響け!ユーフォニアム 第三回 「はじめてアンサンブル」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第三回 「はじめてアンサンブル」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 山村卓也

 

(プロローグ)

 

久美子「結局ユーフォによろしくだよぉ」

晴香「はい、多数決の結果、全国大会を目標に活動していくことになります」

葵「久美子ちゃんも気をつけた方がいいよ。3年なんてあっという間だから」

 

OP

 

〇北宇治高校 正門〜校内 状景

 

〇音楽室前廊下

 

机を運ぶ1年生たち。

 

久美子「(運んでいた机を置いて)ぅん……、ふう」

葉月「つかれたぁ」

久美子「あはは」

 

〇音楽室内

 

机を運ぶ1年生たち。麗奈が久美子に声をかける。

 

久美子「よっ」

麗奈「そっちの机、よろしくね」

久美子「えっ。あっ……、うん……。(机を運ぶ麗奈を見送り)あ……(嬉しそうにはにかむ)」

1年生たち「(音楽室に入ってくる香織たちに)こんにちは」

香織「こんにちはー」

優子「あっ、おい!そこ、イス置くところ違うよ!」

葉月「っす、すみません」

 

(時間経過)机が運び出されてイスだけになった音楽室。部員達が座っている前で、晴香が指示を出す。

 

久美子「(ナレ)部活の始まりはミーティングから。ここでその日の練習内容が伝えられる」

 

晴香「(手をたたきながら)はーい、みんな聞いてください。1年生の希望者は腹式呼吸の練習をしますので、中庭に集合してください。上級生は新入生をきちんと指導してあげてください」

部員たち「はいっ」

 

タイトル 第三回 「はじめてアンサンブル」

 

〇学校内

 

それぞれの場所で練習を行っている部員達の状景。

 

久美子「(ナレ)パート練習というのは、楽器ごとにグループで分かれて行う練習のことだ。お互いの音が邪魔にならないよう、それぞれのパートが別の場所で練習する。移動が大変な打楽器は音楽室、日光や水に弱い木管楽器は近くの空き教室。外でも平気な金管楽器は残った場所。という感じになる。うちの学校の低音パートは人数が少ない事もあり、楽器単体ではなくパート練習は低音部としてまとまって行う」

 

〇3−3教室内

 

あすかが手を広げて、パートメンバーに説明をしている。

 

あすか「わが低音パートの練習はここで行ってます。パート練習って言われたら、ここに集合すること。別名3年3組」

緑輝「はぁ」

卓也「別名の意味、ないですよね」

あすか「後藤ぉ、そこはテンションあげていくところでしょぉ?」

夏紀「(緑に)あれ、ほかの1年生は?たしか3人いたよね」

緑輝「あぁ、腹式呼吸の練習ですぅ」

 

〇中庭

 

香織の指導のもと、腹式呼吸に取り組む久美子、葉月ら新入生たち。

 

香織「吸って……、はいっ吐いて……ゆっくり、ゆっくり。お腹から強く、長ーく」

一年生達「すうっ、フーーーーー」

葉月「(顔を赤くして)うぶぶぶ、はぁはぁ」

香織「最初は難しいけど、だんだんできるようになるから。大事なのは強く、長く吹くこと」

葉月「ぁ……(アドバイスを実践)。ふーーー(顔を赤くしながら)ぅぅぅぅっぶっはぁっつ(ぜいぜいと荒く息をする)」

香織「加藤さん、これを見て(と吹き戻しを手に取る)。腹式呼吸の練習にはこれがいいんだよ。この吹き戻しをずぅっと伸ばしたままにするように意識してみて。こういうふうに(ピィーーーーーと、吹き戻しを吹いてみせる)」

葉月「す、すごい……」

緑輝「菜月ちゃん、久美子ちゃん」

あすか「そろそろ、もらってっていい?」

香織「物みたいにいわないの。なにかあるの?」

あすか「大事なことがあるでしょ?まだ決まっていないのよ、この子達のお相手がね」

久美子&葉月&緑「(きょとんとして)お相手?」

 

〇楽器室

 

楽器を選ぶために楽器室にきた久美子たち。

 

