響け!ユーフォニアム 第十回 「まっすぐトランペット」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第十回 「まっすぐトランペット」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 山村卓也

 

(プロローグ)

 

香織「これで最後なんだよね」

美知恵「ソロパートは高坂麗奈に担当してもらう」

 

OP

 

〇(回想)中学時代

 

中一の夏。久美子が上級生に詰められる。掲示板には久美子と上級生の笑顔の写真。

 

上級生「ねぇ、馬鹿にしてんの?」

久美子「え?な、何がですか?」

上級生「自分が受かったから、Aになったからって馬鹿にしてんのかって聞いてるんだけど」

久美子「そんな……わたしは別に……」

上級生「チっ、1年のくせに調子のんな!」

 

上級生が机を蹴り、その拍子に久美子のユーフォが倒れる。

 

久美子「(ハッとして)痛っ……」

上級生「あんたが……、あんたがいなければ、コンクールで吹けたのに!」

 

〇校舎外観

 

セミの声と入道雲。夏の情景。

 

〇手洗い場

 

久美子がユーフォのつゆ抜きをしている。

 

久美子「(ナレ)オーディションである以上、上級生が落ちて下級生が受かることは決して珍しいことではない。だからといって全ての人が結果を素直に受け入れるかというと、それはまた別の問題で……」

 

考え込む久美子に、夏紀が声をかける。

 

久美子「ぅーん」

夏紀「黄前ちゃん」

久美子「っはい!あ、夏紀先輩」

夏紀「今日さ、練習終わったあと、ちょっと時間ある?」

久美子「え?ぁ、はい」

夏紀「話あるから付き合ってよ。おごるからさ」

久美子「ぁ、はい……」

夏紀「じゃ、まーた後でねぇ」

久美子「は、はい……」

 

久美子「(ナレ)人の心は複雑だ」

 

タイトル 第十回 「まっすぐトランペット」

 

〇校舎外観

 

セミの声に混じって、『プロヴァンスの風』の合奏が聞こえてくる。

 

〇音楽室

 

合奏が終わり、ストップウォッチを持った部員が旗を上げる。

 

瞳「3分25秒です」

滝「課題曲は今のペースが良いでしょう。コンクールの演奏時間は12分。もちろんその時間をオーバーしてはいけませんが、あせって曲を台無しにしてしまうのはもっといけません。今のペースを忘れずに行きましょう。十分、時間内に収まります」

部員たち「はいっ」

滝「では、本日はこれまでにします」

部員たち「ありがとうございました」

 

練習が終わり、女子部員が滝に近づく。

 

中野「あの先生、リストに書いてある毛布って……」

滝「毛布です。みなさん、家にある使っていない毛布を貸して欲しいんです」

部員たち「はいっ」

葉月「うち毛布チョー余ってます!でも、毛布でなにするんですか?」

梨子「それは当日のお楽しみかなぁ」

葉月「えー何ですか?久美子、あとで教えて。てか、今日時間だいじょうぶ?」

久美子「え?」

葉月「緑が、どーしても甘いもん食べたいって言ってるんだけど……」

久美子「あー……」

葉月「(夏紀が割り込み)ぅ……」

夏紀「ごめんねー。今日はちょっと話があるから、黄前ちゃん貸して」

葉月「えっ、あぁ……、はい」

久美子「あはは、ごめん」

夏紀「じゃ、下で待ってるから(手を振り、立ち去る)」

久美子「はいー、(小声で)笑顔が怖いぃ……」

葉月「声出てる」

久美子「(口を押さえて)あうっ、あはは……」

葉月「もう、そのクセ直しなよ……」

 

優子、窓際で相談を受けている香織を見つめる。

 

笠野「ここの音が上手くいかないんだよね」

香織「テンポが急に変わる所だからね」

晴香「香織」

香織「あ、今いく。またあとでね」

麗奈「(優子に)お疲れ様でした」

優子「ぁ、うん。お疲れ……」

 

優子が香織の楽譜をこっそりと開く。「ソロオーディション絶対吹く!!」の文字を見て優子がつぶやく。

 

優子「香織先輩……」

 

楽譜を見つめる優子の耳にホルンパートの噂話が聞こえてくる。

 

岸部「高坂ってラッパの?」

瞳「はい。ララ聞いちゃいました」

沢田「へぇ、知らなかった」

瞳「(優子の視線に気付き)ぁ……」

 

ハンバーガーショップ

 

緊張の面持ちで席に座る久美子。そこに夏紀がシェイクを持って近づく。

 

夏紀「ごめんね、おごるって言ってこんなもんで」

久美子「あ、ありがとうございます」

夏紀「ストロベリーでいい?」

久美子「はい」

夏紀「良かった。まぁわたしチョコ派だから、嫌だって言っても飲んでもらってたトコだけど」

久美子「はい……」

夏紀「あーぁ、オーディション落ちてしまったぁ」

久美子「(盛大にシェイクを噴き出し)ヴーっ、ゴホゴホゴホッ!いやあれはその、偶然っていうか、夏紀先輩わたしより上手くて……。違います!今のは上から言ってるんじゃなくってぇ……」

夏紀「っ(と吹き出す)」

久美子「へっ?」

夏紀「あはははっ、……なんだやっぱり気にしてたのか」

久美子「え?」

夏紀「大丈夫だって。元々わたしユーフォ初めて1年だし、オーディションだって受からなくていいやって思ってたくらいなんだから」

久美子「でも、先輩がすごい練習してるの、わたし見ました」

夏紀「なんだ、見てたのに黙ってたの?」

久美子「いえ……、それは……」

夏紀「ま、練習したのは今の部の空気にあてられたっていうか、滝先生に乗せられたっていうか。わたし、なんかそういうのに弱くてさ。でも、先生にはちゃんと見抜かれていたよ。自分が練習していない所を吹いてって言われて、あとはボロボロ。だから、黄前ちゃんは実力でちゃんと勝ち取ったんだよ。わたしはそれで納得してる。良かったって思ってるくらい。だから、変な気つかわないでよ」

久美子「じゃぁ、話って……」

夏紀「うん。それを言おうと思ってさ。今、楽譜持ってる?」

久美子「あ、はい。(楽譜を取り出し)どうぞ」

夏紀「ん。久美子ちゃんのに最初に書きたかったんだよね(と書き込み)。はい。」

 

夏紀の持つ楽譜には「絶対金賞!!来年一緒に吹くぞ!!中川」の書き込み。

 

久美子「ぁぁ先輩……」

夏紀「ありがとね。黄前ちゃんのお陰で、少し上手くなれた気がするよ(と笑う)」

久美子「先輩は良い人ですね」

夏紀「褒めてもなにも出ないよ。財布の中、小銭しかないからねっ」

久美子「はは。はははうぅぅ(と泣き出す)」

夏紀「えぇ、泣くなよぉ……」

久美子「すみません……」

 

〇公園

 

夕方。ひぐらしのなく中で、優子が香織に話をしている。

 

優子「だから、きっとそのせいなんじゃないかって。絶対そうです」

香織「そうかな?そんなことないよ」

優子「でも……」

香織「わたしはもう納得してるから」

優子「でも」

香織「先生はわたしより高坂さんがソロにふさわしいと判断した。それがオーディションでしょ?」

優子「だからそのオーディションが……ぁ(香織が優子の肩に手を置く)」

香織「優子ちゃんもコンクールに出るのよ?これからは全員で金賞目指して頑張る。違う?」

優子「っ……」

香織「その話は口外しないでって、他の子にも言っておいて。じゃぁね」

優子「香織先輩あきらめないでください。最後のコンクールなんですよ。あきらめないで……。香織先輩の……、香織先輩の夢は絶対にかなうべきなんです!じゃなきゃ……」

香織「(微笑んで)……ありがと」

 

香織の表情をみて、優子が何かを思い出す。

 

〇(回想)教室(トランペットパート)

 

花吹雪の窓際で、香織がなにかを優子に話している。

 

〇公園

 

優子、香織が去った公園で立ち尽くし、何かを決意するように拳を握りしめる。

 

優子「……っ」

 

〇音楽室

 

入り口に並ぶ上履き。滝の指示のもと、部員たちが毛布を床に敷き詰める。

 

滝「余ったものは壁に貼り付けてください」

松崎「なんだ、みんなで泊まり込むわけじゃないんだ」

滝「したければ、してもらっても構いませんよ。わたしは帰りますけどね」

松崎「ふふっ」

森田「先生、終わりました」

滝「はい、ご苦労様です。これでこの部屋の音は毛布に吸収され、より響かなくなります。響かせるには、より大きな音を正確に吹くことが要求されます。実際の会場はこの音楽室の何十倍も大きい。会場いっぱいに響かせるために、普段から意識しておかなくてはいけません」

部員たち「はいっ」

滝「ではみなさん。練習を始めましょう」

 

優子、意を決して滝に質問をする。

 

優子「先生!一つ質問があるんですけど、いいですか?」

滝「何でしょう?」

優子「……滝先生は、高坂麗奈さんと以前から知り合いだったって本当ですか?」

香織「……っ」

滝「それを尋ねてどうするんですか?」

香織「優子ちゃん、ちょっと……」

優子「噂になってるんです。オーディションの時、先生が贔屓したんじゃないかって。答えてください、先生!」

滝「贔屓したことや、誰かに特別な計らいをしたことは一切ありません。全員公平に審査しました」

優子「高坂さんと知り合いだったというのは」

滝「……事実です」

部員たち「えぇー」

滝「父親同士が知り合いだった関係で、中学時代から彼女のことを知っています」

久美子「……(麗奈の方を見やる)」

優子「なぜ黙っていたんですか?」

滝「言う必要を感じませんでした。それによって指導が変わることはありません」

優子「だったら……」

麗奈「だったら何だっていうの?先生を侮辱するのはやめてください。なぜわたしが選ばれたか、そんなの分かってるでしょ?香織先輩よりわたしの方が上手いからです」

優子「っあんたねぇ、うぬぼれるのもいい加減にしなさいよっ!」

香織「優子ちゃん、止めて!」

優子「香織先輩があんたにどれだけ気ぃ使ってたと思ってんのよ、それを……」

夏紀「止めなよ!」

優子「うるさいっ!」

香織「止めて!!……止めて……」

優子「ぁ……」

麗奈「ケチつけるなら、わたしより上手くなってからにしてください(と、出てゆく)」

 

〇廊下

 

つかつかと出ていく麗奈を、久美子が慌てて追いかける。

 

久美子「麗奈っ」

 

〇音楽室

 

残された生徒たちに滝が指示を出す。

 

緑輝「久美子ちゃん……」

滝「準備の手を止めないでください。練習を始めましょう」

 

〇廊下

 

麗奈が立ち止まり、久美子がやっと追いつく。

 

久美子「麗奈、麗奈ぁ」

麗奈「ウザい」

久美子「え?」

麗奈「ウァァァー(っと叫び)!ウザい、ウザい!鬱陶しい。何なのあれ?」

久美子「麗奈?」

麗奈「ロクに吹けもしないくせに、何言ってんの、そう思わない?」

 

ふとももを叩いてバタバタ怒る麗奈を見て、久美子が思わず笑う。

 

久美子「ふふっ」

麗奈「何で笑うの?」

久美子「ごめん、てっきり落ち込んでると思って……あ(麗奈に抱きつかれ)ぁ……」

麗奈「久美子」

久美子「え、あ、何?」

麗奈「わたし、間違ってると思う?」

久美子「(真顔に戻り)ううん、思わない」

麗奈「本当に?」

久美子「うん」

 

〇藤棚

 

校庭を見下ろす高台の藤棚で、久美子と麗奈が話している。

 

麗奈「わたしのお父さん、プロのトランペット奏者なの。滝先生のお父さんは吹奏楽の有名な先生で、それで二人は知り合いなんだけど」

久美子「うん」

麗奈「だからわたしも、滝先生のこと知ってた」

久美子「そっか」

麗奈「滝先生がこの学校に来るって話、わたしお母さんから無理やり聞き出してね。で、推薦けって……」

久美子「なにそれ、怖ぁ」

麗奈「仕方ないでしょ。わたしさ、滝先生のこと好きなの」

久美子「は?」

麗奈「好きって言ってもライクじゃないよ。ラブのほうね」

久美子「ラブ……?」

麗奈「言い直さないで、恥ずい……」

久美子「ぁ、ごめん」

麗奈「でも、滝先生はわたしの気持ちなんて知らないから、オーディションで贔屓とか絶対ない。こんな時期に顧問のこと悪く言うなんて、ホント信じられない」

久美子「うん、そう思う(と、ニヤニヤ)」

麗奈「何、その顔?」

久美子「いやっ、麗奈ってかわいいなあっと思って」

麗奈「……性格悪っ」

久美子「……ソロ、譲る気は?」

麗奈「ない。ねじ伏せる。そのくらい出来なきゃ、特別にはなれない」

久美子「麗奈だね」

 

久美子「(ナレ)でも、その時はまだ分かっていなかったのかも知れない……」

 

〇教室

 

窓際に立ち、外を見ている香織。

 

久美子「(ナレ)強くあろうとすること、特別であろうとすることが、どれだけ大変かということを」

 

CM(ユーフォパートのあすか、夏紀、久美子)

 

〇校舎外観

 

下校する生徒たち。

 

〇教室(フルートパート)

 

噂話をする部員たち。

 

渡辺「やっぱりさぁ、ひいきするつもり無くても、知ってる知らないじゃ違うと思うんだよねぇ」

 

〇トイレ

 

噂話をする部員たち。

 

鈴鹿「結局、高坂さんをソロにするためのオーディションだったって話もあるらしいよ」

 

〇教室(サックスパート)

 

噂話をする部員たち。

 

宮「高坂さんのお父さんって、結構有名なトランペット奏者なんでしょ?」

 

〇教室(トランペットパート)

 

練習する優子、その奥には麗奈の姿も見える。

 

橋「(OFF)じゃぁ先生、嫌とは言えないね」

 

〇職員室

 

紙パックのミルクコーヒーを飲む滝、美知恵が近づくが、声を掛けられない。

 

久美子「(ナレ)膨れ上がる疑惑の中、滝先生は無言をつらぬいた。それが逆に問題に蓋をしているように見え、部員たちは不信をつのらせていった」

 

〇廊下

 

美知恵との二者面談、順番待ちの葉月と緑。

 

緑輝「どうにかならないんでしょうか、この空気」

葉月「緑は、ソロ譲れっていうの?」

緑輝「それも仕方のないことなのかな、って思ってます」

葉月「どうして?高坂さん何も悪いことしてないじゃん」

緑輝「緑だってそれは分かってます。でも、こんな風に空気が悪くなるくらいなら……」

葉月「久美子はどう思ってんだろ?」

緑輝「高坂さんのことですからね……」

 

〇1-3教室

 

久美子が美知恵との二者面談に臨んでいる。

 

美知恵「二者面談とはいえ、まだ1年の1学期だ。構える必要はない」

久美子「はい……」

美知恵「どうだ、高校生活は?」

久美子「え、とくに問題は……、友達もいますし」

美知恵「将来の希望とか、あるのか?」

久美子「え、いや、そんな……」

美知恵「じゃあ、勉強はしっかりやっておくんだな。特に数学」

久美子「はい」

美知恵「そして、部活は余計なことは考えず、コンクールに向けて音楽を楽しめ」

久美子「……え?」

美知恵「以上だ」

 

〇音楽室

 

1年生たちが、敷き詰めたはずの毛布を集めて遊んでいると、滝が入ってくる。

 

植田「行くよ、行くよぉ!たぁー(っと、毛布に飛び込む)」

松野「ちょっ、やめなよぉ」

植田「ぷぁっ!(滝が入ってきて)ぅぇ……」

滝「ん?」

植田「ぅあー」

滝「……どうして片付けてるんですか?」

瞳「いえ、片付けてるんじゃなくて、みんなが暑いって言うので、練習が始まるまで……」

滝「(怒気を含み)わたしは取っていいなんて一言も言ってませんよ、戻してください!」

 

動けずにいる1年生たちに、滝の声が飛ぶ。

 

滝「戻しなさい、今すぐに!」

部員たち「はい……」

滝「(視線に気付き)釜屋つばめさん、どうしましたか?」

釜屋「(不満げに)なんでもありません……」

滝「(片隅の優子に気付く)……ぁっ」

 

〇教室(低音パート)

 

椅子に座り、話し合っている部員たち。

 

夏紀「結局、今日もパート練習かぁ……」

緑輝「今の状態で合奏するのは……」

梨子「そうだねぇ、ホルンもクラも完全に集中切れちゃってるし」

卓也「不信感の塊だから……」

梨子「パーリー会議で部長が何度も言ったみたいだけど、みんな先生のこと信用できないみたい……」

夏紀「このまままた銅を獲っちゃったら、わたしと加藤がオーディション落ちた意味ないんですけどぉ?」

梨子「でも、部長も精一杯がんばってるよ」

緑輝「あすか先輩は?」

葉月「だね、あすか先輩ならみんなのこと乗せてくれそう」

夏紀「どうかなぁ、あの人は特別だから」

卓也「さすがにコンクールとなったら別だろ」

梨子「そうだね。久美子ちゃん、ちょっと聞いてきてくれない?」

久美子「へ、わたしですか?」

梨子「うん。あすか先輩って、久美子ちゃんになら話しそうな気がするの」

夏紀「あー、なんとなく分かる。あすか先輩って黄前ちゃんにはちょっと違うんだよね。一目置いてるっていうか」

久美子「え」

緑輝「確かに、そうかもしれません」

卓也「一理ある」

久美子「ええ」

葉月「よ、大統領!」

久美子「ええええ」

 

〇廊下

 

落ち込んでいる久美子、外からトランペットの音が聞こえてくる。

 

久美子「はぁ……、なんか体よく押し付けられたような気が……。ん?」

 

〇倉庫

 

久美子が倉庫の窓から下を見ると香織がソロパートの練習をしている。見下ろす久美子に、あすかが忍び寄る。

 

久美子「ぁ……香織先輩?ソロの所だ……」

あすか「見ぃたな(冷たいペットボトルを久美子のふとももに押し付ける)」

久美子「ぃやあっ!?あすか先輩?」

あすか「ちびった?」

久美子「ムー」

あすか「さすが黄前ちゃんだねぇ、良いところ嗅ぎつける」

久美子「嗅ぎつけるって……、わたしはたまたま通りかかっただけです」

あすか「……結局あきらめていないってことだねぇ」

久美子「香織先輩ですか?」

あすか「オーディションに不満があるとかじゃない。まして同情されたいなんて少しも思ってない。ただ納得してないんだろうね、自分に」

久美子「納得?」

あすか「うん。納得したいんだよ」

久美子「……あすか先輩はどう思ってるんですか?」

あすか「何が?」

久美子「オーディションのことです。香織先輩と麗奈、どっちがソロを吹いた方が良いと思いますか?」

あすか「それは答えられないかなぁ。一応、副部長だし。私的な意見はノーコメンツ」

久美子「じゃぁ、ここだけの話でいいんで教えてください」

あすか「何を?」

久美子「あすか先輩の私的な意見」

あすか「……やっぱり黄前ちゃんは面白いよ。内緒にできる?」

久美子「できるだけ」

あすか「素直だねぇ……。正直言って、心の底からどうでもいいよ。誰がソロとか、そんなくだらないこと」

久美子「……」

 

久美子「(ナレ)それが本音なのか建前なのか、その心を知るにはあすか先輩の仮面はあまりに厚く、わたしにはとても剝がせそうになかった」

 

あすか「じゃあね(立ち去る)」

久美子「ぶはあぁぁ(と、ため息)」

 

〇廊下

 

久美子がぐったり疲れて廊下に出てくると、晴香が声をかけてくる。

 

晴香「黄前さん」

久美子「……部長」

晴香「あすかは?」

久美子「あぁ、あすか先輩なら……、多分戻ったんだと思います」

晴香「そっか、ありがとう」

 

〇倉庫

 

トランペットの音が気になっていた晴香。窓外を見下ろすと、練習中の香織と、それに近付くあすかの姿が見える。

 

晴香「……っ(頬をパンと叩き)、こりゃ一人でやるしかねぇぞ、晴香」

 

〇職員室

 

65枚分のコピーを取る滝に、美知恵が声をかける。

 

美知恵「そろそろコンクールですね」

滝「ぁ……、はい」

美知恵「音楽というのは良いですね。噓をつけない。良い音は良いと言わざるを得ない」

滝「……」

美知恵「お父様もそう言ってらしたと記憶しています。……では」

滝「(何かを思いついたように)……ぁ」

 

コピーが終わり、液晶画面には「65/65」の表示。

 

〇音楽室

 

ざわつく雰囲気のなか、晴香が手をたたき注目を集める。

 

晴香「はい、えっともう少ししたら先生が来ると思うけど、その前にみんなに話があります」

瞳「 (私語)だから、ララ思ったんで……」

晴香「瞳さん、聞いて」

瞳「 ぅ、……はい」

晴香「最近先生について根も葉もない噂をあちこちで聞きます。 そのせいで集中力が切れてる。コンクール前なのに、このままじゃ金はおろか、銀だって怪しいとわたしは思ってます。一部の生徒と知り合いだったからといって、オーディションに不正があったことにはなりません。それでも不満があるなら、裏でこそこそ話さず、ここで手を上げてください。私が先生に伝えます。……オーディションに不満がある人」

 

優子をはじめ、手があがる。

 

晴香「はい……。(滝が入って来て)先生っ……」

滝「今日はまたずいぶん静かですね。この手は?」

優子「オーディションの結果に不満がある人です」

香織「優子ちゃんっ……」

滝「なるほど。今日は最初にお知らせがあります。来週ホールを借りて練習することは皆さんに伝えてますよね?そこで時間を取って、希望者には再オーディションを行いたいと考えています」 

部員たち「(ざわめき)」

滝「前回のオーディションの結果に不満があり、もう一度やり直してほしい人はここで挙手してください。来週全員の前で演奏し、全員の挙手によって合格を決定します。全員で聴いて決定する。これなら異論はないでしょう。良いですね?」 

 

滝が部員たちを見わたす。

 

滝「では聞きます。再オーディションを希望する人……」

 

香織が立ち上がり、挙手をする。

 

香織「ソロパートのオーディションを、もう一度やらせてください」

晴香「香織……」

滝「分かりました。では、今ソロパートに決定している高坂さんと二人、どちらがソロにふさわしいか、再オーディションを行います」

 

久美子「(ナレ)そして、 次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED