響け!ユーフォニアム 第四回 「うたうよソルフェージュ」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第四回 「うたうよソルフェージュ

脚本 花田十輝 絵コンテ 石原立也山田尚子 演出 雪村愛

 

(プロローグ)

 

葉月「わっ、楽器って、こんなにいっぱいあるんですね!」

緑輝「緑はこれにしますぅ!」

あすか「ユーフォはここね」

滝「(合奏を止め)なんですか?これ」

 

OP

 

〇教室(パートリーダー会議)

 

パートリーダーが集まって、滝先生への対応方針を話し合っている。

 

晴香「そこを話し合うためのパーリー会議なんだし……」

久美子「(ナレ)パーリー会議とは、パートリーダー会議のことだ。学校によってパーミーだとかパーリー会議などと略されている」

鳥塚(クラ)「サンフェス人質に取るなんて、酷いと思う」

姫神(フルート)「……」

沢田(ホルン)「今までのうちらの伝統、全無視じゃん!」

香織「でも、ここで滝先生に逆らって練習拒否したら、本当に出場できなくなるよ?いいの?」

田邊(パーカス)「それに、サンフェス出ないのはあくまで一週間後の合奏の内容によっては、ということだし」

野口(トロンボーン)「はぁぁ(と、あくび)」

 

教室の外で盗み聞きをしている部員たち。

 

晴香「(OFF)野口君、真面目にやろぅ?」

野口「(OFF)はーい」

 

〇音楽室

 

息せき切って橋が教室に入ってくる。それを振り向く不満顔の田浦たち。

 

橋「今、香織が発言したところ!」

田浦「ぅん?なんて言ってた?」

橋「先生に逆らったら、サンフェスに出場できなくなるかもって」

田浦「(あきれて)はぁ、ここは一発がつんとがんばってよ!」

優子「(田浦に抗議)香織先輩はやさしいんです」

岡「(聞き取れず)〜」

岸部「(ふてぶてしく)どうするんですかぁ?このままじゃ吹部、潰されちゃいますよぉ」

 

久美子「(ナレ)北宇治高校吹奏楽部は、現在60名を超える部員を有する。その部員の意見をまとめ、部の方針や問題点を話し合うのがパーリー会議で、格好よく言うと我が部における最高意思決定機関なのである」

 

〇教室(パートリーダー会議)

 

パートリーダー会議が続いている。

 

晴香「低音パートは、どう?」

あすか「そうだよねぇ、どっちの言ってることも分かるけどね、わたしは」

晴香「ぁ、……そう」

 

と、屋外からトランペットの音が聞こえる。窓外を見やる晴香と香織。

 

〇屋外の渡り廊下

 

麗奈がトランペットを吹いている。

 

久美子「(ナレ)そんな下らないことどうでもいい、とでも言うように高坂さんのトランペットは空に響いていた」

 

タイトル 第四回 「うたうよソルフェージュ

 

〇音楽室

 

晴香が部員達に会議の結果を報告している。

 

晴香「というわけで、来週の合奏まで練習して、その結果サンフェスに出場しないと先生がおっしゃるようであれば、その時はきちんと抗議しようということでまとまりました。何か意見のある人、いますか?(扉を開けて滝が入ってきたのを見て)……あっ、先生」

滝「(教室に入ってきて)こんな時間に集まって、合奏ですか?」

晴香「ぁ……あ、いえ、パートリーダー会議があって……」

滝「(あきれたように)そんなことは別に時間を取ればいいでしょう。せっかく今週は三者面談で授業が短いというのに……。1週間後の合奏で改善が見られなければ、サンフェスには出られないのですよ?」

晴香「はい、それ……」

滝「(話を遮るように)言っておきますが、わたしは本気ですよ」

田浦「(プイっと)……」

滝「(手を叩いて)さぁ、練習をしますよ。皆さん、体操着に着替えてください」

晴香「はっ、体操着?」

滝「はい。着替えたら、楽器を持ってグラウンドに集合です(と、にっこり)」

 

〇グラウンド

 

ジャージ姿の部員たちがグラウンドに集合している。

 