あすか「さぁ者ども、遠慮はいらねえ。全部頂こうじゃねぇか」

卓也「声、大きいですよ」

葉月「はぁ、楽器ってこんなにいっぱいあるんですね!」

あすか「一応、誰かが使っている楽器は下におろしてあるから、棚に入っているのならどれでもいいよ。あっ、カトーちゃんチューバはそこね」

葉月「あっ、はい。よいしょ(棚にある楽器ケースを持ち上げ)うわ、でかっ。重っ」

梨子「大丈夫?開け方わかる?」

葉月「(フックを外しながら)ここ外せばいいんですよね。(チューバを目にして感動)うぉぁぁ」

梨子「それにする?」

葉月「えっ、あぁ、えーとぉ……(棚のチューバケースを見る)」

梨子「(笑いながら)よくばりだねぇ。いろいろ見ていいよ」

葉月「(照れて)はい」

緑輝「(楽器ケースを開けて)うわぁ。緑はこれにします」

あすか「お、早いねぇ」

緑輝「はい。目が合ったので!」

葉月「えっ!目があるの?」

緑輝「はい。開けたときにこっちを見てました」

葉月「(チューバをみて)目?」

緑輝「名前は……ジョージ君、でしょうか?」

梨子「ジョージ?」

緑輝「はい!」

葉月「楽器って名前つけるものなの?」

久美子「まあ、そういう子は結構いるよ」

葉月「そっか、なるほどね。(先ほどのチューバを見やり)じゃぁ私もつける!」

久美子「ぇ」

葉月「えーっと、チューバ、チューバ、チューバかぶ……あっ、そうだ!チュパカブラにしよう」

チュパカブラ「チュパーッ!」

緑輝「なんですか、それ?」

葉月「知らないの?チュパカブラだよ!?」

あすか「黄前久美子ちゃん、ユーフォはここね」

久美子「あ、はい。えっと2つあるんですね」

あすか「選び放題でしょ」

久美子「ぅーん」

 

久美子が棚の上に残ったままの楽器ケースを見やる。

 

久美子「(ほかの楽器もいっぱい残ってるんだなぁ……)」

あすか「おすすめはこれかなぁ。4番ピストンが下のほうにあって使いやすいし、まぁ年期は入ってるんだけど。はい(と手渡す)」

久美子「(楽器を抱え嬉しそうに)うんっ、いいですね」

あすか「去年1年だれも吹いてなかったから、きっとすごい吹かれたがってるよ。久美子はーん、ワイを、ワイを吹いてけろ」

久美子「なんで訛ってるんです?」

あすか「イメージだよ、イメージ。で、どぉ?」

久美子「ん……(楽器をみつめ笑顔)、これにします」

 

〇3−3教室

 

パート練習の教室座っている低音パートの前であすか

 

あすか「さて、じゃあ一度みんなで鳴らしてみようか」

梨子「夏紀がいませんけど……」

卓也「帰ったんだろ、もう5時だし。ていうか、楽器室に行かないって時点でそのつもりだろ」

梨子「わからないでしょ」

卓也「わかる」

あすか「(ユーフォニアムを吹いて)まぁまぁまぁ。とりあえず1年生もいるんだし、音合わせからやってみようか」

緑輝「昨日のミーティングで合奏するって言ってましたよね」

梨子「そうなんだけどね……」

 

〇音楽室(回想)

 

部員達を前に滝が話す。

 

滝「では、合奏できるクオリティーになったら呼んでください(と立ち去ろうとする)」

部員たち「ざわざわ。えっ、曲は……」

晴香「えっ、でも、あの曲とかは……」

滝「なんでもいいですよ。みなさんの得意なもので」

部員たち「ざわざわ。えぇー」

滝「そうですね、じゃぁ海兵隊でどうでしょう?」

晴香「海兵隊?」

 

〇3−3教室

 

合奏の話を続ける低音パートの面々。

 

葉月「その曲って大変なの?」

久美子「大変っていうか、むしろ簡単て言うか」

梨子「吹奏楽の曲としては初級だね」

卓也「サンフェス、海兵隊でいくんですか?」

あすか「うーん、そうとは言われてないみたいなんだけどねぇ」

葉月「(こそっと緑に)サンフェスってなに?」

緑輝「あとで教えてあげます」

梨子「違うとしたら、早く曲決めないと間に合わないと思うんだけどなぁ……」

葉月「滝先生ってイケメンですよねぇ」

梨子「そう?(久美子の方を見て)久美子ちゃんはどう思う?」

久美子「えっ!?ど、どうでしょう?あははははは……(夏紀の席をみやる)」

卓也「そんなの、どうだっていいだろ」

あすか「ていうか、音合わせるよ」

梨子「あ、すみませーん」

 

〇コンビニ前

 

コンビニ前で話す久美子たち(緑はガチャガチャを回している)

 

葉月「サンライズ・フェスティバル?」

久美子「そう。略してサンフェス」

緑輝「ここら辺じゃぁ恒例ですねぇ」

久美子「5月の初めに各校の吹奏楽部が行進して演奏するの」

葉月「えぇー、できるかなぁ」

緑輝「菜月ちゃんはステップ係かもです。まだ始めたてですので。(ガチャをまわし、カプセルを開ける)……サックスくん」

久美子「また出なかったの?」

葉月「ピーー(と吹き戻しを吹く)」

 

〇通学路

 

茶畑の脇を3人が歩いてくる。

緑輝「はぁぁぁあ(と大きなため息)」

葉月「ダブってるから一個あげるって子が、クラスにいたよ」

緑輝「駄目です!自らの手で巡り会わなければ、意味がありません!」

葉月「案外頑固だよね。ねぇ久美子(と振り返り)ぉ?」

緑輝「ぉ?」

久美子「(楽器ケースを重そうに抱え歩いてくる)ぁー、ひぇー」

 

六地蔵駅・ホーム

 

ベンチに座って電車を待つ3人

 

久美子「(楽器を置いてベンチに座り)あぁー、疲れたぁーー」

葉月「(吹き戻しの練習)ぴーーー……くくく、ぶはぁっ」

久美子「お腹から息を出せって言われてたでしょ?貸してみて?(と手に取り、吹き始める)っピーーーーーーーーーーーー」

葉月「わ、やっぱり久美子もできるんだ。わたし向いてないのかなぁ」

緑輝「まだ始めたばかりじゃないですか」

久美子「そうだよ」

み「緑もコンバス始めた頃は指が痛くて痛くて、絶対無理だっていつも思っていました。でも今はもう(と葉月の頬を指で突く)」

葉月「うわっ、固っ!」

久美子「わたしたちだってそうだよ。1週間もしたら唇痛くって嫌ぁってなるよ、きっと」

葉月「えぇぇ、そうなの?」

緑輝「運動部くらい大変って言ってる人もいるくらいですしね」

葉月「そっか、だから2年生少ないのかな」

久美子「えっ!?」

緑輝「(勢いよく)やっぱりそうですよね!緑もなんか2年生だけ少ないなって」

久美子「だよね、楽器もたくさん余ってたし、きっと元はたくさんいたのかも……」

葉月「なんかあったのかな?」

久美子「(同時に)うーん」

緑輝「(同時に)うーん」

緑輝「(電車が近づき)あっ、来ましたよ(と立ち上がる)」

 

〇黄前家(夜)

 

久美子、家に帰ると玄関で麻美子と鉢合わせ。

 

久美子「ただいまぁ、っと。(ドアが開き麻美子でてくる)ぁ……、お姉ちゃん帰ってたの?」

麻美子「吹部、入ったんだってね」

久美子「別にいいでしょ……」

麻美子「またユーフォじゃん」

久美子「……」

麻美子「吹かないでよ、うるさいから」

久美子「吹かないよ。使うの1年ぶりだっていうから、ちょっときれいにするだけ……」

麻美子「(かすかに鼻をならす)ふ……」

久美子「(声にならない程度に)もうっ……」

 

〇3ー3教室

 

パート練習を行う低音パートのメンバー。梨子が葉月にアドバイスをしている。

 

梨子「ほら、スタンドがあると楽でしょ?」

葉月「お、ほんとだ」

梨子「で、ロータリーをスムーズにするために、オイルをさすんだよ(とやってみせる)」

葉月「へー」

梨子「これでよしっ。ちょっと吹いてみて」

葉月「ぶーーー。おっ、音でた!」

梨子「そしてこれが、チューナー。これで音を合わせるの」

葉月「どうやるんですか?」

梨子「ちょっと見ててね」

あすか「(その様子を見て)おぉ!小さな芽がすくすく育ってるねぇ。結構けっこう」

卓也「ユーフォは大丈夫なんですか?」

あすか「まったく問題ないよ。久美子ちゃんがいるしね?(と、久美子にウィンク)」

久美子「いやっ、私は……」

卓也「そっちじゃなくて(と、窓際でさぼる夏紀を見る)」

あすか&久美子「(夏紀の方を振り向き)あ……」

あすか「まぁまぁ、大丈夫だいじょうぶ。いざとなればちゃんと吹いてくれるから」

卓也「(ため息)ふぅ」

緑輝「あの……この部って2年生が少ないですよね」

あすか「(ぴりっとした微妙な空気が漂う中)えぇっと……」

卓也「1年が気にすることない。気にしなくていい」

梨子「ちょっと、そういう言い方はよくないよ」

久美子「(雰囲気にとまどい)……え、えっと」

卓也「(立ち上がり)ちょっと出てくる」

梨子「(緑に)ごめんね。気にしなくていいから」

緑輝「あの、わたしの方こそ……」

 

(時間経過)あすかが久美子に頼み事をする。

 

あすか「あ、久美子ちゃん。合奏するからホルン隊呼んできて。下の教室にいると思うから」

久美子「はい」

 

〇ホルンパート練習

 

階段を下りてきた久美子、教室内でホルンパートのメンバーが楽器を置いてさぼっている。

 

森本「いっせーので3」

瞳「いっせのーで4」

沢田「いっせーのーで0」

加橋「いっせーのーで2。いえーい……」

 

笑いながらさぼる、その様子を見て久美子の表情がくもる。

 

〇音楽室

 

合奏練習を始めようとする部員たち。

晴香「では、合奏を始めます。準備して……(香織に耳打ちされて)、えっ今から?」

香織「毎日『海兵隊』練習してもしょうがないって、サンフェスもコンクールもあるんだから、早く来てもらったほうがいいって」

晴香「(不満げな顔の笠野や優子らの方を見て)ぁぁ……、いや、でも」

 

〇職員室

 

滝の横に立つ晴香

 

滝「わかりました。すぐに行きます(と笑顔)」

 

CM(フルート&ピッコロパートの面々)

 

〇音楽室

 

合奏に向けてチューニングを行う部員たち。傍らに滝が待っている。

 

晴香「……いい?先生、よろしくお願いします」

滝「ぅん。(指揮台に上がり)ではみなさん、よろしいですか?今日が初めてになりますね。よろしくお願いします。では、最初から1度通してやってみましょうか」

 

緊張感が走り、滝の手が振られる。

 

滝「……3、4」

 

演奏が始まる、が、お世辞にも上手とは言えない。揃わない演奏に微妙な表情を見せる部員(森本、姫神)、リードミスしても笑ってごまかす部員(鈴鹿)、テンポがあわない演奏が気持ち悪い久美子。楽譜がぐにゃぐにゃ歪むイメージ。

 

滝「はいっ、そこまで」

 

滝がおもむろに演奏を打ち切り、気まずそうな部員を見回して笑顔で言い放つ。

 

滝「なんですか、これ?部長、わたし言いましたよね、合奏できるクオリティーになったら集まってください、って」

晴香「ぁ、はい……」

滝「その結果がこれですか?」

晴香「(息をのみ)すみません……」

滝「みなさん、合奏ってなんだと思います?……塚本君、どう思います?」

秀一「ぁあ、はい、えぇっと、それはその……。みんなで音を合わせて演奏する……」

滝「そうですね。しかし各パートあまりに欠陥が多すぎて、これでは合奏になりません。みなさんパート練習やってたんですか?」

野口「やってました!」

滝「ん?」

野口「みんなやってました。毎日パート練習やって、最後に合奏もして……」

田浦「ていうか、どこが悪かったか具体的に言ってもらえないと分かりません」

女子「(OFF)ただ駄目だ、駄目だって……」

滝「そうですか。(メトロノームを動かして)トロンボーンの皆さんはこのメトロノームに合わせて最初から吹いてください。いいですか?1、2、3、4」

 

トロンボーンの演奏。テンポ合わず、音もヘロヘロしている。

 

滝「はい、そこまで。みなさんこの演奏を聴いてどう思いました?良いと思った人?(手が挙がらず)良くないと思った人?(ぱらぱらと手が挙がり)わたしはトロンボーンだけじゃなく、他のパートも同じだと思いました。パート単体でも聞くに堪えないものばかりだと。でも、それでは困るのです」

 

(インサート)回想・多数決で目標を決める部員たち

 

滝「あなたたちは全国に行くと決めたんです。だったら最低基準の演奏は、パート練習の間にクリアしておいてもらいたい。この演奏では指導以前の問題です。わたしの時間を無駄にしないでいただきたい。(晴香に向かい)部長」

晴香「はい……」

滝「今日はこれまでにして、来週の水曜に再度合奏の時間を取ります。以上です」

 

扉を開けて出て行こうとする滝に香織があわてて尋ねる。

 

香織「あ、あのっ」

滝「なんですか?」

香織「サンライズ・フェスティバルの曲は……」

滝「あなたたちは、そういう事を気にするレベルにはありません。来週まともなレベルになってなかったら参加しなくていいと、わたしは思っています。失礼(と立ち去る)」

 

取り残される部員たち、口々に不平不満を表す。下を向いている零奈。

 

田浦「なんなの、あいつ」

沢田「いきなり来て、サンフェス出ないとか有り得ないんだけど」

野口「ていうか、また1週間この曲練習しろっていうのかよ」

岡「(晴香に)部長、ちゃんと言ってきた方がいいよ」

晴香「あっ……」

岡本「サンフェス、毎年出てるんだしさ」

晴香「えっ、でも……」

あすか「(手を叩きながら)はいはいはーい。聖徳太子じゃないんだからいっぺんに言っても分からないよ。いま晴香が言いに行ったって、あの先生が言うこと聞くわけないと思わない?」

沢田「じゃぁ、あいつの言う事聞けって?」

あすか「そういうわけじゃないよん。とりあえず、いきなりこの人数で話しても収拾つかないから、各パートで意見まとめて、パートリーダー会議で話したら良いんじゃない?」

香織「そうだね。それが良いと思う」

あすか「よしゃっ!じゃぁ、そういうことで(と晴香にウィンク)」

晴香「(安堵してうなずく)……」

 

あすかを見上げる久美子の奥で、秀一が浮かない顔をしている。

 

〇コンビニ前

 

部活終わりの久美子たちが立ち話(緑は相変わらずガチャガチャを回している)。

 

緑輝「(カプセルを開け涙目で)ぁあ、ホルンちゃん……」

葉月「もぉ、いいかげん諦めなよ」

緑輝「(きりっ、と)月に手を伸ばすのが、緑の信条です。たとえ届かなくても」

 

緑、振り向くと久美子と葉月が遠くに立っている。

 

葉月「はいっ、行くよー」

緑輝「あぁっ、待ってくださーい」

 

六地蔵駅前の歩道

 

葉月「でも、今日の合奏ってそんなに酷かったの?」

久美子「まぁねぇ」

緑輝「出だしがバラバラでしたし、拍が取れていない人もいました」

葉月「そうなんだ」

久美子「パート練習少しやってれば、できるはずなんだけど……、ぁ、秀一」

秀一「(駅で久美子を待っていた秀一)久美子……」

久美子「何?」

秀一「あぁ、いや……」

久美子「ん?」

緑輝「はっ、(察して小声で)帰りましょうか?」

久美子「へ?」

秀一「あぁ、違う。そーいうんじゃない。ちょっと話しておきたい事があるんだ」

 

ハンバーガー店

 

席でポテトをつつきながら話す久美子たち

 

久美子「退部?」

秀一「そ、30人くらいいた今の2年生の、半分くらいが辞めたんだって」

葉月「なんで?」

秀一「その2年生達は、すげーやる気あったらしいんだけど、そのせいで当時の3年生と衝突したらしくてさ」

緑輝「それでやる気があった人たちが辞めてしまった訳ですね」

秀一「そっ、だからなんとなくだらぁっとした2年生が多いだろ?」

 

(インサート)窓際でさぼるユーフォの中川夏紀の姿。

 

緑輝「でも、後藤先輩や梨子先輩はとても真面目だと思いますけど」

秀一「そりゃ、そういう先輩もいるけどさ。今日の練習後のみんなの文句の言い方見たら分かるだろ。ホルンとかまともに練習してるとこ、見たことないもん」

葉月「えっ、ぅ、そうなんだ……」

秀一「こんな学校に全国なんて、無理だろうな……」

 

顔を見合わせる久美子たち

 

〇夜の公園

 

ベンチで香織が晴香をなぐさめている。

 

晴香「はぁ……」

香織「とりあえず、トランペットはわたしがまとめるから、晴香とあすかの所も大丈夫だから。パーリー会議で主導権を握るのは難しくないと思う」

晴香「うん……。でもこの先もまたこんなことがあったら……」

香織「それは、その時考えるしかないかもね」

晴香「だよね……。はぁ。去年みたいなのは、今年はないって思ってたんだけどなぁ」

 

自転車のブレーキ音がして、あすかが2人に話しかける。

 

あすか「あれえ?2人とも、何してるの?」

晴香「あすか。まだ居たの?」

あすか「うーん、なーんかむしゃくしゃしたから、ずっと1人で吹いてた。で、2人は何?(冷やかすように)秘密の相談してるのかい?」

香織「ちがうよぉ」

晴香「だったら良いけどね。明日頼むね、パーリー会議」

あすか「お任せください。(大げさに)わたくしめは部長の忠実な部下でありますので!では、これにて失礼いたしまする。アディオス、アミーゴ!」

香織「相変わらずだなぁ」

晴香「だねぇ」

 

晴香が不安げに下を向く。

 

〇黄前家・久美子の部屋

 

窓から夜空を流れる雲を見ている久美子。

 

久美子「(ナレ)それでも部長が、パートリーダー会議で文句を言っている人たちをなだめ、また普段通り練習が始まるんだろう。どこかでそんな風に楽観していたわたしの予想は翌日見事に裏切られた」

 

〇音楽室

 

晴香と香織の前で立ち尽くす久美子たち

 

久美子「えっ……」

緑輝「休み?」

香織「各自、自由練習で良いんじゃないかって話もあったんだけど」

晴香「それじゃぁ意味がないって言う人もいてね。パートリーダー会議が終わるまでは練習は休みにする事になって……。本当にごめん(と、手を合わせる)」

久美子「はぁ」

 

曖昧な笑顔を浮かべる久美子の後ろで、麗奈がきびすを返して足早に立ち去る。

 

久美子「(ナレ)部長の話では、一部の生徒が先生の方針に対してどうするべきかを決めるまでは練習しないと言いだしたらしい」

 

〇校内の階段

 

久美子たちがまんじりともせず座って、グラウンドを眺めている。

 

久美子「(ナレ)1年生のわたしたちは、なすすべなく従うしかなかった」

 

葉月「このままで大丈夫なのかなぁ?」

緑輝「分かりませんけど、部長たち頑張ってるみたいですし」

葉月「わたしは、やるなら一生懸命やりたい。せっかく放課後遊ばないで頑張るんだもん」

緑輝「それは緑も同じです!……ですけどそれぞれの心の持ち方じゃないでしょうか?」

葉月「でも吹奏楽って、個人競技じゃないよね。(グラウンドのサッカー部を見ながら)みんなが同じ方向向いて、みんなで頑張らなきゃ意味がなくて……」

緑輝「はい……」

葉月「今みたいにやる気のない人たちにイライラしながら頑張るのって、わたしは……、なんか……」

緑輝「(だまって下を向いてる久美子を見て)久美子ちゃんは?」

 

黙り込む3人の耳にトランペットの音色が聞こえてくる。

 

久美子「ぁ……」

葉月「誰?」

久美子「高坂さんだよ……」

葉月「え?」

久美子「(顔をあげて)高坂さんだよ(と、音の鳴る方を見やる)」

 

〇高台の藤棚

 

麗奈が1人、トランペットを吹いている。

 

〇音楽室内

 

窓際の晴香と香織、後ろ姿。

 

〇職員室内

 

窓際でトランペットの音に気づく滝。

 

〇校内の階段

 

トランペットの音を聞いて、久美子たち。

 

葉月「これ……」

久美子「『新世界より』。ドヴォルザークアメリカにいるときに、故郷のボヘミアを想って作った曲なんだって(立ち上がって、目をうるませる)。まだなにもない新しい世界で」

 

〇高台の藤棚

 

トランペットを吹き終わった麗奈、しばらく何か考え込んで叫ぶ。

 

麗奈「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!はぁはぁっ……(顔を上げて、前を見据える)」

 

久美子「(ナレ)その日、私たちはそれ以上何も話さずに帰り……」

 

〇音楽室前の廊下

 

久美子が机の運び出しをしている。

 

久美子「(ナレ)あくる日、何も言わずに3人で練習に向かっていた。そして……」

 

足音に気づき振り返る久美子、嬉しそうに頭を下げる。

 

久美子「こんにちは!」

 

手をふるあすかと梨子が、笑いながら立っている。

 

久美子「次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED