響け!ユーフォニアム2 第一回「まなつのファンファーレ」  シナリオ抜き書き


響け!ユーフォニアム2 第一回「まなつのファンファーレ」


脚本 花田十輝 絵コンテ 石原立也 演出 石原立也・藤田春香


〇タイトル「Sound! Euphonium」


〇北宇治高校・エントランス前


雪が降る空からPANダウン、久美子の背中。空を見上げる久美子が深く息を吐く。


久美子「はぁ……」


久美子、視線を下に向ける。うっすらと雪が積もる通路に、誰かの足跡が残っている。潤んだ瞳で手に持つノートを見る久美子。ノートをめくりハッとする。


久美子「はっ……(少し笑う)」

麗奈「久美子っ」

久美子「ぅん?」


久美子が声をかけられて振り向く。エントランス近くに麗奈が立っている。


麗奈「やっと見つけた。昼から合奏練習」

久美子「ごめん、いま行く」


駆け出す久美子。校舎に近づく2人。


〇OP


京都コンサートホール・ホール前広場


空を飛ぶ飛行機。夏空を見上げる久美子、息を吐く。遠くから葉月たちが呼ぶ。


久美子「はぁ……」

葉月「久美子ぉ」

緑輝「久美子ちゃぁん」

久美子「あ……」

葉月「何やってんの?」

緑輝「こっちですよぉ」

葉月「記念写真!」

久美子「わっ、……うん」


〇ホール前広場


カメラマンが写真を撮っている。


カメラマン「はい、ポーズとって!」

フルート3年「いえーい」


その様子を眺めている滝のもとに男子が駆け寄り、滝を引っ張る。


瀧川「滝先生!」

秀一「何でそんな所にいるんですか?」

滝「え」

瀧川「こっちこっち」


麗奈が久美子に駆け寄り、手を引く。集合写真の撮影準備が進んでいる。


麗奈「久美子ぉ」

久美子「麗奈」

晴香「賞状はだれか持ってぇ(と賞状を香織に渡そうとする)」

香織「あ、わたしはいいよ」

緑輝「あすか先輩」

あすか「ん?」

緑輝「頭、もう少しさげてください」

あすか「んんん(とポニーテールで緑をくすぐる)」

緑輝「ひゃあぁ」

麗奈「(涙目で鼻をすする)」

久美子「大丈夫?」

麗奈「うん」

葉月「よしっ、万歳で写真撮ろう!」

久美子「万歳?」

葉月「この嬉しさを全身で表すんだよ!」

久美子「そりゃぁ嬉しいけど」


久美子「(ナレ)なんだかまだ信じられないっていうか、実感ないっていうか……」


カメラマン「じゃあ、いきます」

久美子「あ……」

カメラマン「こっち見て。はい、なにかポーズとってぇ」

葉月「(気合が入る)」

久美子「嬉しさかぁ」


互いを見やる久美子と麗奈。シャッターがきられる。


〇記念写真


思い思いのポーズで写真におさまる部員たち。麗奈の横でピースサインの久美子。


久美子「(ナレ)北宇治高校は吹奏楽コンクール京都府大会で金賞を受賞した。それだけではない。代表として関西大会への出場も決まったのだ」


〇タイトル 第一回「まなつのファンファーレ」


〇ホール前広場


晴香が手を振って部員たちを集める。


晴香「はーい、みんな集まってぇ」


部員たちが滝の前に集まる。


晴香「お願いします」

滝「ええっと、こういうのは初めてなので、なんと言っていいのか分からないのですが。みなさん、おめでとうございます」

晴香「いえ、むしろ感謝するのは私たちの方です」


晴香が振り向くと、あすか・香織ら部員たちが笑っている。


晴香「みんな、せーの!」

部員たち「ありがとうございました!」

滝「あ、はい。ありがとうございます」

沢田「(滝の反応に)あっさり……」

岸部「盛り上がらねー……」

滝「(笑って)私たちは今日、たった今から代表です。それに恥じないように更に演奏に磨きをかけていかなければなりません。今この場から、その覚悟を持ってください」

部員たち「はい!」

晴香「(滝に促され)はい、では移動します」


移動する部員たち。久美子、ポニーテールを作っていたヘアゴムを外して振り返る。


久美子「ふぅ……」


視線の先、ホールの柱のわきで一人の少女がこちらを見ている。


久美子「ん?」


他校の生徒が手前を横切る間に、少女が立ち去る。久美子も移動する。


〇北宇治高校・正門


昼、無人の正門の情景。


〇中庭


楽器運搬のトラックがバックするのを、生徒たちが待っている。


〇職員室


滝がアルバムの写真を指で撫でる。


滝「(写真に)ありがとうございました」


扉が開いて美知恵が入ってくる。


美知恵「学校の吹奏楽は顧問1人で演奏が大きく変わるといいますが、まさか関西大会とは……」

滝「松本先生も、お疲れ様でした」

美知恵「お疲れ様でした」

滝「ここに赴任することになって、演奏を初めて聴いた時から、ポテンシャルがあるのは分かっていましたから」


〇中庭


楽器を運ぶ香織や優子、あすか。


滝「(OFF)中世古さんや田中さんは強豪校にも劣らない実力を持ってましたし……」


〇楽器室


リストを手にチェックする麗奈、楽器ケースをしまう緑。


滝「(OFF)そこへ高坂さんや川島さんが入って来てくれました……」


〇職員室


会話を続ける滝と美知恵


滝「身近に手本となる存在があれば、あとは各個人がどう意識するかです」

美知恵「伸びしろはあったと?」

滝「もちろん、まだまだ課題はありますけどね」

夏紀「あのー」

美知恵「ん?」

滝「ん?」


