きつく緑と琥珀。葉月、たまらず笑ってしまう。

 

〇展望台のベンチ

 

麗奈と久美子の合奏が、静かに終わる。

 

久美子「(ナレ)こうして、まるで夢でも見ているような不思議な時間は過ぎて……」

 

〇音楽室

 

生徒たちの前に立つ滝が、オーディションのスタートを告げる。

 

久美子「(ナレ)そしてまた……」

 

滝「では、オーディションを始めます」

 

久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」

 

つづく





響け!ユーフォニアム 第九回 「おねがいオーディション」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第九回 「おねがいオーディション」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 北之原孝



(プロローグ)

 

秀一「ユーフォは……、全員行けそうだよな」

久美子「人、少ないしね。でも滝先生って実力なかったら平気で落としそうな気がするし、気は抜けないよ」

 

OP

 

〇北宇治高校・正門

 

下校の情景。『三日月の舞』の合奏練習が聞こえている。

 

〇音楽室

 

合奏練習の情景。夏服に衣替えして合奏練習に臨む生徒たち。

 

久美子「(ナレ)あがた祭りも終わり、1面、白になった練習風景にも慣れてきたころ、オーディションが近づいた部の空気は……」

 

滝「Cの頭、タンバリンロールにアクセントをください」

田邊「はいっ」

 

久美子「(ナレ)より緊張感を増していた」

 

滝「(練習が終わり)今、注意した点を重点的に、パート練習を進めてください」

部員たち「はいっ」

鳥塚「先生、クラなんですけど……」

滝「はい、このあと来てください」

姫神「フルートもお願いします」

滝「はい」

 

〇校内

 

練習する部員たち(トランペットパート、パーカッションパート、サックスパート、香織と優子、ホルンパート、秀一、フルートパート、クラリネットパート、一人練習する麗奈)。

 

久美子「(ナレ)各パートは、自分たちのパートが足を引っ張らないようにと、練習に熱がこもり、個人練では楽譜とにらめっこしている時間が次第に増え、それぞれが自分の目指すところだけを見つめ、不安に追い立てられるように練習を続けていく。そんな中……」

 

〇教室(低音パート)

 

低音パートのパート練習。あすかが、緑に注意している。

 

あすか「コンバス、弱い!」

緑輝「ぁ、……はい」

あすか「さっきからどうしたの?サファイア川島」

緑輝「ぁ……、川島緑ですぅ……」

 

久美子「(ナレ)緑ちゃんは落ち込んでいた」

 

タイトル 第九回 「おねがいオーディション」

 

〇校舎外観

 

雨が降っている。

 

〇教室(低音パート)

 

全員で、お互いの演奏の感想を言い合う部員たち。

 

あすか「夏紀、注意されたところ、まだ弱いよ。怖がって吹かないで、一発で強く音を狙って」

夏紀「はい」

梨子「葉月ちゃんは鳴らすことにばかり意識が行ってて、音が雑になってるよ」

葉月「はい」

卓也「黄前さん……音、良くなったよな」

久美子「え?」

あすか「確かにね。真面目で面白みに欠けてたのが、味わい染み出てきた。何かあったのぉ?」

久美子「良く分からないですけど」

夏紀「……」

あすか「まあ、それにわたしはコクとまろやかさも加わった料亭の味だけどね」

卓也「何の話ですか……」

 

久美子、反応の薄い夏紀を見やる。夏紀、それに気づいて笑って見せる。

 

久美子「……?」

夏紀「……、ふっ」

あすか「それより、サファイア川島」

緑輝「ぁはいっ」

あすか「今の気の抜けた演奏は何よ?罰として、これガタガタだから新しい譜面台持ってくる!」

緑輝「ぁ、はい……(と、教室から出ていく)」

卓也「そんなにガタガタですか、それ?」

あすか「そんな訳ないでしょ。黄前ちゃん、サファイア川島、何があったの?」

久美子「え!?あー、いやぁ……、その……」

夏紀「あったぽいね」

久美子「あったっていうか……」

葉月「あのー、……実は、わたしが祭りの時に失恋しまして……」

久美子「葉月ちゃん!」

葉月「いいの、いいの。もう終わったことだし」

夏紀「何、相手は部内?」

葉月「それは勘弁してくださいよぉ。で、緑その時わたしの背中を押してくれてたから……」

梨子「失恋の責任感じちゃってるのかぁ」

葉月「気にしなくていいって、言ったんですけどね」

あすか「どうでもいい。(椅子をガタガタ)正直、超どうでもいい。超々超々どうでもいい」

久美子「正直すぎま……(夏紀が久美子の口を塞ぐ)」

あすか「個人練、行ってくる」

梨子「行ってらっしゃいませっ」

あすか「私情で練習できなくなってる様な奴に、構ってる暇ない(と、出て行く)」

卓也「……怒ってたな」

久美子「え、あすか先輩ですか?」

梨子「あぁ、怖かった」

夏紀「あすか先輩は、練習時間削られるのが一番キライだからね」

葉月「(こそっと)久美子。帰りなんだけどさ、時間いいかな?」

 

〇住宅街の公園

 

公園の久美子たち。ブランコに座る緑の頭を、葉月がチョップする。

 

葉月「チョップ!」

緑輝「痛っ!」

葉月「チョップ、チョップ、チョップ、チョップ、チョップ、チョップ」

緑輝「痛っ、痛っ、痛っ、痛っ、痛っ、痛っ」

久美子「葉月ちゃん……」

葉月「いつまでウジウジしてるの?もういいって言ったでしょ?」

緑輝「ですが……、緑があんな事を言わなければ。はあぁ、あの時を止めたい。愛と死以外にも歌はあるのですぅ……」

葉月「なんの話?とにかく、わたしこうなって良かったって思ってるからさ」

緑輝「でも」

葉月「ほら、ああいうのって、1人だとどうしても勇気がなくてずっと悩んじゃうでしょ?だから背中を押されて良かったよ。時間かけても結果は同じだった気がするし。久美子もそう思うでしょ?」

久美子「えっ!?あぁ、うん、それはなんとも……」

葉月「ほら、だからもう気にしないで。わたし本心でそう思ってるから」

緑輝「……(涙目)」

葉月「(声色を変えて)緑ちゃん、おれジョージくん。元気だして(と、コンバスのキーホルダーを差し出す)」

緑輝「葉月ちゃん……」

葉月「元気出して、緑ちゃん。(声色戻って)これも好きなんでしょ?」

緑輝「もちろんです。死ぬほど集めてます」

葉月「さ、行こ?」

 

緑、キーホルダーを握りしめて笑顔を見せる。

 

六地蔵駅

 

上下線の電車に分かれて手を振る久美子、葉月と緑。

 

京阪電車・車内

 

走る電車の車内で、葉月が久美子に話している。

 

葉月「ありがとね、協力してくれて」

久美子「えぇ、あ、ううん。緑ちゃん落ち込んでいると、わたしも何かつらいし」

葉月「でも、ちょっと複雑だったでしょ?微妙に当事者っていうか、そういう所あったし」

久美子「ぁあ、いやっ、むしろわたしが悪かったかなって」

葉月「え?」

久美子「なんとなくだけど……、ていうか、なんか……ごめん。だから……」

葉月「悪いって言ったら、わたしの方が悪いよ」

久美子「ないよ……」

葉月「ある。だってわたし、緑に話したらきっと緑が背中押してくれるかもって思ってたし。それに久美子も気ぃ弱いところがあるから、わたしが先に話したら引いてくれるかもって。……ごめんね。わたし、最悪な女だよね」

久美子「そんなこと……、え?ちょっと待って、引くってわたしが秀一からってこと?」

葉月「うん」

久美子「それってわたしが秀一を好きってこと?」

葉月「そうでしょ。だって、わたしが学校で塚本に声かけたとき、嫌そうな顔をしてたよ?」

久美子「あ、いやいやいやっ、あれは好きっていうより、友だちがとられちゃうかも……的なヤツだよ」

葉月「こっちも無自覚かぁ」

久美子「本当!本当だって」

葉月「ま、その時になったら言ってよ。協力してあげるから」

 

電車が黄檗駅に着き、降りようとした葉月が何かに気付いて別の扉から降りる。

 

葉月「じゃね」

久美子「ぁあ……、(乗り込んできた秀一に気付いて)ぁ……」

秀一「よぉ……」

久美子「……」

 

〇パン屋の店先

 

葉月、秀一がいつも買い食いしているフランクデニッシュを買って出てくる。

 

店員「(OFF)ありがとうございました」

葉月「(一気に頬張り)あむ……。あむ、あむ、あむ……。うまぁ(と笑う)」

 

京阪電車・車内

 

扉をはさんで離れて座る久美子と秀一。



〇久美子の家

 

外観~久美子の部屋。ベッドにうつぶせの久美子。目に付いたサボテンに話しかけていると、麻美子が入ってくる。

 

久美子「(声色変えて)わたしと秀一はそんなんじゃないんです。秀一はただの幼馴染でっていうか、そういう……」

麻美子「それ何なの?怖いんだけど」

久美子「だから、勝手に開けないでよ」

麻美子「顧問、変わったって聞いたよ」

久美子「えっ、なんでお姉ちゃんが知ってるの?」

麻美子「吹部だった友達が言ってた。強いところの顧問やってた人の息子らしいじゃん。知ってる人の間じゃ、結構うわさになってるってさ」

久美子「そうなの?」

麻美子「今にその先生目当てで入部してくる子とか、出てきたりしてね」

久美子「そんなに?」

麻美子「いや、知らないけど」

久美子「てか、いつまで居んの?」

麻美子「はいはい、もう帰りますよっと(立ち上がり、出ていく)」

久美子「滝先生、すごいのか……ま、確かに。あっ(と、思い出す)」

 

〇(回想)サンフェス会場

 

梓が久美子に話す。

 

梓「北宇治って言えば、ほら、高坂麗奈

久美子「えっ?」

梓「あの子ってさ、立華の推薦蹴って北宇治行ったって聞いたよ」

 

〇(回想)宇治川沿いの石段

 

秀一と久美子に抗議する麗奈。

 

麗奈「言っとくけど、滝先生すごい人だから!馬鹿にしたら許さないから!」

 

〇久美子の家

 

ベッドの久美子、スマホの着信音に気付く。緑からのメール「まだ起きてますか?」。

 

久美子「ん……、緑ちゃん?」

 

(時間経過)電話する久美子と緑。

 

緑輝「(通話)夜分遅くにすいません」

久美子「ううん、どしたの?」

緑輝「(通話)葉月ちゃん、あの後どうだったのかなって思いまして」

久美子「ああ……」

緑輝「(通話)やっぱり落ち込んでましたよね。明るく振る舞っているけど、きっと落ち込んでいるんじゃないかって」

久美子「うん……、そうだと思う。でも、葉月ちゃん、無理にでも元気で話してたいんじゃないかな」

緑輝「(通話)え?」

久美子「葉月ちゃん、元気でいたいんだよ。いつも通りでいたいんだと思う。だから緑ちゃんもわたしも、いつも通りがいいよ。……あれ?もしもーし」

緑輝「(通話)(微かに笑って)久美子ちゃん、ちょっと変わりましたよね」

久美子「えっ、そうかな?」

緑輝「(通話)はい。ちょっと大人っぽくなった気がします」

久美子「……なに、それ?」

緑輝「(通話)緑はそんな久美子ちゃん、好きですよ」

久美子「ははは、ありがと。なんか照れるね」

 

久美子「(ナレ)多分それは、あの麗奈との夜があったからで……」

 

〇コンビニ前

 

朝のコンビニ、1人でガチャガチャを回す緑。

 

久美子「(ナレ)自分でも処理しきれないような、意味不明な気持ちと闘いながら、どんどん前に進もうとする麗奈の姿に……」

 

宇治駅ホーム

 

入ってくる電車を待つ久美子、ホームを見ると、離れたところに立つ秀一が目に入る。

 

久美子「(ナレ)わたしは感動したんだ……。秀一とはまだ話せないままだけど……」

 

〇北宇治高校・正門

 

登校する生徒たち。

 

〇1-3教室

 

緑が葉月にチューバ君のストラップを差し出す。

 

葉月「何、これ?」

緑輝「チュパカブラだヨ」

葉月「チュパカブラじゃなくてチューバ君じゃん」

 

緑が葉月のカバンにチューバ君のストラップをくくりつける。

 

葉月「ぉ、駄目だよ。これ、ずっと緑が欲しがってたやつでしょ?」

緑輝「違います。これはチュパカブラです」

葉月「緑って、ホント頑固だよね、もうっ」

緑輝「(チューバ君を名残惜しんで)ぁあ……」

葉月「もう駄目だよ。これ、チュパカブラだから」

緑輝「あぁ……、そうです。その子はチュパカブラですぅ……」

 

〇渡り廊下

 

香織がソロパートの練習をしている。晴香がそこに近づく。

 

晴香「おぉ、すごい!高いところの音、安定してる。難しいんでしょ?」

香織「あすかにこのまえ言われたからかな、神だのみしても意味ないって」

晴香「そっか」

香織「わたしね、去年の事があったから、もめごととかが無い様にって、それだけちゃんと出来ればいいって思ってた。でも、わたし3年生なんだよね。これで最後なんだよね」

晴香「……うん」

香織「3年間やってきたんだもん、最後は吹きたい。自分の吹きたい所を、思いっきり」

晴香「……じゃぁ、駄目だった時はお芋、買ってあげる」

香織「夏だよ?」

晴香「だから、わたしが探し回らなくてもすむ様にして」

香織「(フッと笑って)変な励ましかた……」

 

急に雨が降り出し、2人が慌てる。

 

晴香「わっ、降ってきた」

香織「さすが部長」

晴香「わたし?」

 

〇廊下

 

2人が雨をさけて、廊下に入ってくる。

 

香織「みんな言ってるよ?部長の雨女っぷり、半端ないって」

晴香「言いがかりだよ」

 

香織と晴香、廊下の曲がり角で麗奈と鉢合わせ。

 

香織「……ぁ、高坂さん」

麗奈「おはようございます」

香織「……」

晴香「練習?」

麗奈「はい」

晴香「頑張ってね」

麗奈「ありがとうございます」

 

立ち去る麗奈。トランペットを持つ香織の手に、力がこめられる。

 

CM(ホルンパート)

 

〇久美子のマンション

 

外観~久美子の部屋。久美子が6時に目覚まし時計のアラームを止める。リビングで明子と話す。

 

明子「ずいぶん早いのね」

久美子「今日オーディションだから、ちょっと早めに行く」

明子「そう」

久美子「行ってきます」

明子「朝ご飯は?」

久美子「ん(と、手に持った食パンを見せる)」

 

宇治駅ホーム

 

入ってくる電車を待つ久美子。ホームを見るが、秀一の姿は見当たらない。

 

〇北宇治高校・正門

 

早朝の人気のない朝の情景。

 

〇廊下

 

かけてくる久美子。走る久美子の耳に、さまざまな楽器の自主練習の音が聞こえている。

 

〇楽器室

 

ケースからユーフォを取り出す久美子に葉月が声をかける。

 

葉月「おはよっ」

久美子「あ、おはよう」

葉月「久美子も朝練?」

久美子「うん、ちょっとでもやっときたいしね」

葉月「だよね、わたしも」

緑輝「あ……」

葉月「あ……」

久美子「あ……」

緑輝「お早うございます!(と、敬礼)」

葉月「おはよっ!(敬礼)」

久美子「おはよう」

 

〇グラウンド

 

練習する野球部員たち。

 

〇校舎裏

 

個人練習する久美子、どこかからユーフォの音が聞こえてくる。

 

久美子「……ぁ、……いい音。あすか先輩?」

 

久美子が音の方に駆け寄り、覗き見る。と、そこにいるのは夏紀。

 

久美子「あ、夏紀先輩だ」

 

真剣な表情で練習する夏紀(運指を確認して、ペットボトルの水を飲む)。それを見つめる久美子。

 

〇(回想)教室(低音パート)

 

練習をさぼる夏紀の背中。

 

卓也「(OFF)中川は全然できない……」

久美子「そうですか」

 

夏紀が久美子の経歴を聞いて。

 

夏紀「じゃあ今年で7年か……。そりゃ差も付くか」

 

〇(回想)音楽室

 

久美子、ユーフォを背負う夏紀に気付いて。

 

久美子「持って帰るんですか?」

夏紀「うん、たまにはね」

 

〇校舎裏

 

走って戻る久美子、自分のユーフォを見つめる。

 

久美子「(ナレ)みんな吹きたいんだ。コンクールに出たいんだ。そんな当たり前のことを、わたしはやっと理解した……」

 

〇楽器室

 

久美子がユーフォをケースにしまう。

 

久美子「(ナレ)同時に、先輩たちと競い合わなければいけない事を怖いと思った」

 

〇(回想)中学時代

 

窓際で久美子をにらむ先輩。

 

〇楽器室

 

久美子が立ち尽くしていると、麗奈がやってくる。

 

麗奈「おはよ」

久美子「……麗奈」

麗奈「どうしたの?」

久美子「麗奈、わたし……」

 

様子のおかしい久美子に気付く麗奈。楽器を置いて、久美子の頬を両手で挟む。

 

久美子「む、……ん?」

麗奈「わたしも頑張る。だから頑張って」

久美子「麗奈……」

麗奈「わたしも頑張るから、頑張って。約束」

 

久美子も麗奈の頬を両手で挟み返す。

 

麗奈「っ……」

久美子「うん、頑張る」

 

〇1-3教室

 

授業の情景。久美子の指が運指をなぞっている。

 

〇校舎外観

 

校舎越しの青空。滝の声が聞こえてくる。

 

滝「(OFF)ではこれより、オーディションを始めます……」

 

〇廊下

 

音楽室前に並べられた椅子。

 

滝「(OFF)わたしたちが参加するA編成でのコンクールは……」

 

〇音楽室

 

滝が生徒たちの前で説明をしている。生徒たちが真剣な表情でそれを聞いている。

 

滝「1チームにつき、最大55名までしか参加することができません。つまり、ここにいる何名かは必ず落選してしまうことになります。みなさん、緊張していますか?」

女子「してまぁす……」

部員たち「(笑い声)」

滝「ですよね。ですが、ここにいる全員、コンクールに出場するのに恥じない努力をしてきたと、わたしは思っています。胸を張って、みなさんの今までの努力の成果を見せてください。では始めます」

部員たち「よろしくお願いします!」

 

〇教室(低音パート)

 

オーディションの順番を待つ低音パートの部員たち。葉月が緊張している。

 

葉月「あああぁ、やばいよ、やばいよ、やばいよ……」

久美子「葉月ちゃん……」

葉月「ああ、もういいっ!何でもいいから、早く終わって」

梨子「本当、待ち時間って心臓に悪いね」

卓也「だな」

葉月「うぅ」

 

葉月がふらつく。久美子が支えようとして、ユーフォを机にぶつけてしまう。

 

久美子「あぶないっ、痛っ」

葉月「あ、ごめん」

緑輝「(楽器を見て)大丈夫ですか?」

久美子「あ、うん。大丈夫」

緑輝「久美子ちゃんが痛いと感じるのは、久美子ちゃんの魂がジャックに届いている証拠ですよね」

久美子「うん……、この子?」

緑輝「はい。ジャックです(と指を立てる)」

久美子「(指の絆創膏を見て)緑ちゃん、その指……」

緑輝「あぁ、コンバスって練習しすぎちゃうと、良くあるんですよ」

葉月「痛そう……」

緑輝「このくらい全然平気です。中学の頃は演奏中に切れちゃって、譜面血まみれとかありましたから」

葉月「血まみれ……、嫌にならない?」

緑輝「いいえ。緑、コンバス大好きですから!」

葉月「はー、さすがの緑だね」

緑輝「命、かけてますんで」

 

オーディションを終えたトロンボーンパートの1年生が低音パートを呼びにくる。

 

福井「お待たせしました。次、低音だそうです。ユーフォからです」

久美子「はい」

あすか「よしっ。さ、行こうか」

久美子「はいっ……」

 

〇校舎外観

 

あすかのユーフォの音が聞こえている。

 

久美子「(ナレ)あすか先輩のオーディションは……」

 

〇音楽室前

 

久美子と夏紀が椅子に座り順番を待っている。あすかがオーディションを終えて出てくる。

 

久美子「(ナレ)思ったよりもあっさりと終わった……」

 

あすか「お先ぃ」

夏紀「(音楽室に入り)よろしくお願いします」

 

久美子「(ナレ)反して、夏紀先輩のオーディションは思ったよりもじっくりと行われた……」

 

〇校舎外観

 

夏紀の、少したどたどしいユーフォの音が聞こえてくる。

 

〇音楽室

 

久美子が滝と美知恵の前に座り、オーディションが始まる。

 

久美子「(ナレ)そして、わたしの番が来た」

 

滝「黄前さんは経験者だとお聞きしています。何年くらい演奏されているのですか?」

久美子「小4からなので、今年で7年目です」

滝「ずっとユーフォで?」

久美子「はい」

滝「それは……、なかなかすごいですね」

久美子「(しまった、ハードル上がったかも)」

滝「チューニングは大丈夫ですか?」

久美子「あ、はい。(音を確認する)」

滝「椅子の向きはそのままで?」

久美子「大丈夫です」

滝「では、始めましょうか。ユーフォは……、23小節目からですね」

久美子「はい……」

 

久美子が息を吸い込み、ユーフォを吹き始める。滝の指がテンポを刻む。

 

滝「はい、結構です。では次に……そうですね、61小節目から70小節目まで吹いていただけますか」

久美子「あ、はい(どうしよう、あんまり練習していないところだ……)」

滝「大丈夫ですか?」

久美子「はい……」

 

久美子、今朝の麗奈とのやりとりを思い出す。

 

〇(回想)楽器室

 

麗奈が久美子を勇気づける。

 

〇音楽室

 

久美子、気を取り直してオーディションを続ける。

 

久美子「行きます」

滝「……」

 

久美子「(ナレ)自分の番が長かったのか短かかったのかは、よく分からなかった……」

 

〇音楽室

 

部員たちがオーディションを受ける情景(葉月、麗奈、香織、緑)。

 

久美子「(ナレ)緊張からの高揚感で破裂しそうな心臓を抱えたまま、わたしは音楽室を後にした」

 

〇音楽室(夕景)

 

無人の音楽室の情景。

 

〇北宇治高校・外観

 

グラウンド越しの校舎

 

久美子「(ナレ)それから数日が過ぎ……」

 

〇音楽室(外)

 

音楽室のプレートが映る。

 

久美子「(ナレ)結果発表の時が来た……」

 

音楽室(室内)

 

並ぶ部員たちの前に、美知恵が入ってくる。

 

久美子「(ナレ)オーディションの緊張がまた甦り、音楽室の空気はピンと張りつめた」

 

美知恵「それでは合格者を読み上げる。呼ばれたものは返事をする様に」

部員たち「はいっ」

美知恵「まずパーカッション。田邊名来」

田邊「はいっ」

美知恵「加山沙希」

加山「はいっ」

(時間経過)

美知恵「高久ちえり」

高久「はいっ」

美知恵「クラリネットは以上の12名」

(時間経過)

美知恵「瀧川ちかお」

瀧川「はいっ」

美知恵「サックスは以上の7名」

森田「(泣き崩れる)」

(時間経過)

美知恵「続いてユーフォニアム田中あすか

あすか「はいっ」

美知恵「黄前久美子

久美子「はいっ」

美知恵「以上2名」

久美子「ハッ……」

 

久美子が夏紀を見やるが、夏紀は硬い表情のまま。

 

美知恵「続いてチューバ、後藤卓也」

卓也「はいっ」

美知恵「長瀬梨子」

梨子「はいっ」

美知恵「以上2名。続いてコンバス川島緑輝

緑輝「はいっ」

 

〇(回想)音楽室

 

久美子がユーフォを背負う夏紀に気付き、尋ねる。

 

久美子「持って帰るんですか?」

夏紀「うん。たまにはね」

 

〇(回想)中学時代

 

久美子を詰める先輩。

 

上級生「馬鹿にしてんの?」

 

〇音楽室

 

オーディションの結果発表が続いている。

 

美知恵「塚本秀一

秀一「はいっ」

 

久美子、秀一の名前が聞こえて、ハッとする。秀一が小さくガッツポーズ。秀一を見やる葉月。

 

美知恵「トロンボーン、以上5名」

葉月「(ここでやっと気付いて)わたし、落ちちゃった……」

美知恵「では、最後にトランペット、……中世古香織

香織「はいっ」

美知恵「笠野沙菜」

笠野「はいっ」

美知恵「滝野純一」

滝野「はいっ」

美知恵「吉川優子」

優子「はいっ」

美知恵「高坂麗奈

麗奈「はいっ」

美知恵「以上5名。ソロパートは高坂麗奈に担当してもらう」

優子「ぇっ……」

部員たち「(ざわざわ)」

香織「……」

優子「っ……」

 

久美子「(ナレ)そして……」

 

麗奈「はいっ」

 

久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED





響け!ユーフォニアム 第十回 「まっすぐトランペット」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第十回 「まっすぐトランペット」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 山村卓也

 

(プロローグ)

 

香織「これで最後なんだよね」

美知恵「ソロパートは高坂麗奈に担当してもらう」

 

OP

 

〇(回想)中学時代

 

中一の夏。久美子が上級生に詰められる。掲示板には久美子と上級生の笑顔の写真。

 

上級生「ねぇ、馬鹿にしてんの?」

久美子「え?な、何がですか?」

上級生「自分が受かったから、Aになったからって馬鹿にしてんのかって聞いてるんだけど」

久美子「そんな……わたしは別に……」

上級生「チっ、1年のくせに調子のんな!」

 

上級生が机を蹴り、その拍子に久美子のユーフォが倒れる。

 

久美子「(ハッとして)痛っ……」

上級生「あんたが……、あんたがいなければ、コンクールで吹けたのに!」

 

〇校舎外観

 

セミの声と入道雲。夏の情景。

 

〇手洗い場

 

久美子がユーフォのつゆ抜きをしている。

 

久美子「(ナレ)オーディションである以上、上級生が落ちて下級生が受かることは決して珍しいことではない。だからといって全ての人が結果を素直に受け入れるかというと、それはまた別の問題で……」

 

考え込む久美子に、夏紀が声をかける。

 

久美子「ぅーん」

夏紀「黄前ちゃん」

久美子「っはい!あ、夏紀先輩」

夏紀「今日さ、練習終わったあと、ちょっと時間ある?」

久美子「え?ぁ、はい」

夏紀「話あるから付き合ってよ。おごるからさ」

久美子「ぁ、はい……」

夏紀「じゃ、まーた後でねぇ」

久美子「は、はい……」

 

久美子「(ナレ)人の心は複雑だ」

 

タイトル 第十回 「まっすぐトランペット」

 

〇校舎外観

 

セミの声に混じって、『プロヴァンスの風』の合奏が聞こえてくる。

 

〇音楽室

 

合奏が終わり、ストップウォッチを持った部員が旗を上げる。

 

瞳「3分25秒です」

滝「課題曲は今のペースが良いでしょう。コンクールの演奏時間は12分。もちろんその時間をオーバーしてはいけませんが、あせって曲を台無しにしてしまうのはもっといけません。今のペースを忘れずに行きましょう。十分、時間内に収まります」

部員たち「はいっ」

滝「では、本日はこれまでにします」

部員たち「ありがとうございました」

 

練習が終わり、女子部員が滝に近づく。

 

中野「あの先生、リストに書いてある毛布って……」

滝「毛布です。みなさん、家にある使っていない毛布を貸して欲しいんです」

部員たち「はいっ」

葉月「うち毛布チョー余ってます!でも、毛布でなにするんですか?」

梨子「それは当日のお楽しみかなぁ」

葉月「えー何ですか?久美子、あとで教えて。てか、今日時間だいじょうぶ?」

久美子「え?」

葉月「緑が、どーしても甘いもん食べたいって言ってるんだけど……」

久美子「あー……」

葉月「(夏紀が割り込み)ぅ……」

夏紀「ごめんねー。今日はちょっと話があるから、黄前ちゃん貸して」

葉月「えっ、あぁ……、はい」

久美子「あはは、ごめん」

夏紀「じゃ、下で待ってるから(手を振り、立ち去る)」

久美子「はいー、(小声で)笑顔が怖いぃ……」

葉月「声出てる」

久美子「(口を押さえて)あうっ、あはは……」

葉月「もう、そのクセ直しなよ……」

 

優子、窓際で相談を受けている香織を見つめる。

 

笠野「ここの音が上手くいかないんだよね」

香織「テンポが急に変わる所だからね」

晴香「香織」

香織「あ、今いく。またあとでね」

麗奈「(優子に)お疲れ様でした」

優子「ぁ、うん。お疲れ……」

 

優子が香織の楽譜をこっそりと開く。「ソロオーディション絶対吹く!!」の文字を見て優子がつぶやく。

 

優子「香織先輩……」

 

楽譜を見つめる優子の耳にホルンパートの噂話が聞こえてくる。

 

岸部「高坂ってラッパの?」

瞳「はい。ララ聞いちゃいました」

沢田「へぇ、知らなかった」

瞳「(優子の視線に気付き)ぁ……」

 

ハンバーガーショップ

 

緊張の面持ちで席に座る久美子。そこに夏紀がシェイクを持って近づく。

 

夏紀「ごめんね、おごるって言ってこんなもんで」

久美子「あ、ありがとうございます」

夏紀「ストロベリーでいい?」

久美子「はい」

夏紀「良かった。まぁわたしチョコ派だから、嫌だって言っても飲んでもらってたトコだけど」

久美子「はい……」

夏紀「あーぁ、オーディション落ちてしまったぁ」

久美子「(盛大にシェイクを噴き出し)ヴーっ、ゴホゴホゴホッ!いやあれはその、偶然っていうか、夏紀先輩わたしより上手くて……。違います!今のは上から言ってるんじゃなくってぇ……」

夏紀「っ(と吹き出す)」

久美子「へっ?」

夏紀「あはははっ、……なんだやっぱり気にしてたのか」

久美子「え?」

夏紀「大丈夫だって。元々わたしユーフォ初めて1年だし、オーディションだって受からなくていいやって思ってたくらいなんだから」

久美子「でも、先輩がすごい練習してるの、わたし見ました」

夏紀「なんだ、見てたのに黙ってたの?」

久美子「いえ……、それは……」

夏紀「ま、練習したのは今の部の空気にあてられたっていうか、滝先生に乗せられたっていうか。わたし、なんかそういうのに弱くてさ。でも、先生にはちゃんと見抜かれていたよ。自分が練習していない所を吹いてって言われて、あとはボロボロ。だから、黄前ちゃんは実力でちゃんと勝ち取ったんだよ。わたしはそれで納得してる。良かったって思ってるくらい。だから、変な気つかわないでよ」

久美子「じゃぁ、話って……」

夏紀「うん。それを言おうと思ってさ。今、楽譜持ってる?」

久美子「あ、はい。(楽譜を取り出し)どうぞ」

夏紀「ん。久美子ちゃんのに最初に書きたかったんだよね(と書き込み)。はい。」

 

夏紀の持つ楽譜には「絶対金賞!!来年一緒に吹くぞ!!中川」の書き込み。

 

久美子「ぁぁ先輩……」

夏紀「ありがとね。黄前ちゃんのお陰で、少し上手くなれた気がするよ(と笑う)」

久美子「先輩は良い人ですね」

夏紀「褒めてもなにも出ないよ。財布の中、小銭しかないからねっ」

久美子「はは。はははうぅぅ(と泣き出す)」

夏紀「えぇ、泣くなよぉ……」

久美子「すみません……」

 

〇公園

 

夕方。ひぐらしのなく中で、優子が香織に話をしている。

 

優子「だから、きっとそのせいなんじゃないかって。絶対そうです」

香織「そうかな?そんなことないよ」

優子「でも……」

香織「わたしはもう納得してるから」

優子「でも」

香織「先生はわたしより高坂さんがソロにふさわしいと判断した。それがオーディションでしょ?」

優子「だからそのオーディションが……ぁ(香織が優子の肩に手を置く)」

香織「優子ちゃんもコンクールに出るのよ?これからは全員で金賞目指して頑張る。違う?」

優子「っ……」

香織「その話は口外しないでって、他の子にも言っておいて。じゃぁね」

優子「香織先輩あきらめないでください。最後のコンクールなんですよ。あきらめないで……。香織先輩の……、香織先輩の夢は絶対にかなうべきなんです!じゃなきゃ……」

香織「(微笑んで)……ありがと」

 

香織の表情をみて、優子が何かを思い出す。

 

〇(回想)教室(トランペットパート)

 

花吹雪の窓際で、香織がなにかを優子に話している。

 

〇公園

 

優子、香織が去った公園で立ち尽くし、何かを決意するように拳を握りしめる。

 

優子「……っ」

 

〇音楽室

 

入り口に並ぶ上履き。滝の指示のもと、部員たちが毛布を床に敷き詰める。

 

滝「余ったものは壁に貼り付けてください」

松崎「なんだ、みんなで泊まり込むわけじゃないんだ」

滝「したければ、してもらっても構いませんよ。わたしは帰りますけどね」

松崎「ふふっ」

森田「先生、終わりました」

滝「はい、ご苦労様です。これでこの部屋の音は毛布に吸収され、より響かなくなります。響かせるには、より大きな音を正確に吹くことが要求されます。実際の会場はこの音楽室の何十倍も大きい。会場いっぱいに響かせるために、普段から意識しておかなくてはいけません」

部員たち「はいっ」

滝「ではみなさん。練習を始めましょう」

 

優子、意を決して滝に質問をする。

 

優子「先生!一つ質問があるんですけど、いいですか?」

滝「何でしょう?」

優子「……滝先生は、高坂麗奈さんと以前から知り合いだったって本当ですか?」

香織「……っ」

滝「それを尋ねてどうするんですか?」

香織「優子ちゃん、ちょっと……」

優子「噂になってるんです。オーディションの時、先生が贔屓したんじゃないかって。答えてください、先生!」

滝「贔屓したことや、誰かに特別な計らいをしたことは一切ありません。全員公平に審査しました」

優子「高坂さんと知り合いだったというのは」

滝「……事実です」

部員たち「えぇー」

滝「父親同士が知り合いだった関係で、中学時代から彼女のことを知っています」

久美子「……(麗奈の方を見やる)」

優子「なぜ黙っていたんですか?」

滝「言う必要を感じませんでした。それによって指導が変わることはありません」

優子「だったら……」

麗奈「だったら何だっていうの?先生を侮辱するのはやめてください。なぜわたしが選ばれたか、そんなの分かってるでしょ?香織先輩よりわたしの方が上手いからです」

優子「っあんたねぇ、うぬぼれるのもいい加減にしなさいよっ!」

香織「優子ちゃん、止めて!」

優子「香織先輩があんたにどれだけ気ぃ使ってたと思ってんのよ、それを……」

夏紀「止めなよ!」

優子「うるさいっ!」

香織「止めて!!……止めて……」

優子「ぁ……」

麗奈「ケチつけるなら、わたしより上手くなってからにしてください(と、出てゆく)」

 

〇廊下

 

つかつかと出ていく麗奈を、久美子が慌てて追いかける。

 

久美子「麗奈っ」

 

〇音楽室

 

残された生徒たちに滝が指示を出す。

 

緑輝「久美子ちゃん……」

滝「準備の手を止めないでください。練習を始めましょう」

 

〇廊下

 

麗奈が立ち止まり、久美子がやっと追いつく。

 

久美子「麗奈、麗奈ぁ」

麗奈「ウザい」

久美子「え?」

麗奈「ウァァァー(っと叫び)!ウザい、ウザい!鬱陶しい。何なのあれ?」

久美子「麗奈?」

麗奈「ロクに吹けもしないくせに、何言ってんの、そう思わない?」

 

ふとももを叩いてバタバタ怒る麗奈を見て、久美子が思わず笑う。

 

久美子「ふふっ」

麗奈「何で笑うの?」

久美子「ごめん、てっきり落ち込んでると思って……あ(麗奈に抱きつかれ)ぁ……」

麗奈「久美子」

久美子「え、あ、何?」

麗奈「わたし、間違ってると思う?」

久美子「(真顔に戻り)ううん、思わない」

麗奈「本当に?」

久美子「うん」

 

〇藤棚

 

校庭を見下ろす高台の藤棚で、久美子と麗奈が話している。

 

麗奈「わたしのお父さん、プロのトランペット奏者なの。滝先生のお父さんは吹奏楽の有名な先生で、それで二人は知り合いなんだけど」

久美子「うん」

麗奈「だからわたしも、滝先生のこと知ってた」

久美子「そっか」

麗奈「滝先生がこの学校に来るって話、わたしお母さんから無理やり聞き出してね。で、推薦けって……」

久美子「なにそれ、怖ぁ」

麗奈「仕方ないでしょ。わたしさ、滝先生のこと好きなの」

久美子「は?」

麗奈「好きって言ってもライクじゃないよ。ラブのほうね」

久美子「ラブ……?」

麗奈「言い直さないで、恥ずい……」

久美子「ぁ、ごめん」

麗奈「でも、滝先生はわたしの気持ちなんて知らないから、オーディションで贔屓とか絶対ない。こんな時期に顧問のこと悪く言うなんて、ホント信じられない」

久美子「うん、そう思う(と、ニヤニヤ)」

麗奈「何、その顔?」

久美子「いやっ、麗奈ってかわいいなあっと思って」

麗奈「……性格悪っ」

久美子「……ソロ、譲る気は?」

麗奈「ない。ねじ伏せる。そのくらい出来なきゃ、特別にはなれない」

久美子「麗奈だね」

 

久美子「(ナレ)でも、その時はまだ分かっていなかったのかも知れない……」

 

〇教室

 

窓際に立ち、外を見ている香織。

 

久美子「(ナレ)強くあろうとすること、特別であろうとすることが、どれだけ大変かということを」

 

CM(ユーフォパートのあすか、夏紀、久美子)

 

〇校舎外観

 

下校する生徒たち。

 

〇教室(フルートパート)

 

噂話をする部員たち。

 

渡辺「やっぱりさぁ、ひいきするつもり無くても、知ってる知らないじゃ違うと思うんだよねぇ」

 

〇トイレ

 

噂話をする部員たち。

 

鈴鹿「結局、高坂さんをソロにするためのオーディションだったって話もあるらしいよ」

 

〇教室(サックスパート)

 

噂話をする部員たち。

 

宮「高坂さんのお父さんって、結構有名なトランペット奏者なんでしょ?」

 

〇教室(トランペットパート)

 

練習する優子、その奥には麗奈の姿も見える。

 

橋「(OFF)じゃぁ先生、嫌とは言えないね」

 

〇職員室

 

紙パックのミルクコーヒーを飲む滝、美知恵が近づくが、声を掛けられない。

 

久美子「(ナレ)膨れ上がる疑惑の中、滝先生は無言をつらぬいた。それが逆に問題に蓋をしているように見え、部員たちは不信をつのらせていった」

 

〇廊下

 

美知恵との二者面談、順番待ちの葉月と緑。

 

緑輝「どうにかならないんでしょうか、この空気」

葉月「緑は、ソロ譲れっていうの?」

緑輝「それも仕方のないことなのかな、って思ってます」

葉月「どうして?高坂さん何も悪いことしてないじゃん」

緑輝「緑だってそれは分かってます。でも、こんな風に空気が悪くなるくらいなら……」

葉月「久美子はどう思ってんだろ?」

緑輝「高坂さんのことですからね……」

 

〇1-3教室

 

久美子が美知恵との二者面談に臨んでいる。

 

美知恵「二者面談とはいえ、まだ1年の1学期だ。構える必要はない」

久美子「はい……」

美知恵「どうだ、高校生活は?」

久美子「え、とくに問題は……、友達もいますし」

美知恵「将来の希望とか、あるのか?」

久美子「え、いや、そんな……」

美知恵「じゃあ、勉強はしっかりやっておくんだな。特に数学」

久美子「はい」

美知恵「そして、部活は余計なことは考えず、コンクールに向けて音楽を楽しめ」

久美子「……え?」

美知恵「以上だ」

 

〇音楽室

 

1年生たちが、敷き詰めたはずの毛布を集めて遊んでいると、滝が入ってくる。

 

植田「行くよ、行くよぉ!たぁー(っと、毛布に飛び込む)」

松野「ちょっ、やめなよぉ」

植田「ぷぁっ!(滝が入ってきて)ぅぇ……」

滝「ん?」

植田「ぅあー」

滝「……どうして片付けてるんですか?」

瞳「いえ、片付けてるんじゃなくて、みんなが暑いって言うので、練習が始まるまで……」

滝「(怒気を含み)わたしは取っていいなんて一言も言ってませんよ、戻してください!」

 

動けずにいる1年生たちに、滝の声が飛ぶ。

 

滝「戻しなさい、今すぐに!」

部員たち「はい……」

滝「(視線に気付き)釜屋つばめさん、どうしましたか?」

釜屋「(不満げに)なんでもありません……」

滝「(片隅の優子に気付く)……ぁっ」

 

〇教室(低音パート)

 

椅子に座り、話し合っている部員たち。

 

夏紀「結局、今日もパート練習かぁ……」

緑輝「今の状態で合奏するのは……」

梨子「そうだねぇ、ホルンもクラも完全に集中切れちゃってるし」

卓也「不信感の塊だから……」

梨子「パーリー会議で部長が何度も言ったみたいだけど、みんな先生のこと信用できないみたい……」

夏紀「このまままた銅を獲っちゃったら、わたしと加藤がオーディション落ちた意味ないんですけどぉ?」

梨子「でも、部長も精一杯がんばってるよ」

緑輝「あすか先輩は?」

葉月「だね、あすか先輩ならみんなのこと乗せてくれそう」

夏紀「どうかなぁ、あの人は特別だから」

卓也「さすがにコンクールとなったら別だろ」

梨子「そうだね。久美子ちゃん、ちょっと聞いてきてくれない?」

久美子「へ、わたしですか?」

梨子「うん。あすか先輩って、久美子ちゃんになら話しそうな気がするの」

夏紀「あー、なんとなく分かる。あすか先輩って黄前ちゃんにはちょっと違うんだよね。一目置いてるっていうか」

久美子「え」

緑輝「確かに、そうかもしれません」

卓也「一理ある」

久美子「ええ」

葉月「よ、大統領!」

久美子「ええええ」

 

〇廊下

 

落ち込んでいる久美子、外からトランペットの音が聞こえてくる。

 

久美子「はぁ……、なんか体よく押し付けられたような気が……。ん?」

 

〇倉庫

 

久美子が倉庫の窓から下を見ると香織がソロパートの練習をしている。見下ろす久美子に、あすかが忍び寄る。

 

久美子「ぁ……香織先輩?ソロの所だ……」

あすか「見ぃたな(冷たいペットボトルを久美子のふとももに押し付ける)」

久美子「ぃやあっ!?あすか先輩?」

あすか「ちびった?」

久美子「ムー」

あすか「さすが黄前ちゃんだねぇ、良いところ嗅ぎつける」

久美子「嗅ぎつけるって……、わたしはたまたま通りかかっただけです」

あすか「……結局あきらめていないってことだねぇ」

久美子「香織先輩ですか?」

あすか「オーディションに不満があるとかじゃない。まして同情されたいなんて少しも思ってない。ただ納得してないんだろうね、自分に」

久美子「納得?」

あすか「うん。納得したいんだよ」

久美子「……あすか先輩はどう思ってるんですか?」

あすか「何が?」

久美子「オーディションのことです。香織先輩と麗奈、どっちがソロを吹いた方が良いと思いますか?」

あすか「それは答えられないかなぁ。一応、副部長だし。私的な意見はノーコメンツ」

久美子「じゃぁ、ここだけの話でいいんで教えてください」

あすか「何を?」

久美子「あすか先輩の私的な意見」

あすか「……やっぱり黄前ちゃんは面白いよ。内緒にできる?」

久美子「できるだけ」

あすか「素直だねぇ……。正直言って、心の底からどうでもいいよ。誰がソロとか、そんなくだらないこと」

久美子「……」

 

久美子「(ナレ)それが本音なのか建前なのか、その心を知るにはあすか先輩の仮面はあまりに厚く、わたしにはとても剝がせそうになかった」

 

あすか「じゃあね(立ち去る)」

久美子「ぶはあぁぁ(と、ため息)」

 

〇廊下

 

久美子がぐったり疲れて廊下に出てくると、晴香が声をかけてくる。

 

晴香「黄前さん」

久美子「……部長」

晴香「あすかは?」

久美子「あぁ、あすか先輩なら……、多分戻ったんだと思います」

晴香「そっか、ありがとう」

 

〇倉庫

 

トランペットの音が気になっていた晴香。窓外を見下ろすと、練習中の香織と、それに近付くあすかの姿が見える。

 

晴香「……っ(頬をパンと叩き)、こりゃ一人でやるしかねぇぞ、晴香」

 

〇職員室

 

65枚分のコピーを取る滝に、美知恵が声をかける。

 

美知恵「そろそろコンクールですね」

滝「ぁ……、はい」

美知恵「音楽というのは良いですね。噓をつけない。良い音は良いと言わざるを得ない」

滝「……」

美知恵「お父様もそう言ってらしたと記憶しています。……では」

滝「(何かを思いついたように)……ぁ」

 

コピーが終わり、液晶画面には「65/65」の表示。

 

〇音楽室

 

ざわつく雰囲気のなか、晴香が手をたたき注目を集める。

 

晴香「はい、えっともう少ししたら先生が来ると思うけど、その前にみんなに話があります」

瞳「 (私語)だから、ララ思ったんで……」

晴香「瞳さん、聞いて」

瞳「 ぅ、……はい」

晴香「最近先生について根も葉もない噂をあちこちで聞きます。 そのせいで集中力が切れてる。コンクール前なのに、このままじゃ金はおろか、銀だって怪しいとわたしは思ってます。一部の生徒と知り合いだったからといって、オーディションに不正があったことにはなりません。それでも不満があるなら、裏でこそこそ話さず、ここで手を上げてください。私が先生に伝えます。……オーディションに不満がある人」

 

優子をはじめ、手があがる。

 

晴香「はい……。(滝が入って来て)先生っ……」

滝「今日はまたずいぶん静かですね。この手は?」

優子「オーディションの結果に不満がある人です」

香織「優子ちゃんっ……」

滝「なるほど。今日は最初にお知らせがあります。来週ホールを借りて練習することは皆さんに伝えてますよね?そこで時間を取って、希望者には再オーディションを行いたいと考えています」 

部員たち「(ざわめき)」

滝「前回のオーディションの結果に不満があり、もう一度やり直してほしい人はここで挙手してください。来週全員の前で演奏し、全員の挙手によって合格を決定します。全員で聴いて決定する。これなら異論はないでしょう。良いですね?」 

 

滝が部員たちを見わたす。

 

滝「では聞きます。再オーディションを希望する人……」

 

香織が立ち上がり、挙手をする。

 

香織「ソロパートのオーディションを、もう一度やらせてください」

晴香「香織……」

滝「分かりました。では、今ソロパートに決定している高坂さんと二人、どちらがソロにふさわしいか、再オーディションを行います」

 

久美子「(ナレ)そして、 次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED






響け!ユーフォニアム  第十一回 「おかえりオーディション」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム  第十一回 「おかえりオーディション」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 雪村愛

 

(プロローグ)

 

優子「噂になってるんです。オーディションの時、先生が贔屓したんじゃないかって」

麗奈「わたしさ、滝先生のこと好きなの」

香織「ソロパートのオーディションをもう一度やらせてください」

 

OP

 

〇教室(トランペットパート)

 

香織が夏の空を見ながらソロパートの練習をしていると、優子がやってきて声をかける

 

優子「すごい良い音ですね。どこまでも響いていきそう」

香織「そうかな」

優子「そうですよ。だからもっと聞かせてください。先輩のトランペット、聞いていたいんです……」

 

第11回 「おかえりオーディション」

 

〇音楽室

 

『三日月の舞』合奏練習の部員たち

 

滝「はいっ、トロンボーン23小節目、セカンドだけで一度いただけますか?」

田浦・秀一「はい」

滝「いや、 一人ずつ行きましょう。……塚本君」

秀一「はい(演奏する)」

滝「(それを聞いて)……塚本君、そこ出来るようになって下さいと先週から言っているはずです」

秀一「はい……」

滝「こんなところを何度もやっている時間はありません。明日までにできるようになっておいてください」

秀一「はい……」

滝「ではその次から、全員で」

秀一「くそっ」

滝「3……」

 

〇教室(低音パート)

 

久美子たち、うだるような暑さの教室に入ろうとしている。 

 

久美子「う」

緑輝「「うわ」

葉月「暑っ」

緑輝「外、行きましょうか?」

 

〇中庭

 

セミの声のする中、東屋で涼む久美子たち。

 

久美子「夏だねぇ」

緑輝「久美子ちゃんは、暑いの苦手ですか?」

久美子「どっちかって言うと、寒い方がまだいいかな」

葉月「わたし、夏好きぃ。……おっ」

 

葉月の視線の先、笠野・加部・吉沢が歩いている。

 

緑輝「トランペットの人達ですね」

久美子「うん」

葉月「高坂さんも来るんじゃない? ご飯一緒に食べる?」

久美子「え、でもそういうの一応パートごとだし」

葉月「一応でしょ、ね?」

緑輝「はい。一応、です」 

久美子「ありがとう、呼んでくる(と、走り出す)」

葉月「一緒に食べたいって言えばいいのに」

緑輝「久美子ちゃんらしいです。緑は好きですよ」

 

〇階段の踊り場(4階)

 

階段を上ってくる久美子の耳にトランペットの音が聞こえてくる。

 

久美子「あ、いつものとこだ」

 

久美子が角を曲がろうとして、優子にぶつかりそうになる。

 

久美子「わっ」

優子「(じっと見ている)……」

久美子が「失礼します……(急に手を掴まれ)わっ、(優子の顔がグイっと近付き)はぁ!」

優子「どう思う?」

久美子「へ?」

優子「この音。どう思う?」

久美子が「(トランペットの音を背に)良いと思います。すごい良いと思います。綺麗だし、音も大きいし、ソ、ソロにふさわしいと思います(ハッと、手で口を押える)。す、すみま……」

優子「だよね」

久美子「へ?」

優子「一年でこの音って、ずるいよね。反則だよ……」

 

優子、久美子の手を放して力なく立ち去る。

 

〇渡り廊下

 

久美子がソロの練習をしている麗奈のもとにやってくる。

 

麗奈「どうしたの?」

久美子「お昼、もう食べたかなって思って」

麗奈「うん」

久美子「そっか、一緒に食べようかと思ったんだけど」

麗奈「平気。さっき香織先輩たちと食べたの」

久美子「そっか、……大丈夫?」

麗奈「うん。香織先輩、すごく気遣ってくれて」

 

(回想)教室(トランペットパート)

 

香織が麗奈に話しかける。

 

香織「北高吹奏楽部として、コンクールで一緒に演奏することに変わりはないから、良い演奏しようね」

麗奈「はい」

 

〇渡り廊下

 

久美子と麗奈の会話(続き)

 

久美子「良い人なんだね、香織先輩」

麗奈「うん……、だからちょっとやりにくい」

久美子「え?」

麗奈「なんでもない」

 

練習を再開する麗奈。

 

〇駐車場

 

校舎脇の駐車場で、ソロパートの練習をする香織。その傍らにはあすかが座っている。

 

香織「(演奏を止め)どう?」

あすか「いいんじゃないの?」

香織「またそれ?前聞いた時も同じこと言ったよ」

あすか「同じだから同じことを言うの。良いは良い。それ以上ない。それに決めるのは私じゃないよっ(と、 ペットボトルを香織にトス)」

香織「あっ……(キャッチして)、炭酸……」

あすか「あ、そうだった。じゃあ盛大におめでとうってやっとく?( シャンパンファイトのマネ)」

香織「じゃあ、聞き方を変える」

あすか「ん?」

香織「あすかはどっちが適任だと思う?」

あすか「上手い方がやるべきだと思うよ、滝先生はそういう基準で決めてるみたいだし」

香織「高坂さんの方がいいってこと?」

あすか「だからそれを聞いてどうするの?決めるのはわたしじゃないんだよ。……じゃあね」

香織「知りたいの、個人的にどう思っているか」

あすか「いいの?言って」

香織「…… ううん、言ってほしくない。冗談でも高坂さんがいいとか」

あすか「言ってないでしょ、そんなこと。(大げさに)それとも貴様、我が思考を読む能力者か?」

香織「……」

あすか「じゃあね」

 

あすか、香織を残して立ち去る。ペットボトルを握りしめる香織。

 

〇音楽室

 

滝が部員たちに話をしている。

 

滝「では、明日はホール練習です。本番を想定して良い練習をしましょう」

部員たち「はいっ」

晴香「パートリーダーと楽器運搬係は残ってください。明日の段取りを話します」

部員たち「はいっ」

麗奈「(優子に)ありがとうございました」

優子「ぁ、うん……」

 

夏紀が、離れたところで優子の様子を見ている。

 

〇下足室

 

優子が下駄箱の前に佇んで、考え事をしている。

 

〇(回想)教室(トランペットパート)

 

2年生の香織が、3年生に頭を下げている。

 

香織「だからもう、1年生を無視するのやめてあげてください。お願いします……」

3年生A「無視なんてしてないし」

3年生B「1年が勝手に言ってるだけじゃん」

香織「お願いします」

 

〇下足室

 

夏紀が音もなく近付き、優子の耳に息を吹きかける。

 

夏紀「ふっ」

優子「きゃぁ!?」

夏紀「何、ぼぉっとしてんの?」

優子「うるさいな、ほっといてよ」

夏紀「余計なこと考えてないよね」

優子「なにが?」

夏紀「言っとくけど、悲しむのは香織先輩なんだからね。分かってるよね?」

優子「オーディションに落ちたくせに、なに偉そうに言ってるの?」

夏紀「分かってるよね?」

優子「分かってる!分かってるよ、そんなこと……」

 

京阪電車・車内

 

クーラーの冷気で涼む久美子と葉月。

 

久美子「夕方になっても暑いねぇ」

葉月「明日はホール練かぁ」

久美子「そっちの練習はどうなの?」

葉月「オーディションに落ちたメンバーで一曲出来るようになっておけって言われて、みんなで練習中。ほら、チューバわたし一人だし。低音、夏紀先輩と二人だけだし」

アナウンス「黄檗黄檗です。お降りの方は電車とホームの間が……」

久美子「楽しそうだね」

葉月「うん。結構楽しい。わたしがみんなを支えないといけないからね。ブー(とチューバを吹く真似)」

久美子「ふふ」

葉月「(ドアが開き)あ、じゃね」

久美子「うん。じゃあ明日」

 

宇治川沿いの道

 

トビケラを避けながら走ってくる久美子。トロンボーンの音に気付く。

 

久美子「んーもー、トビケラ嫌だぁ……。……ぁ」

秀一「(思い通りに吹けず)くそっ」

久美子「(その様子を見て)……上手くなりたいなぁ、上手く」

 

〇北宇治高校・正門

 

ひとけの無い朝の情景。

 

〇廊下

 

久美子が三日月の舞をハミングしながら歩いていると、優子の声が聞こえてくる。

 

優子「OFF)ごめんね、急に……」

麗奈「(OFF)いえ……」

久美子「……ぁ」

麗奈「話って、なんですか?」

久美子「(ハッと)麗奈?」

 

〇教室(トランペットパート))

 

優子と麗奈が向かい合って話をしている。

 

麗奈「……オーディションの話ですか?」

優子「うん……」

麗奈「8時集合ですよ、時間」

優子「うん、あのね」

麗奈「はい」

優子「わたしどうしても、どうしても香織先輩にソロを吹いて欲しいの……。だから、お願い!」

 

優子が頭を下げる。驚く麗奈。久美子もそれを見て驚く。

 

CM(チューバパートの葉月・卓也・梨子)

 

〇教室(トランペットパート)

 

頭を下げる優子に、麗奈が尋ねる。

 

麗奈「わざと負けろって言うんですか?」

優子「バレたら、わたしが脅したことにしていい。イジメられたって言ってもらって構わない。だから……」

麗奈「そんなことしなくても、オーディションで香織先輩がわたしより上手く吹けば良いんです」

優子「わかってるよ……。去年、香織先輩は部の中で一番上手かった……」

 

(回想)音楽室

 

一年前の音楽室、優子が香織と上級生を見ている。

 

優子「(OFF)でも学年順で、ソロは全然練習もしてないような上級生が吹いて……」

 

(回想)教室(トランペットパート)

 

香織が頭を下げている。

 

優子「(OFF)それどころか、香織先輩は辞めようとしていた一年生を引き止めるために、コンクールメンバー辞退までしようとして……」

 

〇教室(トランペットパート)

 

優子と麗奈の会話。

 

優子「でも、みんな辞めちゃって……。そんなだから、コンクールでの演奏も滅茶苦茶で」

麗奈「関係ないですよね?」

優子「……」

麗奈「わたしには関係ないことですよね?」

優子「そうね、関係ないよ。全然関係ない。でも、あなたには来年もある。再来年もある。滝先生だったらもっと部は良くなる。香織先輩は最後なの。今年が最後なの。だからっ(もう一度頭を下げる)」

麗奈「やめてください。……失礼します(と、教室からでてくる)」

久美子「うっ……(と、あわてて隠れる)」

 

〇廊下

 

立ち去る麗奈を、隠れて見送る久美子。

 

宇治市民文化センター

 

外観の情景。

 

〇ホール

 

ホールの舞台に立つ部員たち。

 

葉月「うおー、広いね」

部員たち「(ざわざわ)」

滝「本番はここより更に大きなホールです。これで驚いていたら吞まれてしまいますよ」

葉月「そ、そっか……」

夏紀「加藤とわたしは出ないでしょ」

葉月「でも、今後のこともありますし!」

田邊「楽器、来ました!手の空いてるひとは手伝ってください!」

滝「はい。ではみなさん、準備を始めましょう」

部員たち「はいっ」

滝「中世古さん、高坂さん」

二人「はい」

滝「二人は準備はいいので、オーディションの用意を」

二人「はいっ」

 

麗奈が楽器を手に、香織とは別の場所へと向かう。それを気にしている久美子を葉月と緑がさりげなく隠すように椅子を持ち上げる。

 

二人「(笑い)」

久美子「(うなずき)」

 

あすかが部員たちに指示出しをしていると、晴香が近づいてくる。

 

あすか「そんなにギツギツ並べてどうすんの?音楽室じゃないんだから」

高野「あ、そっか……」

あすか「ほらほら、あ、そっち空いてるよ」

高野「はぁい」

晴香「あすか、ここはいいから香織の所に行ってきたら?」

あすか「どうして?」

晴香「話したいと思ってるよ、きっと」

あすか「でもわたし副部長でしょ?そういうこと出来ないよ」

晴香「またそうやって都合の良い時ばかり持ち出す……」

あすか「(部員に)あ、木管から入れちゃおっか?」

吉沢「はい。すみませーん、通りまーす」

晴香「(通りがかった宮に)あ、ねえ、ここ任せといていい?」

宮「うん、いいよ」

 

〇ホール・裏口

 

優子が香織に付き添っている。

 

優子「どうですか?」

香織「うん、大丈夫。準備とかあるから、優子ちゃんも行って」

優子「……はい(と歩み出すが)」

香織「(立ち止まった優子に)……?」

優子「あの……」

香織「……何?」

優子「いえ……、頑張ってください!(ペコリと頭を下げる)」

 

〇通路

 

駆け出す優子の足元。

 

〇ロビー

 

ロビーを歩く夏紀の背中に、優子がぶつかるようにすがる。

 

夏紀「うわっ、なに!?」

優子「(微かな嗚咽)」

夏紀「……」

優子「っ(と、走り去る)」

 

〇ホール・裏口

 

香織のもとに晴香がやってくる。

 

晴香「香織」

香織「ん?」

晴香「緊張してる?」

香織「いいよ、来なくて。部長でしょ?」

晴香「まあ、顔だけね」

香織「なんか、結婚式前の花嫁みたい。それで、何?」

晴香「部長じゃなく、3年間一緒にやってきた仲間として言っとこうかと思って……。納得できるといいね」

香織「うん」

晴香「それと、あすかは来ません」

香織「……分かってる」

晴香「ねえ、前から聞こうと思ってたんだけど、どうしてあすかなの?」

香織「ぇ?」

晴香「どうしてそんなに拘るのかなって」

香織「どうしてだろう?よく分からないけど、なんか見透かされてるような気がするんだよね。わたしが思ってること、何でも。だから、あすかを驚かせたい。あすかが思ってるわたしの一歩先を、本物のわたしが行きたい……のかな?」

晴香「めんどくさいね」

香織「ふふ、めんどくさいね。本当に」

 

晴香が香織に体を近づけ、頭をなでる。

 

二人「ふふふ(と、笑う)」

 

〇ロビー

 

久美子がベンチに座っている麗奈のもとに駆け寄り、隣りに座る。

 

久美子「そろそろ準備、終わりそう」

麗奈「そう」

久美子「大丈夫?」

麗奈「うん」

久美子「(元気のない麗奈を見つめる)……」

麗奈「(立ち上がり)久美子」

久美子「ん?」

麗奈「久美子は、もしわたしが負けたら、嫌?」

久美子「麗奈……」

麗奈「……」

久美子「嫌だ……、嫌だっ!」

麗奈「どうして?」

久美子「麗奈は特別になるんでしょ?」

麗奈「……そうね」

久美子「麗奈はほかの人は違う……」

 

〇(回想)夜の大吉山展望台

 

白ワンピの麗奈

 

久美子「(OFF)麗奈は誰とも違う。人に流されちゃダメだよ!」

 

〇ロビー

 

久美子が麗奈に向かって言う。

 

久美子「そんなの馬鹿げてるでしょ?」

麗奈「でも、今わたしが勝ったら悪者になる」

久美子「いいよ。その時はわたしも悪者になるから!香織先輩より麗奈の方がいいって。ソロは麗奈が吹くべきだって言う!言ってやる!」

麗奈「本当に?」

久美子「……多分」

麗奈「やっぱり久美子は、性格悪い(と、笑う)」

久美子「(ハッとする)」

 

麗奈が久美子の頬に手を当てて、顔を近づける。

 

麗奈「……そばにいてくれる?」

久美子「うん」

麗奈「裏切らない?」

久美子「もしも裏切ったら、殺していい」

麗奈「本気で殺すよ」

久美子「麗奈ならしかねないもん。それが分かったうえで言ってる。だってこれは、愛の告白だから。」

 

麗奈がふっと目を見開き、まなじりを下げる。ホールに向かってつかつかと歩き出す麗奈。

 

久美子「麗奈っ……」

麗奈「(振り返り)大丈夫。最初から負けるつもりなんて、全くないから」

 

強気に戻った麗奈を、久美子が見送る。

 

〇ホール

 

舞台の上に立つ香織と麗奈。滝が再オーディションの開始を告げる。

 

滝「では、これよりトランペットソロパートのオーディションを行います。両者が吹き終わったあと、全員の拍手によって決めましょう。いいですね、中世古さん」

香織「はいっ」

滝「高坂さん」

麗奈「はいっ」

滝「ではまず中世古さん、お願いします」

香織「はいっ」

 

香織の演奏が始まる。繊細で柔らかなトランペットの音色に、目を閉じて聞き入る部員たち。目を閉じて頷く晴香、目を閉じたまま動かないあすか、祈る優子、目を閉じている滝。久美子と緑も目を閉じて聞く。

 

香織「(演奏が終わり)ありがとうございました(と、前を見る)」

部員たち「(拍手)」

香織「(それを見て)ふっ(と、ため息)」

滝「では次に高坂さん、お願いします」

麗奈「はい」

 

麗奈の演奏が始まる。香織のそれとは明確に違う迫力のある、それでいて艶やかで美しい響きに部員たちも気付く。

 

喜多村「(目を開けて)はっ……」

 

目を閉じて聞く滝、大きく目を開き久美子と緑が感動。優子も目を見開いていたが……。

 

優子「っ……くっ(と、目を閉じる)」

 

晴香と並んだあすかも、目を開けて舞台を見据えている。

 

麗奈「(演奏を終えて)ありがとうございました」

滝「……では、これよりソロを決定したいと思います。……中世古さんが良いと思う人?」

 

優子が立ち上がり拍手。香織がそれを見て微かに笑う。晴香も手を叩いている。

 

滝「はい。では、高坂さんが良いと思う人?」

部員たち「(戸惑い、ざわつく)」

 

久美子が立ち上がり拍手をする。それを見て微笑む麗奈。葉月もつられて拍手する。

 

滝「はい。……中世古さん」

香織「はい」

滝「あなたがソロを吹きますか?」

久美子たち「(息を吞む)」

 

部員たちの目が滝に向けられる。香織が何かを考えている。麗奈が僅かに下を向く。舞台を見つめる滝に、香織が言う。

 

香織「吹かないです……。吹けないです」

優子「先輩……」

香織「ソロは高坂さんが吹くべきだと思います(と、麗奈を見やる)」

麗奈「……(香織の方を向く)」

香織「……(麗奈に微笑む)」

優子「っ……、(涙が溢れ)先輩ぃ……」

 

〇(回想)教室(トランペットパート)

 

窓外で花吹雪が舞う教室。優子が香織に話しかける。

 

優子「先輩はトランペットが上手なんですね!」

香織「上手じゃなくて……、好きなの(と笑う)」

 

〇ホール

 

優子が感極まって大声で泣きだす。鳴き声が響く中、滝が麗奈に告げる。

 

滝「……高坂さん」

麗奈「はい」

滝「あなたがソロです。中世古さんではなく、あなたがソロを吹く。いいですか?」

麗奈「はいっ」

 

感涙の久美子、舞台を見つめる晴香とあすか、泣き崩れている優子。

 

久美子「(ナレ)こうして再オーディションは終わり、そして、次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED

響け!ユーフォニアム 第十二回 「わたしのユーフォニアム」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第十二回 「わたしのユーフォニアム

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 三好一郎

 

(プロローグ)

 

滝「……高坂さん」

麗奈「はい」

滝「あなたがソロです。中世古さんではなく、あなたがソロを吹く。良いですか?」

麗奈「はいっ」

 

OP

 

〇校舎外

 

入道雲のもと、部活動の情景。『三日月の舞』の合奏の音が重なる。

 

〇倉庫、廊下

 

並ぶ楽器ケース。手洗い場の蛇口。

 

久美子「(ナレ)早朝から夕方まで、夏休みに入って長くなったはずの練習は一瞬の間に過ぎ……」

 

〇音楽室

 

入り口に並ぶ上履き、合奏練習をする部員たち。

 

久美子「(ナレ)むしろ誰もが足りないとすら思うなか、それは突然訪れた」

 

滝が演奏を止めて楽譜を見た後、ユーフォの2人に指示を出す。

 

滝「ふぅん……今のところ、ユーフォも入れますか?」

久美子「え?」

あすか「え、どこですか?」

滝「162小節目です。コンバスとユニゾンで」

あすか「黄前ちゃん、いける?」

久美子「あっ、はい」

緑輝「久美子ちゃん、ここです(と楽譜を渡す)」

久美子「ありがと……う(びっしり並ぶ音符に目が泳ぎ)……ん?」

 

タイトル 第十一回 「わたしのユーフォニアム

 

〇手洗い場

 

顔を洗う卓也の背中。

 

〇教室(低音パート)

 

楽譜を見ながら、滝からの指示について話している部員たち。

 

梨子「うーん、ここかぁ。たしかに難しいよねぇ……」

卓也「まぁでも、先生の言うことも分かる。ここはちょっと音の厚み、弱かったしな」

あすか「じゃあ、ちょっとやってみるね。黄前ちゃん、聞いてて」

久美子「あ、はいっ」

あすか「(一通り吹いて)……まぁ、こんな感じかな?」

久美子「すごい……」

梨子「さすがです」

久美子「ありがとうございました」

あすか「お礼を言ってどうするの?黄前ちゃんも吹くんだよ。ほら、構えて」

久美子「あ、はい……」

 

みんなが注目する中、久美子が吹いてみるが、上手く吹けない。微妙な空気。

 

久美子「(すくっと、立ち上がって)あの、わたし個人練行ってきます」

 

〇校舎裏

 

久美子が椅子に座って練習を始める。

 

久美子「はぁ。……(気合を入れて)よしっ」

 

花から飛び立つアゲハ蝶。久美子のユーフォが校内に響く。久美子が苦戦しつつ、何度も何度も繰り返し練習する。麗奈がやってきて、久美子の横に立つ。視線を交わす2人。

 

久美子「(マウスピースから唇を離す)……はぁ」

麗奈「よくなってる。でも、コンクール的には駄目」

久美子「だよね。……ねぇ、麗奈」

麗奈「ん?」

久美子「わたし上手くなりたい、麗奈みたいに。わたし、麗奈みたいに特別になりたい」

麗奈「……じゃあ、わたしはもっと、特別になる」

久美子「……うん」

 

(時間経過)ほかの部活の活動情景。

 

久美子が一人で練習を続けている。ポタポタとスカートに落ちる汗に、血が混じる。そこに緑がやって来る。

 

緑輝「久美子ちゃん、まだやってたんですか?」

久美子「うん」

緑輝「もう合奏の時間……あぁっ!」

久美子「え?」

緑輝「大変、鼻血が!」

久美子「え、ええー!?」

緑輝「あぁ、保健室……」

 

〇保健室

 

久美子がジャージ姿でベッドに座っている。葉月と緑が付き添っている。

 

葉月「どう?」

久美子「ん、もう大丈夫」

葉月「水、飲む?」

久美子「ありがとぉ……(と、一気に飲み干す)」

葉月「こりゃ、飲んでなかったなぁ」

久美子「ぷはっ、……うん。よしっ、もう大丈夫」

葉月「え、えぇ、ちょっと待ってよ」

緑輝「そうですよ、少し休まないと……」

久美子「平気平気。鼻血止まったし、吹いてれば治る」

葉月「久美子、最近熱いよね」

久美子「え?」

葉月「前はどっちかって言うとクールっていうか、冷めてるところあったのに」

久美子「そうかなぁ?」

緑輝「はい、今は月に全力で手を伸ばすぜ!って感じです」

久美子「月かぁ。良く分からないけど、……でも上手くなりたいっていう気持ちは前よりも強くなった!(フンっと気合を入れると、ティッシュが鼻から飛び出て)うっ、んもぉ……」

葉月たち「(笑う)」

 

〇廊下

 

駆けてゆく久美子たち3人。

 

久美子「(ナレ)熱いのか、冷めているのか……」

 

〇校舎外観

 

夕方の情景。

 

久美子「(ナレ)そもそも、今までの自分はどんなだったのか……」

 

宇治川沿いのベンチ

 

久美子が1人、練習をしている。

 

久美子「(ナレ)とにかく……」

 

〇(回想)ホール

 

再オーディションの情景。演奏する麗奈、それを見ている久美子たち。

 

久美子「(ナレ)あのオーディションの麗奈を見て、あの音を全身で受け止めてしまってから……」

 

宇治川沿いのベンチ

 

久美子が1人、練習を続ける。

 

久美子「(ナレ)わたしは完全に侵されてしまったのだ。上手くなりたいという熱病に」

 

汗を拭う久美子の耳に、トロンボーンの音色が聞こえてくる。

 

久美子「……ん?」

 

秀一が対岸に座って、トロンボーンの練習をしている。それに呼応するかのように、久美子もユーフォを吹く。秀一、それに気付き微笑む。川を挟んで響きあう、ユーフォとトロンボーンの音色。

 

あじろぎの道

 

久美子が帰宅していると、塾に向かう葵に声をかけられる。

 

葵「あ、久美子ちゃん」

久美子「葵ちゃん……」

葵「こんな時間まで練習?」

久美子「うん、コンクール直前だし。葵ちゃんはこれから塾?」

葵「そう。ね、全国行けそう?」

久美子「うーん、どうかな?分かんない。でも、上手くなったと思う。春に比べたら段違いだよ」

葵「そっか、滝先生さまさまだね。じゃあ、頑張ってね」

久美子「うん。……葵ちゃん」

葵「ん?」

久美子「吹部辞めたこと、後悔してない?」

葵「(微笑んで)してないよ。全然してない。(目をそらして)わたしは吹部より受験の方が大切だったから。多分、部のごたごたがなくても辞めてたと思う。わたしには、続ける理由がなかったから……」

 

そう言って立ち去る葵を久美子が見送る。

 

〇久美子の家

 

外観~廊下。久美子が帰宅すると、麻美子が帰ってきている。

 

久美子「ただいまぁ」

麻美子「おかえりぃ、あー、また持って帰ってきた。吹かないでよ」

久美子「お姉ちゃんこそ、大学生にもなって一々帰ってこないでよ」

麻美子「いいでしょ、自分の家なんだから(と乱暴にドアを閉める)」

久美子「……」

 

〇久美子の部屋

 

ベッドに顔を押し付けるようにして、床に座る久美子。ふと昔を思い出す。

 

久美子「ん……」

久美子(小学生)「(OFF)お姉ちゃん、楽器やめちゃうの?……」

 

〇(回想)小学生時代

 

麻美子の部屋で、勉強している麻美子が久美子の質問に答える。

 

麻美子「うん」

明子「受験だからね。その分、久美子が頑張りなさい」

 

〇(回想)あじろぎの道

 

先ほどの葵との会話。

 

葵「わたしには、続ける理由がなかったから……」

 

〇久美子の部屋

 

考え込んでいる久美子、歯を食いしばる。

 

久美子「ぐっ……」

 

〇リビング

 

明子と麻美子がくつろいでいると、楽器の音が聞こえてくる。ビックリする2人。

 

明子「……っ」

麻美子「えっ!?」

 

〇久美子の部屋

 

立ち上がり、ユーフォを吹く久美子。部屋の外から声がする。

 

麻美子「ちょっと、なに吹いてんのよぉ!?」

明子「久美子ぉ、やめなさい。近所迷惑よ」

 

〇北宇治高校・正門

 

登校する生徒たちの情景。

 

〇廊下

 

合奏練習の音が聞こえている。

 

〇音楽室

 

滝の指導のもと『三日月の舞』の合奏練習。

 

滝「はい、そこまで。前よりは良くなりましたが、それでもまだ求められる音にはなっていません。ここはあなたたち次第です。トロンボーン、いま出だしがずれたのは誰ですか?」

秀一「……(手をあげる)」

滝「練習で出来ないことは、本番では絶対に出来ません。そのつもりで取り組んでください」

秀一「はい……」

滝「では、158小節目から……」

 

真剣な表情で演奏する生徒たち。滝がおもむろに演奏を止める。

 

滝「はい、止めて。ユーフォ、162から1人ずつ聞かせてもらえますか?黄前さんから」

久美子「は、はい(と、吹き始める)」

滝「はい、そこまで」

久美子「(マウスピースから唇を離す)はぁ」

滝「黄前さん、そこ、難しいですか?」

久美子「……」

滝「本番までに出来るようになりますか?」

久美子「はい」

滝「本番で出来ないということは、全員に迷惑をかけるということになりますよ。もう一度聞きます。できますか?」

久美子「はいっ、できます!」

滝「分かりました。……ではその次から、全員で」

 

〇校舎裏

 

久美子が個人練をしている。ゆっくりしたテンポから、徐々にテンポを上げて行く久美子。

 

久美子「(ナレ)その指、息の強さとタイミング。求めるべき音はちゃんと頭の中で鳴っているのに、実際にその音が出ないもどかしさ。次々と確実に、狙った力加減で、狙った息の強さで、狙った音をリズムに合わせて出していくことが、いかに難しいか。わたしは思い知らされていた」

 

麗奈が近付き、ペットボトルを久美子の額に載せる。

 

久美子「(目を閉じて)はぁ……、ん?……麗奈」

麗奈「まず飲んで」

久美子「……」

(時間経過)

久美子「(ごくごくと水を飲み)ぷはっ……」

麗奈「合わせよ」

久美子「……うん」

 

ユーフォとトランペット、2人の合奏が空に響く。

 

CM(コントラバスの緑)

 

〇北宇治高校・正門

 

登校する生徒たち。ユーフォの音が聞こえている。

 

〇エントランス前

 

麗奈が久美子のユーフォに微笑む。香織と優子が話しかける。

 

香織「高坂さん」

優子「おはよ、早いね」

麗奈「おはようございます」

香織「これ、黄前さん?」

麗奈「はい」

優子「けっこう苦戦してましたからね、合奏で」

香織「あすかが上手く教えてあげられれば良いんだけど」

麗奈「あの……」

香織たち「ん?」

麗奈「あの、ずっと言いたかったことがあって……」

香織「え、何?」

麗奈「オーディションの時、生意気言ってすみませんでした(頭を下げる)」

優子「ぅ……」

香織「ううん、こちらこそ。付き合わせちゃって、ごめんなさい」

優子「か、香織先輩」

夏紀「(後ろから優子に近づき)なーに一人で赤くなってんの?」

優子「ひぃっ!な、なんであんたが居るのよぉ!?」

夏紀「フっ」

優子「ム?」

 

優子が夏紀を追いかける。

 

優子「こらーっ」

 

〇音楽室

 

晴香が部員たちを前に話をする。

 

晴香「コンクールまでいよいよあと10日です。各自課題にしっかり取り組んで、練習に臨んでください」

部員たち「はいっ」

 

〇教室(低音パート)

 

久美子が練習をしている。前の方では葉月が緑の指のテーピングに感嘆している。

 

葉月「うわぁ、少し休ませた方が良いんじゃないのぉ?」

緑輝「平気です。慣れっこですので」

葉月「はぁ……」

梨子「(久美子の演奏に)うん。最初に比べるとずいぶん良くなったね」

久美子「本当ですか?」

梨子「本当。この調子であと10日頑張ろう!」

あすか「じゃあ、いっちょ黄前ちゃんに稽古つけてやっかぁ」

久美子「はい、お願いします!」

 

久美子「(ナレ)その時はまだ10日ある、このまま練習を続ければ何とかなる……」

 

〇音楽室

 

合奏練習をしている部員たち。滝が演奏を止める。

 

久美子「(ナレ)そう思っていた」

 

滝「テナー、バリトン、ユーフォ、ここ重要です」

部員たち「はいっ」

(時間経過)

滝「7小節前からもう一度。ここのバリトン、もっとクリアに」

晴香「はいっ」

(時間経過)

滝「スネアはロール頭にアクセント」

(時間経過)

滝「前にも言いましたよ。この曲はホルンがカッコいい曲です。分かってますか?」

(時間経過)

滝「トロンボーン、塚本君」

秀一「はい」

滝「今のを常に吹けるように」

秀一「(小さく感動)ぉぉ」

(時間経過)

滝「では、いきます。158小節目から」

 

真剣な顔で演奏する部員たち。滝が演奏を止める。

 

滝「はい、そこまで。トランペットはきちんと音を区切って」

部員たち「はいっ」

滝「ホルンはもっとください」

部員たち「はいっ」

滝「それからユーフォ、ここは田中さん1人でやってください」

 

あすか、緑、卓也、梨子、麗奈が息を吞む。

 

滝「田中さん、聞こえましたか?」

あすか「はい……」

滝「ではもう一度、今の指示に気を付けて、3……」

 

ふたたび演奏が始まるが、久美子のユーフォは膝の上に横たわったまま動かない。

 

久美子「(ナレ)それは一瞬だった。反論のスキも猶予もなく、先生はそれだけ言うとすぐ演奏に戻った。そう……」

 

〇(インサート)蜘蛛の巣にかかったアゲハ蝶。

 

久美子「(ナレ)これは関西大会進出をかけた戦いなのだ……」

 

〇楽器室

 

久美子がユーフォのケースを撫でる。葉月たちが声をかける。

 

葉月「久美子ぉ」

久美子「……?」

葉月「緑がどーしても何か食べに行きたいって」

緑輝「行きましょう!」

久美子「うん」

 

久美子が立ち上がる。足元にスマホの忘れ物。

 

黄檗駅ホーム

 

久美子たち3人がベンチに座って話す。久美子の手には大量のパンの入った袋。

 

久美子「えー、こんなに食べられないよ?」

葉月「いいから、こういう時は食べる!」

緑輝「そうです。緑も付き合います」

久美子「でも……」

緑輝「久美子ちゃんは月に手を伸ばしたんです。それは、素晴らしいことなんです」

 

緑が手を空に伸ばす。手に持つメロンパンが月と重なる。

 

宇治駅近くの道路

 

歩く久美子の脳裏に今日の出来事がフラッシュバックする。

 

滝「それからユーフォ、ここは田中さん1人でやってください」

 

思わず足を止めた久美子、足早に歩き出し、やがて駆け出す。

 

久美子「(上手くなりたい……、上手くなりたい……、上手くなりたい……、上手くなりたい……、上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい……、上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい……、上手くなりたい、上手くなりたい、誰にも負けたくない、誰にも……、誰にも………………)」

 

宇治橋

 

久美子、橋の中程まで走ってきて足を止め、川面に向かって叫ぶ。

 

久美子「上手くなりたああああぁい!……」

秀一「(道路の向こうから)おーい久美子、なにやってんだぁ?」

久美子「……上手くなりたい」

秀一「(聞こえず)えぇ?」

久美子「上手くなりたいって言ってんの!!」

秀一「そんなの……、俺だって上手くなりてぇ!」

久美子「わたしの方が上手くなりたい!」

秀一「俺の方がもっと上手くなりてぇ!」

久美子「わたしの方が……(ボロボロ泣いて欄干にすがる)悔しいっ、悔しくて死にそう……」

 

ハッと顔をあげる久美子。脳裏に『地獄のオルフェ』が流れる。

 

久美子「(ナレ)その時、わたしは知った……」

 

〇(回想)中学時代

 

吹奏楽コンクールの会場で駄目金に悔し涙を流す麗奈。それを見ている久美子。

 

麗奈「悔しくって、死にそう」

 

宇治橋

 

大粒の涙を流す久美子。

 

久美子「(ナレ)そのつらさを……」

 

〇(回想)中学時代

 

吹奏楽コンクールの会場。立ち上がり、涙を流す麗奈。

 

麗奈「わたしは悔しい!めちゃくちゃ悔しい!」

 

久美子「(ナレ)あの時、麗奈がどんな思いでいたかを……」

 

宇治橋

 

橋の上で泣き続ける久美子。その背中を秀一が見守る。

 

久美子「(ナレ)わたしは知ったのだ」

 

〇久美子の部屋

 

久美子がベッドでうつぶせになっている。麻美子が入ってくる。

 

麻美子「入るよ。うわ、暑。ちょっとクーラーくらいつけな」

久美子「……」

麻美子「ごはん」

久美子「今いらない」

麻美子「あんた、ちゃんと勉強してんの?」

久美子「お姉ちゃんに関係ない」

麻美子「部活ばっかして、今から真面目に勉強してしておかないと、大学はいれないよ」

久美子「お姉ちゃんなんて受験で吹部辞めたくせに、希望の学校行けなかったじゃん。意味ないよ」

麻美子「うるさいなぁ。音大行くつもりないのに吹部続けて、何か意味あるの?」

久美子「ある、意味あるよ!」

麻美子「どんな意味よ?」

久美子「だって、わたしユーフォ好きだもん(と、立ち上がる)」

麻美子「は?」

久美子「わたし、ユーフォが好きだもん」

麻美子「……へえ、えらいね」

 

麻美子が出てゆき、ベッドに座る久美子、鏡を見ながらつぶやく。

 

久美子「わたし、ユーフォが好きだ……」

 

〇北宇治高校・正門

 

夜の情景

 

〇職員室

 

滝が、事務員に付き添われて入り口に立つ久美子に気付く。

 

滝「ん……、黄前さん?どうしたんです、こんな時間に?」

久美子「すみません。忘れ物したみたいで……」

滝「何を忘れたんです?」

久美子「え、あの……、携帯を……」

 

〇廊下

 

滝と久美子が歩いてくる。

 

滝「学校では使ってませんよね?」

久美子「あ、はい」

滝「気をつけてくださいよ。また教頭に怒られてしまいますから」

久美子「また……」

滝「はい。実は最近ちょくちょくお叱りを受けているんです。練習させすぎだって」

久美子「はぁ」

滝「まあ、あまり気にしてませんけど」

久美子「はぁ……」

 

〇階段

 

階段を登る2人。

 

久美子「あの、滝先生のお父さんって、滝透さんですよね?」

滝「ええ、よく知っていますね。私の父は10年前まで、この学校の吹奏楽部で顧問をしていました。ですからこの学校に配属された時は、少し嬉しかったんですよ」

久美子「プレッシャーとか無かったんですか?お父さんと同じ仕事って……」

滝「さあ、どうでしょう?小さい頃は父と同じ仕事に就きたいなんて、思ったこともなかったのですが、でも、選んだのはこの仕事でした。結局、好きなことってそういうものなのかも知れません」

久美子「……ですよね」

滝「はい?」

久美子「好きって、それでいいんですよね」

 

〇エントランス外

 

久美子が礼をして帰ろうとする。

 

久美子「ありがとうございました」

滝「もう遅いから、気をつけて帰ってくださいよ」

久美子「はい」

滝「あぁ、それから……」

久美子「?」

滝「吹けなかった所、練習しておいてください。次の関西大会に向けて」

久美子「……」

滝「あなたの出来ますという言葉を、わたしは忘れていませんよ」

久美子「……はいっ」

 

団地の

 

はあはあっ、と息を切らして走ってくる久美子、高台で立ち止まりスマホを見る。麗奈からの着信があったことに気付き、電話をする。

 

久美子「もしもし麗奈?あのね、今から会える?うん、そう、駅前の……」

 

宇治駅

 

三日月の夜空の下、久美子と麗奈が話している。

 

久美子「ごめんね」

麗奈「今日のことなら、謝ることじゃない」

久美子「でも、せっかく協力してくれたのに」

麗奈「まだ終わってないでしょ?」

久美子「うん……、そうだね」

麗奈「呼び出したのはそのこと?」

久美子「ん、実はね、いままで滝先生と2人きりだったから」

麗奈「……」

久美子「それでね、滝先生がわたしの……はっ!?」

 

久美子の言葉にペットボトルを落として呆然の麗奈。久美子はそれに目もくれず、ガチャガチャ(楽器くんシリーズ 第5弾 ユーフォ君登場!)に釘付け。嚙み合わない2人の会話が続く。

 

久美子「(ナレ)努力したものに神様が微笑むなんて噓だ。だけど、運命の神様がこちらを向いてウィンクをし……」

 

久美子「ユーフォ君?ちょっと麗奈、ねえこれ見て」

麗奈「久美子、いま何て言った?」

久美子「やっとユーフォ君……どうしよう」

麗奈「ねぇ、先生と2人きりって」

久美子「お金。お金、お金」

麗奈「ちょっと、ねえ久美子」

久美子「やった、出た!一発ゲット!」

麗奈「久美子!」

久美子「わたし、ユーフォが好き!」

麗奈「久美子!」

 

京都コンサートホール・外観

 

まだ無人京都府大会の会場。

 

久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED

響け!ユーフォニアム 最終回 「さよならコンクール」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 最終回 「さよならコンクール」

 

脚本 花田十輝 絵コンテ 山田尚子 演出 河浪栄作

 

メインタイトル 響け!ユーフォニアム

 

〇久美子の家 外観

 

早朝の情景

 

〇久美子の部屋

 

5時に鳴る目覚まし時計。久美子が間髪入れずにそれを止める。

 

久美子「はぁ、……んっ(ベッドの上を移動)、……んん(床の楽譜を拾い上げる)」

 

久美子が162小節目からのフレーズをハミングして、悔し気に声を漏らす。

 

久美子「んーっ」

 

(時間経過)鏡の前でポニーテールを作る久美子。冬服のスカート丈も長めに調整。

 

久美子「よしっ。……歯、磨こ」

 

〇玄関

 

明子が久美子に声をかける。

 

明子「忘れものない?」

久美子「うん。いってきます……」

 

出かけようとした久美子が、取って返す。廊下に麻美子が立っている。

 

久美子「定期忘れた……、あ」

麻美子「(部屋から出てきて)……おはよ」

久美子「おはよう……」

 

宇治駅

 

久美子が発車前の電車内で運指をおさらいしていると、麗奈が横に座る。

 

久美子「ぁ……」

麗奈「おはよ」

久美子「おはよ」

 

麗奈が久美子をひじでつつく。ひじでつつきあう2人。久美子、笑い出す。

 

京阪電車 車内

 

秀一が扉付近に立ち、外を見ている。

 

〇音楽室

 

森田が夏紀と葉月に、手を挙げてあいさつ。

 

〇京阪 稲荷駅ホーム

 

緑がホームで電車を待つ。

 

〇教室(低音パート)

 

あすかがユーフォを手に一人たたずむ。

 

あすか「(ユーフォに息を吹き込む)」

 

タイトル 最終回 「さよならコンクール」

 

〇北宇治高校 通学路

 

沢田と加橋が晴香を追い越しながらあいさつ。

 

沢田「(同時に)おはよー」

加橋「(同時に)おはよー」

晴香「おはよー」

 

香織が晴香に追いつく。並んで歩く2人。

 

香織「晴香。おはよう」

晴香「おはよ」

香織「(冬服姿に)流石に暑いよね、これ」

晴香「ねー」

香織「……今日さ、がんばろうね」

晴香「うん」

 

校舎から楽器の音が聞こえてくる。

 

香織「音出ししてる……」

晴香「(時計を見て)もう?もー、早いよぉ」

 

〇楽器室

 

譜面隠しを用意する雑賀と井上(調)。

 

雑賀「(段ボール持ち上げ)おっとっと」

井上(調)「手伝います……」

雑賀「ありがと」

 

その奥ではパーカッションが準備をしている。

 

大野「(チャイムマレットを手に)ねえねえ、これ、どこに入れよっか?」

井上(順)「ナックル先輩に聞いてみないと」

釜屋「マレットと一緒でいいですか?」

加山「ていうか、当のナックルは?」

堺「多分、まだ……」

田邊「ういーす」

加山「遅い!」

田邊「うええ!?」

 

〇音楽室

 

晴香が集合した部員たちに指示を出す。運指をしながらソワソワの久美子、それを後ろで見ている秀一、眠たげな様子の麗奈。

 

晴香「はーい、みんな聞いて。聞いてくださーい。各パートリーダー、自分のパートが揃っているか確認してください。トランペット」

香織「います」

田邊「パーカス、問題なし」

姫神「フルート、全員います」

鳥塚「クラ、揃ってます」

喜多村「ファゴットオーボエ、大丈夫でぇす」

野口「トロンボーン、揃ってまーす」

沢田「ホルン、います」

あすか「低音、オールオッケー」

晴香「えっと、サックスも大丈夫。はい、分かりました。えーと、7時過ぎにトラックが来るので、10分前になったら積み込みの準備を始めます。楽器運搬係の指示に従って、速やかに楽器を移動してください」

部員たち「はいっ」

晴香「楽譜係……」

雑賀「はい。今から譜面隠しを配ります。各パートリーダーは取りに来てください

晴香「受け取ったら、各自なくさないようにね」

加部「楽器運搬の人は、こっちに集まってくださーい」

あすか「(集中して運指をさらう久美子に)ほい、黄前ちゃん」

久美子「(ハッとして)ぁ……」

あすか「譜面隠しだよ」

久美子「ありがとうございます」

野口「(久美子を見ている秀一に)ほい」

秀一「あ、どもっす」

 

葉月が後方から秀一を見ていると、夏紀が声をかける。

 

夏紀「いくよ」

葉月「ぁ、はい」

 

〇外廊下

 

秀一が楽器運びをしていると、葉月がそれを手伝う。

 

秀一「(葉月に気付き)ぉう」

葉月「これ、運んじゃっていいんだよね?」

秀一「サンキュ」

田邊「(トラックの荷台から)先、パーカス入れるから」

釜屋「はい」

 

〇職員室

 

タキシード姿の滝がアルバムの写真を見ている。

 

滝「(写真に語りかけるように)……行きましょうか」

 

〇中庭

 

美知恵が部員たちに喝を入れている。

 

美知恵「お前ら、気持ちで負けたら承知しないからな、わかったか!」

部員たち「はいっ!」

滝「(息を切らせて駆け寄る)すみません、お待たせしました……。全員揃ってますか?」

美知恵「ええ」

葉月「相変わらず正反対だねぇ、この2人」

緑輝「ですね」

喜多村「タキシードだ」

岡「タキシード、やばいね」

晴香「先生、ちょっといいですか?」

滝「どうぞ」

晴香「森田さん」

森田「はいっ。中川」

夏紀「うん」

 

並ぶチームもなか。

 

森田「えー、私たちサブメンバーのチームもなかが、皆さんへのお守りを作りました。今から配りますので、どうぞ受け取ってください」

夏紀「イニシャル入りです」

部員たち「(歓声)」

もなか「(照れ笑い)」

 

お守りが配られていく。

 

森田「はい、弘江先輩」

橋「ありがとう」

岡本「わたし、LOじゃなくてROだよぉ?」

宮「ヘボン式?」

加部「沙菜先輩、これ……」

笠野「わぁ、ありがとう」

優子「(明らかに大きなお守りを手に)なんか、わたしのだけ大きいんですけどぉ……」

夏紀「愛だよ。嫌がらせという名の愛」

葉月「あ、いたいた。高坂さん、久美子ぉ!(久美子に)はい。(麗奈に)高坂さんも」

久美子「(同時に)ありがと」

麗奈「(同時に)ありがとう」

葉月「2人、色違いでお揃いだから!後は……緑と、塚本か。緑ぃー(と駆け出す)」

緑輝「はいー」

晴香「えぇと、みんな行き渡りましたか?まず、毎日遅くまで練習するなか、全員分用意するのは本当に大変だったと思います。ありがとう。拍手!」

部員たち「(拍手)」

森田たち「(照れる)」

晴香「では、そろそろ出発します」

滝「小笠原さん」

晴香「はい」

滝「部長から皆さんへ、何か一言」

晴香「えっ、私ですか?」

あすか「よっ、待ってました、部長さま!」

晴香「茶化さないの。代わりに話させるよ」

あすか「コッホン。では、ユーフォの歴史について」

晴香「それはいいから」

部員たち「(笑い声)」

晴香「あ……、えぇと……」

あすか「……(サムズアップ)」

晴香「えっと、今日の本番を迎えるまで色んなことがありました。でも今日は、今日できることは、今までの頑張りを、想いを、すべて演奏にぶつけることだけです。それではみなさんご唱和ください。北宇治ファイトぉー」

部員たち「オー!!」

あすか「さあ、会場にわたしたちの三日月が舞うよ!」

部員たち「オーッ!!」

美知恵「はしゃぎすぎだ!」

滝「(振り上げた手を下して)シー」

部員たち「(くすくす笑い)」

 

〇コンサートホール前の道路

 

バスから降りる部員たち。

 

赤松「(バスに酔って)うぅ……」

田浦「大丈夫?薬あるよ」

渡辺「うわ、暑っ」

 

〇バス車内

 

緑が、通路に立つ久美子に声をかける。

 

緑輝「久美子ちゃん、緊張してますか?」

久美子「してないよぉ……」

緑輝「してますね。いいですか?失敗したら駄目だって思うから緊張するんです。わたしの演奏テクニックを見よ!って思えばいいんです」

久美子「緑ちゃん、強いね」

緑輝「はい。緑、めちゃくちゃ楽しみなんですぅ。早く演奏したいでぇす」

 

〇コンサートホール 外観

 

続々と集まる学生たち。加瀬と高久が気圧されている。

 

高久「大きい……」

加瀬「でしょ……?」

 

〇大ホール 舞台裏

 

音出し禁止の貼り紙。晴香が部員たちに指示を出す。

 

晴香「はーい、各パートリーダーは、もう一度全員揃っているか確認。終わったら楽器を確認してください」

部員たち「はいっ」

 

ケースを開きユーフォを見やる久美子の耳に、ほかの部員の声が聞こえる。

 

大口「立華だ」

高野「やっぱ人数多いね」

 

立華の上級生が部員たちに指示出しをしている。

 

上級生「じゃあここで、広がらないように固まって!楽器揃ってる?」

 

梓が久美子に気づいて手を振る。久美子も振り返す。

 

加部「楽器運搬の人、先に移動しまーす」

女子「あ、はーい」

 

麗奈が久美子に近づき、髪を結んでほしいと頼む。

 

麗奈「久美子、結ぶの手伝って」

久美子「あ、うん」

麗奈「きつめがいい」

久美子「分かった」

 

麗奈の髪を結う久美子に、夏紀が近づき拳を突き出す。

 

夏紀「黄前ちゃん、ん……(笑う)」

久美子「(微笑む)」

 

拳を合わせる2人。手をひらひらと立ち去る夏紀を見て、麗奈。

 

麗奈「いいね、中川先輩」

久美子「うん」

 

進行係の学生が晴香に近付き、声をかける。

 

学生「すみません」

晴香「あ、はい。(部員たちに)そろそろ移動しまーす」

部員たち「はいっ」

 

〇控室

 

進行係の学生が扉を閉める。

 

学生「では、この扉を閉めたら音出ししてかまいません」

滝「(目礼)」

 

扉が閉まり、音出し、チューニングを始める部員たち。

 

松崎「音、合ってない」

鈴鹿「大丈夫、落ち着いて」

萩原「聞いて聞いて」

鈴鹿「もう一回」

梨子「(卓也に)ちょっと高いかも」

 

頃合いをみて、滝が鳥塚に合図。クラリネットに合わせて全員でチューニング。

 

滝「よろしいですか?」

部員たち「はいっ」

滝「えぇっと……、実はここで何か話そうと思っていろいろ考えてきたんですが、あまりわたしから話すことはありません」

部員たち「(拍子抜け)」

滝「春、あなたたちは全国大会を目指すと決めました。向上心を持ち、努力し、音楽を奏でてきたのは、全てみなさんです。誇ってください。(パンと手を合せ)わたしたちは、北宇治高等学校吹奏楽部です」

部員たち「「嬉しいざわめき)」

滝「そろそろ本番です。みなさん、会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」

部員たち「(緊張の面持ちで)……」

滝「初めに戻ってしまいましたか?わたしは聞いているんですよ?会場をあっと言わせる準備は出来ましたか?」

部員たち「(笑顔になって)はいっ!!」

滝「ではみなさん、行きましょう。(扉を開けて)全国に」

 

気合が入る久美子、麗奈がその背中を指でつつく。

 

久美子「(気合いが入る)っ……、(背中をつつかれて)ぅえっ!」

麗奈「本番、がんばろうね」

久美子「……うんっ」

 

〇舞台裏

 

他校の『シェエラザード』が聞こえるなか、部員たちが出番を待つ。

 

梨子「うぅ、緊張する」

卓也「大丈夫、上手くいく」

梨子「……うん」

 

久美子、緊張感が増して辺りを見回す。

 

沢田「(ホルンのメンバーに)普段通りいこう」

優子「(みぞれに)どう?大丈夫?」

 

秀一が近付き、久美子にささやく。

 

久美子「……」

秀一「大丈夫かよ?」

久美子「(ハッとして)……問題ない」

秀一「問題ないって感じじゃないけど」

久美子「……うるさい(と、秀一の足を踏む)」

秀一「いてっ。何すんだよ、いきなり」

久美子「別に……」

 

舞台の演奏が終わり、拍手が聞こえる。久美子の緊張が更に高まる。

 

秀一「大丈夫だって」

久美子「……?」

秀一「あんなに練習したんだからさ」

久美子「……ム(ちょっとむくれる)」

 

久美子が秀一に拳を突き出すが、秀一はそれに気づかない。

 

久美子「……ん?(と、秀一の足を蹴る)」

秀一「てっ!なんだよ……、ぉ(と久美子の拳に気づいて)……」

 

拳を合わせる2人。

進行係の学生が扉を開く。

 

学生「北宇治のみなさん、どうぞ」

 

扉が開き、舞台と観客の姿が見える。

 

久美子「はぁ……、っ(と気合をいれる)」

 

CM(パーカッションパート)

 

〇大ホール 舞台

 

舞台で位置につく部員たち。

 

〇大ホール 観客席

 

少女(笠木希美)が席に座る。

 

〇大ホール 舞台

 

久美子が譜面台に楽譜を置いて観客席を見わたす。あすかが久美子に話しかける。

 

あすか「なんか、ちょっと寂しくない?」

久美子「……?」

あすか「あんなに楽しかった時間が、終わっちゃうんだよ。……ずっとこのまま、夏が続けばいいのに」

久美子「……何言ってるんですか?今日が最後じゃないですよ。わたしたちは全国に行くんですから」

あすか「……そうだったね。そういえば、それが目標だった」

 

久美子とあすかが微笑みを交し合う。照明が灯され、アナウンスが読み上げられる。真剣な表情の部員たち。舞台袖で祈るチームもなか。

 

アナウンス「プログラム5番、北宇治高等学校吹奏楽部。課題曲4番に続きまして、自由曲、堀川奈美恵作曲『三日月の舞』。指揮は滝昇です」

 

滝が観客席に一礼し、指揮台に上る。『プロヴァンスの風』の演奏が始まる。滝の指揮に合わせて演奏する部員たち。

 

久美子「(ナレ)全国に行けたらいいな。中学生のころからそう思っていた……」

 

〇久美子の部屋

 

教科書に混じって並ぶ、ユーフォニアムの教本。中学時代の楽譜ファイル。

 

久美子「(ナレ)だけどそれは、口先だけの約束みたいなもので、本当に実現させようなんて一度も思ったことなかった……」

 

鉢植えのサボテン

 

久美子「(ナレ)だって、期待すれば恥をかく……」

 

〇教室

 

無人の教室

 

久美子「(ナレ)叶いもしない夢を見るのは、馬鹿げたことだって思ってたから……」

 

〇控室

 

久美子のカバンに付けられた、チューバ君とユーフォ君のマスコット。

 

久美子「(ナレ)だけど……」

 

京都コンサートホール

 

窓外の夏空、入道雲

 

久美子「(ナレ)願いは口にしないと叶わない……」

 

〇大ホール 舞台

 

懸命に演奏する久美子。

 

久美子「(ナレ)絶対、全国に行く……」

 

プロヴァンスの風』の演奏が終わる。滝が楽譜をめくり、『三日月の舞』の演奏がが始まる。滝の指示に合せ、真剣な表情で演奏する部員たち。

 

〇大ホール 舞台袖

 

葉月たちが扉に耳を押し当てて、演奏を聞いている。

 

葉月「……いいっすね」

夏紀「……うん」

葉月「……わたし」

夏紀「しっ、低音のトコだよ」

 

〇大ホール 舞台

 

演奏する低音パート。楽譜の書き込み。

 

〇大ホール 舞台袖

 

葉月と夏紀が嬉しそうに手を合わせる。

 

2人「(笑う)」

 

〇大ホール 舞台

 

演奏が続く。

 

〇大ホール 舞台裏

 

スタンバイする立華の部員たち。梓、緊張の面持ち。上級生の声が聞こえる。

 

上級生「楽器揃ってる?」

 

〇大ホール 舞台

 

演奏が続き、麗奈のトランペットソロが始まる。ソロに合わせて演奏する部員たち。香織が麗奈を見やる。

 

〇大ホール 舞台袖

 

葉月が感動して夏紀を見る。

 

葉月「(息が漏れる)先輩……」

 

夏紀がそっと葉月の肩を抱き寄せる。

 

葉月「(微かに泣く)」

 

〇大ホール 舞台裏

 

緊張の面持ちの立華・梓の前を上級生が横切る。

 

上級生「立華、移動しまーす」

部員たち「はいっ」

 

〇大ホール 舞台

 

終盤の盛り上がり~曲が終わる。息を整えた滝の合図で立ち上がる部員たちに、拍手が降り注ぐ。久美子が肩で息をしながらそれを聞いている。

 

〇大ホール 客席

 

久美子たちが結果発表の時を待つ。みな緊張の面持ち。

 

久美子「(大きく息を吐く)」

緑輝「あぁ……、めちゃくちゃ緊張するぅ……」

葉月「うえぇ……、やばいよ、この緊張感」

久美子「(ギュッと目を閉じる……)」

麗奈「来た!」

久美子「(ハッとする)!」

 

ホールのポディウム席から3人の男たちが結果発表の紙を垂らす。

他校の生徒たちの歓声、悲鳴。

麗奈が久美子の肩に寄りかかる。久美子が目をやると、麗奈の眼には涙。

 

麗奈「久美子……」

久美子「はっ(として、結果発表に目を向ける)……」

 

金・北宇治高等学校の文字。

 

久美子「金だ……」

 

「きゃあきゃあ」と歓声をあげて抱き合う葉月と緑輝。喜びの表情の部員たち。

 

久美子「わぁ……」

 

〇大ホール 舞台

 

男が紙を読み上げる。

 

男「えー、この中より関西大会に出場する学校は……」

 

(ここから音声なし)祈る久美子たち、読み上げる男、驚く久美子と麗奈、葉月と緑、晴香・香織・優子、卓也・梨子・夏紀、目を閉じて下を向くあすか、感涙の美知恵とそれを見やる滝。麗奈が涙をこぼしながら久美子に抱きつく。

 

部員たち「(歓声)」

 

声も出せず、結果発表を見る久美子・麗奈・葉月・緑。

久美子と麗奈の手が、固く繋がれている。

 

京都コンサートホール 外観

 

コンサートホール~青空 PAN

 

久美子「(ナレ)そして……、わたしたちの曲は続くのです!」

 

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