晴香「走るんですか!?」

滝「はい。全速力で1周走ってきてください。タイムは90秒です。それ以上かかった人はもう1周追加で」

優子「えぇーっ」

鳥塚「待ってください、それに何の意味が?……」

滝「よーい、スタート」

葉月「嘘っ!?(と走り出す)」

緑輝「あぁ、待ってください!」

滝「(走り出す部員たちをみて)はいっ、走る走る」

久美子「やばい、やばい。走るの遅いのに……。(麗奈に追い抜かれて)高坂さん、速っ!」

緑輝「(ひとり遅れる緑)くぅ…、みこ……、ちゃぁ……」

久美子「緑ちゃん、遅っ!」

あすか「(秀一を追い越しながら)ほらほら、だらしないぞ!」

秀一「(息があがって)くっそー」

 

楽器を置いたテントで待つ滝、ゴールした部員達に指示を出す。

 

滝「はい、ゴールしたらすぐ吹く!」

橋「えぇ!?」

岡本「まじ?」

滝「なんのために楽器を持ってきたと思っているんですか?さ、早く」

 

サッカー部員たち、息も絶え絶えにサックスを吹く橋と岡本を見て。

 

サッカー部員A「なにやってるんだ、あれ?」

サッカー部員B「さぁ?」

 

〇教室(クラリネットパート)

 

滝が窓際に並ぶ部員たちに指導をしている。

 

滝「はい、口の前に手をかざして。自分の息を感じるようにして。窓の外にある、あの遠い雲を動かすつもりで吹いてください」

部員たち「ふーーーー」

滝「ただ強く吹くのではなく、遠くあの雲の奥の奥にある地平線の彼方まで、1本の強くて長い息の橋を架けるのです」

部員たち「ふーーーー」

滝「それでは届きませんよ。もういちど。3、4」

部員たち「ふーーーーーーーー」

 

〇教室(ホルンパート)

 

部員たちが滝の指導のもと、ティッシュペーパーを息で飛ばしている。

 

岸部「ふーっ、ふー」

滝「10分間、一度も落とさなかったら楽器持っていいですよ」

加橋「うぅっ、なんで、こっちにぃ」

沢田「ゴメーン」

瞳「もう息続かない……」

 

〇教室(トロンボーンパート)

 

滝が演奏の指導をしているが、音のタイミングがなかなか揃わない。

 

滝「では、行きますよ。3、4……(演奏を聞いて)はいっ、ではもう一度」

田浦「(あきれて)あの、これいつまで……」

滝「最初に言ったはずですよ。10回連続で全員のタイミングがぴったり合えば、次の練習に移ります」

 

〇教室(トランペットパート)

 

メトロノームに合わせて手を振り下ろす滝。順番に全員の音程チェック。

 

滝「(加部のトランペットを聴いて)ちょっと高いです。よく聴いてください」

 

〇教室(低音パート)

 

メトロノームに合わせてロングトーンの葉月など、それぞれ練習している部員たち。

 

葉月「(マウスピースから唇を離してためいき)はぁ」

久美子「(葉月の楽譜を見て)わぁー、ロングトーンばっかりこんなに……」

葉月「うん。あなたは初心者だからこれをできるようになりなさい、って滝先生が」

卓也「ロングトーンはすべての基礎だから」

葉月「でも、ちょっとつまんないです」

梨子「まぁ、退屈だよね」

緑輝「大事なことですよ、菜月ちゃん」

葉月「ふにゃぁ」

久美子「でも、次に進むとまた気になるところが出てくるというか、なんどやっても完璧にならないというか」

夏紀「あー、疲れすぎ。ちょっと休憩(と楽器を置き、背中を向けて窓際でさぼる)」

 

教室の前方で1人で練習するあすか、その背中を見る久美子。

 

〇廊下の手洗い場

 

マウスピースを洗う久美子と葉月。バスケ部員の声が耳に入ってくる。

 

バスケ部員A「フルート持ったまま泣いてたなぁ」

バスケ部員B「割とスポ根だよな、吹奏楽部」

 

〇教室(フルートパート)

 

扉のスキマから覗き込む久美子たち。中では部員の三原がうつむいて泣いている。

 

三原「(泣き声)……」

滝「基礎の基礎ですよ。何年も貴重な時間を割いて、この部活に充ててきたんですよね?」

三原「……はい」

滝「それでその演奏しかできないのだとしたら、それこそ時間がもったいない」

姫神「それでもいいです!みんなで楽しく演奏するのも吹奏楽の楽しさだと思います!」

滝「だから、最初に聞きましたよね?目標はどうしますか、と。あなたたちは全国大会を目指すと答えたのです」

 

そそくさと立ち去る久美子たち。廊下では鎧塚みぞれが1人、練習をしている。

 

〇教室(トロンボーンパート)

 

岩田「(田浦に)もぅ、あの先生訳わかんない」

 

〇廊下(掲示板の前)

 

瀧川「自分はこういうやり方、嫌いじゃないです」

 

〇階段

 

瞳「(岸部に)これ、サンフェスもやばいんじゃないですか?」

 

〇教室(低音パート)

 

教室に戻ってきた久美子と葉月、真面目に練習を再開。いぶかしがる周りの部員たち。

 

緑輝「何かあったんですか?」

 

緑の問いに2人のロングトーンが不自然に途切れる。

 

葉月「別にぃ!?」

久美子「何にもないよ?」

緑輝「マウスピース洗いに行ってから、なんか変です」

久美子「そ、そうかなぁ?」

滝「(扉を開けて)遅くなってすいません」

 

振り向くあすか、ブホっとなる葉月、イヤホンを外す夏紀。

 

滝「他のパートで、少し時間を使ってしまいまして……。(教卓でノートを広げて)えぇと、低音のみなさんは……。まず、楽器を置いてください。みなさんにはチューニングの音を歌ってほしいんです」

葉月「歌う?」

あすか「もしかして、ソルフェージュですか?」

葉月「何ですか、それ?」

緑輝「楽譜を声に出して読む基礎訓練ですね!」

滝「その通りです。では、まずこの音から」

 

滝がノートPCを操作、スピーカーから流れる音に合わせて歌う部員たち。

 

部員たち「ラーーーー」

滝「(止めて)後藤君は、あまり歌が得意ではないですか?」 

卓也「すみません」

滝「大丈夫ですよ。慣れていけば、どんどん上手になっていきますから」

あすか「心配しなくても晴香よりは上手だし」

梨子「んふっ、部長に悪いですよ」

滝「では次に、同じ音を楽器で吹いてみましょう」

 

楽器を構える部員たち。

 

滝「いきますよ。(スピーカーから音が流れる)……3、4」

 

音に合わせて演奏する部員たち。モニターに波形が見える

 

滝「(演奏を止めて)はいっ、そこまで。いま、Fの音が聞こえましたか?」

あすか「はい」

滝「それが倍音です。音程が揃っている時に聞こえてくる音です。正しく音が取れていれば、今のように純正律と同じ効果でハモります。分かりましたか?」

部員たち「はい!」

滝「(うなずいて)では、もう1度」

 

〇コンビニ前

 

コンビニの前、久美子たち3人が並んでいる。

 

葉月「思ったより優しかったね、滝先生」

久美子「うん。あれっ?緑ちゃん、今日はガチャガチャやらないの?」

緑輝「(なんかぷんぷん)ふん」

久美子「……ん?」

葉月「うひゃぁ」

緑輝「菜月ちゃんから聞きました。さっき練習中にフルートパートの教室を覗きに行ったって」

久美子「え?……うん、滝先生すごく怖かったんだよぉ」

緑輝「なんでわたしも誘ってくれなかったんですか?」

葉月「そっちかよ!?」

緑輝「緑も滝先生の特訓が見たかったです」

久美子「そんなに良いもんじゃなかったよ」

葉月「うんうんうん」

緑輝「(秀一に気付いて)あっ、塚本くんです」

秀一「(久美子たちに気付いて)あっ、おう。うまそうなもの食べてるなぁ?」

久美子「あげないよ」

葉月「ねぇ、トロンボーンはどんな感じ?今日、先生に見てもらったんでしょ?」

秀一「たっぷりしぼられたよ。(滝のまね)塚本君、わたしが言った意味分かっていますか?」

葉月「ふふっ、やっぱり優しかったのって低音パートだけだよ。もしかして先生に認められているのかも」

久美子「それか、もう諦められているか……」

葉月「んもぅ!どうしてそういう風に思うの?」

久美子「え?」

秀一「久美子って結構ひねくれてるよな」

久美子「(にらむ)はぁ?」

秀一「(あせって)あぁあ、いやいや」

 

宇治駅

 

駅構内で久美子に謝ってる秀一。

 

秀一「悪かったよ、ついさ。ほら、会話の流れっていうか。(無視して歩く久美子に)待て待て、話があるんだよ」

久美子「なに?」

秀一「高坂のことなんだけどさぁ」

久美子「高坂さん、なにかしたの!?」

秀一「いや、トランペットパートの先輩に目ぇつけられてるみたいで……」

 

〇(インサート)教室(トランペットパート)

滝の質問に答える麗奈、それをにらむ優子。

 

麗奈「はい。練習量で言えば、中学のときの半分くらいです」

 

宇治川のほとり

 

川沿いの石段に座って話す久美子と秀一。

 

秀一「なんか先生に聞かれて、思ってる事はっきり言ったらしくてさ」

久美子「そっか……」

秀一「いい先生なら、そういう所も上手くフォローしてくれるんだろうけど……。あの先生、吹奏楽部の顧問するのも初めてらしいし」

久美子「そうなんだぁ……」

秀一「ずーっと同じ練習させるし、強引だし。指導力があるかって言ったら」

麗奈「(OFF)あるに決まってるでしょ!」

 

麗奈がいつの間にか背後に立って、2人をにらみつけている。

 

秀一「なっ……、高坂?」

久美子「なんでここに」

麗奈「わたしの家、この近くだし」

久美子「見た事なかった」

麗奈「電車使ってないからじゃない?わたし自転車通学だから。(秀一に)言っとくけど、滝先生すごい人だから!馬鹿にしたら許さないからっ!!」

秀一「あ、あぁ……」

麗奈「(久美子に)分かった?」

久美子「ぅ……、分かった」

秀一「(ぷいっと立ち去る麗奈にボソっと)別に馬鹿にしたわけじゃ……」

麗奈「(振り返り)何か言った!?」

秀一「いえっ!ナンデモナイデスっ!」

 

自転車で走り去る麗奈を目で追う久美子、その目を伏せる。

 

CM(アルトサックスの面々)

 

〇1−3教室

 

美知恵先生との三者面談に臨む久美子と明子。久美子は上の空。

 

美知恵「では、小学校時代から吹奏楽を?」

明子「はい。上の子がやっていたので、それにつられる様にしてこの子も」

美知恵「そうですか」

 

久美子「(ナレ)また高坂さんを怒らせてしまった」



美知恵「お姉さんは今も吹奏楽を?」

明子「いいえ、受験をきっかけにやめちゃったんですよぉ」

美知恵「そうでしたか」

 

久美子「(ナレ)わたしの考え無い一言が火種になって……、まぁ、正しく言えば今回は秀一に原因のほぼ全てがあると思うんだけど……(空の雲に向かってブレス)。でも……」

 

〇廊下

 

三者面談を終えた久美子と明子。

 

久美子「(ナレ)少なくともわたしは、落ち込んでいた」

 

明子「(教室内の美知恵に)失礼致します」

久美子「(頭をコツンと小突かれ)いてっ」

明子「なにぼぉっとしんてんのぉ?」

久美子「んー、してないってばぁ」

 

〇楽器室

 

楽器を出そうとしている久美子に、ふいに麗奈が声をかける。

 

久美子「よっこい」

麗奈「黄前さん」

久美子「うわぁぁぁぁ。……あぁ高坂さん」

麗奈「話したい事があるんだけど、ちょっとだけ、いい?」

久美子「……うん」

 

〇渡り廊下

 

人気のない校舎裏に連れ立って来る麗奈と久美子。

 

麗奈「こっちでいい?」

久美子「あっ、うん。もちろん!(なんだろう?昨日の事かな?……それにしてもここ、人気がまったく無いんですけど……これは絶対、殺される!)」

 

飛び立つカラスのイメージ。振り返る麗奈の表情は影で見えない。

 

麗奈「黄前さん」

久美子「ひゃい!」

麗奈「昨日のことなんだけど」

久美子「(ごくりとつばを飲んで)……はい」

麗奈「わたし、ちょっと言い過ぎたなって思って」

久美子「えぇ!?あっいや、そんなこと。わたしたちもなんか感じ悪かったかも、って言うか……」

麗奈「それだけなの」

久美子「あっ……」

麗奈「じゃ(と、立ち去ろうとする)」

久美子「(あ、駄目だ。また後悔するかも)高坂さん!」

麗奈「(呼び止められ、振り返る)……」

久美子「あの、あの、わたしも昨日はごめんなさい。なんか、なんか人のうわさ話とかうだうだ言ってないで、黙って練習しとけって感じだよね、うん。あと、あとね、……わたしから言いたい事があるんだ、このあいだ……。このあいだ練習無くなった日、ドヴォルザーク吹いてたの、あれ高坂さんだよね?すごく元気でた!!わたしも頑張らなきゃって思った。だから、ありがとう」

麗奈「……っ(頬が上気する)」

久美子「ぁっ。……ご、ご清聴、有り難うございました!(と走り去る)」

 

〇廊下

 

息を切らして立ち尽くす久美子

 

久美子「はぁっ、はぁっ。……どうしようっ、今の絶対引かれた」

 

久美子「(ナレ)だけど、なんだかそれは不思議と嫌な気分ではなくて、少し気持ちよかった」

 

3−3教室

 

練習している葉月、緑ら低音パートの部員たち。久美子が入って来る。

 

久美子「遅くなりましたー」

葉月「(息継ぎ)プハー」

久美子「(葉月の譜面を見て)今日はリップスラー?」

葉月「そう。めちゃくちゃ難しいんだぁ」

 

リップスラーに苦戦する葉月

 

葉月「駄目だぁ……。がんばってよチュパカブラぁ」

梨子「頑張るのは菜月ちゃんだよぉ」

卓也「音が力みすぎてる」

葉月「無理ですぅ。どうしても力入っちゃうし、難しいですぅ」

あすか「(教室に入ってきて)おいーっす!三者面談終わりっす」

梨子「あれ!?先輩もう終わったんですか?」

あすか「あぁ梨子ちゃん。あんなの5分もあれば充分だよ」

卓也「(あきれて)受験生なのに、いいのか?この人は……」

あすか「(うんうんと苦戦する葉月を見て)ん?何なに加藤ちゃん、苦しんでるね。生まれそうなの?」

葉月「リップスラーが難しくて……」

あすか「おぉー、初心者らしく順調に一歩一歩つまずいているねぇ。よかった、よかった」

葉月「むぅ、ふんんん(とリップスラー)」

あすか「(それを見て)加藤ちゃん、マウスピースだけ持ってごらん?それだけ吹いて、音程を変えてみるのだよ。ちょっと難しいけどね(と、やってみせる)」

葉月「お、わぁ……」

あすか「はい、加藤ちゃんもやってみる」

葉月「あぁ……、えーとぉ」

緑輝「久美子ちゃんもできるんですか?」

久美子「あんまし得意じゃないんだけどね」

卓也「中川は全然できない。まぁ、俺もうまくはないけど」

久美子「そうですか……」

卓也「(マウスピースを吹いて見せる)」

久美子「後藤先輩って、いつからチューバをやってるんですか?」

卓也「中1の冬から。陸上部やめて吹部に入った」

久美子「その時からずっとチューバなんですか?」

卓也「(チューバ、好きだから」

梨子「……(微笑む)」

久美子「へぇぇ(と、ちょっと感動。窓際で背を向ける夏紀を見やる)」

あすか「頼むよ、加藤ちゃん」

葉月「えー、難しすぎますってぇ」

久美子「(夏紀のもとに歩み寄り)中川先輩」

夏紀「(目をさまして振り返る)ん……ぅん?」

久美子「みんなで、合わせてみませんか?」

夏紀「……いいよ(と、立ち上がり眠そうにみんなのもとに)」

久美子「はぁ(と、安堵のためいき)」

 

〇グラウンド

 

練習する野球部員の奥で、ホルンパートの部員たちが走り込みをしている。

 

野球部員「オーライっ!」

久美子「(ナレ)それから、その翌週の合奏まで、それぞれの練習は続いた」

沢田「(走り込みを終えて)ハァハァ……。よしっ、曲練行こう!」

部員たち「はい!」

 

青空に響く金属バットの打撃音。

 

〇教室(クラリネットパート)

 

息を吐くイメージ練習をする部員たち。

 

久美子「(ナレ)今までの自分たちのやり方をほとんど否定されたことによる、滝先生への不満はとても大きかった」

 

〇教室(ホルンパート)

 

練習する3年生の脇で、岸部が吹いたティッシュが空高く舞い上がる。

 

久美子「(ナレ)だけど、そのエネルギーが部員たちの団結力へと形を変えて行った」

 

〇音楽室

 

合奏隊形の部員たち。

 

久美子「(ナレ)そして、合奏当日……」

 

沢田「絶対、文句言わせない」

加橋「なんか言われたらマッピ投げるし」

姫神「てかあの先生、なんで指揮棒つかわないの?」

渡辺「打点分かりにく」

 

準備をしている部員たちの前に、滝がやって来る。

 

滝「約束の日になりました。この1週間の成果が楽しみです。(クラに)鳥塚さん、お願いします」

 

鳥塚のクラリネットに合わせてチューニングを終える部員たち。

 

滝「……よろしいですか?では始めましょう。(手を振り上げて)3っ」

 

合奏が始まる。前回に比べ見違えるほど整った合奏に目を見張る葉月。

 

〇校舎の外

 

曲に合わせて行進のまねをする男子。

 

〇職員室

 

美知恵が合奏に気付き、笑みを浮かべる。

 

〇音楽室~校内情景

 

海兵隊』の演奏が続く。真剣な表情で演奏する部員たち

 

〇(インサート)青空、バケツに貯まる水。

 

〇音楽室

 

合奏が終わり、緊張の面持ちで滝の反応を伺う生徒たち。マウスピースに手をかける加橋、ため息をつく麗奈など。

 

滝「(部員たちを見回し、笑みを浮かべ)いいでしょう」

 

驚く久美子、喜ぶ部員たち。

 

滝「細かい事を言えば、まだまだ気になる所はありますが、なにより皆さん、いま(手を合わせて)合奏をしていましたよ」

 

夏紀を見やる久美子に、肩をすくめてみせる夏紀。

 

滝「小笠原さん、これをみんなに配ってもらえますか?」

晴香「はい」

滝「それではみなさん、お待たせしました。サンフェスに向けた練習メニューです」

野口「(びっしりのスケジュールに)げっ、これ本気でこなすのかよ?」

田浦「日曜も!?」

秀一「曲は、なんですか?」

滝「譜面は明日配ります、お楽しみに。さて、残された日数は多くありません。ですが、みなさんが普段若さにかまけてドブに捨てている時間をかき集めれば、この程度の練習量は余裕でしょう」

加橋「やっぱむかつく」

滝「サンフェスは楽しいお祭りですが、コンクール以外で有力校が一同に集まる大変貴重な場でもあります。この場を利用して、今年の北宇治はひと味違うと思わせるのです」

晴香「でも、今からじゃ……」

滝「できないと思いますか?」

晴香「……」

滝「わたしはできると思っていますよ」

晴香「ぁ……」

滝「なぜなら、わたしたちは全国を目指しているのですから(と、部員たちを見回す)」

 

秀一と顔を見合わせる久美子。チューバパートの3人、うなずく緑、滝を見つめるあすか。

夏紀ら、ほかの部員も滝を見つめる。

 

久美子「(ナレ)その挑戦的で屈託の無い笑顔を見て、わたしもみんなも気が付いた。この先生は本気だ、と」

 

にっこり笑う滝。それを見てうつむく葵。

 

久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」

 

〇屋外

 

青空からパンダウン「サンライズ・フェスティバル」のゲート看板。

 

続く

ED