職員室の入り口に、夏紀と加部が立っている。


美知恵「どうした、お前ら?」

夏紀「ちょっとお願いというか、相談があるんですが……」


〇音楽室


部員たちが予定表を順に渡していく。


萩原「はい(と次に手渡す)」

滝「みなさん、行き渡りましたか?」


苦笑いしながら、予定表を見る久美子や部員たち。


久美子「(ナレ)なにも書いていなくても、練習するのが当たり前。空白の目立つ予定表は、この後も夏休みとはほど遠い生活が待っていることを意味していた」


滝「8月の17、18、19の三日間、近くの施設を借りて合宿を行います。今日帰ったらご家族にきちんと話しておいてください」

加橋「(手をあげて)その前の15と16が休みっていうのは?」

滝「そのままの意味です」

部員たち「えぇー(ざわざわ)」

野口「休むんですか?」

滝「練習したいのはやまやまなのですが、その期間は必ず休まなくてはいけないと、学校で決まっているらしくて」

宮「自主練もだめなんですか?」

滝「学校を閉めるらしいんですよ」

橋「(岡本にひそひそと)外でやろ」

岡本「うん」


久美子「(ナレ)みんなそれだけ大会にかけていた。関西に行けたという事実が、全国を夢から現実のものにしていた」


滝「とにかく、残された時間は限られています。3年生はもちろん、2年生、1年生も来年あるなどと思わず、このチャンスを(パンッと手を合わせる)必ずものにしましょう」

部員たち「はい!」

滝「では、練習に移りますが、その前に……」


ドアが開き、チームもなかが楽器を手に入ってくる。


部員たち「(ざわざわ)えぇ、どうしたの?なんだろ?」


黒板の前に整列するチームもなか。


加部「ええっと、みなさん、関西大会出場おめでとうございます」

夏紀「私たちチームもなかは、関西大会に向けてこれまでと同様みんなを支え、一緒にこの部を盛り上げていきたいと思っています」

森田「おめでとうの気持ちを込めて演奏するので、聴いてください」

夏紀「ではっ」

加部「いくよっ」


釜家のパーカッションに続いて『学園天国』の演奏が始まる。


晴香「わぁ!」


チームもなかの演奏に合わせて手拍子する部員たち。


チームもなか「(演奏が終わり)コングラチュレーション!」


拍手する部員たち。


あすか「いやー、上手くなったねぇ」


(インサート)始めたばかりの葉月、さぼっている夏紀、オーディション後の夏紀、小学生時代の久美子に教える麻美子。


晴香「(感極まって)あぁっ……あー……、ぁっ」

岡「部長、なに泣いてんの?」

晴香「ごめん、ごめん。(立ち上がり)ありがとうございました。みんなも忙しいのに……(泣き出す)」

あすか「もー、こういう時は景気のいいこと言ってしめないとダメでしょ?はい、行くよっ。北宇治ファイトぉ」

部員たち「オーッ!」

晴香「それ、わたしの……」


美知恵がつられて窓際で手をあげるも、滝の視線に気付いておろす。


美知恵「なっ……んんっ(咳払い)」


久美子「(ナレ)こうして北宇治高校吹奏楽部は……」


六地蔵駅


ひぐらしのなく夕方の空。交差点に立つ久美子たち。


久美子「(ナレ)関西大会へ向けてスタートを切った」


緑輝「緑、感動しました」

久美子「練習してたもんねー」

葉月「やっぱり聞こえてた?もなかのみんなで話したんだ……」


六地蔵駅・ホーム


ホームに歩いてくる久美子たち。ベンチには麗奈が座っている。


葉月「私たちなりに、できることを精一杯やろうって」

麗奈「あ……」

久美子「麗奈……」

緑輝「高坂さん」

葉月「高坂さんって自転車通学じゃなかったっけ?」

麗奈「あぁ、うん……」


(時間経過)ベンチに並んで座る葉月、久美子、麗奈、緑。


久美子「ママさんバレー?」

麗奈「うん。それで太陽公園まで毎日通いたいから、私の自転車貸してって」

葉月「太陽公園⁉あそこずっと登りじゃん」

麗奈「アシスト付き買ったらって言ったんだけど」

久美子「パワフルなお母さんだね」

緑輝「じゃあ、もしかしてしばらく一緒に帰れますか?」

麗奈「でも、パートで残る時もあるし……」

緑輝「待ちますよ、ね?」

葉月「うん。私たちだって終わる時間はまちまちだし」

麗奈「……だったらいいけど」

緑輝「良かったぁ。緑ずっと思ってたんです。パートに関係なく1年生どうしって、もっと仲良くした方がいいんじゃないかって」

葉月「あぁ、それもなかでも言ってた」

緑輝「ですよね」

葉月「うん」


電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。


アナウンス「電車が近づいてきました、ご注意ください。…………」


緑が立ち上がり、3人に手を振る。


緑輝「じゃあ、さっそく明日。時間があったら甘いもの食べにいきましょ。ではー」


緑が立ち去り、久美子がポツリ。


久美子「予定表見る限り、とても無さそうだけどね」

葉月「もー、そんなこと言わないの」


京阪電車黄檗駅踏切


駅に近づく電車。


京阪電車・車内


並んで座る葉月、久美子、麗奈。


葉月「えぇ⁉朝6時から練習してるの?」

麗奈「うん」

葉月「早っ」


黄檗駅・ホーム


電車から降りてくる葉月。車内では久美子が手を振る。


葉月「じゃねー」


京阪電車・車内


走り出した電車内。久美子が麗奈に話しかける。


久美子「麗奈ってみんなで一緒に帰ったりするの、あんまり好きじゃないのかと思ってた」

麗奈「どうして?」

久美子「うーん、なんか前にそんなようなコト言ってたから?」

麗奈「(少し考えて)好きでもない人と、無理に合わせて付き合ったりするのは嫌だけど。私、川島さんも加藤さんも嫌いじゃないし」

久美子「そうなの?」

麗奈「うん。どうして?」

久美子「(笑って)ううん」


笑顔の久美子。麗奈がその肩を揺する。


久美子「(ナレ)その時、わたしは麗奈がほんの少しだけ変わった気がした」


〇(回想)大吉山の麗奈。再オーディションの情景。


久美子「(ナレ)オーディションを通して香織先輩や優子先輩の想いを知り……」


京阪電車宇治駅


歩いてくる久美子と麗奈。


久美子「(ナレ)それでも強く特別であろうとすることがどういうことなのか、麗奈なりに考えているのかもしれない」


交差点を渡り終えて久美子が麗奈に話しかける。


久美子「やっぱり冬服は暑いねぇ」

麗奈「うん」

久美子「じゃあ、明日」

麗奈「久美子」

久美子「ん?」

麗奈「全国行こうね、必ず」

久美子「……うん」


宇治橋


橋を歩く久美子、夕焼けの空を見上げる。


久美子「全国かぁ……」


〇マンション外観


夕方の情景。


久美子「(OFF)ただいまぁ」


〇玄関


明子が玄関で久美子を待ち構えて、久美子を祝福。


明子「おかえり。コンクール金賞おめでとう」

久美子「んー」

明子「ご飯できてるから」

久美子「うん」

明子「お父さんに連絡したら、とても喜んでたわよ」

久美子「ふーん」


〇久美子の部屋


着替える久美子に明子が話を続ける。


明子「(OFF)お姉ちゃんは携帯つながらなかったけど、きっと喜んでくれるわよぉ」

久美子「……そうかなぁ?」

明子「そうよ。あの子だって楽器やってたんだから」

久美子「たぶん、もう興味ないよ」


〇リビング


久美子が入ってくる。テレビでは他県の高校の吹奏楽部が紹介されている。


アナウンサー「では聴いていただきましょう。清良女子高等学校、吹奏楽部の演奏です」

久美子「ん?」


チャイコフスキー交響曲第4番』より終楽章の演奏。


明子「(OFF)この学校すごいんでしょう?」

久美子「うん。全国金の常連」

明子「こんな学校と勝負するのねぇ」

久美子「全国行けたらだよ」


真剣な表情でテレビを見る久美子。


〇CM(ユーフォニアムを持つ久美子)


〇久美子の部屋


朝。5時に鳴る目覚まし時計。久美子が眠たげにそれを止める。


久美子「んん……うん……んっ」


〇洗面所


もそもそと歯磨きをする久美子。


京阪電車宇治駅ホームの電車内


シートに座っている麗奈。久美子があくびをしながらその横に座る。


久美子「ふわぁっ」

麗奈「寝ぐせ、直ってないよ(と、いじる)」


〇早朝の新茶屋踏切


走る電車の情景。


京阪電車・車内


久美子がうたた寝をして麗奈に寄りかかる。


久美子「うーん……」


周りを気にしつつ、起こさないようにそっと支える麗奈。


〇下足室


麗奈、大あくびで上履きに履き替える久美子を待つ。


〇廊下


歩いてくる2人。


麗奈「それで練習大丈夫なの?」

久美子「多分。そろそろ目が覚めてきたし……。どこ行くの?」

麗奈「職員室。……音楽室の鍵がないと、開かないから」


〇職員室


滝がパソコンで清良女子の映像を観ている。ノックして麗奈が声をかける。


麗奈「(ノックして)お早うございます。失礼します」

久美子「失礼しまぁす」

滝「今日は黄前さんも一緒なんですね」

久美子「あ、はい」

滝「早くからご苦労様」

麗奈「あの、音楽室の鍵を」

滝「それなら、鎧塚さんが先に持っていきましたよ。もう開いていると思います」

久美子「ヨロイヅカさん?」

麗奈「オーボエの鎧塚みぞれ先輩。いつも私より早く来てるの」

久美子「いつも……、ふーん」


〇廊下


久美子と麗奈が職員室をあとにする。


2人「失礼しました」

久美子「もしかして早く来てるのって、滝先生と話すため?」

麗奈「……そうよ」


〇階段


上ってゆく2人。


久美子「麗奈のそういうところカワイイね」

麗奈「なに言ってんの?ちゃんと朝練だって目的だし」


オーボエの音が聞こえてきて、立ち止まる2人。


久美子「ぁ……」


基礎練習の音が校内に響き渡る。


「いい音……だけど……なんか淡泊。あ……(と口を押える)」


それを見て麗奈、肩をすくめて歩き出す。


〇音楽室


ドアを開けて麗奈がみぞれに声をかける。


麗奈「お早うございます」

みぞれ「……(うなずき練習を続ける)」

久美子「ぁ……」

麗奈「……」


室内に入り準備をする麗奈と久美子。みぞれが練習を止めてポツリと言う。


みぞれ「めずらしいね。……今日は2人」

麗奈「はい。今日は2人なんです」

みぞれ「……そう」

久美子「あのー、鎧塚先輩っていつもこんなに早く来てるんですか?」

みぞれ「………………うん、来てる」

久美子「練習、好きなんですねぇ」

みぞれ「さあ、知らない(と、リードを咥える)」

久美子「……」

麗奈「……」


久美子「(ナレ)その音色は美しい女性の声と形容されるオーボエ。チューニングが難しいうえに、一番細い所の内径が4mmしかなく、息の調整に技術を要する。いちばん難しい木管楽器と言われる所以だ」


〇屋外の渡り廊下


練習中の2人。久美子が麗奈に話しかける。


久美子「でもあんなにとっつきにくい先輩だとは思わなかったぁ」

麗奈「そう?私は平気だけど」

久美子「あー、確かに麗奈にちょっと似てるところあるかも」

麗奈「どういう意味?」

久美子「あは、いやいや。大した意味はないんだけど」


そこに香織と優子がやってくる。


香織「お早う」

優子「お早う。今日は黄前も一緒なんだ」

香織「(立ち上がる久美子に)あ、いいよいいよ。座って続けて」

久美子「はい」


歩いていく2人を少し硬くなって見送る久美子。


麗奈「そういえば、鎧塚先輩って優子先輩と仲良かったと思う」

久美子「優子先輩?」

麗奈「うん、よく話してる。2人で」

久美子「へー」


〇音楽室


優子がみぞれに話しかけている。


久美子「(ナレ)確かに麗奈の言うことは嘘ではなくて……」


優子「みぞれは夏休みの宿題終わった?」

みぞれ「半分くらい」

優子「いいなーわたし全然だよ。ねえ、お盆休み、ひま?一緒にやらない?」

みぞれ「いいけど」

優子「やったぁ!(上機嫌で『学園天国』の鼻歌)」


(インサート)険しい顔で麗奈に詰め寄る優子。


みぞれを見ている久美子に背後から秀一が声をかける。


秀一「よっ」

久美子「わぁ」

秀一「なに見てんだよ」

久美子「なんでもないよ」


〇音楽室前の廊下


ユーフォのつゆぬきをする久美子。背後から希美が声をかける。


久美子「なんだろ?なんか引っかかる……」

希美「ちょっと」

久美子「わっ⁉はいっ」

希美「あのさ、あなた低音パートの一年だよね?」

久美子「はい……」

希美「あすか先輩、いる?」

久美子「あすか先輩?」

夏紀「ちょっと希美!」

希美「うぇ……」

夏紀「あんたなに勝手なことやってんの?7組で待っててって言ったじゃん」

希美「あ、いや、でも」

久美子「夏紀先輩」

夏紀「(久美子にうなずいて、希美に)変な真似してやっかいなことになったら、困るのはあんたなんだよ?」

希美「分かった……。夏紀、ありがとね」

夏紀「礼なんて、言わなくていいよ」


希美が立ち去り、夏紀が久美子に手を合わせる。


夏紀「黄前ちゃん、悪いけど今見たこと、あすか先輩には内緒にしておいてもらえない?」

久美子「え?」

夏紀「お願い」

久美子「いいですけど……」

夏紀「ありがと(と、立ち去る)」


扉が開いて、梨子が出てくる。


梨子「どうしたの?」

久美子「……いえ、なんでもないです」


久美子「(ナレ)とは言っても……」


〇音楽室


合奏準備の部員たち。考え事をしながらあすかを見やる久美子。


久美子「(ナレ)それが気にならないはずが無かった」


久美子「(誰だろうぉ?確か府大会見に来てた人だよねぇ……。あすか先輩に用がある?)」

あすか「ん、なに?」

久美子「(聞いてもなぁ……)あすか先輩が話してくれる訳ないし……」

あすか「声に出てるよ」

久美子「おっと……」


扉を開けて滝が入ってくる。起立して挨拶をする部員たち。


晴香「 よろしくお願いします」

部員たち「よろしくお願いします」

滝「よろしくお願いします。 では早速合奏を始めて行きますが、今日はその前に一人紹介したい人がいます」

森本「おぉ、まさか婚約者?」

岸部「(ニヤリ)」

麗奈「……」 


扉を開けて、男が入ってくる。滝が部員たちに紹介する。


橋本「失礼しまーす」

滝「彼はこの学校の OB で、パーカッションのプロです。夏休みの間、指導してもらうことになりました」

井上「プロ⁉」

田邊「マジで⁉」

橋本「橋本真博といいます。どうぞよろしく。あだ名ははしもっちゃん、こう見えても滝くんとは大学で同期です。滝くんのことで知りたいことがあったら、どんどん聞きに来てねぇ。……あれ?反応薄いなぁ……」

滝「余計なことは言わなくていいですよ」

橋本「滝くんモテるでしょ?女子にキャーキャー言われてるんじゃないの?」

部員たち「(苦笑)」

鈴鹿「はい。吹奏楽部員以外の女子には」

部員たち「(笑い)」

橋本「あははは、吹部女子には人気ないかぁ。ごめんな、滝くんが口悪いのは昔からでね、 (滝に足を踏まれて)痛っ」

滝「余計なことは言わなくていいと言いましたよ?」

橋本「いぃぃ……」

部員たち「(笑い)」


久美子はそれをよそに、先ほどの出来事を回想。


(インサート) 話しかけてくる希美。手を合わせる夏紀。


ぼーっとしている久美子に、橋本が話しかける。


橋本「起きてる?」

久美子「あ、はい」

橋本「新任のコーチなのに、興味なし?落ち込むなぁ……」

久美子「すみません……」

橋本「ほいっ、パーカス!さっそくビシビシ行くよ!」


顔を赤くする久美子。あすかがそれを見ている。


〇廊下の手洗い場。


水筒を洗う久美子。


久美子「(集中しなきゃ……)」


〇教室(低音パート)


話をしている部員たち。


梨子「ここ息継ぎがほとんどなくて、つい駆け足になっちゃうんですよね……」

あすか「カンニングブレスしたら?後藤、あんたどこで息吸ってんの?」

卓也「(楽譜を指さし)ここです」

あすか「あぁ、この休符ね。梨子ちゃんも?」

梨子「そうです」

あすか「ふむぅ。じゃあ 後藤がその2小節後にブレスするようにしようか?梨子ちゃんはこのフレーズに関しては、無理に吹ききらなくてもいいよ」

梨子「分かりました」

緑輝「コンバスはどうでしょう?」

あすか「サファイア川島はパーフェクツ!」

緑輝「緑ですぅ」

あすか「ではでは、今のところを注意してもう1回っと」

久美子「失礼しまーす(と入ってくる。)」

あすか「その前に」

久美子「……」

あすか「久美子黄前 !」

久美子「うわ」

あすか「今日集中できてないでしょ、何かあったの?」

久美子「は?」

あすか「お姉さんに言ってごらん?悪いようにはしないからぁ」

久美子「悪いようにしますよね」

あすか「(久美子のほっぺをつねりながら)いいから言いなさい」

久美子「痛い痛い痛い……」

梨子「久美子ちゃん、何かあったの?」

緑輝「そうなんですか?」

久美子「いやぁ、何と言うかぁ……」 


笑いながらつねり続けるあすかに、夏紀が声をかける。


夏紀「あすか先輩」

あすか「ん?」

久美子「ぁ」

あすか「どしたの」

夏紀「先輩に相談があるんです」

あすか「何なに?恋?恋の相談?」

夏紀「違います」


夏紀の真剣な表情に、あすかの表情も硬くなる。


あすか「いま、練習中なんだけど」

夏紀「話だけでも聞いてもらえませんか?」

あすか「その前に、それは私個人への相談?副部長への相談?」

夏紀「両方です」

あすか「分かった。何?」


夏紀が脇によける。入り口に希美が姿を見せ、あすかに一礼。


卓也「あ……」

梨子「希美ちゃん……」


希美が教室に入ってきて、深々と頭を下げる。


希美「私、部活に戻りたいんです!」

久美子「え?」

あすか「はぁ?」


〇CM


第二京阪道路


走る京阪バスの情景。『ダッタン人の踊り』が流れる。


〇バス車内


バスのシートの上、裸足で座るみぞれが窓の外を見ている。


〇バス車外


走る京阪バスの情景。


〇バス車内


足を抱えて座るみぞれ、上を見ている希美、泣いている南中の吹奏楽部員たち、泣かずに視線を逸している優子。


みぞれ「コンクールなんて、大嫌い」


〇バス車外


走るバスのヘッドライト。


〇バス車内


拳を握りしめて、希美がみぞれに話しかける。


希美「みぞれ……」

みぞれ「……」

希美「高校に入ったら、金、獲ろうね」

みぞれ「……うん」


目を閉じるみぞれ。


京都コンサートホール


演奏する部員たち~結果発表(銀・市立南中学校)をみてショックを受ける希美たち。


みぞれ「ぁ……」

希美「噓でしょ、まだ府大会だよ?」

観客A「わぁ、南中、銀だって」


〇ホール前の広場


肩を落として歩く希美たち。


観客B「珍しい、確か去年は関西だったよね」


〇バス車内


みぞれが希美に話しかける。


みぞれ「希美」

希美「ん、何?」

みぞれ「本当?さっき言ったこと」

希美「さっきって?」

みぞれ「高校で、金、獲る」

希美「うん。金、獲ろう!」 

みぞれ「……」


窓の外を見つめるみぞれ。


〇バス車外


久御山ジャンクションの標識。


〇CM


〇教室(低音パート)


頭を下げている希美。


希美「私、部活に戻りたいんです」

夏紀「希美を部活に復帰させてやってください」

久美子「……」

あすか「いやいやいや、私に言ってもしょうがないでしょ?私は副部長だよ?しがない中間管理職」

希美「お願いします!あすか先輩の許可が欲しいんです」

あすか「どうして?」

希美「決めてるんです。あすか先輩に許可をもらわない限り戻らないって」

あすか「迷惑なんだけどなぁ、そんなこと言われても」

希美「お願いします」

夏紀「希美、本気なんです」

久美子「(あすかの表情を見て)ぇ……」

あすか「(冷たく)ごめんね、悪いけど今練習中なの。帰ってくれる?」

卓也「1年生は、先に帰ってほしい……」


卓也がたまらず、久美子たちに声をかける。


卓也「ちょっと話し合いたい……」


〇下足室


  夕方、無人の下足室の情景。


〇エントランス外の通路~階段


帰らされる久美子たち。


葉月「なんか一年だけ仲間外れみたいで、嫌だなあ」

緑輝「こういうこと、前にもありましたね」


〇教室(低音パート)


(回想)「2年生が少ない発言」からの微妙な雰囲気の教室


〇 階段


階段を降りる久美子たち。


久美子「あれかなぁ、去年2年生がいっぱいやめちゃった事件と関係してるのかなぁ?」

葉月「私たちだって部活の一員なんだから 、何が起こってるかくらい知りたいよね」


校舎を振り返る久美子。 「祝・関西大会出場 吹奏楽部」の垂れ幕。


〇教室(低音パート)


教室にやってくる希美と夏紀。


久美子「(ナレ)そして翌日も、その翌日も、希美先輩はやってきたのだった」


卓也が、久美子たちを締めだして扉を閉じる。


卓也「悪い」


〇廊下


3人で話す久美子たち。教室から声が漏れている。


葉月「夏休みなのに、毎日来て練習終わるの待ってるんだよね 」

久美子「そんなに戻りたいのかな?希美先輩」

緑輝「あぁ……」

葉月「ぅう……」

希美「だから、どうしてダメなんですか?」

久美子たち「ぁ……」

あすか「以上で閉廷する。練習戻るよ」

夏紀「あすか先輩」

梨子「夏紀は希美ちゃんと友達なんです、だから……」

夏紀「とにかく、希美は今からコンクールに出たいとかそういうのは全然なくて」

希美「そうなんです。ただみんなの手伝いをしたくて」


〇教室内


座っていたあすかが反論する。


あすか「だーかーらぁ、私に決定権はないって言ってるでしょ?」

希美「それでも先輩に許可して欲しいんです。私が、個人的に!」

あすか「……分かった。じゃあはっきり言うよ。私は希美ちゃんの復帰に賛成しない。この部にプラスにならないからね。だからもう来ないでほしい。分かった?(と立ち上がる)」

夏紀「……(希美をみやる)」

希美「……」


〇廊下


近づく気配に慌てる3人。柱の陰に隠れてあすかをやり過ごす。そこに晴香が声をかける。


3人「(慌てて隠れて、息を吐く)」

晴香「何してるの?」

3人「ひっ」

緑輝「部長……」

晴香「もしかして希美ちゃんまた来てるの?」

久美子「知ってたんですか?」

晴香「一応、あすかから聞いたからね」

葉月「どういうことなんですか?」

晴香「うーん、まあ色々ね。とにかく一年は気にしないで、練習に集中して」

緑輝「……そんなふうに言われたら、気になって練習にならないですぅ」

晴香「それはそうかもしれないけど……。(3人の視線に気づいて)あ、いや、そんなに期待したって何も出ないわよ」

葉月「なんだぁ」

晴香「ただ去年辞めた部員がたくさんいるでしょ?」

緑輝「はい」

晴香「その大半が南中の生徒だったの。」

久美子「南中……」

晴香「うん。希美ちゃんも夏紀ちゃんも南中」


〇教室(低音パート)


無言で座り続ける2年生たち。


晴香「(OFF) だから色々、複雑なんだと思う」


〇校舎・外観


夕方の情景


〇コンビニ前


アイスを食べながら夕立をやり過ごす久美子たち。


久美子「南中かぁ……」

緑輝「確か今年も中学の部は金賞でした。駄目金でしたけど」

久美子「でも私たちが2年の時は銀だったよね。結構おぉってなったもん。南中が銀なんて珍しいいって」

葉月「でも夏紀先輩は吹部じゃなかったんでしょう?」

久美子「みたいだけど、希美先輩とは仲が良かったんじゃないの?」

麗奈「優子先輩と鎧塚先輩も、南中って聞いたことある」

緑輝「そうなんですか?」

久美子「はぁ。あ、それで」


 (インサート)音楽室で話している優子とみぞれ。 


緑輝「後藤先輩や梨子先輩を見てると……」


(インサート )雨上がり二人で帰る卓也と梨子。


緑輝「やっぱり先輩たちにとって、去年の事って大きいんだなって思います」 


(インサート)ハンバーガーショップ。話している夏紀と希美。


葉月「2年生は特に話したがらないもんね。その話になるとピリピリするし」


(インサート)ひとりオーボエの練習をするみぞれ。先に帰る香織と優子にぺこりと頭を下げる。


久美子「まあねぇ、同学年の半分が一度に抜けたんだもん。そりゃショックだよ」 

緑輝「そうやって出ていた人が戻ってきたいって言ったら、やっぱり嫌なものなんでしょうか?」


久美子「どうだろ?」

葉月「でもあすか先輩はそう思ってるって事でしょ?」

久美子「なんか、それだけじゃない気もするけどね」

緑輝「(アイスが溶け落ちて)あぁーっ」

葉月「ん?ふふ、3秒ルール

緑輝「くぅ……」

久美子「やめたほうがいいと思う」


京阪電車


虹が出た雨上がり、橋を渡る電車の情景。 


京阪電車・車内


宇治川花火大会の中吊り広告。葉月が久美子たちに話しかける。


葉月「そういや、花火大会なんだよね。二人は行くの?」

久美子「家から見えるんだよね、遠いけど」

葉月「ホエー。」

久美子「葉月ちゃんは?」

葉月「私は家族と行くことになりそう。緑もそうするって」


京阪電車黄檗駅


駅に到着する電車。


京阪電車・車内


会話の続き。


葉月「高坂さんは?」

麗奈「まだ決めてない」

葉月「そっか」


六地蔵駅・ホーム


ドアが開き、葉月が降りてくる。


葉月「じゃあねー」


京阪電車・車内


葉月に手を振る久美子。電車が走り出し、麗奈が久美子に尋ねる。 


久美子「(葉月に)うん」

麗奈「……で、行かないの?」

久美子「何が?」

麗奈「花火」

久美子「あー、まあどっちでもいいんだけどね」

麗奈「じゃあ私と行かない?」

久美子「え?」

麗奈「……」

久美子「もしかして麗奈、照れてる?」

麗奈「別に、そういうわけじゃないけど」

久美子「ぷっ 」

麗奈「あんまり慣れてないの。人、誘うのとか」

久美子「なのに私は誘ってくれたんだぁ」

麗奈「ニヤニヤするのやめて」

久美子「してない、してない」

麗奈「もうっ、行くの?行かないの?」

久美子「あは、うふふ……」


マンション・外観


夕方のマンション情景。


久美子「(OFF)ただいま……」


〇リビング


久美子が明子に尋ねる。


久美子「浴衣どこだっけ?」

明子「ええ、着るの?」

久美子「うん」


〇麻美子の部屋


麻美子の部屋に入る久美子、ベッドの上の麻美子に気づく 。


久美子「んぁ?げっ……」

麻美子「なにがげっ、よ」

久美子「帰ってたんだ」

麻美子「ノックくらいしなさいよ、って何やってんのよ?」

久美子「浴衣探してんの」

麻美子「……あんたさぁ、関西行くんだ?」

久美子「……うん」

麻美子「ふぅん」


麻美子が立ち上がり、丸めた雑誌で久美子の頭をポカリと叩く。


麻美子「おめっとさん(と立ち去る)」

久美子「痛っ、もう何⁉」


宇治橋


早朝の情景。


〇北宇治高校・正門


無人の正門の情景。


〇廊下


奥へと歩いて行く久美子と麗奈。


久美子「ふわ(大あくび)」

麗奈「本当、寝起き悪いんだね。まだ慣れない?」

久美子「うーん、なかなかね(と、あくび)」


〇職員室


ドアを開けて、麗奈が挨拶。


麗奈「おはようございます」


奥へと入っていく二人。滝はパソコンで他校の演奏を見ていて二人に気づかない。


久美子「明静工科だよねぇ?」

麗奈「うん」


麗奈が久美子を促し、静かに立ち去る。


〇階段


登ってくる二人。


久美子「滝先生、 全然気づかなかったね」

麗奈「多分、私たちに足りていないところとか、すごい考えてるんだと思う。明静工科に引けを取らない演奏しなきゃいけないんだから」


〇屋外の渡り廊下


セミの声が響くなか、音楽室へ向かう二人。


久美子「明静かぁ………、シードだったんだよね今年も」

麗奈「うん。ここ数年ずっと全国大会だもん」


〇音楽室


話をしている優子とみぞれ。 


優子「ええ、聞いてない?」

みぞれ「何の話?」

優子「あ、いや………そっか、どうしようかな……。(扉が開いて)ぁ」


扉の外に麗奈と久美子が立っている。


優子「あれ、二人とも早いんだね」

麗奈「お早うございます」

久美子「おはよございまーす」


沈黙が流れる音楽室、おもむろにみぞれが口を開く。


みぞれ「……優子」 

優子「ん?」

みぞれ「仲悪いの?その二人と」

優子「えぇ⁉」

久美子「え?」

麗奈「……」


微妙な雰囲気。みぞれが優子の顔を見上げる。


久美子「ええ、ええっと………」

麗奈「ふっ、そうなんですか?先輩」 

優子「さあ、どうなんだろうね?後輩」

麗奈「うふふふふふ」

優子「あはははは」

久美子「ええっと、仲良いって言うか、悪いって言うか、普通って言うか。そう、普通!先輩と後輩って感じです、多分」

みぞれ「ふうん」

久美子「えぇ……」


久美子が麗奈の肩に手を置き、立ち去ろうとする。優子がみぞれとの話を続ける。


久美子「じゃぁ、ちょっと外で練習してきます。行こう」

優子「あれだけ色々あったのに、ほんと、みぞれは部内の人間関係に疎いよね」

みぞれ「……だって興味ない」

優子「まぁ、そこがみぞれのいいトコなんだけどさぁ。(みぞれの耳元で)さっきの話、希美のことなんだけど」

みぞれ「(ハッと息を吞む)」

久美子「(雰囲気を察して)ん?」

みぞれ「希美?」

優子「うん。希美がね、部活に戻りたいって言ってきたらしいの」

みぞれ「そう……」


視線を落とすみぞれ。それを見ている久美子たち。


〇CM(チューバと葉月)


〇校舎外観


外まで響く『三日月の舞』の合奏練習の音。


〇音楽室


滝が演奏を止める。


滝「はい。はじめのトランペットの入り方が気になります。パァーではなく、最初から勢い良くパァンッ!と出してください」

部員たち「はいっ」

滝「それと、フォルテッシモの音が汚くなっています。あくまで大きく、美しくです」

部員たち「はいっ」


滝のアドバイスを楽譜に書き込む久美子。


久美子「(ナレ)朝、鎧塚先輩が見せた怯えたようなその顔は、それまで無表情だったせいもあり、わたしの頭にこびりついて離れなかった」


橋本「おーいナックル、パーカスは一発目のロール、だいぶ正確になったの分かる?最初にパッと聴いた感じは合ってたけど、なんか雑だったから」

田邊「はいっ。滝先生に何度も指摘されてたんですけど、やっと掴めた気がします」

橋本「でしょでしょ?僕のこと、もっと尊敬してくれていいから!」

部員たち「(笑い)」

滝「他にはなにかありますか?」

橋本「そうだねぇ、全体的にちょっと遠慮がちでおとなしい印象がある。普段のみんながそのまま演奏に出ている感じだね。もう少しお互い図々しくなったほうがいい。気になったことはドンドン言い合うとかしてね。分かった?」

部員たち「はいっ」

滝「では今のところ、もう一度いきます」


楽器を構えるあすかたち。


〇楽器室


楽器をしまいながら、話をしている低音パートたち。


梨子「なんか面白いだけの先生かと思ってたけど」

卓也「さすがプロだなぁ、橋本先生」

緑輝「パート同士が気になったことを言い合うのも、とてもいいと思います」

あすか「そぉねぇ。そういうのあまりなかったしねぇ」

卓也「しょうがないですよ」

梨子「去年のこともあって、そこら辺みんな敏感でしたし」

卓也「(梨子の楽器ケースを持ち上げる)ん」

梨子「(卓也に)ありがと」

あすか「そんなの、いつまでも引きずってても仕方ないでしょ?切り替えてやる!」


〇一階の渡り廊下


歩いてくる久美子、葉月、緑。久美子が忘れ物をしたことに気付く。


久美子「あ、水筒忘れてる」

葉月「ぉ」

緑輝「音楽室ですか?」

久美子「渡り廊下かも。先、行ってて」


〇階段


踊り場にしゃがみ込むみぞれの手元。駆け上がってくる久美子がみぞれに気付く。


久美子「はっはっはっは、ん?うわ」

みぞれ「(苦し気に荒く息をする)」

久美子「え、鎧塚先輩?どうしたんですか?大丈夫ですか?」

みぞれ「……気持ち悪い」

久美子「保健室行きます?開いてるか分からないけど」

みぞれ「いい。いらない」

久美子「でも顔色悪いですよ?」

みぞれ「気にしないで(立ち上がり、大きく息を吸って吐き出す)」


屋外の渡り廊下からフルートの音色が聞こえてくる。


久美子「(ん、この音?)」


(インサート)コンクールで演奏する南中の部員たち。観客席で聴いている久美子。


久美子「(南中のフルートの音だ)」


みぞれがハンカチを口に当てて、ゆっくりと階段を降り去る。


久美子「あ……」

みぞれ「吐きそう……」

久美子「無理しない方が……」

みぞれ「この音、聞きたくない……」

 

〇屋外の渡り廊下


希美がフルートを吹いている。扉を開けた久美子に気づき、笑顔を向ける希美。


希美「あ、ユーフォの子だ」

久美子「先輩、それって」

希美「あぁ、心配しないで。自分の。ちょっと吹きたかったから持ってきたの」


希美に近づく久美子。


希美「それにしても今日早くない?」

久美子「花火大会なんで、もう終わりなんですよ」

希美「え、じゃぁあすか先輩、もう……」

久美子「はい、多分」

希美「そっか……」

久美子「フルート、上手ですね」

希美「ありがと。南中じゃぁマイ楽器持ってないとフルートやらせてもらえなかったから、親に言って買ってもらったの」

久美子「好きなんですね、フルート」

希美「(ハッとなって)……好き。大好きだよ」


笑顔を見せる希美、久美子、その表情を見つめる。


〇リビング


明子が久美子の浴衣の着付けをしている。久美子の顔は真っ赤。


久美子「ううう……ん。きつーい」

明子「このくらいの方がカッコ良く見えるのよぉ」

久美子「これじゃぁイロイロ食べられないよ?」

明子「あんた、また太ったんじゃないの?」

久美子「おわっ、なんてこと言うんだっ!!」


〇廊下


ぷんぷんして歩いてくる久美子。麻美子の部屋が暗いことに気付く。


明子「汚さないようにしなさいよぉ」

久美子「はいはい。ん?お姉ちゃん、向こう帰ったのぉ?」

明子「さあ。なんかフラフラしててね、あの子も」

久美子「ふぅん」


宇治市


夕景の宇治市街。花火大会に向かう人々や交通規制の情景。


宇治神社・参道


久美子が麗奈を待っている。石段を急ぎ足で降りてくる浴衣姿の麗奈。


久美子「はぁ、暑……。浴衣っていうほど涼しくないんだよなぁ……」

麗奈「ごめん。ちょっと遅れた(息を切らして)」

久美子「ふふふ、10分遅刻。ん?(麗奈の浴衣姿を見て)うわっ」

麗奈「?」

久美子「すっごく綺麗」

麗奈「(横を向いて)……そう?」

久美子「……(少し離れる)」

麗奈「何?」

久美子「なんか一緒に歩くの、ちょっと気後れする」

麗奈「なんで?行くよ(と久美子の手を引く)」

久美子「ぅん」


〇朝霧橋


手をつなぎ、久美子をひっぱる麗奈。橘島の夜店の賑わい。


久美子「人いっぱいだぁ」


〇橘島


夜店通りを歩く二人。


麗奈「私、かき氷が食べたい。ブルーハワイ。久美子は?」

久美子「クロワッサンたい焼きと、サモサ!」

麗奈「なにそれ、そんなのあるの?じゃあ私、かき氷買ってくるから、久美子はそのたい焼きね」

久美子「私、イチゴ」

麗奈「分かった」

久美子「とは言うものの、この辺にあるのかなぁ?……ぉ?」


振り返ると秀一と瀧川が立っている。


秀一「おぉ、なんだ来てたのかよ」

久美子「来てたよ。(秀一の手元を見て)やきそばかあ……」

秀一「なんだよ。うまいぞ、やきそば」


(インサート)久美子を縣まつりに誘う秀一「縣まつり、一緒にいかね?」


麗奈「一緒に来たいなら、ついて来てもいいけど?」


麗奈がいつの間にか久美子の後ろに立って、秀一をからかう。


秀一「げっ⁉」

瀧川「高坂も一緒かぁ」

麗奈「どうするの?」

秀一「別に、行く理由ないし。(瀧川に)いこうぜ」

瀧川「それじゃ」


立ち去る秀一たち。麗奈が久美子に言う。


麗奈「……私、意気地のない男はダメだと思う」

久美子「ん?まあ、そうだね」

麗奈「……適当?」

久美子「ん?」

麗奈「はい、イチゴ」


アナウンスが花火大会の開始を告げる。


アナウンス「ただいまから宇治川花火大会を開会します。早打ち、3号玉。オープニング、スターマイン。源氏物語、1000年の時を越えていま甦る」


宇治橋


日が落ちかけた宇治橋を渡る人々。その中を歩く卓也と梨子。


〇喜撰橋


橋のたもと近く、久美子と麗奈が並んで座る。次々と打ちあがる花火。


久美子「綺麗だね。花火なんてしみじみ見るのずいぶん久しぶり」

麗奈「去年は受験だったしね。(かき氷をたべて頭を押さえる)くっ」

久美子「あはは、いっぺんに食べるから。(かき氷を地面に落として)あぁっ……あー」

麗奈「(嬉しそうに)3秒ルール!」

久美子「えっ?いや、食べない食べない。そういえば小さい頃お姉ちゃんとこうやって……」


花火を見ながら、久美子が麗奈に尋ねる。


久美子「麗奈はさぁ、ずっとトランペット一筋なんだよね」

麗奈「うん」

久美子「トランペット、好き?」

麗奈「うん、好き。どうして?」

久美子「今日、希美先輩がフルート吹いてるところ見て」

麗奈「練習の後?」

久美子「うん。話したらフルート大好きだぁって言ってたから」

麗奈「ふうん」

久美子「なんであすか先輩、復帰の許可出さないんだろ?」

麗奈「嫌だからでしょ。いま復帰を許して、引っかき回されたら、関西大会に影響が出る。私はあすか先輩の判断は正しいと思う」

久美子「でも、好きなのにみんなと演奏できないって、もどかしいんじゃないかなぁ?」

麗奈「そんなの辞めた方が悪い。だって、そうなるの分かってたんだから」

久美子「それはそうだけど……」

麗奈「辞めるっていうことは、逃げることだと思う」


〇夜店通り


歩く加部と優子。優子が、夏紀と一緒にいる希美に気付いて立ち止まる。笑顔の希美を見て、チュロスを持つ優子の手に力が入る。


麗奈「(OFF)それが嫌な先輩からか同級生からか、それとも自分からかは分からないけれど、とにかく逃げたの」


〇喜撰橋


話を続ける麗奈と久美子。


麗奈「私だったら絶対逃げない。嫌ならねじ伏せればいい。それができないのに辞めたってことは逃げたってことでしょ?」

久美子「……麗奈だね」

麗奈「そう?普通じゃない。私たちは全国に行こうと思ってる。特別になるって思ってるんだから(花火に向かって手を伸ばして掴むそぶり)」

久美子「全国に行ったら特別になれるのかなぁ?」

麗奈「分からない。けど、そのくらいできなきゃ特別にはなれない」

久美子「……そうだね」


打ちあがる花火を見ながら、麗奈がつぶやく。


麗奈「良かったね、一緒に来て」

久美子「うん」

麗奈「一緒に来ようね、来年も」

久美子「本当?」

麗奈「どうして?」

久美子「ううん」


アナウンスが花火大会の終わりを予告する。


アナウンス「お待たせいたしました。いよいよフィナーレです……」


〇花火大会会場


琥珀の口を拭く緑、焼きトウモロコシを食べる葉月(横には弟)、制服姿のホルン隊。


アナウンス「王朝絵巻の世界をどうぞご堪能下さい。早打ち、5号玉、スターマイン。源氏ロマン、光源氏は永遠に……」


〇喜撰橋


空に打ち上げる花火。手をつないでいる久美子と麗奈にカメラが近づく。開く花火が2人の瞳に反射している。背中越しに次々と開く花火。2人の手にも力が入る。


久美子「(ナレ)この時間は永遠ではない。大好きな友達ともいつか離れ離れになって……」


〇JR宇治駅


会場に背を向けて塾へと向かう葵。


久美子「(ナレ)どんなに願っても全ては瞬く間に……」

 

〇大島地蔵尊


土手の下で打ちあがる花火を見上げるあすかの背中。


久美子「(ナレ)過去になっていく……」


〇喜撰橋


久美子が麗奈の横顔を見やる。


久美子「(ナレ)今という瞬間を容器に詰め込んで冷凍保存出来ればいいのに。そうすれば怖がることなんて何もないのに」


麗奈「(視線に気づいて)どうしたの?」

久美子「……」


久美子、何も言えずに視線を花火に戻す。麗奈がつないだ手に力を入れる。


久美子「っ(ハッとする)……」


久美子もはにかんで、つないだ手にそっと力を入れる。2人の俯瞰~空の花火(FO)


〇太陽公園・ファミリープール


青空~無人のファミリープールの情景。


久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」


ED