響け!ユーフォニアム シナリオ抜き書き まとめ

TVアニメ「響け!ユーフォニアム」シリーズのシナリオと原作小説を比較する為に、セリフと状況を書き出したシナリオ抜き書きのリストです。

 

 〇響け!ユーフォニアム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇響け!ユーフォニアム 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、シナリオ抜き書きにあたってはU-NEXTの配信版を、各キャラクターの名前に関しては北宇治高校吹奏楽部部員一覧(https://cdn.wikiwiki.jp/proxy-image?url=http%3A%2F%2Fi.imgur.com%2FMOV0Dip.png)を、また一部ト書きなどは武田綾乃著・宝島社刊「響け!ユーフォニアム北宇治高校吹奏楽部へようこそ」「響け! ユーフォニアム 2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏」「響け! ユーフォニアム 3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機」「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話」を参照しています。

響け!ユーフォニアム2 第一回「まなつのファンファーレ」  シナリオ抜き書き


響け!ユーフォニアム2 第一回「まなつのファンファーレ」


脚本 花田十輝 絵コンテ 石原立也 演出 石原立也・藤田春香


〇タイトル「Sound! Euphonium」


〇北宇治高校・エントランス前


雪が降る空からPANダウン、久美子の背中。空を見上げる久美子が深く息を吐く。


久美子「はぁ……」


久美子、視線を下に向ける。うっすらと雪が積もる通路に、誰かの足跡が残っている。潤んだ瞳で手に持つノートを見る久美子。ノートをめくりハッとする。


久美子「はっ……(少し笑う)」

麗奈「久美子っ」

久美子「ぅん?」


久美子が声をかけられて振り向く。エントランス近くに麗奈が立っている。


麗奈「やっと見つけた。昼から合奏練習」

久美子「ごめん、いま行く」


駆け出す久美子。校舎に近づく2人。


〇OP


京都コンサートホール・ホール前広場


空を飛ぶ飛行機。夏空を見上げる久美子、息を吐く。遠くから葉月たちが呼ぶ。


久美子「はぁ……」

葉月「久美子ぉ」

緑輝「久美子ちゃぁん」

久美子「あ……」

葉月「何やってんの?」

緑輝「こっちですよぉ」

葉月「記念写真!」

久美子「わっ、……うん」


〇ホール前広場


カメラマンが写真を撮っている。


カメラマン「はい、ポーズとって!」

フルート3年「いえーい」


その様子を眺めている滝のもとに男子が駆け寄り、滝を引っ張る。


瀧川「滝先生!」

秀一「何でそんな所にいるんですか?」

滝「え」

瀧川「こっちこっち」


麗奈が久美子に駆け寄り、手を引く。集合写真の撮影準備が進んでいる。


麗奈「久美子ぉ」

久美子「麗奈」

晴香「賞状はだれか持ってぇ(と賞状を香織に渡そうとする)」

香織「あ、わたしはいいよ」

緑輝「あすか先輩」

あすか「ん?」

緑輝「頭、もう少しさげてください」

あすか「んんん(とポニーテールで緑をくすぐる)」

緑輝「ひゃあぁ」

麗奈「(涙目で鼻をすする)」

久美子「大丈夫?」

麗奈「うん」

葉月「よしっ、万歳で写真撮ろう!」

久美子「万歳?」

葉月「この嬉しさを全身で表すんだよ!」

久美子「そりゃぁ嬉しいけど」


久美子「(ナレ)なんだかまだ信じられないっていうか、実感ないっていうか……」


カメラマン「じゃあ、いきます」

久美子「あ……」

カメラマン「こっち見て。はい、なにかポーズとってぇ」

葉月「(気合が入る)」

久美子「嬉しさかぁ」


互いを見やる久美子と麗奈。シャッターがきられる。


〇記念写真


思い思いのポーズで写真におさまる部員たち。麗奈の横でピースサインの久美子。


久美子「(ナレ)北宇治高校は吹奏楽コンクール京都府大会で金賞を受賞した。それだけではない。代表として関西大会への出場も決まったのだ」


〇タイトル 第一回「まなつのファンファーレ」


〇ホール前広場


晴香が手を振って部員たちを集める。


晴香「はーい、みんな集まってぇ」


部員たちが滝の前に集まる。


晴香「お願いします」

滝「ええっと、こういうのは初めてなので、なんと言っていいのか分からないのですが。みなさん、おめでとうございます」

晴香「いえ、むしろ感謝するのは私たちの方です」


晴香が振り向くと、あすか・香織ら部員たちが笑っている。


晴香「みんな、せーの!」

部員たち「ありがとうございました!」

滝「あ、はい。ありがとうございます」

沢田「(滝の反応に)あっさり……」

岸部「盛り上がらねー……」

滝「(笑って)私たちは今日、たった今から代表です。それに恥じないように更に演奏に磨きをかけていかなければなりません。今この場から、その覚悟を持ってください」

部員たち「はい!」

晴香「(滝に促され)はい、では移動します」


移動する部員たち。久美子、ポニーテールを作っていたヘアゴムを外して振り返る。


久美子「ふぅ……」


視線の先、ホールの柱のわきで一人の少女がこちらを見ている。


久美子「ん?」


他校の生徒が手前を横切る間に、少女が立ち去る。久美子も移動する。


〇北宇治高校・正門


昼、無人の正門の情景。


〇中庭


楽器運搬のトラックがバックするのを、生徒たちが待っている。


〇職員室


滝がアルバムの写真を指で撫でる。


滝「(写真に)ありがとうございました」


扉が開いて美知恵が入ってくる。


美知恵「学校の吹奏楽は顧問1人で演奏が大きく変わるといいますが、まさか関西大会とは……」

滝「松本先生も、お疲れ様でした」

美知恵「お疲れ様でした」

滝「ここに赴任することになって、演奏を初めて聴いた時から、ポテンシャルがあるのは分かっていましたから」


〇中庭


楽器を運ぶ香織や優子、あすか。


滝「(OFF)中世古さんや田中さんは強豪校にも劣らない実力を持ってましたし……」


〇楽器室


リストを手にチェックする麗奈、楽器ケースをしまう緑。


滝「(OFF)そこへ高坂さんや川島さんが入って来てくれました……」


〇職員室


会話を続ける滝と美知恵


滝「身近に手本となる存在があれば、あとは各個人がどう意識するかです」

美知恵「伸びしろはあったと?」

滝「もちろん、まだまだ課題はありますけどね」

夏紀「あのー」

美知恵「ん?」

滝「ん?」


職員室の入り口に、夏紀と加部が立っている。


美知恵「どうした、お前ら?」

夏紀「ちょっとお願いというか、相談があるんですが……」


〇音楽室


部員たちが予定表を順に渡していく。


萩原「はい(と次に手渡す)」

滝「みなさん、行き渡りましたか?」


苦笑いしながら、予定表を見る久美子や部員たち。


久美子「(ナレ)なにも書いていなくても、練習するのが当たり前。空白の目立つ予定表は、この後も夏休みとはほど遠い生活が待っていることを意味していた」


滝「8月の17、18、19の三日間、近くの施設を借りて合宿を行います。今日帰ったらご家族にきちんと話しておいてください」

加橋「(手をあげて)その前の15と16が休みっていうのは?」

滝「そのままの意味です」

部員たち「えぇー(ざわざわ)」

野口「休むんですか?」

滝「練習したいのはやまやまなのですが、その期間は必ず休まなくてはいけないと、学校で決まっているらしくて」

宮「自主練もだめなんですか?」

滝「学校を閉めるらしいんですよ」

橋「(岡本にひそひそと)外でやろ」

岡本「うん」


久美子「(ナレ)みんなそれだけ大会にかけていた。関西に行けたという事実が、全国を夢から現実のものにしていた」


滝「とにかく、残された時間は限られています。3年生はもちろん、2年生、1年生も来年あるなどと思わず、このチャンスを(パンッと手を合わせる)必ずものにしましょう」

部員たち「はい!」

滝「では、練習に移りますが、その前に……」


ドアが開き、チームもなかが楽器を手に入ってくる。


部員たち「(ざわざわ)えぇ、どうしたの?なんだろ?」


黒板の前に整列するチームもなか。


加部「ええっと、みなさん、関西大会出場おめでとうございます」

夏紀「私たちチームもなかは、関西大会に向けてこれまでと同様みんなを支え、一緒にこの部を盛り上げていきたいと思っています」

森田「おめでとうの気持ちを込めて演奏するので、聴いてください」

夏紀「ではっ」

加部「いくよっ」


釜家のパーカッションに続いて『学園天国』の演奏が始まる。


晴香「わぁ!」


チームもなかの演奏に合わせて手拍子する部員たち。


チームもなか「(演奏が終わり)コングラチュレーション!」


拍手する部員たち。


あすか「いやー、上手くなったねぇ」


(インサート)始めたばかりの葉月、さぼっている夏紀、オーディション後の夏紀、小学生時代の久美子に教える麻美子。


晴香「(感極まって)あぁっ……あー……、ぁっ」

岡「部長、なに泣いてんの?」

晴香「ごめん、ごめん。(立ち上がり)ありがとうございました。みんなも忙しいのに……(泣き出す)」

あすか「もー、こういう時は景気のいいこと言ってしめないとダメでしょ?はい、行くよっ。北宇治ファイトぉ」

部員たち「オーッ!」

晴香「それ、わたしの……」


美知恵がつられて窓際で手をあげるも、滝の視線に気付いておろす。


美知恵「なっ……んんっ(咳払い)」


久美子「(ナレ)こうして北宇治高校吹奏楽部は……」


六地蔵駅


ひぐらしのなく夕方の空。交差点に立つ久美子たち。


久美子「(ナレ)関西大会へ向けてスタートを切った」


緑輝「緑、感動しました」

久美子「練習してたもんねー」

葉月「やっぱり聞こえてた?もなかのみんなで話したんだ……」


六地蔵駅・ホーム


ホームに歩いてくる久美子たち。ベンチには麗奈が座っている。


葉月「私たちなりに、できることを精一杯やろうって」

麗奈「あ……」

久美子「麗奈……」

緑輝「高坂さん」

葉月「高坂さんって自転車通学じゃなかったっけ?」

麗奈「あぁ、うん……」


(時間経過)ベンチに並んで座る葉月、久美子、麗奈、緑。


久美子「ママさんバレー?」

麗奈「うん。それで太陽公園まで毎日通いたいから、私の自転車貸してって」

葉月「太陽公園⁉あそこずっと登りじゃん」

麗奈「アシスト付き買ったらって言ったんだけど」

久美子「パワフルなお母さんだね」

緑輝「じゃあ、もしかしてしばらく一緒に帰れますか?」

麗奈「でも、パートで残る時もあるし……」

緑輝「待ちますよ、ね?」

葉月「うん。私たちだって終わる時間はまちまちだし」

麗奈「……だったらいいけど」

緑輝「良かったぁ。緑ずっと思ってたんです。パートに関係なく1年生どうしって、もっと仲良くした方がいいんじゃないかって」

葉月「あぁ、それもなかでも言ってた」

緑輝「ですよね」

葉月「うん」


電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。


アナウンス「電車が近づいてきました、ご注意ください。…………」


緑が立ち上がり、3人に手を振る。


緑輝「じゃあ、さっそく明日。時間があったら甘いもの食べにいきましょ。ではー」


緑が立ち去り、久美子がポツリ。


久美子「予定表見る限り、とても無さそうだけどね」

葉月「もー、そんなこと言わないの」


京阪電車黄檗駅踏切


駅に近づく電車。


京阪電車・車内


並んで座る葉月、久美子、麗奈。


葉月「えぇ⁉朝6時から練習してるの?」

麗奈「うん」

葉月「早っ」


黄檗駅・ホーム


電車から降りてくる葉月。車内では久美子が手を振る。


葉月「じゃねー」


京阪電車・車内


走り出した電車内。久美子が麗奈に話しかける。


久美子「麗奈ってみんなで一緒に帰ったりするの、あんまり好きじゃないのかと思ってた」

麗奈「どうして?」

久美子「うーん、なんか前にそんなようなコト言ってたから?」

麗奈「(少し考えて)好きでもない人と、無理に合わせて付き合ったりするのは嫌だけど。私、川島さんも加藤さんも嫌いじゃないし」

久美子「そうなの?」

麗奈「うん。どうして?」

久美子「(笑って)ううん」


笑顔の久美子。麗奈がその肩を揺する。


久美子「(ナレ)その時、わたしは麗奈がほんの少しだけ変わった気がした」


〇(回想)大吉山の麗奈。再オーディションの情景。


久美子「(ナレ)オーディションを通して香織先輩や優子先輩の想いを知り……」


京阪電車宇治駅


歩いてくる久美子と麗奈。


久美子「(ナレ)それでも強く特別であろうとすることがどういうことなのか、麗奈なりに考えているのかもしれない」


交差点を渡り終えて久美子が麗奈に話しかける。


久美子「やっぱり冬服は暑いねぇ」

麗奈「うん」

久美子「じゃあ、明日」

麗奈「久美子」

久美子「ん?」

麗奈「全国行こうね、必ず」

久美子「……うん」


宇治橋


橋を歩く久美子、夕焼けの空を見上げる。


久美子「全国かぁ……」


〇マンション外観


夕方の情景。


久美子「(OFF)ただいまぁ」


〇玄関


明子が玄関で久美子を待ち構えて、久美子を祝福。


明子「おかえり。コンクール金賞おめでとう」

久美子「んー」

明子「ご飯できてるから」

久美子「うん」

明子「お父さんに連絡したら、とても喜んでたわよ」

久美子「ふーん」


〇久美子の部屋


着替える久美子に明子が話を続ける。


明子「(OFF)お姉ちゃんは携帯つながらなかったけど、きっと喜んでくれるわよぉ」

久美子「……そうかなぁ?」

明子「そうよ。あの子だって楽器やってたんだから」

久美子「たぶん、もう興味ないよ」


〇リビング


久美子が入ってくる。テレビでは他県の高校の吹奏楽部が紹介されている。


アナウンサー「では聴いていただきましょう。清良女子高等学校、吹奏楽部の演奏です」

久美子「ん?」


チャイコフスキー交響曲第4番』より終楽章の演奏。


明子「(OFF)この学校すごいんでしょう?」

久美子「うん。全国金の常連」

明子「こんな学校と勝負するのねぇ」

久美子「全国行けたらだよ」


真剣な表情でテレビを見る久美子。


〇CM(ユーフォニアムを持つ久美子)


〇久美子の部屋


朝。5時に鳴る目覚まし時計。久美子が眠たげにそれを止める。


久美子「んん……うん……んっ」


〇洗面所


もそもそと歯磨きをする久美子。


京阪電車宇治駅ホームの電車内


シートに座っている麗奈。久美子があくびをしながらその横に座る。


久美子「ふわぁっ」

麗奈「寝ぐせ、直ってないよ(と、いじる)」


〇早朝の新茶屋踏切


走る電車の情景。


京阪電車・車内


久美子がうたた寝をして麗奈に寄りかかる。


久美子「うーん……」


周りを気にしつつ、起こさないようにそっと支える麗奈。


〇下足室


麗奈、大あくびで上履きに履き替える久美子を待つ。


〇廊下


歩いてくる2人。


麗奈「それで練習大丈夫なの?」

久美子「多分。そろそろ目が覚めてきたし……。どこ行くの?」

麗奈「職員室。……音楽室の鍵がないと、開かないから」


〇職員室


滝がパソコンで清良女子の映像を観ている。ノックして麗奈が声をかける。


麗奈「(ノックして)お早うございます。失礼します」

久美子「失礼しまぁす」

滝「今日は黄前さんも一緒なんですね」

久美子「あ、はい」

滝「早くからご苦労様」

麗奈「あの、音楽室の鍵を」

滝「それなら、鎧塚さんが先に持っていきましたよ。もう開いていると思います」

久美子「ヨロイヅカさん?」

麗奈「オーボエの鎧塚みぞれ先輩。いつも私より早く来てるの」

久美子「いつも……、ふーん」


〇廊下


久美子と麗奈が職員室をあとにする。


2人「失礼しました」

久美子「もしかして早く来てるのって、滝先生と話すため?」

麗奈「……そうよ」


〇階段


上ってゆく2人。


久美子「麗奈のそういうところカワイイね」

麗奈「なに言ってんの?ちゃんと朝練だって目的だし」


オーボエの音が聞こえてきて、立ち止まる2人。


久美子「ぁ……」


基礎練習の音が校内に響き渡る。


「いい音……だけど……なんか淡泊。あ……(と口を押える)」


それを見て麗奈、肩をすくめて歩き出す。


〇音楽室


ドアを開けて麗奈がみぞれに声をかける。


麗奈「お早うございます」

みぞれ「……(うなずき練習を続ける)」

久美子「ぁ……」

麗奈「……」


室内に入り準備をする麗奈と久美子。みぞれが練習を止めてポツリと言う。


みぞれ「めずらしいね。……今日は2人」

麗奈「はい。今日は2人なんです」

みぞれ「……そう」

久美子「あのー、鎧塚先輩っていつもこんなに早く来てるんですか?」

みぞれ「………………うん、来てる」

久美子「練習、好きなんですねぇ」

みぞれ「さあ、知らない(と、リードを咥える)」

久美子「……」

麗奈「……」


久美子「(ナレ)その音色は美しい女性の声と形容されるオーボエ。チューニングが難しいうえに、一番細い所の内径が4mmしかなく、息の調整に技術を要する。いちばん難しい木管楽器と言われる所以だ」


〇屋外の渡り廊下


練習中の2人。久美子が麗奈に話しかける。


久美子「でもあんなにとっつきにくい先輩だとは思わなかったぁ」

麗奈「そう?私は平気だけど」

久美子「あー、確かに麗奈にちょっと似てるところあるかも」

麗奈「どういう意味?」

久美子「あは、いやいや。大した意味はないんだけど」


そこに香織と優子がやってくる。


香織「お早う」

優子「お早う。今日は黄前も一緒なんだ」

香織「(立ち上がる久美子に)あ、いいよいいよ。座って続けて」

久美子「はい」


歩いていく2人を少し硬くなって見送る久美子。


麗奈「そういえば、鎧塚先輩って優子先輩と仲良かったと思う」

久美子「優子先輩?」

麗奈「うん、よく話してる。2人で」

久美子「へー」


〇音楽室


優子がみぞれに話しかけている。


久美子「(ナレ)確かに麗奈の言うことは嘘ではなくて……」


優子「みぞれは夏休みの宿題終わった?」

みぞれ「半分くらい」

優子「いいなーわたし全然だよ。ねえ、お盆休み、ひま?一緒にやらない?」

みぞれ「いいけど」

優子「やったぁ!(上機嫌で『学園天国』の鼻歌)」


(インサート)険しい顔で麗奈に詰め寄る優子。


みぞれを見ている久美子に背後から秀一が声をかける。


秀一「よっ」

久美子「わぁ」

秀一「なに見てんだよ」

久美子「なんでもないよ」


〇音楽室前の廊下


ユーフォのつゆぬきをする久美子。背後から希美が声をかける。


久美子「なんだろ?なんか引っかかる……」

希美「ちょっと」

久美子「わっ⁉はいっ」

希美「あのさ、あなた低音パートの一年だよね?」

久美子「はい……」

希美「あすか先輩、いる?」

久美子「あすか先輩?」

夏紀「ちょっと希美!」

希美「うぇ……」

夏紀「あんたなに勝手なことやってんの?7組で待っててって言ったじゃん」

希美「あ、いや、でも」

久美子「夏紀先輩」

夏紀「(久美子にうなずいて、希美に)変な真似してやっかいなことになったら、困るのはあんたなんだよ?」

希美「分かった……。夏紀、ありがとね」

夏紀「礼なんて、言わなくていいよ」


希美が立ち去り、夏紀が久美子に手を合わせる。


夏紀「黄前ちゃん、悪いけど今見たこと、あすか先輩には内緒にしておいてもらえない?」

久美子「え?」

夏紀「お願い」

久美子「いいですけど……」

夏紀「ありがと(と、立ち去る)」


扉が開いて、梨子が出てくる。


梨子「どうしたの?」

久美子「……いえ、なんでもないです」


久美子「(ナレ)とは言っても……」


〇音楽室


合奏準備の部員たち。考え事をしながらあすかを見やる久美子。


久美子「(ナレ)それが気にならないはずが無かった」


久美子「(誰だろうぉ?確か府大会見に来てた人だよねぇ……。あすか先輩に用がある?)」

あすか「ん、なに?」

久美子「(聞いてもなぁ……)あすか先輩が話してくれる訳ないし……」

あすか「声に出てるよ」

久美子「おっと……」


扉を開けて滝が入ってくる。起立して挨拶をする部員たち。


晴香「 よろしくお願いします」

部員たち「よろしくお願いします」

滝「よろしくお願いします。 では早速合奏を始めて行きますが、今日はその前に一人紹介したい人がいます」

森本「おぉ、まさか婚約者?」

岸部「(ニヤリ)」

麗奈「……」 


扉を開けて、男が入ってくる。滝が部員たちに紹介する。


橋本「失礼しまーす」

滝「彼はこの学校の OB で、パーカッションのプロです。夏休みの間、指導してもらうことになりました」

井上「プロ⁉」

田邊「マジで⁉」

橋本「橋本真博といいます。どうぞよろしく。あだ名ははしもっちゃん、こう見えても滝くんとは大学で同期です。滝くんのことで知りたいことがあったら、どんどん聞きに来てねぇ。……あれ?反応薄いなぁ……」

滝「余計なことは言わなくていいですよ」

橋本「滝くんモテるでしょ?女子にキャーキャー言われてるんじゃないの?」

部員たち「(苦笑)」

鈴鹿「はい。吹奏楽部員以外の女子には」

部員たち「(笑い)」

橋本「あははは、吹部女子には人気ないかぁ。ごめんな、滝くんが口悪いのは昔からでね、 (滝に足を踏まれて)痛っ」

滝「余計なことは言わなくていいと言いましたよ?」

橋本「いぃぃ……」

部員たち「(笑い)」


久美子はそれをよそに、先ほどの出来事を回想。


(インサート) 話しかけてくる希美。手を合わせる夏紀。


ぼーっとしている久美子に、橋本が話しかける。


橋本「起きてる?」

久美子「あ、はい」

橋本「新任のコーチなのに、興味なし?落ち込むなぁ……」

久美子「すみません……」

橋本「ほいっ、パーカス!さっそくビシビシ行くよ!」


顔を赤くする久美子。あすかがそれを見ている。


〇廊下の手洗い場。


水筒を洗う久美子。


久美子「(集中しなきゃ……)」


〇教室(低音パート)


話をしている部員たち。


梨子「ここ息継ぎがほとんどなくて、つい駆け足になっちゃうんですよね……」

あすか「カンニングブレスしたら?後藤、あんたどこで息吸ってんの?」

卓也「(楽譜を指さし)ここです」

あすか「あぁ、この休符ね。梨子ちゃんも?」

梨子「そうです」

あすか「ふむぅ。じゃあ 後藤がその2小節後にブレスするようにしようか?梨子ちゃんはこのフレーズに関しては、無理に吹ききらなくてもいいよ」

梨子「分かりました」

緑輝「コンバスはどうでしょう?」

あすか「サファイア川島はパーフェクツ!」

緑輝「緑ですぅ」

あすか「ではでは、今のところを注意してもう1回っと」

久美子「失礼しまーす(と入ってくる。)」

あすか「その前に」

久美子「……」

あすか「久美子黄前 !」

久美子「うわ」

あすか「今日集中できてないでしょ、何かあったの?」

久美子「は?」

あすか「お姉さんに言ってごらん?悪いようにはしないからぁ」

久美子「悪いようにしますよね」

あすか「(久美子のほっぺをつねりながら)いいから言いなさい」

久美子「痛い痛い痛い……」

梨子「久美子ちゃん、何かあったの?」

緑輝「そうなんですか?」

久美子「いやぁ、何と言うかぁ……」 


笑いながらつねり続けるあすかに、夏紀が声をかける。


夏紀「あすか先輩」

あすか「ん?」

久美子「ぁ」

あすか「どしたの」

夏紀「先輩に相談があるんです」

あすか「何なに?恋?恋の相談?」

夏紀「違います」


夏紀の真剣な表情に、あすかの表情も硬くなる。


あすか「いま、練習中なんだけど」

夏紀「話だけでも聞いてもらえませんか?」

あすか「その前に、それは私個人への相談?副部長への相談?」

夏紀「両方です」

あすか「分かった。何?」


夏紀が脇によける。入り口に希美が姿を見せ、あすかに一礼。


卓也「あ……」

梨子「希美ちゃん……」


希美が教室に入ってきて、深々と頭を下げる。


希美「私、部活に戻りたいんです!」

久美子「え?」

あすか「はぁ?」


〇CM


第二京阪道路


走る京阪バスの情景。『ダッタン人の踊り』が流れる。


〇バス車内


バスのシートの上、裸足で座るみぞれが窓の外を見ている。


〇バス車外


走る京阪バスの情景。


〇バス車内


足を抱えて座るみぞれ、上を見ている希美、泣いている南中の吹奏楽部員たち、泣かずに視線を逸している優子。


みぞれ「コンクールなんて、大嫌い」


〇バス車外


走るバスのヘッドライト。


〇バス車内


拳を握りしめて、希美がみぞれに話しかける。


希美「みぞれ……」

みぞれ「……」

希美「高校に入ったら、金、獲ろうね」

みぞれ「……うん」


目を閉じるみぞれ。


京都コンサートホール


演奏する部員たち~結果発表(銀・市立南中学校)をみてショックを受ける希美たち。


みぞれ「ぁ……」

希美「噓でしょ、まだ府大会だよ?」

観客A「わぁ、南中、銀だって」


〇ホール前の広場


肩を落として歩く希美たち。


観客B「珍しい、確か去年は関西だったよね」


〇バス車内


みぞれが希美に話しかける。


みぞれ「希美」

希美「ん、何?」

みぞれ「本当?さっき言ったこと」

希美「さっきって?」

みぞれ「高校で、金、獲る」

希美「うん。金、獲ろう!」 

みぞれ「……」


窓の外を見つめるみぞれ。


〇バス車外


久御山ジャンクションの標識。


〇CM


〇教室(低音パート)


頭を下げている希美。


希美「私、部活に戻りたいんです」

夏紀「希美を部活に復帰させてやってください」

久美子「……」

あすか「いやいやいや、私に言ってもしょうがないでしょ?私は副部長だよ?しがない中間管理職」

希美「お願いします!あすか先輩の許可が欲しいんです」

あすか「どうして?」

希美「決めてるんです。あすか先輩に許可をもらわない限り戻らないって」

あすか「迷惑なんだけどなぁ、そんなこと言われても」

希美「お願いします」

夏紀「希美、本気なんです」

久美子「(あすかの表情を見て)ぇ……」

あすか「(冷たく)ごめんね、悪いけど今練習中なの。帰ってくれる?」

卓也「1年生は、先に帰ってほしい……」


卓也がたまらず、久美子たちに声をかける。


卓也「ちょっと話し合いたい……」


〇下足室


  夕方、無人の下足室の情景。


〇エントランス外の通路~階段


帰らされる久美子たち。


葉月「なんか一年だけ仲間外れみたいで、嫌だなあ」

緑輝「こういうこと、前にもありましたね」


〇教室(低音パート)


(回想)「2年生が少ない発言」からの微妙な雰囲気の教室


〇 階段


階段を降りる久美子たち。


久美子「あれかなぁ、去年2年生がいっぱいやめちゃった事件と関係してるのかなぁ?」

葉月「私たちだって部活の一員なんだから 、何が起こってるかくらい知りたいよね」


校舎を振り返る久美子。 「祝・関西大会出場 吹奏楽部」の垂れ幕。


〇教室(低音パート)


教室にやってくる希美と夏紀。


久美子「(ナレ)そして翌日も、その翌日も、希美先輩はやってきたのだった」


卓也が、久美子たちを締めだして扉を閉じる。


卓也「悪い」


〇廊下


3人で話す久美子たち。教室から声が漏れている。


葉月「夏休みなのに、毎日来て練習終わるの待ってるんだよね 」

久美子「そんなに戻りたいのかな?希美先輩」

緑輝「あぁ……」

葉月「ぅう……」

希美「だから、どうしてダメなんですか?」

久美子たち「ぁ……」

あすか「以上で閉廷する。練習戻るよ」

夏紀「あすか先輩」

梨子「夏紀は希美ちゃんと友達なんです、だから……」

夏紀「とにかく、希美は今からコンクールに出たいとかそういうのは全然なくて」

希美「そうなんです。ただみんなの手伝いをしたくて」


〇教室内


座っていたあすかが反論する。


あすか「だーかーらぁ、私に決定権はないって言ってるでしょ?」

希美「それでも先輩に許可して欲しいんです。私が、個人的に!」

あすか「……分かった。じゃあはっきり言うよ。私は希美ちゃんの復帰に賛成しない。この部にプラスにならないからね。だからもう来ないでほしい。分かった?(と立ち上がる)」

夏紀「……(希美をみやる)」

希美「……」


〇廊下


近づく気配に慌てる3人。柱の陰に隠れてあすかをやり過ごす。そこに晴香が声をかける。


3人「(慌てて隠れて、息を吐く)」

晴香「何してるの?」

3人「ひっ」

緑輝「部長……」

晴香「もしかして希美ちゃんまた来てるの?」

久美子「知ってたんですか?」

晴香「一応、あすかから聞いたからね」

葉月「どういうことなんですか?」

晴香「うーん、まあ色々ね。とにかく一年は気にしないで、練習に集中して」

緑輝「……そんなふうに言われたら、気になって練習にならないですぅ」

晴香「それはそうかもしれないけど……。(3人の視線に気づいて)あ、いや、そんなに期待したって何も出ないわよ」

葉月「なんだぁ」

晴香「ただ去年辞めた部員がたくさんいるでしょ?」

緑輝「はい」

晴香「その大半が南中の生徒だったの。」

久美子「南中……」

晴香「うん。希美ちゃんも夏紀ちゃんも南中」


〇教室(低音パート)


無言で座り続ける2年生たち。


晴香「(OFF) だから色々、複雑なんだと思う」


〇校舎・外観


夕方の情景


〇コンビニ前


アイスを食べながら夕立をやり過ごす久美子たち。


久美子「南中かぁ……」

緑輝「確か今年も中学の部は金賞でした。駄目金でしたけど」

久美子「でも私たちが2年の時は銀だったよね。結構おぉってなったもん。南中が銀なんて珍しいいって」

葉月「でも夏紀先輩は吹部じゃなかったんでしょう?」

久美子「みたいだけど、希美先輩とは仲が良かったんじゃないの?」

麗奈「優子先輩と鎧塚先輩も、南中って聞いたことある」

緑輝「そうなんですか?」

久美子「はぁ。あ、それで」


 (インサート)音楽室で話している優子とみぞれ。 


緑輝「後藤先輩や梨子先輩を見てると……」


(インサート )雨上がり二人で帰る卓也と梨子。


緑輝「やっぱり先輩たちにとって、去年の事って大きいんだなって思います」 


(インサート)ハンバーガーショップ。話している夏紀と希美。


葉月「2年生は特に話したがらないもんね。その話になるとピリピリするし」


(インサート)ひとりオーボエの練習をするみぞれ。先に帰る香織と優子にぺこりと頭を下げる。


久美子「まあねぇ、同学年の半分が一度に抜けたんだもん。そりゃショックだよ」 

緑輝「そうやって出ていた人が戻ってきたいって言ったら、やっぱり嫌なものなんでしょうか?」


久美子「どうだろ?」

葉月「でもあすか先輩はそう思ってるって事でしょ?」

久美子「なんか、それだけじゃない気もするけどね」

緑輝「(アイスが溶け落ちて)あぁーっ」

葉月「ん?ふふ、3秒ルール

緑輝「くぅ……」

久美子「やめたほうがいいと思う」


京阪電車


虹が出た雨上がり、橋を渡る電車の情景。 


京阪電車・車内


宇治川花火大会の中吊り広告。葉月が久美子たちに話しかける。


葉月「そういや、花火大会なんだよね。二人は行くの?」

久美子「家から見えるんだよね、遠いけど」

葉月「ホエー。」

久美子「葉月ちゃんは?」

葉月「私は家族と行くことになりそう。緑もそうするって」


京阪電車黄檗駅


駅に到着する電車。


京阪電車・車内


会話の続き。


葉月「高坂さんは?」

麗奈「まだ決めてない」

葉月「そっか」


六地蔵駅・ホーム


ドアが開き、葉月が降りてくる。


葉月「じゃあねー」


京阪電車・車内


葉月に手を振る久美子。電車が走り出し、麗奈が久美子に尋ねる。 


久美子「(葉月に)うん」

麗奈「……で、行かないの?」

久美子「何が?」

麗奈「花火」

久美子「あー、まあどっちでもいいんだけどね」

麗奈「じゃあ私と行かない?」

久美子「え?」

麗奈「……」

久美子「もしかして麗奈、照れてる?」

麗奈「別に、そういうわけじゃないけど」

久美子「ぷっ 」

麗奈「あんまり慣れてないの。人、誘うのとか」

久美子「なのに私は誘ってくれたんだぁ」

麗奈「ニヤニヤするのやめて」

久美子「してない、してない」

麗奈「もうっ、行くの?行かないの?」

久美子「あは、うふふ……」


マンション・外観


夕方のマンション情景。


久美子「(OFF)ただいま……」


〇リビング


久美子が明子に尋ねる。


久美子「浴衣どこだっけ?」

明子「ええ、着るの?」

久美子「うん」


〇麻美子の部屋


麻美子の部屋に入る久美子、ベッドの上の麻美子に気づく 。


久美子「んぁ?げっ……」

麻美子「なにがげっ、よ」

久美子「帰ってたんだ」

麻美子「ノックくらいしなさいよ、って何やってんのよ?」

久美子「浴衣探してんの」

麻美子「……あんたさぁ、関西行くんだ?」

久美子「……うん」

麻美子「ふぅん」


麻美子が立ち上がり、丸めた雑誌で久美子の頭をポカリと叩く。


麻美子「おめっとさん(と立ち去る)」

久美子「痛っ、もう何⁉」


宇治橋


早朝の情景。


〇北宇治高校・正門


無人の正門の情景。


〇廊下


奥へと歩いて行く久美子と麗奈。


久美子「ふわ(大あくび)」

麗奈「本当、寝起き悪いんだね。まだ慣れない?」

久美子「うーん、なかなかね(と、あくび)」


〇職員室


ドアを開けて、麗奈が挨拶。


麗奈「おはようございます」


奥へと入っていく二人。滝はパソコンで他校の演奏を見ていて二人に気づかない。


久美子「明静工科だよねぇ?」

麗奈「うん」


麗奈が久美子を促し、静かに立ち去る。


〇階段


登ってくる二人。


久美子「滝先生、 全然気づかなかったね」

麗奈「多分、私たちに足りていないところとか、すごい考えてるんだと思う。明静工科に引けを取らない演奏しなきゃいけないんだから」


〇屋外の渡り廊下


セミの声が響くなか、音楽室へ向かう二人。


久美子「明静かぁ………、シードだったんだよね今年も」

麗奈「うん。ここ数年ずっと全国大会だもん」


〇音楽室


話をしている優子とみぞれ。 


優子「ええ、聞いてない?」

みぞれ「何の話?」

優子「あ、いや………そっか、どうしようかな……。(扉が開いて)ぁ」


扉の外に麗奈と久美子が立っている。


優子「あれ、二人とも早いんだね」

麗奈「お早うございます」

久美子「おはよございまーす」


沈黙が流れる音楽室、おもむろにみぞれが口を開く。


みぞれ「……優子」 

優子「ん?」

みぞれ「仲悪いの?その二人と」

優子「えぇ⁉」

久美子「え?」

麗奈「……」


微妙な雰囲気。みぞれが優子の顔を見上げる。


久美子「ええ、ええっと………」

麗奈「ふっ、そうなんですか?先輩」 

優子「さあ、どうなんだろうね?後輩」

麗奈「うふふふふふ」

優子「あはははは」

久美子「ええっと、仲良いって言うか、悪いって言うか、普通って言うか。そう、普通!先輩と後輩って感じです、多分」

みぞれ「ふうん」

久美子「えぇ……」


久美子が麗奈の肩に手を置き、立ち去ろうとする。優子がみぞれとの話を続ける。


久美子「じゃぁ、ちょっと外で練習してきます。行こう」

優子「あれだけ色々あったのに、ほんと、みぞれは部内の人間関係に疎いよね」

みぞれ「……だって興味ない」

優子「まぁ、そこがみぞれのいいトコなんだけどさぁ。(みぞれの耳元で)さっきの話、希美のことなんだけど」

みぞれ「(ハッと息を吞む)」

久美子「(雰囲気を察して)ん?」

みぞれ「希美?」

優子「うん。希美がね、部活に戻りたいって言ってきたらしいの」

みぞれ「そう……」


視線を落とすみぞれ。それを見ている久美子たち。


〇CM(チューバと葉月)


〇校舎外観


外まで響く『三日月の舞』の合奏練習の音。


〇音楽室


滝が演奏を止める。


滝「はい。はじめのトランペットの入り方が気になります。パァーではなく、最初から勢い良くパァンッ!と出してください」

部員たち「はいっ」

滝「それと、フォルテッシモの音が汚くなっています。あくまで大きく、美しくです」

部員たち「はいっ」


滝のアドバイスを楽譜に書き込む久美子。


久美子「(ナレ)朝、鎧塚先輩が見せた怯えたようなその顔は、それまで無表情だったせいもあり、わたしの頭にこびりついて離れなかった」


橋本「おーいナックル、パーカスは一発目のロール、だいぶ正確になったの分かる?最初にパッと聴いた感じは合ってたけど、なんか雑だったから」

田邊「はいっ。滝先生に何度も指摘されてたんですけど、やっと掴めた気がします」

橋本「でしょでしょ?僕のこと、もっと尊敬してくれていいから!」

部員たち「(笑い)」

滝「他にはなにかありますか?」

橋本「そうだねぇ、全体的にちょっと遠慮がちでおとなしい印象がある。普段のみんながそのまま演奏に出ている感じだね。もう少しお互い図々しくなったほうがいい。気になったことはドンドン言い合うとかしてね。分かった?」

部員たち「はいっ」

滝「では今のところ、もう一度いきます」


楽器を構えるあすかたち。


〇楽器室


楽器をしまいながら、話をしている低音パートたち。


梨子「なんか面白いだけの先生かと思ってたけど」

卓也「さすがプロだなぁ、橋本先生」

緑輝「パート同士が気になったことを言い合うのも、とてもいいと思います」

あすか「そぉねぇ。そういうのあまりなかったしねぇ」

卓也「しょうがないですよ」

梨子「去年のこともあって、そこら辺みんな敏感でしたし」

卓也「(梨子の楽器ケースを持ち上げる)ん」

梨子「(卓也に)ありがと」

あすか「そんなの、いつまでも引きずってても仕方ないでしょ?切り替えてやる!」


〇一階の渡り廊下


歩いてくる久美子、葉月、緑。久美子が忘れ物をしたことに気付く。


久美子「あ、水筒忘れてる」

葉月「ぉ」

緑輝「音楽室ですか?」

久美子「渡り廊下かも。先、行ってて」


〇階段


踊り場にしゃがみ込むみぞれの手元。駆け上がってくる久美子がみぞれに気付く。


久美子「はっはっはっは、ん?うわ」

みぞれ「(苦し気に荒く息をする)」

久美子「え、鎧塚先輩?どうしたんですか?大丈夫ですか?」

みぞれ「……気持ち悪い」

久美子「保健室行きます?開いてるか分からないけど」

みぞれ「いい。いらない」

久美子「でも顔色悪いですよ?」

みぞれ「気にしないで(立ち上がり、大きく息を吸って吐き出す)」


屋外の渡り廊下からフルートの音色が聞こえてくる。


久美子「(ん、この音?)」


(インサート)コンクールで演奏する南中の部員たち。観客席で聴いている久美子。


久美子「(南中のフルートの音だ)」


みぞれがハンカチを口に当てて、ゆっくりと階段を降り去る。


久美子「あ……」

みぞれ「吐きそう……」

久美子「無理しない方が……」

みぞれ「この音、聞きたくない……」

 

〇屋外の渡り廊下


希美がフルートを吹いている。扉を開けた久美子に気づき、笑顔を向ける希美。


希美「あ、ユーフォの子だ」

久美子「先輩、それって」

希美「あぁ、心配しないで。自分の。ちょっと吹きたかったから持ってきたの」


希美に近づく久美子。


希美「それにしても今日早くない?」

久美子「花火大会なんで、もう終わりなんですよ」

希美「え、じゃぁあすか先輩、もう……」

久美子「はい、多分」

希美「そっか……」

久美子「フルート、上手ですね」

希美「ありがと。南中じゃぁマイ楽器持ってないとフルートやらせてもらえなかったから、親に言って買ってもらったの」

久美子「好きなんですね、フルート」

希美「(ハッとなって)……好き。大好きだよ」


笑顔を見せる希美、久美子、その表情を見つめる。


〇リビング


明子が久美子の浴衣の着付けをしている。久美子の顔は真っ赤。


久美子「ううう……ん。きつーい」

明子「このくらいの方がカッコ良く見えるのよぉ」

久美子「これじゃぁイロイロ食べられないよ?」

明子「あんた、また太ったんじゃないの?」

久美子「おわっ、なんてこと言うんだっ!!」


〇廊下


ぷんぷんして歩いてくる久美子。麻美子の部屋が暗いことに気付く。


明子「汚さないようにしなさいよぉ」

久美子「はいはい。ん?お姉ちゃん、向こう帰ったのぉ?」

明子「さあ。なんかフラフラしててね、あの子も」

久美子「ふぅん」


宇治市


夕景の宇治市街。花火大会に向かう人々や交通規制の情景。


宇治神社・参道


久美子が麗奈を待っている。石段を急ぎ足で降りてくる浴衣姿の麗奈。


久美子「はぁ、暑……。浴衣っていうほど涼しくないんだよなぁ……」

麗奈「ごめん。ちょっと遅れた(息を切らして)」

久美子「ふふふ、10分遅刻。ん?(麗奈の浴衣姿を見て)うわっ」

麗奈「?」

久美子「すっごく綺麗」

麗奈「(横を向いて)……そう?」

久美子「……(少し離れる)」

麗奈「何?」

久美子「なんか一緒に歩くの、ちょっと気後れする」

麗奈「なんで?行くよ(と久美子の手を引く)」

久美子「ぅん」


〇朝霧橋


手をつなぎ、久美子をひっぱる麗奈。橘島の夜店の賑わい。


久美子「人いっぱいだぁ」


〇橘島


夜店通りを歩く二人。


麗奈「私、かき氷が食べたい。ブルーハワイ。久美子は?」

久美子「クロワッサンたい焼きと、サモサ!」

麗奈「なにそれ、そんなのあるの?じゃあ私、かき氷買ってくるから、久美子はそのたい焼きね」

久美子「私、イチゴ」

麗奈「分かった」

久美子「とは言うものの、この辺にあるのかなぁ?……ぉ?」


振り返ると秀一と瀧川が立っている。


秀一「おぉ、なんだ来てたのかよ」

久美子「来てたよ。(秀一の手元を見て)やきそばかあ……」

秀一「なんだよ。うまいぞ、やきそば」


(インサート)久美子を縣まつりに誘う秀一「縣まつり、一緒にいかね?」


麗奈「一緒に来たいなら、ついて来てもいいけど?」


麗奈がいつの間にか久美子の後ろに立って、秀一をからかう。


秀一「げっ⁉」

瀧川「高坂も一緒かぁ」

麗奈「どうするの?」

秀一「別に、行く理由ないし。(瀧川に)いこうぜ」

瀧川「それじゃ」


立ち去る秀一たち。麗奈が久美子に言う。


麗奈「……私、意気地のない男はダメだと思う」

久美子「ん?まあ、そうだね」

麗奈「……適当?」

久美子「ん?」

麗奈「はい、イチゴ」


アナウンスが花火大会の開始を告げる。


アナウンス「ただいまから宇治川花火大会を開会します。早打ち、3号玉。オープニング、スターマイン。源氏物語、1000年の時を越えていま甦る」


宇治橋


日が落ちかけた宇治橋を渡る人々。その中を歩く卓也と梨子。


〇喜撰橋


橋のたもと近く、久美子と麗奈が並んで座る。次々と打ちあがる花火。


久美子「綺麗だね。花火なんてしみじみ見るのずいぶん久しぶり」

麗奈「去年は受験だったしね。(かき氷をたべて頭を押さえる)くっ」

久美子「あはは、いっぺんに食べるから。(かき氷を地面に落として)あぁっ……あー」

麗奈「(嬉しそうに)3秒ルール!」

久美子「えっ?いや、食べない食べない。そういえば小さい頃お姉ちゃんとこうやって……」


花火を見ながら、久美子が麗奈に尋ねる。


久美子「麗奈はさぁ、ずっとトランペット一筋なんだよね」

麗奈「うん」

久美子「トランペット、好き?」

麗奈「うん、好き。どうして?」

久美子「今日、希美先輩がフルート吹いてるところ見て」

麗奈「練習の後?」

久美子「うん。話したらフルート大好きだぁって言ってたから」

麗奈「ふうん」

久美子「なんであすか先輩、復帰の許可出さないんだろ?」

麗奈「嫌だからでしょ。いま復帰を許して、引っかき回されたら、関西大会に影響が出る。私はあすか先輩の判断は正しいと思う」

久美子「でも、好きなのにみんなと演奏できないって、もどかしいんじゃないかなぁ?」

麗奈「そんなの辞めた方が悪い。だって、そうなるの分かってたんだから」

久美子「それはそうだけど……」

麗奈「辞めるっていうことは、逃げることだと思う」


〇夜店通り


歩く加部と優子。優子が、夏紀と一緒にいる希美に気付いて立ち止まる。笑顔の希美を見て、チュロスを持つ優子の手に力が入る。


麗奈「(OFF)それが嫌な先輩からか同級生からか、それとも自分からかは分からないけれど、とにかく逃げたの」


〇喜撰橋


話を続ける麗奈と久美子。


麗奈「私だったら絶対逃げない。嫌ならねじ伏せればいい。それができないのに辞めたってことは逃げたってことでしょ?」

久美子「……麗奈だね」

麗奈「そう?普通じゃない。私たちは全国に行こうと思ってる。特別になるって思ってるんだから(花火に向かって手を伸ばして掴むそぶり)」

久美子「全国に行ったら特別になれるのかなぁ?」

麗奈「分からない。けど、そのくらいできなきゃ特別にはなれない」

久美子「……そうだね」


打ちあがる花火を見ながら、麗奈がつぶやく。


麗奈「良かったね、一緒に来て」

久美子「うん」

麗奈「一緒に来ようね、来年も」

久美子「本当?」

麗奈「どうして?」

久美子「ううん」


アナウンスが花火大会の終わりを予告する。


アナウンス「お待たせいたしました。いよいよフィナーレです……」


〇花火大会会場


琥珀の口を拭く緑、焼きトウモロコシを食べる葉月(横には弟)、制服姿のホルン隊。


アナウンス「王朝絵巻の世界をどうぞご堪能下さい。早打ち、5号玉、スターマイン。源氏ロマン、光源氏は永遠に……」


〇喜撰橋


空に打ち上げる花火。手をつないでいる久美子と麗奈にカメラが近づく。開く花火が2人の瞳に反射している。背中越しに次々と開く花火。2人の手にも力が入る。


久美子「(ナレ)この時間は永遠ではない。大好きな友達ともいつか離れ離れになって……」


〇JR宇治駅


会場に背を向けて塾へと向かう葵。


久美子「(ナレ)どんなに願っても全ては瞬く間に……」

 

〇大島地蔵尊


土手の下で打ちあがる花火を見上げるあすかの背中。


久美子「(ナレ)過去になっていく……」


〇喜撰橋


久美子が麗奈の横顔を見やる。


久美子「(ナレ)今という瞬間を容器に詰め込んで冷凍保存出来ればいいのに。そうすれば怖がることなんて何もないのに」


麗奈「(視線に気づいて)どうしたの?」

久美子「……」


久美子、何も言えずに視線を花火に戻す。麗奈がつないだ手に力を入れる。


久美子「っ(ハッとする)……」


久美子もはにかんで、つないだ手にそっと力を入れる。2人の俯瞰~空の花火(FO)


〇太陽公園・ファミリープール


青空~無人のファミリープールの情景。


久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」


ED

 

 

 

響け!ユーフォニアム2 第二回「とまどいフルート」  シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第二回「とまどいフルート」


脚本 花田十輝 絵コンテ 武本康弘 演出 石立太一


〇(プロローグ)


フルート3年生「イエーイ」

滝「私たちは、今日たった今から代表です」

美知恵「まさか関西大会とは……」

麗奈「全国行こうね」

みぞれ「仲悪いの?その二人と」

希美「私、部活に戻りたいんです!」

 

◯OP


〇校門前道路


昼間の情景。「三日月の舞」の合奏が聞こえる。


〇学校内


下足室、階段、廊下、音楽室のプレート。


〇音楽室


滝の手が上がり、演奏を締めくくる。


滝「はい、 L から からのフォルテッシモ、音が濁らないようにしてください」

部員たち「はいっ」

橋本「スネアは、ロールだらしなくならないように」

田邊「はいっ」

滝「では、本日の練習はここまでにします。あすからはお盆休みに入りますが、その後すぐ合宿です。体調管理にはくれぐれも注意して、風邪などひかないようにしてください」

部員たち「はいっ」

橋本「(くしゃみ)ふあっくしっ……だぁ」

滝「注意してくださいね」

部員たち「(笑い)」

橋本「……はい」

晴香「では合宿の予定確認するから、パートリーダーはいつもの教室に集まってください」


水筒の水を飲む久美子、前を横切るあすかの表情を伺う。緑が久美子に話しかける。


久美子「(ん?)」

緑輝「久美子ちゃん」

久美子「ん?」

緑輝「久美子ちゃんは、お休みどこか行ったりするんですか?」

久美子「んーん、特にないけど」

緑輝「本当ですか?じゃあ、レッツプール!」

久美子「プール?」


京阪電車・車内


久美子と麗奈が並んで座っている。麗奈が久美子に尋ねる。


麗奈「プール……」

久美子「プール、麗奈も一緒にどうかなって」

麗奈「行く」

久美子「え?」

麗奈「……何?」

久美子「いや意外だな、って」

麗奈「去年買った水着、結構キツくなってきたから。今年くらいは着ておきたいし」

久美子「(ぐ、キツくってまさか……)」


麗奈の胸元を見やる久美子、ぷいっと横を向く麗奈。


久美子「(っ、高校に入ったら胸が大きくなるって、やっぱり本当だったんだ!)」


京阪電車・線路


夕景の中走る電車。 


〇タイトル 第二回「とまどいフルート」


〇太陽公園・体育館前


並び立つ四人の背中(葉月、緑、久美子と麗奈)。


葉月「おぉ、賑わってるねぇ」

久美子「お盆だしねぇ」

葉月「よーし、泳ぐぞ!」


〇ファミリープール内


プールの情景。家族連れ、はしゃぐ子供たち。泳ぐ葉月が久美子たちに手を振る。


葉月「ぷあっ、おーい」

緑輝「ふふっ(手を振り返す)」

久美子「葉月ちゃん泳ぎ上手だねぇ」

麗奈「お待たせ」

久美子「ん?うわぁ」

緑輝「おぉ!」


ビキニ姿の麗奈に、驚く久美子と緑。


麗奈「思い切って去年買ってみたんだけど、ちょっと大人っぽくって」

久美子「うぅん、すごい似合ってる」

緑輝「すごく似合ってます」

麗奈「そうかな?」

緑輝「あ、緑ジュース買ってきますね。向こうに場所取ってあるので」

麗奈「ありがと」


久美子が麗奈の胸元の谷間をまじまじと見て誓う。


久美子「(私も来年は成長して、このくらいの水着を……)」


気合を入れる久美子の背後から、白ビキニの香織が声をかける。


香織「あら」

久美子「あ、香織先輩」

香織「あなたたちも来てたのね?二人?」

久美子「葉月ちゃんとみどりちゃんも一緒です。先輩……わぁぁぁ!?」


久美子の背後から、黒いビキニを着た美女が抱きつく。


久美子「うっ、えっ?あ、あの、……ど、どなたですか?」 

美女「えぇ⁉薄情だねぇ、いつも一緒なのにぃ(指で輪を作り、両目にあてる)」

久美子「え?あすか先輩?どうしたんです?こんなところで」

あすか「わたしだってプールくらい来るわよ」

香織「今日くらいしか、休みないからね。他にもたくさん来てるよ」

優子「やばいやばいやばいやばいやばいやばい♡」

加部「ちょっ、優子……」


優子が香織に気付いて、駆け寄ってくる。


優子「香織先輩、まじやばい!地上に舞い降りたエンジェル!」

夏紀「何?そのダサいTシャツ」


夏紀(CEMENT ADDICTIONのTシャツ)が横から優子(MY STAPLE FOOD IS LOVEのTシャツ)に声をかける。


優子「なんか文句ある?“セメント中毒”、なんて書いてある人に言われたくないんですけど」

夏紀「プププッ、それを言うならアンタのは“私の主食は愛です”、だけど?」

優子「いちいち英語とか気にしなくていいの!ここ日本なんだし」

夏紀「さきに突っ込んだのはアンタでしょ?」

 

言い争う2人を、呆れて見ている久美子や香織たち。


〇自販機前


ジュースを買っている緑の背後から、久美子が声をかける。


久美子「緑ちゃーん」

緑輝「あ、どうしました?」

麗奈「アイス買いに来たの」

久美子「ていうのは建前で、ほんとは先輩たちから逃げて来ちゃった」

緑輝「えっ、先輩たち来てるんですか?」

久美子「うん。夏紀先輩と優子先輩が相変わらずで、もう。ははは」

緑輝「えへへへ」

麗奈「久美子、アイスは?」

久美子「あ、うん。……あ」


久美子が離れた場所を歩く希美に気付く。


麗奈「どうしたの、久美子?」

久美子「ごめん、ちょっと用事(と駆け出す)」

麗奈「アイスは?」

久美子「いるー」


〇プール脇・通路。


歩く希美の背中。久美子が背後から声をかける。


久美子「希美先輩!」

希美「あ、あなた。確かユーフォの、……黄前久美子ちゃん!」

久美子「はい……」

希美「夏紀もいるよ。一緒に来てるから」

久美子「あぁ、さっき会いました。あと、あすか先輩も」

希美「噓⁉あ……、今日はやめとこうかな」

久美子「あー……」

希美「そういえば、久美子ちゃんってコンクールメンバーなんだよね」

久美子「はい……」

希美「2年の夏紀がサポートで、1年の久美子ちゃんがコンクールメンバーなんだよね」

久美子「っ……」

希美「それってどうなの?」

久美子「ぁ……」


希美の視線に、目を伏せてしまう久美子。オーディション前後の出来事がよぎる。


(インサート)練習する夏紀、楽譜に書き込まれた夏紀のメッセージ、再オーディション前の麗奈と久美子、振り向き笑う麗奈。


グッと唇をかみしめたあと、希美に反論する久美子。


久美子「し、仕方ないことだと思います。」

希美「(ハッとする)」

久美子「北宇治が全国を目指している以上、学年に関係なく上手い人が吹くのが当然だと思います!」

希美「(フッと笑って)うん、私もそう思うよ」

久美子「え?」

希美「北宇治、変わったなぁ……」

久美子「……」

希美「じゃぁね」


立ち去ろうとする希美に、久美子が問いかける。


久美子「あの、どうしてあすか先輩なんですか?」

希美「え?」

久美子「部活、復帰したいなら部長とか先生のトコとか……」

希美「あすか先輩は特別だからね」

久美子「特別……」

希美「もしかして気になる?」

久美子「気になります」

希美「……そっか」


〇プール脇・東屋


東屋のベンチ、ジュースを飲みながら希美が久美子に話をしている。


希美「あすか先輩はさ、止めてくれたんだよ……」


〇(回想)教室


フルートを手に、3年生に掛け合う希美やほかの一年生たち。


希美「(OFF)私が去年、3年生と衝突して、ほかの子たちと一緒に辞めた時……」


〇(回想)職員室


机に置かれた退部届。


〇(回想)廊下


職員室からでてきた希美に、あすかが声をかける。


希美「失礼します」

あすか「本当に辞めるんだ。馬っ鹿みたい」

希美「(ムッとして)真面目にやってる人が、くだらない人のせいで嫌な思いをする部なんて、いても意味がないですから」

あすか「それが馬鹿だって言ってるの」

希美「ぁ……」

あすか「そのくだらない3年生は、放っとけば卒業して来年は私らだけになるんだけど?それまで待てない?」

希美「待てません」

あすか「そ?」


あすかを置いて、歩き去る希美。


希美「(OFF)いま考えてみると……」


〇プール脇の東屋


話す希美と久美子。シャワーで遊ぶ子供たち。


希美「あの時あすか先輩は引き留めようとしてくれてたんだなって」

久美子「それで……」

希美「あすか先輩、今年最後でしょ。だから何か手伝いたいなって。一緒に演奏できなくてもいい、役に立ちたいなって」

久美子「あすか先輩は知ってるんですか?そのこと」

希美「うん」

久美子「じゃぁ、どうしてなんでしょう?」

希美「それが分からないからキツイの……」

久美子「ぁ……」


〇プール脇の木陰


木陰に座ってスマホをいじる夏紀の横で、寝転びながら話しかける優子。


優子「香織先輩、水着姿マジエンジェルだったぁ」

夏紀「あっそ。 友達来るんだけど、邪魔」

優子「友達?そんなのいたんだ」

夏紀「あんたと違ってね」

優子「誰?そんな優しい人」

夏紀「うるさいなあ、希美だよ。傘木希美」

優子「……希美」


〇プール脇の東屋


話をしている希美と久美子。


希美「優子とみぞれ?」

久美子「はい、お二人とも先輩と同じ南中の吹部ですよね?」

希美「うん」

久美子「二人はどうして辞めなかったのかなぁ、って」

希美「優子は、声かけてみたんだけど、もう少しやってみるって」

久美子「鎧塚先輩は?」

希美「みぞれは」


(インサート)南中の制服、桜並木で手を引かれるみぞれ。


希美「声、かけなかったから」

久美子「どうしてですか?」

希美「オーボエ、一人だけだったし。あの子にはうるさく言う先輩もいなかったし、それに……最初からコンクールメンバーだったし」


ジュースを持つ希美の手に力が入る。希美の様子を見ていた久美子、目をそらす。


久美子「そうですか……」

希美「(笑って)なんでそんなこと聞くの?」

久美子「あすか先輩が、どうして復帰を認めないのか、何かヒントがあるかなぁ、って」

希美「あった?」

久美子「ない……です」

希美「だよね」


希美が立ち上がって日向へ歩み出る。


久美子「あの」

希美「ん?」

久美子「希美先輩はどうして部に戻ろうと思ったんですか?」

希美「ぁ……、変かな?」

久美子「あ、いえ……、 変ではないです……」

希美「私、吹奏楽好きなんだよ……」


〇教室(フルートパート)


(回想) 教室の入り口に来る希美。練習せずにおしゃべりをしていた部員たちが希美に気づいて出て行く。


希美「(OFF)ちゃんと練習して、強豪校に負けない強い部になりたかった。でもみんな、先輩たちのことを怖がっちゃって……」


一人で練習する希美が、楽器を下してうつむく。


希美「(OFF)何とかしようとしたんだよ。結果、無視されちゃって。もうこれ以上どうしようもないって思ったから、仕方なく辞めたんだ……」

 

〇プール脇の東屋


話す希美の背中。それを見つめる久美子。


希美「それが今年、関西大会だって。正直悔しいよ、私が馬鹿だったみたいじゃん。そう思わない?」

久美子「そんなこと、ないです」

希美「あすか先輩にね、私が戻ってもプラスにならないって言われたんだ。悪いトコがあるなら直すって言ったのになぁ。(涙を拭きながら)何が……、私何がダメなんだろう?もうわかんないよ」

久美子「すみません」

希美「(笑顔を作って)大丈夫、気にしてないよ。じゃあね。ありがと」

久美子「あ……」


〇廊下(低音パート前)


(回想)上級生達の会話を盗み聞きする久美子たち。


あすか「(OFF)だからもう来ないでほしい」


〇プール脇の東屋


立ち去ろうとした希美に、久美子が声をかける。


久美子「先輩っ、私が聞いてみます!」

希美「ぁ……」

久美子「あすか先輩に。戻っちゃダメな理由。私が、聞いてみます!」

希美「ありがとう。でも、大丈夫。気持ちだけ受け取っておくよ」

久美子「あ、いえ」

希美「それより行かなくていいの?友達待ってない?」

久美子「あっ!」


〇プール脇の芝生


久美子を待つ麗奈と緑。その横で葉月と加部がじゃんけんをしている。


緑輝「遅いですねぇ、久美子ちゃん」

麗奈「うん」

葉月「ぽんっ!(チョキ出して負ける)」


〇CM(コンバスと緑)


京滋バイパス


トンネルの中を走る京阪バス


〇バス車内


トンネルを抜けるバスの車内。久美子と麗奈が並んで座っている。


久美子「(ナレ)お盆休みはあっという間に過ぎ……」


〇アクトパル宇治・エントランス前


バスから降りる部員たち。


久美子「(ナレ)2泊3日の合宿が始まった」


〇研修室


久美子たちが部屋を見渡す。練習のための準備をしているチームもなか。


久美子「わぁ、広いねぇ」

緑輝「いい感じに練習できそうですね」


〇廊下


滝がやってきて、久美子たちに声をかける。


滝「お早うございます」

久美子たち「お早うございます」

麗奈「もういらしてたんですか?」

滝「はい。美知恵先生一人に監督をお願いするのも、どうかなと思いまして」

久美子「でも、練習の時もいつも朝から来てるのに……」

滝「それに見合う、やりがいのある仕事ですから」

麗奈「はいっ」

滝「それに……、私には妻も子供もいませんからね。仕事くらいしかやることがないんです」


言い淀んだ滝の様子を、久美子が少し訝る。


〇建物外観


強い日差しのもと、セミの声が響く。


〇研修室


ポジションに付き、練習の開始を待つ部員たち。考え事をしている久美子の顔がユーフォに映りこむ。


久美子「(私が、聞いてみます!)」


ため息をついて、あすかの方を見やる久美子。


久美子「はぁ……」

あすか「ん?何?」

久美子「あ、いえ……。(なんであんなコト言っちゃったんだろぉ。)ん?」


ドアの音に振り向く久美子。滝が入って来て指揮台で部員たちに告げる。


滝「ではまず、練習を始める前に、皆さんに紹介したい方がいます。どうぞ」


振り向く部員たち。女性が一人入ってくる。


部員たち「おお(ざわめき)」


ざわつく部員たちの声の中、滝のもとへと進み、並び立つ。


滝「今日から木管楽器を指導してくださる、新山聡美先生です」

新山「新山聡美といいます。よろしく(一礼して、笑顔を見せる)ぅふっ」

島「木管⁉」

植田「やったぁ」

鈴鹿「超、美人じゃん」

萩原「さすが滝先生」

田中「えっ、そうなの?」

滝「午後は、木管は第二ホール。パーカッションと金管はこちらで練習します。新山先生は若いですが、優秀です。指示にはきちんと従うように」

新山「優秀だなんて。褒めてもなにも出ませんよ?」

滝「いえいえ、本当のことを言っているだけです」

新山「まぁ。滝先生にそう言っていただけると嬉しいです」

岡「なになに?」

喜多村「マジなやつ?マジなやつ?」

部員たち「(ざわざわ)」

みぞれ「……」

久美子「はぁー……、あっ⁉」


久美子が麗奈の方を振り返る。うつろな目の麗奈。


麗奈「……」


久美子「(OFF)そこにいたのは、完全に死んだ魚の目をした麗奈だった」


〇屋外


木の幹でカブトムシとクワガタの喧嘩。


〇食堂


カレーライスを前にはしゃぐ緑。


緑輝「わぁい。緑、カレー大好き!」

梨子「セクション練習、ご苦労様」

緑輝「コンバスだけ木管と一緒なんて、仲間はずれですよね」

葉月「それでどうなの、新山先生は?」

緑輝「それがですね」

葉月「うん」

緑輝「滝先生並みにすごい人でした!」


〇第二ホール


(回想)木管パートの練習風景。タクトを持つ新山、演奏を聴いて。


新山「うーん。(笑顔で)もう一回、やってみようか?」


〇食堂


緑の話が続く。


緑輝「それが何十回も……」

久美子「それはそれで辛いねぇ」

卓也「まあ、滝先生っぽくもあるけどなぁ」

梨子「葉月ちゃんたちはどうなの?」

葉月「キツイっすよ」


(インサート)指導する美知恵のイメージ。


葉月「(OFF)お前ら、分かってるだろうな?ですもん」

久美子たち「(笑い)」


(時間経過)食器を下げる久美子。


久美子「ごちそうさまでしたぁ」


トランペットパートのテーブルで、心ここにあらずの様子でカレーを口に運ぶ麗奈。久美子がその様子を見ながら通り過ぎる。


久美子「うぁ(下手な言葉はかえって逆効果だ……)」


〇屋外


木の幹でカブトムシがクワガタをうっちゃる。


〇ロビー


食堂から出てくる久美子。スマホでだれかと話している夏紀が、手招きする。


夏紀「うん、……そう、……うん、……どうかな?……うん」

久美子「(手招きされて)ん?」

夏紀「……うん、じゃあね」


近づく久美子に、夏紀が話しかける。


夏紀「希美とプールで話したんだって?」

久美子「はい」

夏紀「ありがとうって言ってたよ。あと無理して色々してくれなくていいから、って」

久美子「でも」

夏紀「去年のこともあるから、下級生に迷惑かけたくないんだよ」

久美子「希美先輩のこと、好きなんですね」

夏紀「好きって言うか……」


〇南中学校・中庭


(回想) 下校する夏紀。渡り廊下でフルートを吹く希美。部員たちと笑顔で話す希美

を、夏紀が見上げる。


夏紀「憧れかな。希美は南中の吹奏楽部の部長で、私みたいに面倒なことが嫌いな奴とは真逆の子だったんだ……」


〇北宇治高校正門


(回想)桜の咲く風景。


〇音楽室


(回想)プレートを見上げる夏紀。 ユーフォを吹く夏紀と、それを笑って見ているあすか。


〇ロビー


話を続ける夏紀の横顔。


夏紀「でも希美は馬鹿正直だから、去年の3年生とぶつかって……」


〇教室(フルートパート)


(回想)外を通りかかった低音パートの1年生(夏紀、卓也、梨子)、希美の声に足を止める。


希美「(OFF)だから、コンクール目指して練習したいんです」


3年生の前で頭を下げる希美。


希美「お願いします!」


夏紀「(OFF)なのに私は、助けるどころか余計なこと言っちゃって」


夏紀のユーフォを抱える手に力が入り、上級生に言い放つ。


夏紀「(OFF)言ってもムダだよ!」

上級生たち「んん?」

夏紀「そいつら、性格ブスだから!」


〇ロビー


夏紀の告白にビックリする久美子。


久美子「言ったんですか⁉3年生に向かって?」

夏紀「つい、勢いでさ。……だから罪滅ぼしかな、希美を部活に戻すのは」

久美子「……」

夏紀「あの子が本当に苦しんでるときに、なにもしてあげられなかったからね」


夏紀が立ち上がり、久美子の肩に手を置く。


夏紀「気ぃ使わせちゃってごめんね。でも、黄前ちゃんは関西大会に集中。希美のことは私が何とかするから」


久美子「(ナレ)はい、と答えるのは簡単だったけど……。その言葉は、のどに引っかかって出てこなかった」


〇屋外の休憩所


星空のもと、みぞれがベンチでリズムゲームをしている。扉が開き、久美子が出てくる。


みぞれ「……?」


久美子、下のベンチに座るみぞれに気付かぬまま、イヤホンで『ダッタン人の踊り』を聴きはじめる。


久美子「ハーっ(溜息)」

みぞれ「(漏れ聞こえる曲にハッとする)……」


〇プール脇の東屋


(回想)希美が久美子に話す。


希美「あすか先輩にね、わたしが戻ってもプラスにならないって言われたんだ……」


〇ロビー


(回想)夏紀が久美子に話す。


「だから、罪滅ぼしかな?希美を部活に戻すのは……」


〇屋外の休憩所


考え込む久美子。


久美子「(あすか先輩が……、どうして希美先輩を……)」


〇喜撰橋


(回想)花火大会の会場。麗奈が久美子に話す。


麗奈「いま復帰を許して、引っかき回されたら、関西大会に影響が出る。私はあすか先輩の判断は正しいと思う……」


〇屋外の休憩所

 

考え込む久美子。リズムゲームを続けるみぞれ。


久美子「(確かにそうだけど……)」


〇倉庫


(回想)腕を組んで久美子の問いに答えるあすか。


あすか「正直言って、心の底からどうでもいいよ。誰がソロとか、そんなくだらないこと……」


京都コンサートホール・舞台


(回想)演奏前に久美子に話しかけるあすか。


あすか「ずっとこのまま、夏が続けばいいのに」


〇屋外の休憩所


音楽を聴きながら、考え込む久美子。イヤホンから漏れる音楽。みぞれのリズムゲームにミスが増える。


久美子「(どっちが本心なんだろう?)」

みぞれ「……」


みぞれが、不快そうに息を吐いて、久美子の足首を突く。


久美子「ひっ⁉(下を見て)鎧塚先輩?」

みぞれ「その曲やめて、嫌い」

久美子「あ、すみません。……先輩、どうしてここに?」

みぞれ「リズムゲーム、……眠れないから。(横に座るよう促す仕草を見せ)どうぞ」

久美子「はぁ……」


(時間経過)みぞれの横に座り、話しかける久美子。


久美子「リズムゲーム、音なしでもできるんですかぁ?」

みぞれ「……」

久美子「(うーん……)」

みぞれ「ねえ、コンクールって好き?」

久美子「え?」

みぞれ「私は嫌い。結局審査員の好みで結果決まるでしょ?」

久美子「……でも、そういうのって何となく仕方ないかな、って思っちゃってます……」

みぞれ「(ゲームを止めて)仕方ない?」

久美子「っ……」

みぞれ「たくさんの人が悲しむのに」

久美子「……すみません」

みぞれ「私は苦しい。コンクールなんて無ければいいのに」

久美子「え?ぁ……じゃぁその、鎧塚先輩はどうして続けてるんですか?」


〇桜並木


(回想)南中の制服姿の希美が手を引っ張る。


京都コンサートホール


(回想)銀・南中学校吹奏楽部の文字。


〇バス車内


(回想)前を向き決意を吐露する希美、窓の外を見るみぞれ。


希美「高校に入ったら、金、獲ろうね」

みぞれ「……」


〇屋外の休憩所


久美子とみぞれの会話。


みそれ「分からない」

久美子「え?……先輩?」


みぞれのスマホの画面「一時停止、ゲームを…続ける、やめる」の文字。


〇音楽室


(回想)ぽつぽつと目立つ空席。楽譜越しに窓を見ているみぞれ。話しかけてくる優子。


京都コンサートホール


(回想)金・北宇治高等学校吹奏楽部の文字。


〇屋外の休憩所


白いおしろい花が滲む。目を伏せているみぞれ。久美子も下を向く。


みぞれ「もうなにも、分からない……」

久美子「……」


ベンチの2人。背ごしの星空。


〇和室


周りを起こさないように静かに布団に入る久美子。麗奈が声をかける。


久美子「……ふ、……ん」

麗奈「どこ行ってたの?」

久美子「ん、ちょっと眠れなくて」

麗奈「そう……(久美子に近づき、小さく手まねき)」

久美子「ん?(顔を近づけて)なに?」

麗奈「滝先生、新山先生と付き合ってると思う?年が近い方がいいよね、きっと」

久美子「それは分かんないよ。本人に聞いてみないと」

麗奈「……そうかな」

久美子「うん。ふふん、大丈夫だよ、麗奈大人っぽいし」

麗奈「なにそれ?」

久美子「ホントだよ。(上を見て)同い年なのに全然違う気がする。見た目も中身も」

 

麗奈が目を閉じた久美子の肩を叩き、手のひらを向ける。


久美子「ん?」


麗奈の手に気付き、久美子も手のひらを差し出す。タッチする二人。


久美子「ん」

麗奈「(笑う)」

久美子「ふふ」


布団の中で見つめ合う久美子と麗奈。


〇研修室


久美子が扉を開けて入ってくる。窓際ではあすかがストレッチをしている。


あすか「ふっ、んっ、ん-(と背伸び)」

久美子「あすか先輩」

あすか「ん?」

久美子「あとで時間もらえませんか?話したいことがあるんです」

あすか「……」


あすかを見据える久美子。椅子の上で銀色に光るあすかのユーフォ。


久美子「(ナレ)そして、次の曲がはじまるのです」


つづく

ED

響け!ユーフォニアム2 第三回「なやめるノクターン」  シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第三回「なやめるノクターン

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 山村卓也

 

◯(プロローグ)

 

久美子「先輩!私が聞いてみます。あすか先輩に戻っちゃダメな理由」

鈴鹿「超、美人じゃん」

萩原「さすが滝先生」

麗奈「……(死んだ魚のような目)」

久美子「あすか先輩、話したいことがあるんです」

 

◯OP

 

◯研修室

 

晴香の指揮のもと、基礎練習の部員たち。

 

晴香「じゃあ呼吸から」

部員たち「ふー」

晴香「深く吸って、遠くを意識して吐いて」

 

久美子「(ナレ)朝のミーティングは全員で呼吸、発声練習を行う」

 

部員たち「あー」

 

久美子「(ナレ)その後、パート練習に移り、午後からはひたすら合奏が続く」

 

(時間経過)滝が部員たちに指示を出す。

 

滝「では、10回通しに移ります」

部員たち「はいっ!」

 

合奏練習の部員たち。橋本や新山が見守る。ビデオを回す夏紀と葉月。

 

久美子「(ナレ)10回通しというは、課題曲と自由曲を続けて10回、通しで演奏するというものだ。2曲合わせておよそ12分、1回ごと2分の休憩を入れて160分以上はかかる。最後の方は全員……」

 

部員たち「(ぐったりして)はぁはぁ……」

 

久美子「(ナレ)こうなる」

 

滝「では、20分休憩にします」

久美子「ふぇー」

あすか「20分か。ちょっと吹いてくるかなぁ(と立ち上がる)」

 

立ち去るあすかを見る久美子と秀一。

 

秀一「すげぇな……」

久美子「うん……」

 

◯研修室(回想)

 

朝、ストレッチをしていたあすかに久美子が尋ねる。

 

久美子「後で、時間もらえませんか?」

あすか「なになに?もしかして恋の相談?」

久美子「真面目な話しなんで、そういうのいいです」

あすか「真面目は演奏だけでいいんだけどなぁ……。ま、いいや。いつにする?」

久美子「……じゃあ、夕食のあとに」

 

久美子が、部屋から出ていくあすかを目で追う。

 

久美子「(ナレ)その時は迫っていた……」

 

タイトル「なやめるノクターン

 

◯研修室

 

『三日月の舞』の演奏が終わり、滝らが指示を出す。

 

滝「今の感じでよいですが、この曲は単純なB♭メジャーが随所にある曲です。そこをきれいに合わせるよう、意識しましょう」

部員たち「はいっ」

橋本「あと、スネアがちょっと後ろに感じるよ。もっと前に」

田邊「はいっ」

橋本「それと、ティンパニー」

大野「はいっ」

橋本「今のところ、ワンテンポ早かったろ」

大野「……はいっ」

橋本「今そんなことやっててどうするの?罰金ものだよ」

大野「はいっ」

滝「ではもう一度、頭から。チューバ、Gesの音、広く取りすぎています。指はまわってますが、口が間に合ってません。テンポを速めたらこの有り様ですか?」

 

指揮台の前に座る植田や小田が、滝の厳しい注文に焦りの表情を見せる。

 

(時間経過)真剣な表情で合奏する部員たち。演奏途中で滝がストップをかける。

 

滝「はい、そこまで。ここは、今の演奏を心がけてください。ユーフォ……」

あすか「(同時に)はいっ」

久美子「(同時に)はいっ」

滝「関西大会は、今のところを二人で吹いてください」

久美子「ぁ……」

あすか「はいっ」

滝「黄前さん?」

久美子「ぁはいっ」

滝「返事は」

久美子「……はいっ」

 

嬉しそうな表情の低音パートの面々(緑、卓也、梨子。夏紀と葉月。あすか)。久美子もグッと手を握りしめる。それを見やる麗奈。おもむろに橋本が滝に疑問を投げかける。

 

橋本「なあ滝くん、オーボエのソロ、あれでいいの?」

みぞれ「……」

 

滝と新山が顔を見合わせる(痛いところを突かれた、の表情)。

 

橋本「いやぁ、音も綺麗だしピッチも安定してる。けどねぇ……、一言でいうとぶっちゃけツマラン!」

みぞれ「……」

橋本「(OFF)ロボットが吹いてるみたいなんだよ」

みぞれ「……ロボット?」

橋本「楽譜通りに吹くだけだったら機械でいい。鎧塚さん」

みぞれ「はい……」

橋本「君はこのソロをどう吹きたいと思ってる?何を感じながら演奏してる?」

みぞれ「……三日月」

部員たち「(ざわざわ)」

橋本「じゃあもっと三日月感出さないと!」

みぞれ「……善処します」

橋本「善処って言い方している時点で駄目なんじゃない?もっと感情出せない?」

みぞれ「すみません……」

橋本「謝る必要はない。クールな女の子って魅力的だと思うし。でも、このソロはクールでは困る!世界で一番上手いワタシの音を聴いて!くらいじゃないと。ほら!トランペットのソロの子みたいに」

麗奈「え……」

橋本「正直、君たちの演奏はドンドン上手くなってる。強豪校にもひけをとらないくらいにね。でも表現力が足りない。それが彼らとの決定的な差だ。北宇治はどんな音楽を作りたいか、この合宿ではそこに取り組んでほしい」

部員たち「はいっ」

滝「橋本先生もたまにはいい事を言いますね」

橋本「いや、『たまには』は余計だろ?僕は歩く名言集だよ」

 

滝と橋本の掛け合いに笑う部員たち。暗い表情のみぞれ。

 

滝「はい。では、今のところをもう一度」

 

◯アクトパル宇治・外観

 

ひぐらしが鳴いている夕景。

 

◯宿泊棟・廊下

 

談笑したり、浴場へ向かう部員たちの情景。

 

◯和室

 

座布団を枕代わりに倒れ込む久美子。

 

久美子「うぁぁ、おなか空いたぁぁぁ」

麗奈「お風呂遅れるよ」

久美子「嘘ぉ、もうそんな時間?」

 

◯浴場前

 

入浴タイムスケジュールの貼り紙。

 

久美子「うわ、あと10分しかない」

 

◯脱衣場

 

シャツを脱ごうとする久美子。奥から優子の声が聞こえてくる。鏡の前で優子がみぞれの髪をバスタオルで拭いている。

 

優子「気にしすぎだって」

みぞれ「でも……」

優子「大丈夫。あれはみぞれが上手だから。さらに上を目指してほしいってことでしょう?」

 

覗き見る久美子。背後から麗奈が声をかける。

 

久美子「(鎧塚先輩……)」

麗奈「久美子」

久美子「うぇ!?」

麗奈「わたし、花火の時に滝先生に聞こうと思う。新山先生と、付き合ってるんですかって」

久美子「そっか……」

 

◯食堂

 

夕食の風景。緑がメニューに喜びの反応。

 

緑輝「うわぁ。緑、麻婆豆腐も大好きですよぉ」

葉月「いただきまーす。んー麻婆うまぁ」

久美子「(麗奈、結構思い詰めてたんだな……)」

あすか「黄前ちゃん」

久美子「でぇ!」

あすか「残ってればいい?」

久美子「あ……、はい」

 

(時間経過)部員たちが去り、灯りの落とされた食堂。あすかが湯呑みを久美子の前に置く。

 

久美子「すみません」

あすか「いいってことよ。(お茶を注ぎながら)で、話しって何?」

久美子「あの、どうして許可しないんですか?希美先輩が戻って来るの」

あすか「なんで黄前ちゃんがそんなこと知りたがるの?」

久美子「駄目ですか?」

あすか「駄目じゃないけど。あ、もしかして意外とゴシップ好き?」

久美子「そんなんじゃないです。わたし希美先輩と約束したんです。ちゃんと真相を聞いてくるって」

あすか「そんなこと言っちゃったのぉ?駄目だよぉ、そんな約束しちゃ」

久美子「駄目でした?」

あすか「ま、いいけどね。後で困るよ」

久美子「どうしてです?」

あすか「黄前ちゃんは、どうして私が許可しないと思ってるの?」

久美子「聞いてるのは私ですけど」

あすか「まあまあ、いいじゃん」

久美子「たぶん、希美先輩が上手だから、戻ってきたら部が混乱すると思ってるのかなぁって」

あすか「なるほど〜」

久美子「っ……」

あすか「残念、全然違いますぅ」

久美子「じゃあなんなんですか?」

あすか「聞いたら黄前ちゃんが辛くなるよ?それでもいい?」

久美子「え?……」

あすか「それでもいいなら教えるけど」

久美子「教えてください」

あすか「黄前ちゃんは頭いいのに愚かだねぇ。ちゃんと警告したからね。……オーボエの鎧塚みぞれちゃん、いるでしょ?」

久美子「はい……」

あすか「あの子、希美ちゃんのこと駄目なのよ。顔見ただけで気持ち悪くなる位の、トラウマがあるらしくて」

 

◯2年生の部屋

 

ドライヤーで髪を乾かすみぞれ。優子が話しかけている。

 

あすか「(OFF)でも希美ちゃんは、自分がそう思われていることに全く気づいていない。未だに仲良しの幼なじみだと思ってるみたいでね」

 

◯食堂

 

テーブルに並ぶ湯呑み。話を続けるあすか。

 

あすか「なのに、アンタがいるとみぞれちゃんがオーボエ吹けなくなる、戻って来るな。とは、さすがに言えないでしょ?私もそこまで鬼じゃないよ。(お茶をすすって)うちの部にはオーボエ1人しかいないからねぇ」

 

◯希美の部屋

 

フルートを吹く希美。楽器を下ろした希美のどこかさみしげな横顔。

 

あすか「(OFF)今みぞれちゃんが潰れたら、関西どころじゃなくなる。二人を天秤にかけたら、どっちを優先すべきかくらい分かるでしょう?」

 

◯食堂

 

空になった湯呑み。あすかが久美子に問いかける。

 

あすか「というのが真相だけど、どうする?」

久美子「え?」

あすか「希美ちゃんに言う?今の話」

久美子「……(目を伏せる)」

あすか「だから言ったのに。まあ聞かなかったことにするんだね。どうしてもあすか先輩は教えてくれませんでしたって」

 

あすかが久美子の頭に手を置き、立ち去る。テーブルの湯呑み、お茶にうつむいた久美子の表情が映る。

 

キャンプファイヤー

 

花火を楽しむ部員たち。葉月の横で両手に花火を持ってはしゃぐ緑。

 

部員たち「(歓声)」

緑輝「わーい花火、花火ぃ。みてみて綺麗ですね(クルクル回る)」

葉月「うわぁぁ、危なっ!振り回しちゃ駄目だよぉ」

緑輝「えぇ、こんなに綺麗なのに……」

 

離れたところに座っている久美子。麗奈が線香花火を持って近づいて聞く。

 

麗奈「やる?」

久美子「うん」

 

二人で向かい合って線香花火をする久美子と麗奈。

 

麗奈「こういうの、なんか久しぶり」

久美子「私も……、ん?」

 

麗奈の視線が逸れたのに気づいて、久美子も広場の反対を見やる。談笑する滝と新山。新山が滝に手を振り、離れる。麗奈の線香花火が終わる。

 

久美子「捨てに行ったら?」

麗奈「え?」

久美子「花火」

麗奈「……まだ心の準備ができてない」

久美子「早くしないと新山先生戻って来ちゃうよ?今しかないと思う」

麗奈「でも、もし付き合ってるって言われたら」

 

久美子が麗奈の両頬を手で挟む。目を合わせる二人。

 

麗奈「……行ってくる」

久美子「いってらっしゃい」

橋本「……あの子、滝くんのこと好きなの?」

久美子「うぁ!?」

 

いつの間にか橋本が久美子の横に座っている。

 

橋本「滝くんも罪な男だねぇ」

久美子「聞いてたんですか?」

橋本「いやいや、ただ視線とかでね。一応ボクも大人だし」

久美子「そうですか」

 

花火をバケツに捨てる体で滝に話しかける麗奈。

 

橋本「(OFF)まあでも、滝くんがああやって笑ってるの見て、ホッとしたよ」

 

並んで会話を続ける久美子と橋本。

 

橋本「滝くん、奥さんがいなくなってズーッと元気がなかったから」

久美子「そうなんですか……って、えぇ!?」

橋本「あっ、しまった!」

久美子「滝先生、奥さんいたんですか?」

橋本「えぇ、ぇ(立ち上がり、去ろうとする)」

久美子「(橋本のシャツを掴んで)あっ、先生っ」

橋本「(ため息をついて座る)ぁあぁ、まあね。5年前にお亡くなりになったけど」

 

爆ぜる爆竹。晴香の司会で余興が続く。

 

晴香「では続きまして、トロンボーンによるモノマネ対決です!」

野口「(メガネをかけて滝のモノマネ)なんですか、これ?」

部員たち「(爆笑)」

 

盛り上がる部員たち。少し離れた場所で久美子が橋本の話しを聞いている。

 

橋本「滝くん、奥さん亡くなってから抜け殻みたいになって……」

 

久美子の視線の先、広場の向こうで話している麗奈と滝。

 

 

橋本「音楽からも離れてしまって……みんな心配してたんだ」

 

並び座る久美子と橋本。

 

橋本「だから、北宇治の顧問になったって聞いた時は、本当に嬉しかった。指導を手伝ってほしいと言われた時は、ちょっと泣きそうだったよ」

 

久美子が橋本から視線をそらす。その先で談笑する麗奈と滝。キャンプファイヤーの炎が揺らめく。

 

CM(フルートを吹く制服姿の希美)

 

◯洗面所

 

鏡の前で話す麗奈と久美子。

 

麗奈「滝先生、付き合ってないって」

久美子「そうなんだ」

麗奈「新山先生、結婚してるんだって」

久美子「よかったね」

麗奈「うん」

 

久美子が視線をそらす。

 

久美子「(ナレ)そんな麗奈に……」

 

◯和室

 

明かりの消えた天井を見上げる久美子。

 

久美子「(ナレ)滝先生の過去を話す気にはなれなかった」

 

午前1時25分の時計。寝付けないまま、麗奈を見やる久美子。静かに寝ている麗奈。久美子が起き上がり、周りを起こさないように静かに部屋を出る。

 

◯外廊下

 

歩く久美子。

 

◯外休憩所

 

ベンチに座る久美子、星空を見上げる。

 

◯藤棚(回想)

 

麗奈「わたし、滝先生のことが好きなの」

 

◯外休憩所

 

久美子がため息をつく。そこに、優子の声が聞こえてくる。

 

久美子「はぁ……、やっぱり言うべきかなぁ」

優子「(OFF)だから、なんでもないって言ってるでしょ?」

久美子「ん?」

 

久美子が振り向くと階段上の外廊下で優子と夏紀が話しをしている。

 

◯外廊下

 

夏紀が優子に尋ねる。

 

夏紀「嘘だね。はっきり言いなよ。どうして希美が部に戻っちゃ駄目なの?」

久美子「(様子を見上げて)はぁ……(こっそり近づく)」

優子「別に、駄目なんて言ってないでしょ?」

夏紀「理由があるんでしょ?何?」

優子「別に……。ただ、今戻って来たら部が混乱するかなって」

夏紀「だから希美は手伝うだけだって」

優子「(激昂して)っ、それでも駄目なのっ!」

夏紀「……やっぱり、それだけじゃ無いよね。なんか有る」

 

優子が視線を逸らすと、壁に隠れた久美子の姿が見える。

 

夏紀「なんなの?」

優子「はぁっ、だからアンタが関わるとこんがらがるから関わるなって言ってるの。それだけ!(歩み来る)」

久美子「(近づく気配に慌てて逃げる)はっ……」

夏紀「あ、ねぇ!……」

 

◯外階段

 

降りてくる優子、視線を横に向ける。隠れようとして、全然隠れてない久美子の背中。

 

久美子「(振り返り)えぁ……」

優子「ん(アゴで付いて来いのポーズ)」

 

◯自販機前

 

優子が小銭を入れて久美子に尋ねる。

 

優子「何がいい?」

久美子「え?」

優子「ジュース」

久美子「ぁあ、じゃあオレンジで……」

優子「オッケー。あんたさぁ、わたしのこと嫌い?」

久美子「ぁ嫌いというか、苦手とい、あっ(手で口を押さえる)……」

優子「もしかして、府大会のこと引きずってる?言っとくけど、あれに関してはわたし、絶対に間違ってないから。今でもソロは香織先輩が吹くべきだと思ってるから」

久美子「はぁ……」

優子「先輩はマジエンジェルだからね!かわいいし、優しいし、もうヤバい♡」

久美子「はぁ……」

優子「何、そのリアクション。今のは突っ込むところでしょ?」

久美子「ん、あぁ、冗談?」

優子「ふぅ……」

久美子「あ、いや、あははは……」

優子「わたしたち2年は、去年いろいろあってさ。わたしも吹部辞めようかって、結構悩んだんだけど、その時応援してくれたのが香織先輩だったわけ」

久美子「夏紀先輩にもちょっと聞いたことがあります、去年の話。先輩も悩んでたんですね」

優子「まあね。で、(顔を近づけて)どこまで立ち聞きしてたの?さっきの話」

久美子「ぇ、あぁー……」

 

◯研修室

 

ベンチに並び座る久美子と優子。

 

 

優子「あすか先輩も知ってるんだ、さすがだなぁ。あ、言っとくけど夏紀にはナイショだからね。」

久美子「え?なんでですか?夏紀先輩なら協力してくれるかもしれないのに」

優子「あんなのに協力されたら迷惑でしょ」

久美子「迷惑って……」

 

◯バルコニー

 

スマホをいじっている夏紀、電話をかける。

 

優子「(OFF)それに、夏紀は純粋に希美のためを思って部に戻そうとしてるんだから、みぞれのことを聞いたらどうしていいか分からなくなる……」

 

◯研修室

 

並んで会話する久美子と優子。

 

優子「あいつの性格的に……」

久美子「(意外な優子の話に少し微笑み)……」

 

立ち上がる久美子、譜面台の譜面をなぞる。

 

久美子「んっ(と、立ち上がり)。……先輩はコンクール、嫌いですか?」

優子「はぁ?いきなり何?」

久美子「あ、すみません。さっき香織先輩のソロの話も出たから。コンクールってなんだろうなぁって」

優子「まあ、納得行かないことが多いのは、確かなんじゃない?わたしだって……」

 

◯バス車内(回想)

 

バスの車内、泣いて落ち込む南中吹奏楽部の部員たち。窓外に視線を向けている優子(泣いていない)。

 

優子「(OFF)中学最後の大会は、今でも納得してないわけだし……」

 

京都コンサートホール(回想)

「銀 市立南中学校」の文字。

 

◯研修室

 

優子が立ち上がり、自分の椅子に座る。優子が久美子に答える。

 

優子「でもそれは、結果が悪かったから。結果が良かったら、納得していた気がする。今のわたしたちみたいにね」

久美子「ですよねぇ……」

 

◯研修室(回想)

 

晴香の指揮で基礎練習をする部員たち。

 

優子「OFF)フザケてやってるわけじゃない……」

 

(時間経過)部員ごし、指揮をする滝。

 

優子「(OFF)みんな夏休みを潰して練習している……」

 

 

京都コンサートホール・舞台

 

並ぶトロフィー。結果発表の男。審査員の評価シート。

 

優子「(OFF)けど、コンクールは優劣を付ける。金、銀、銅。この曲を自由曲に選んだ時点で難しいとか、演奏以前の話を評価シートに平気で書かれたりすることさえある」

 

◯研修室

 

椅子に座り、話しを続ける優子。

 

優子「努力が足りなかった、劣ってたということにされちゃう。ちょー理不尽でしょ?」

久美子「じゃあ、先輩はコンクールがないほうがいいって思ってるんですか?」

優子「思ったこともあるよ、そりゃ。ただ、去年みたいにみんなでノンビリ楽しく演奏しましょうっ、ていう空気がいいかと言うと、そんなことはなかった」

 

◯教室(トランペットパート・回想)

 

椅子に楽器を置いて、トランプに興じる3年生たち。それを見ている1年生の優子。

 

優子「(OFF)上を目指して頑張っている1年よりも、サボってる3年がコンクールに出る、みたいなのは、やっぱり引っかかった」

 

◯研修室

 

優子の話しが続く。

 

優子「まぁ、今年は実力主義になって、イロイロあったけど。本気で全国行こうと思うんだったら、上手い人が吹くべきだと思う」

久美子「ぇっ……、先輩それってれ」

優子「(かぶせる様に)結局、好き嫌いじゃなく、コンクールに出る以上は金がいいってことなんじゃない?フンっ!」

久美子「(嬉しそうな表情)……」

優子「げ、もうこんな時間、部屋帰るわよ!」

久美子「(笑顔になって)はぁい」

 

◯建物外

 

星空の情景。

 

◯和室

 

午前4時2分を指す目覚まし時計。久美子がそろそろと布団に戻る。

 

久美子「ん、(大あくびして)完全に寝そびれてしまった」

麗奈「どこいったの?」

久美子「起きてたんだ」

麗奈「昨日も抜け出してなかった?」

久美子「うーん、ちょっとね」

麗奈「塚本?」

久美子「は、なんでそうなるの?全然関係ないじゃん」

 

襖の注意書き。天井を見上げて久美子が尋ねる。

 

久美子「麗奈はさぁ」

麗奈「ん?」

久美子「コンクールってどう思う?」

麗奈」どうして?」

久美子」んー、なんか考え込んじゃって」

麗奈「……よく、音楽は金、銀、銅とかそんな簡単に評価できないって言う人がいるけど、アレを言っていいのは勝者だけだと思う。下手な人が言っても、負け惜しみでしかないと思うし」

久美子「うん……」

久美子「だから結局、上手くなるしかないと思ってる。それに、たくさんの人に聞いてもらえる機会って、そんなにないから」

 

日の出の時間、スズメの鳴き声。障子越しに陽の光が届き始める。

 

 

麗奈「わたしは好き(笑顔を見せる)。ポジティブに捉えたいって思ってる」

久美子「(感動して)はぁ……そっかぁ……」

 

天井を見上げている久美子、麗奈の寝息に気づく。

 

麗奈「(かすかな寝息)」

久美子「ん……(と微笑む)」

 

◯アクトパル宇治・外

 

早朝の情景。ユーフォを抱えた久美子が高台の広場へ向かって歩いている。

 

久美子「結局、全然眠れなかった」

 

朝日が田園の風景を照らす。

 

久美子「綺麗……。ん?」

 

坂の上から楽器の音が聞こえてくる。

 

久美子「ユーフォ?」

 

◯桜の広場

 

階段を登ってくる久美子。あすかが、1人ユーフォを演奏している。

 

久美子「ん……、(ユーフォを吹くあすかを見つけて)はっ……」

 

広場の真ん中であすかの演奏が続く。

 

久美子「あすか先輩……」

 

久美子「(ナレ)その曲はどこか不思議で暖かくて、寂しくて。幾重にも重なった感情が込められているようだった……」

 

あすかの演奏。ユーフォを持つ久美子の手に力が入る。

 

久美子「(ナレ)そして次の曲が始まるのです」

 

ED

 

 

 

 

響け!ユーフォニアム2 第四回「めざめるオーボエ」  シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第四回 「めざめるオーボエ

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 小川太一

 

◯(プロローグ)

 

橋本「滝くん、奥さんがいなくなってずーっと元気なかったから」

麗奈「滝先生、付き合ってないって」

橋本「ぶっちゃけツマラン!」

みぞれ「……?」

あすか「あの子、希美ちゃんのこと駄目なのよ」

 

◯OP

 

◯北宇治高校正門

 

夏休み、人気のない正門前の情景。

 

◯音楽室

 

美知恵が部員たちに関西大会の説明をしている。

 

美知恵「関西大会での演奏の順番が決まった」

部員たち「(ざわざわ)」

葉月「来たっ」

森田「うん」

美知恵「静かにしろ!」

晴香「どうか一番じゃありませんように(祈る素振り)」

美知恵「それで、北宇治高校は……16番目の演奏になる」

部員たち「(安堵のざわめき)」

緑輝「23番中、16番」

卓也「悪くないな」

梨子「うん」

雑賀「あの、他の高校は?」

美知恵「うん?(と、にらむ)」

雑賀「っ……」

美知恵「ふぅ……(ため息)」

滝「主な強豪校ですが、大阪東照は前半の3番目、秀大附属は12番目、そして明静工科はわたしたちの前、15番目になります」

部員たち「えぇっ!?(驚きの悲鳴)」

加橋「明静の次なんて……」

緑輝「っ……(静かに闘志を燃やすような表情)」

橋本「何?強豪校の次だからってビビってんの?」

大口「そりゃあ、ねぇ」

越川「うん」

橋本「関係ない、関係ない。関西大会といったら、どこもいたって強豪校ばかりなんだから」

滝「橋本先生の言う通りです。気にする必要なんてありません。わたしたちはただいつもと同じように、演奏するだけです」

部員たち「はいっ」

 

気合いが入る久美子、みぞれの方を見やり表情を曇らせる。

 

久美子「(OFF)関西大会まであと10日を切っていた。結局わたしは、あすか先輩から聞いたことを希美先輩に話せずにいた……」

 

ブンブンと頭を振って頬を叩く久美子。

 

久美子「……っ」

 

タイトル 第四回「めざめるオーボエ

 

◯校舎外観

 

壁に掛かる垂れ幕「祝関西大会出場 吹奏楽部」

 

◯音楽室

 

合奏練習後の部員たち。楽譜に書き込む久美子、新山の声が聞こえてくる。

 

植田「もう少しやってくでしょ?」

松崎「もちろん」

新山「鎧塚さん、今いい?」

久美子「ん?」

みぞれ「はい」

新山「わたし、あなたにちゃんと謝っておこうと思って……」

 

みぞれの横に座り話しかける新山。

 

新山「正直に言うとね、あなたのソロを聞いた時、わたしも物足りないと感じたの。なのに、高校生だからこれで十分って……。わたしはあなたの可能性の上限を決めつけていた……」

みぞれ「ぁ……」

新山「ごめんなさい(頭を下げる)。」

みぞれ「ぁ、あの……」

 

みぞれが久美子を見やる。慌てて挙動不審の久美子。

 

久美子「ぁっ、あっ……」

 

荷物をまとめて、一礼して立ち去る久美子。みぞれがそれを目で追いかける。

 

新山「失礼なことしてしまったなって。あなたの技術は素晴らしいわ。でも……、なぜだか聞いてると苦しくなる。もっと楽しんでいいのよ?(笑う)」

みぞれ「…………はい」

 

◯楽器室

 

楽器をしまう久美子の手元。

 

久美子「はぁ…」

 

窓枠に頭を打ち付けて反省の久美子。

 

久美子「あぁ……、ん?」

 

◯1階の渡り廊下

 

なにか話している夏紀と希美の姿が見える。

 

◯楽器室

 

階下を見下ろす久美子がため息。

 

久美子「はぁ……」

 

◯マンション外観

 

夜の情景。

 

久美子「(OFF)ただいまぁ」

 

◯玄関

 

靴を脱ぐ久美子。リビングから麻美子と健太郎の声が聞こえてくる。

 

麻美子「(OFF)もう決めたから!」

健太郎「(OFF)待ちなさい!」

久美子「ん?」

 

リビングの扉を開けて麻美子が出てくる。

 

明子「ちょっと、麻美子!」

久美子「お姉……ちゃん?」

 

久美子を無視して、険しい表情で家から出ていく麻美子。明子が久美子に声をかける。

 

久美子「っ……」

明子「おかえり」

久美子「どしたの?」

明子「ちょっとね、お父さんと……」

久美子「ふうん」

 

◯グラウンド

 

ランニングしている運動部の部員たち。

 

◯音楽室

 

優子がみぞれと話しをしている。久美子と麗奈が入ってくる。

 

優子「このあたり、もう少しタップリ目で吹いてみたら?」

みぞれ「それが感情ってこと?」

優子「ぅうーん」

麗奈「おはようございます」

久美子「はよございまーす」

優子「(振り返って)あぁ、おはよう。(みぞれに)……あんまり考えすぎるのも良くないよ。思ったまま、吹いてみよ?」

みぞれ「うん……」

 

みぞれがオーボエソロパートを吹く。それを見ている久美子に、麗奈が声をかける。

 

麗奈「久美子」

久美子「あ……」

 

そそくさと譜面台を持ち上げて、その場を立ち去る久美子。

 

久美子「わたし、外で吹いて来るね」

 

◯校舎裏

 

いつもの場所で練習している久美子。

 

久美子「(駄目だぁ、集中しなくちゃ……)」

 

苦戦していた箇所もスムーズに吹けるようになっている。

 

久美子「……はぁ。よし、もう一回」

 

◯渡り廊下

 

希美がやってきて、ユーフォの音の方へ近づく。

 

◯校舎裏

 

静かに覗く希美。雑草から飛び立つテントウムシ。久美子が拳を握りしめる。

 

久美子「よしっ、今のはいいっしょ」

 

突然、拍手が聞こえる。

 

久美子「わっ!?」

希美「(拍手しながら)やるねぇ」

久美子「希美先輩?」

希美「あ、あっはは、おはよー」

久美子「おはようございます。早いですね。あすか先輩ですか?」

希美「あー、うん。練習始まる前に、と思って。でも、もう関西大会だからね。本番前とかに来ると邪魔かなぁって、夏紀とも話してて……」

久美子「そうですか……、ぁ」

希美「あ、気にしないでね。それで、復帰諦めたわけじゃないし。最後にあすか先輩の手伝いがしたかったから、ちょっと残念だけど。ありがとね。それだけ言いたかったんだ(にっこり笑う)」

久美子「(ハッとする)……」

希美「ぉ、そういえばみぞれ」

久美子「え?」

希美「音楽室に、1人だよね?」

久美子「よ、よ、鎧塚先輩ですか」

希美「えっ?あ、うん。オーボエの音しか聞こえなかったし」

久美子「あ、な何かあったんですか?」

希美「うん。なんか感情込めて吹くように言われてるって。それでソロ悩んでるって聞いて」

久美子「あぁ……」

希美「変だなって」

久美子「え?」

希美「あの子、性格は淡々としてるけど、演奏はすごい情熱的で、楽しそうな音出して。感情爆発って感じだったのに」

久美子「そうなんですか?」

希美「うん。だから、気になっちゃって……。ちょっと様子見て来ようかなぁ(と走り去る)」

久美子「ん?(考え込んで)……わあっ!」

 

◯階段の踊り場(回想)

 

希美のフルートの音色に気持ち悪くなるみぞれ。その様子を思い出して、久美子が焦る。

 

久美子「やばい。やばい、やばい、やばい、やばいよぉ!」

 

◯校舎裏

 

慌てて楽器を置き、希美を追いかける久美子。角を曲がるが希美の姿はない。

 

久美子「希美先輩!……い、居ない」

 

◯音楽室

 

練習しているみぞれ。

 

◯坂道

 

坂道を駆け下りて、校舎に近づく希美。

 

◯校舎外

 

息を切らして校舎の角を回り来る久美子。

 

久美子「先輩!」

 

◯校舎入口

 

階段に近づく希美が振り返る。近づく晴香と香織。

 

希美「あ……」

晴香「希美ちゃん?」

希美「あぁ、……おはようございます(頭を下げる)」

晴香「あ、おはよう」

香織「おはよう」

希美「それじゃあ(一礼して立ち去る)」

晴香「えっ?」

香織「フルートの?」

晴香「うん」

 

離れた場所で様子を見ている久美子。

 

久美子「(ナレ)放っておいたら、きっと何かが起こる……」

 

走る希美の背中。

 

久美子「(ナレ)嫌な予感が止まらなかった」

 

◯校舎外

 

校舎越しの夏空の情景。

 

久美子「(OFF)(なんとかしなくちゃ……)」

 

◯手洗い場。

 

マウスピースを洗う久美子。

 

◯階段

 

踊り場で話す夏紀と希美。

 

夏紀「ほんとにいいの?」

希美「うん、今日で最後。あとは大会終わるまで来ないようにする」

夏紀「……そっか」

 

◯手洗い場

 

マウスピースを洗い終えた久美子が振り返る。

 

久美子「(でもどうやって……)」

 

◯音楽室前の廊下

 

こっそり近づく希美が何かを見つけて笑顔を見せる。

 

◯教室(低音パート)

 

あすかがパート練習の指示をしている。

 

久美子「(ナレ)そんなことを考えている時に、事件は起こった……」

 

◯教室(トランペットパート)

 

優子たちがパート練習をしている。

 

◯音楽室前の廊下

 

オーボエの練習をしているみぞれに、希美が声をかける。

 

希美「なんか久しぶりだね」

みぞれ「……ぁ」

希美「みぞれ」

みぞれ「(息を呑む)」

 

◯手洗い場前の廊下

 

歩いて来る久美子。希美の声が聞こえる。

 

希美「(OFF)みぞれ!?」

久美子「?」

 

◯音楽室前の廊下

 

倒れる譜面台。

 

◯手洗い場前の廊下

 

大きな音に驚く久美子。

 

久美子「わっ!?」

 

◯音楽室前の廊下

 

走り去るみぞれに戸惑う希美。

 

希美「待って!みぞれ!?」

 

固まる夏紀の手前、教室から出てきて険しい顔になる優子。

 

優子「っ……」

 

追いかけようとする希美の手を、優子が掴む。

 

希美「っ、………ぁっ」

優子「やめて!」

希美「優子?」

 

◯手洗い場前の廊下

 

みぞれが久美子にぶつかりそうになりながら逃げ去る。

 

久美子「ぅわ、わっ、鎧塚先……輩」

 

◯教室(低音パート)前の廊下

 

状況を把握したあすかが舌打ち。

 

あすか「ちっ、最悪……」

 

◯音楽室前の廊下

 

久美子がやってくる。優子が希美の手を掴んだまま詰問する。

 

優子「どういうつもりよ?」

夏紀「ちょっと、希美が何したって言うの?」

優子「何もしてない……。だから怒ってるの!」

夏紀「はぁ?」

優子「とにかく、早く探さなくちゃ……ぁ」

 

優子が久美子を見やり、歩み寄る。

 

優子「黄前さん」

久美子「えっ!?」

優子「あの子の事情、知ってるよね。みぞれのこと、探してくれない?」

久美子「え……あ……」

優子「あの子いま、慣れてない子と会うのヤバいから」

希美「(状況が分からず)……」

優子「お願い」

久美子「は、はい……」

 

CM(オーボエを吹くみぞれ)

 

◯廊下

 

息を切らして走る久美子。

 

久美子「(ナレ)何が起こっているのか……」

 

◯音楽室前の廊下(回想)

 

ぶち切れる優子。

 

優子「何もしてない……。だから怒ってるの!」

 

◯廊下

 

走る久美子の背中。

 

久美子「(ナレ)分からなかった……」

 

◯音楽室前の廊下(回想)

 

久美子に頼む優子。

 

優子「黄前さん、お願い……」

 

◯廊下

 

教室前に走り来る久美子。

 

希美「(OFF)みぞれ!?」

 

手洗い場前の廊下(回想)

 

逃げ去るみぞれ。

 

◯廊下

 

教室を覗き込む久美子。

 

久美子「(ナレ)悪い予感と胸騒ぎのなか……」

 

◯太陽公園・ファミリープール(回想)

 

希美が久美子に問いかける。

 

希美「変かな?」

 

◯校舎裏(回想)

 

久美子に礼を言う希美。

 

希美「ありがとね」

 

◯音楽室前の廊下(回想)

 

呆然とする希美と夏紀。

 

◯図書室

 

扉を開けて、久美子が入ってくる。

 

久美子「(ナレ)ひとつひとつ、教室を探して行った」

 

◯廊下

 

向かいの校舎の廊下を走る優子。

 

◯教室

 

扉を開けて、優子が入ってくる。みぞれの姿はない

 

優子「みぞれ!……どこよ……」

 

◯下足室

 

探す久美子の背中。

 

◯渡り廊下

 

走り探す優子の姿。

 

◯階段

 

息を切らして久美子が上ってくる。

 

久美子「はぁ、…はっ……」

 

◯理科室

 

窓越しの空。すすり泣く声が聞こえる。

 

みぞれ「(すすり泣く)」

 

◯廊下

 

ドアに手をかけるが、鍵が閉まっている。

別のドアを開ける久美子、何かに気づく。

 

久美子「あ……」

 

◯中庭

 

息を切らしている優子の背中。

 

優子「はあっ……はあっ……」

 

◯理科室

 

すすり泣く声が聞こえる中、久美子が声に近づく。教卓の陰でうずくまるみぞれを見つける久美子。

 

久美子「あ……先輩……」

みぞれ「っ……」

久美子「あ、あの、何があったんですか?……えっと、希美先輩のこと嫌いなんですか?」

みぞれ「嫌いじゃない……。そうじゃない」

久美子「あ、じゃあ何か言われたとか……」

みぞれ「違う!」

久美子「ぁ」

みぞれ「違う、希美は悪くない。悪いのは全部……わたし。わたしが……希美に会うのが、怖いから……」

久美子「……どうしてですか?」

みぞれ「分かっちゃうから、……現実を」

久美子「……現実?」

 

◯音楽室前の廊下

 

夏紀と希美のもとに、あすかが近づく。あすかの方を見る希美。

 

◯理科室

 

膝を抱えて話すみぞれ。

 

みぞれ「わたしにとって、希美は特別。大切な友達」

久美子「えっ?」

みぞれ「わたし、人が苦手。性格暗いし……」

 

◯南中学校(回想)

 

1人でお弁当を食べているみぞれ。1人で下校しているみぞれ。それを見ている希美。

 

みぞれ「(OFF)友達もできなくて、ずっと1人だった」

 

教室で本を読んでいるみぞれに、希美が話しかける。

 

希美「ねぇねぇ、鎧塚さん部活入ってる?」

みぞれ「(ふるふると首を横に振る)」

希美「あ、じゃあ帰宅部かぁ。何も入ってないんだ……」

みぞれ「(OFF)希美はそんなわたしと仲良くしてくれた……」

 

一緒に登校する希美とみぞれ。希美が入部届をみぞれに渡す。

 

みぞれ「(OFF)希美が誘ってくれたから、吹奏楽部に入った……」

 

◯理科室

 

膝を抱えてうずくまるみぞれ。

 

みぞれ「嬉しかった……」

 

〇南中学校(回想)

 

下校する希美とみぞれ。フルートの説明をする希美。希美の横でオーボエの練習をするみぞれ。

 

みぞれ「(OFF)毎日が楽しくって……」

 

他の子に呼ばれて立ち去る希美。教室の入口で話す希美たち。それを見ているみぞれ、さみしげに練習を再開する。

 

みぞれ「(OFF)でも希美にとって、わたしは友達の1人。たくさんいる中の1人だった。」

 

〇理科室

 

話しを聞いていた久美子が慰めの言葉をかける。

 

久美子「そんなこと……」

みぞれ「だから、部活辞めるのだって知らなかった。」

 

〇夕景の教室(回想)

 

1人で練習するみぞれ、後ろを振り向く。

 

〇教室(フルートパート・回想)

 

サボってお喋りをしている3年生たち。みぞれが入ってきて尋ねる。

 

部員「えー、本当?」

部員「ホントホント」

部員「あはははは……」

部員「フフフフ……」

みぞれ「あの、今日……希美は?」

部員「えぇっ、辞めたじゃん」

みぞれ「……」

 

〇理科室

 

膝を抱えてうずくまるみぞれ。

 

みぞれ「わたしだけ、知らなかった」

久美子「(ハっとする)……」

みぞれ「相談ひとつないんだって、わたしはそんな存在なんだって知るのが、怖かった。分からない……、どうして吹奏楽部にいるのか」

 

頭を抱えて、首を横に振るみぞれ

 

みぞれ「分からない…」

久美子「じゃあ、どうして続けてるんですか?」

みぞれ「楽器だけが……、楽器だけが……」

 

〇バス車内(回想)

 

南中時代のみぞれと希美。

 

みぞれ「(OFF)わたしと、希美を……」

 

〇理科室

 

頭を抱えているみぞれ。久美子が立ち尽くして、みぞれのことを見つめる。

 

みぞれ「繋ぐものだから」

 

久美子「(ナレ)言葉が出てこなかった。こんな理由で……」

 

〇音楽室(回想)

 

窓を背景に一人でオーボエを練習しているみぞれ。楽器を下ろして、窓外を振り向く。

 

久美子「(ナレ)楽器をやっている人がいるなんて……」

 

〇理科室

 

言葉をかけられず、みぞれを見ている久美子。

 

久美子「(ナレ)思いもしなかった」

 

駆ける足音がして、入り口に優子がやってくる。

 

久美子「ぁ……」

優子「(息を切らして)っはぁ……はぁ……」

久美子「優子先輩……」

 

優子が教卓の影に隠れるみぞれに近づき、肩に手をかける。

 

優子「みぞれ……」

久美子「ん……」

優子「みぞれ、みぞれ!もう何やってるのよ、心配かけて」

みぞれ「ごめん……」

優子「まだ、希美と話すの怖い?」

みぞれ「……(コクン)だって、わたしには、希美しか居ないから……」

優子「っ(ハッとする)」

みぞれ「拒絶…されたら……」

優子「(怒気をはらみ)なんでそんなコト言うの?」

みぞれ「はっ……(顔をあげる)」

優子「そしたらなに?みぞれにとって、わたしはなんなのっ!?」

みぞれ「ぁ……、優子は……わたしが……可哀想だから……、優しくしてくれた。……同情してくれた」

優子「(ハッとなってから瞳を潤ませて)っ……」

 

パンっと、優子がみぞれの両頬を手のひらで挟み込む。びっくりするみぞれに構わず、頬をつねる優子。

 

優子「バカ!!あんた、マジでバカじゃないの!?」

みぞれ「優子?」

優子「わたしでも、いい加減キレるよ?」?」

みぞれ「?……?……」

優子「誰が好きこのんで嫌いなヤツと行動するのよ」

みぞれ「痛い……。く……」

 

そのままもみ合う2人。

 

優子「わたしがそんな器用なコト出来るわけないでしょ!?」

みぞれ「痛い……」

優子「同情!?なにそれ?」

久美子「せ、先輩……」

優子「みぞれはわたしのこと、友だちと思ってなかった訳!?」

みぞれ「違う!……」

久美子「わぁ……」

 

勢い余って、優子がみぞれを押し倒す。

 

優子「部活だって、そう。本当に希美のためだけに、吹奏楽続けて来たの!?」

 

インサート(回想)

 

滝の指揮で合奏練習をしている部員たち。府大会で演奏する部員たち。

 

優子「(OFF)あんだけ練習して、コンクール目指して、なにもなかった!?」

 

優子に押し倒されたみぞれの横顔。

 

みぞれ「(はっ…、と息を呑む)」

 

インサート(回想)

 

府大会の演奏風景。結果発表の文字。喜ぶ部員たち。涙を流してみぞれに抱きつく優子。

 

優子「(OFF)府大会で関西行きが決まって、嬉しくなかった!?」

 

涙をこぼしてみぞれに語りかける優子。

 

優子「わたしは嬉しかった!頑張ってきて良かった!努力は無駄じゃなかった!中学から引きずっていたモノから、やっと解放された気がした!」

 

みぞれの頬に優子の涙が落ちる。みぞれの瞳も潤んでいる。

 

優子「みぞれは違う!?なにも思わなかった!?ねぇ!」

みぞれ「っ……(首を横に振り)嬉しかった……。でも……、でも、それと同じくらい辞めていった子に申し訳なかった。喜んで……いいのかなって」

優子「いいに決まってる!」

 

優子がみぞれの手を取り、引き起こす。日陰から陽のあたる場所へと引っ張り出されるみぞれ。

 

優子「(優しく)いいに決まっるじゃん。だから、笑って(と、にっこり)」

みぞれ「(ハッとしたあと、ボロボロ涙を流す)はっ……、うぐっ……、うぅっ……、ゔっ……」

優子「ちょっ、みぞれ」

みぞれ「(嗚咽)うっ……、うぅっ……、うっ……ゔっ……う」

優子「どうして泣くのよ!?ほらっ……」

 

〇廊下

 

中越しに、中の様子を聞いている夏紀と希美。とん、と希美を肘でついて夏紀が問いかける。

 

夏紀「どうする?」

希美「……大丈夫」

 

〇理科室

 

夏紀に続いて、オーボエを持った希美が理科室に入ってくる。

 

久美子「あっ……。希美先輩……」

みぞれ「(ビクっとする)」

優子「希美……。(みぞれに)ちゃんと話したら?」

みぞれ「(希美の方を見て)…………ぅ(コクンとする)」

 

歩み寄る希美に、みぞれもオズオズと近づく。希美がオーボエを差し出す。

 

希美「あすか先輩が、これ持ってけって。……あたし、なんか気に障ることしちゃったかな?」

みぞれ「(粗い呼吸)……」

希美「わたし、バカだからさ。なんか心当たりがないんだけど」

みぞれ「どうして……、どうして話してくれなかったの?」

希美「えっ?」

みぞれ「部活辞めた、とき」

希美「だって……、必要なかったから」

みぞれ「え?」

希美「え?だってみぞれ、頑張ってたじゃん。」

 

インサート(回想)

 

昨年の部活の情景。無視される希美。うつむく希美。1人で練習しているみぞれ。そんなみぞれを見て、微笑む希美。

 

希美「(OFF)わたしが腐ってた時も、誰も練習してなくても、1人で練習してた。そんな人に、一緒に辞めようとか……」

 

笑顔で話す希美、みぞれの反応に戸惑う。

 

希美「言える訳ないじゃん。……ぉ?」

みぞれ「だから言わなかったの?」

希美「うん……」

みぞれ「……」

希美「ぁ……、もしかして、仲間はずれにされたって思ってた?」

みぞれ「(泣きだす)」

希美「え、えっ、なんで、違う!違うよ。全然違う。そんなつもりじゃ……」

 

慌ててみぞれの肩に手を伸ばす希美。

 

みぞれ「(嗚咽)」

希美「みぞれぇ、ごめん、ごめんね!」

みぞれ「ごめん」

希美「えっ、どうしてみぞれが謝るの?」

みぞれ「わたしずっと、避けてた。勝手に……思い込んで……、怖くて……」

 

ボロボロ涙を流すみぞれ。

 

みぞれ「ごめん、ごめんなさい」

希美「みぞれ……」

みぞれ「ごめんなさい」

希美「みぞれ……。ねぇ、わたしね、府大会見に行ったんだよ。みんなキラキラしてた……」

 

インサート(回想)

 

コンサートホール客席の希美。演奏する部員たち。

 

希美「(OFF)鳥肌立った。聴いたよ……」

 

みぞれの肩に手を置いて、希美が笑顔で話す。

 

希美「みぞれのソロ。カッコ良かった」

みぞれ「本当?」

希美「ホントに決まってるじゃん。わたしさ、中学の時からみぞれのオーボエ好きだったんだよ。」

 

希美が差し出すオーボエを、みぞれが抱えるように受け取る。

 

希美「なんかさ、キューンとしてさ。聴きたいな、みぞれのオーボエ(にっこり)」

みぞれ「(嗚咽)うっ……う……ぐっ……」

優子「みぞれ……」

夏紀「……」

みぞれ「…………、(顔を上げて笑う)うんっ……」

 

向かい合うみぞれと希美。

 

みぞれ「わたしも……、聴いてほしい」

 

〇校舎外観

 

夕焼けの情景。

 

〇廊下

 

並び立って、みぞれの演奏の音を聴いている久美子、夏紀、優子の3人。

 

久美子「すごい、綺麗な音……」

夏紀「こんなふうに吹けるんだ」

優子「結局みぞれの演奏は、ずっと希美のためにあったんだね」

夏紀「まあね」

優子「希美には勝てないんだなぁ。1年も一緒にいたのに」

久美子「……」

夏紀「そんなの、当然でしょ?希美ってアンタの100倍いい子だし」

優子「そーね。アンタの500倍はいい子かも」

夏紀「でもさ、みぞれには、あんたがいて良かったと思うよ」

優子「っ……もしかして……、(茶化すように)慰めてくれてるぅ?」

夏紀「はぁ!?」

優子「はいはい。照れない、照れない。」

夏紀「なにそれ?」

優子「ぎゃあー、夏紀が優しくしてくるよぉ」

夏紀「ちょっ、気持ち悪いコト言うな!」

久美子「あははは」

 

走って逃げる優子を夏紀が追いかける。久美子が笑って見送る。

 

〇教室(低音パート)

 

机に腰掛けて、あすかが久美子に話す。

 

あすか「コンクール終わるまで引き離しておきたかったんだけどなぁー」

久美子「はぁ……」

あすか「でも、ズルい性格してるよね?みぞれちゃんも」

久美子「え?」

あすか「思わない?みぞれちゃんが希美ちゃんに固執してるのって、結局1人が怖いからでしょ?優子ちゃんは保険だね」

久美子「そんな……」

あすか「案外ヒトって、打算的に動くものだと思うなぁ」

 

窓外に眺めていたあすかが、久美子を振り向く。久美子、手を握り締めて反論する。

 

久美子「……あすか先輩は、穿った見方をしすぎですよ」

あすか「あっははは。穿ったかぁ。そうかもね。それより……」

 

あすかの視線が教室の入り口に向けられる。麗奈が立っている。

 

久美子「えっ……?あっ……」

麗奈「遅い」

あすか「じゃあ、帰ろっか」

久美子「あっ、はい……」

 

うぅーん、と伸びをするあすかが、立ち去ろうとする久美子に呼びかける。

 

あすか「黄前ちゃん」

久美子「はい(振り返る)」

あすか「(目を合わせず)全国、行こうね……」

 

夕方の教室に佇む久美子とあすか。

 

久美子「(ナレ)なにが本音で、なにが建前なのか。その境目はあまりにも曖昧で……」

 

伏せられたあすかの目。あすかを見やる久美子。

 

久美子「(ナレ)この人には一体なにが見えているのか……」

 

〇校舎外観

 

校舎越しの宇治市街・夕景。

 

久美子「(ナレ)それを考えるのは少し怖かった……」

 

〇下足室

 

靴に履き替える久美子の汚れた上履きを見て、麗奈が尋ねる。

 

麗奈「ねぇ、どこ行ったらそんなに汚れるの?」

久美子「ん……?(汚れに気付いて)わっ、あー……」

 

上履きを見つめながら、久美子が麗奈に尋ねる。

 

久美子「ねぇ、麗奈はさ……」

麗奈「ん?」

久美子「誰かの為に吹いてるとか、そういうのある?」

麗奈「考えたことない。……強いて言うなら、自分のためかな」

久美子「!」

 

麗奈の言葉に嬉しそうな表情になる久美子。

 

〇大階段前

 

先に歩く麗奈。久美子が走って追いつき、背中を押す。

 

久美子「(笑う)」

麗奈「きゃっ!」

久美子「麗奈って、マジ麗奈だよね」

麗奈「なにそれ、からかってる?」

久美子「全然っ」

麗奈「ホントに?」

久美子「はははは……」

 

久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです……」

 

〇音楽室

 

机の上に並んで置かれたオーボエとフルート。

 

つづく

 

〇ED

 



響け!ユーフォニアム2 第五回「きせきのハーモニー」  シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2  第五回「きせきのハーモニー」

脚本 花田十輝 絵コンテ 三好一郎・石原立也 演出 三好一郎

 

◯(プロローグ)


希美「待って!?みぞれ!」

優子「ホントに希美のためだけに、吹奏楽続けてきたの?あんだけ練習して、コンクール目指して、なにもなかった!?」

あすか「黄前ちゃん」

久美子「はい」

あすか「全国、行こうね」


◯OP


〇校舎外観〜廊下


夏空に響く『三日月の舞』の合奏練習の音。


〇音楽室


滝が演奏を止める。


滝「ホルン、Lの全音符もう少しください」

ホルンパート「はいっ」

(時間経過)

滝「トロンボーン、バッキングの縦、注意してください」

トロンボーンパート「はいっ」

(時間経過)

滝「ユーフォ、前も言ったようにFの音は高めに取ってください」

あすか「はい」

久美子「(あすかと同時に)はい」

滝「あとは(楽譜をめくり)……、黄前さん」

久美子「はいっ」

滝「今の演奏を忘れないように」

久美子「はいっ」

滝「では、今の点に注意して、もう1度最初から行きます。本番を意識してください。もう一度言います、本番です」


久美子のアップ。京都大会前の情景がよみがえる。


〇北宇治高校エントランス前(回想)


夜の校舎前で、滝が久美子に語りかける。


滝「吹けなかった所、練習しておいてください。次の関西大会に向けて。あなたの出来ますという言葉を、わたしは忘れていませんよ」


〇音楽室


ユーフォを吹く久美子のアップ。入り口の窓越し、練習する部員たちの様子。


久美子「(ナレ)あれから1ヶ月、明日はいよいよその……」


〇グラウンド


ランニングする運動部の部員たち越しの校舎。


久美子「(ナレ)関西大会を迎える」


タイトル 第五回 「きせきのハーモニー」


〇校舎外観


祝 関西大会出場〜の垂れ幕。


滝「(OFF)いいですか?……」


〇音楽室


滝が部員たちに向けて話をしている。


滝「皆さん、あすの本番をあまり難しく考えないでください。我々が明日するのは、練習でやってきたことをそのまま出す。それだけです」

部員たち「はいっ」

滝「(咳ばらい)それから、夏休みのあいだコーチをお願いしていた橋本先生と新山先生は、本日が最後になります」

部員たち「ええ〜!?」

滝「最後に一言お願いします」

橋本「うん」


指揮台の上で新山が部員たちに、挨拶。


新山「約3週間。短い間でしたが、確実に皆さんの演奏は良くなったと思います。その真面目な姿勢は、私自身見習うべきものがたくさんありました。明日の関西大会、胸を張って楽しんできてください」

鳥塚「……(泣いて目をこする)」


(時間経過)橋本の挨拶。


橋本「ええっと……、僕はこんな性格なので正直に言います。今の北宇治の演奏は、関西のどの高校にも劣っていません。自信を持っていい!この3週間で表現が実に豊かになりました。特に(みぞれを指して)鎧塚さん」

みぞれ「はい……」

橋本「見違えるほど良くなった。ふふん、何がいい事あったの?」

みぞれ「(はっ、として笑顔で)はいっ」

橋本「おおっ、いいねえ。今の彼女の様に、明日は素直に自分たちの演奏をやりきって下さい!期待してるよぉ!」


手を振りながら指揮台から降りる橋本に部員たちが拍手。


田邊「……(拍手しながら泣く)」

加山「なに泣いてんのよ」


久美子の膝の上でユーフォが光る。晴香が部員たちに号令。


晴香「起立!」


〇校舎外観


夏空と校舎。部員たちの声が響く。


晴香「(OFF)ありがとうございました!」

部員たち「(OFF)ありがとうございました!」


宇治市


遠景。夏空と宇治の街並み。


京阪電車六地蔵駅


改札情景〜ホームで見送る緑。


緑輝「では、また明日(敬礼のポーズ)」

葉月「じゃあねっ」


京阪電車・車内


緑に敬礼の葉月。手を振る久美子。


久美子「うふ。……何これ?(と葉月の敬礼を真似して見せる)」

葉月「ん、これ?なんとなく。気合い入るでしょ?」


吊り革に掴まり、葉月が背伸び。


葉月「わたしさ、チューバもっと頑張る。もちろん、明日のサポートも」

久美子「うん……」

葉月「それでさ、全国へ連れてって!(窓外を見る葉月)来年は一緒に吹こうって、夏紀先輩とも話したんだ」


車窓に流れる景色。


葉月「(OFF)だから今年、久美子たちが全国へ行って、全国すごいっ!てトコ見せてよ」


久美子を振り向いて葉月が続ける。


葉月「わたしたちも、そこで吹きたいって思える様に」

久美子「葉月ちゃん……」


京阪電車黄檗駅ホーム


ドアが開いて、葉月が降りてくる。


葉月「じゃあね!ふんっ(と、敬礼のポーズ)」

久美子「ふんっ(と、敬礼を返す)」

 

京阪電車・車内


走り出す電車から葉月に敬礼する久美子と、手を振る麗奈。麗奈が正面を向き直して言う。


麗奈「全国か……」

久美子「うん。ちゃんと言葉にしなくちゃね、葉月ちゃんみたいに……」

麗奈「全国へ、行く」

久美子「うん、行く。全国に」


パガニーニの主題による狂詩曲』が流れる。


〇マンション・外観


赤信号越しのマンション。


〇リビング


テレビで大阪東照の吹奏楽部の紹介が流れる(部員数85人、大会出場52回目のテロップ)。


アナウンサー「みんなの思いを1つに。この大阪東照が出場する関西吹奏楽コンクールは明日、行われます」

久美子「ん……」


テレビを消して、ローテーブルにもたれかかる久美子。


久美子「ふぅ……。やば、怖くなってきた」


スマホのバイブが鳴り出す。


久美子「あっ……。もしもし、梓ちゃん?」

梓「(OFF)久しぶり。今、大丈夫?」


電話する久美子の後方、明子が帰ってくる。


明子「ただいま。すぐ夕食の準備するからね」


久美子が電話を続けながら立ち上がり、ベランダに出る。


久美子「うん。テレビ観てただけだから」

梓「(OFF)あ、東照のニュースでしょ?わたしも観てた。うまいよねぇ、相変わらず」

久美子「うん、悔しいけどね。ねぇ立華、午前だっけ?」

梓「(OFF)うん7番。久美子のトコは?」

久美子「午後の16番」

梓「(OFF)そっか。じゃあわたしの方が先に終わるね」

久美子「だね……」


足の指をイジる久美子。梓が電話越しに頼みごと。


梓「(OFF)あのね」

久美子「うん?」

梓「(OFF)明日、もしわたしのコト見かけても、話しかけないでほしい」

久美子「えっ?」

梓「(OFF)多分、冷静じゃないと思うから」

久美子「……分かった」


電話が切れて、久美子がベランダから対岸の山並みを見つめる。入道雲と飛行機雲。


久美子「(ナレ)吹奏楽コンクールは年に1度……」


団地の


同じ雲の下、夏紀と優子がなにか言い争いながら歩いて来る。


久美子「(ナレ)その1度の大会を目指してわたしたちは……」


〇公園


藤棚の下のみぞれと希美。


久美子「(ナレ)朝も、放課後も、夏休みも……」


〇北宇治高校・正門


晴香と香織が出てきて、校舎に向けて一礼する。


久美子「(ナレ)汗と涙を涸れるほど流して、休むことなく練習した……」


〇麗奈の家・防音室


トランペットを吹く麗奈の背。


久美子「(ナレ)たった12分間の……」


宇治川沿い・堤防


秀一がトロンボーンを吹いている。


久美子「(ナレ)本番のために……」


〇あすかの部屋


ノートPCを見るあすか。画面にはコンクールの日程と審査員の紹介が見える。


久美子「(ナレ)おそらく今……」


〇梓の部屋


物憂げな表情の梓(手首にはミサンガ)。


久美子「(ナレ)本当に冷静で……」


〇久美子の家


久美子がベランダから空に視線を向ける。雲ごしに沈む太陽。


久美子「(ナレ)いられるヒトなんて、1人だっていやしない」


CM(トランペットを吹く優子の背)


尼崎市総合文化センター・外観


会場に入る観客たち。


〇控え室


瞳がホルンパートの先輩たちの元へ駆け寄る。久美子たちもそちらを見やる。


瞳「先輩、見てきました!」

沢田「どうだった?」

瞳「東照を含めた3校が金でした。それから……、立華高校は銀だったみたいです」

森本「えぇ!?」

加橋「うそ!?」

岸部「あぁ、もう吐きそう……」


結果を耳にした久美子の複雑な表情。晴香が部員たちに釘をさす。


久美子「……っ」

晴香「ほらほら、わたしたちに他の学校を気にしてる余裕なんて無いよ!今は演奏のコトに集中して」


〇ホール前・通路


並ぶバスの前、駆け寄る梓に手を振る上級生。


上級生「おーい、こっちこっち」

梓「すいません」

上級生「遅いよ。もう、梓らしくないなぁ。いつもの元気はどうしたの?」

梓「はぁ……」

上級生「早く切り替えてね」

梓「はいっ」


〇リハーサル室


入口に並ぶ靴。音出ししている部員たちを止めて、滝が話をする。


滝「はいっ、止めて。……では、1回だけ深呼吸しましょうか?大きく息を吸って……」

部員たち「はぁ……」

滝「吐いて……、吐いて……、吐いて」

部員たち「ふぅ…………」

滝「気持ちを楽にして……、笑顔で(にっこり笑う)」

部員たち「(笑顔になる)」

滝「わたしからは以上です」

沢田「ですよねぇ」

加橋「まぁ、らしいけど……」

滝「部長、なにかありますか?」

晴香「へっ!?」

あすか「(手を上げて)先生」

滝「はい、田中さん」


あすかがユーフォを置いて立ち上がる。晴香があすかを見やる。


あすか「部長の前に少しだけ……。去年の今ごろ、わたしたちが今日、この場にいることを想像できたヒトは1人も居ないと思う。2年と3年は色々あったから特にね。それが半年足らずでここまで来ることができた。これは紛れもなく滝先生の指導のおかげです」

香織「……(小さくうなずく)」

あすか「その先生への感謝の気持ちを込めて、今日の演奏は精いっぱい全員で楽しもう!」

部員たち「はいっ」

あすか「……それから、今のわたしの気持ちを正直に言うと、わたしはここで負けたくない」

晴香「っ(ハッとする)」

あすか「関西に来られてよかった、で終わりにしたくない。ここまで来た以上、なんとしてでも次に進んで北宇治の音を全国に響かせたい!」

久美子「はあっ……(と息をのむ)」

あすか「だからみんな、これまでの練習の成果を全部出しきって!」

部員たち「はいっ」

あすか「じゃあ部長、例のやつを」

晴香「えっ、あっ、はいっ。ではみなさん、ご唱和ください……」


〇廊下


楽器を運ぶチームもなかの所にも、晴香と部員たちの声が届く。


晴香「(OFF)北宇治ファイトぉー」

部長たち「(OFF)オーッ!!」

もなか「オーッ!!」


〇舞台袖


出番を待つ部員たち。明静工科の演奏『ダッタン人の踊り』が聞こえてくる。


姫神「明静、ダッタン人じゃん……」


並んで座るみぞれと希美。希美が話しかける。


希美「みぞれ」

みぞれ「……?」

希美「ソロ、頑張ってね」

みぞれ「っ……。(くわえていたリードを外して)わたし、希美のために吹く」

希美「……(笑ってみぞれの頭に手を置いて)うん。」


それを見ていた麗奈が久美子にささやく。


麗奈「わたしも久美子のために吹こうかな?」

久美子「滝先生の方がいいんじゃない?」

麗奈「いいの?熱くて息苦しいバラードになるけど?」

久美子「あぁー、それは困る。曲が変わっちゃう」

麗奈「でしょ?だから久美子のために吹く」

久美子「じゃ、楽しみにしてる」

麗奈「任せて。他のトコのソロとか、目じゃないやつ聴かせるから」

久美子「よろしくお願いしますよ」

麗奈「ふふふ……」

久美子「くっくっくっ………」


向かいあって笑う久美子たちの手前で、トロンボーンの野口たちがぼやく。


田浦「やっぱり上手いなぁ、明静……」

野口「あぁ。誰だよ、顧問変わって下手になってるとか言ってたやつ!?」


秀一も不安げな表情で舞台の方を見やる。トランペットパートでは香織が優子たちに話しかける。


香織「優子ちゃん」

優子「はいっ」

香織「これからも部のことをよろしくね」

優子「ぁ……」

香織「みんなも、今までこんなわたしについて来てくれて……」

優子「香織先輩、違います」

香織「え?」

優子「ここで終わりじゃありません。わたしたちが目指しているのは全国です。わたしたちは香織先輩と一緒に全国へ行くんです!」


人差し指を高々とあげる優子。滝野と笠野も続く。久美子、麗奈、低音パートも続く。


久美子「っ……」

笠野「香織」

香織「行きましょう!」

優子「(笑う)」

香織「みんなで全国へ!」


〇舞台


暗い舞台。楽器を搬入するチームもなか。

 

◯舞台袖

 

希美が舞台につながる幕を開ける。


アナウンス「プログラム16番。京都府代表、北宇治高等学校吹奏楽部」

 

◯舞台


照明が灯された舞台。部員たちが座る。滝が一礼して指揮台に上がり、深呼吸して構える。部員たちの真剣な表情。滝の手が振られる。


〇ホール外観


セミの声が響く、ホール前広場の情景。


〇ホール内部


出番を待つ他校の生徒。舞台を伺うチームもなか。演奏を見ている他校の生徒たち。観客席の女性。舞台袖、夏紀が葉月を振り返る。1人、舞台に背を向けている希美。『プロヴァンスの風』の演奏が終わる。


〇舞台


滝が楽譜をめくる。『三日月の舞』のタイトルが見える。滝の背ごし、構える部員たち。華やかなトランペットの音色。『三日月の舞』の演奏が始まる。


熱演の部員たち。他校の生徒やスタッフが北宇治の演奏に見入る。祈るチームもなか。麗奈のトランペットソロが始まる。支える低音パート。久美子の脳裏に花火や大吉山の情景が浮かぶ。


(インサート)花火の情景。大吉山の情景(白ワンピの麗奈、麗奈の指が久美子の額から唇までをなぞる。)


麗奈のソロが終わり、演奏が続く。伸びやかに響くみぞれのオーボエソロ。舞台袖で背中を向けたまま聴いている希美。終盤に向けての盛り上がり。滝の指揮に合わせて演奏する真剣な表情の部員たち。滝が演奏を締めくくる。


演奏が終わり、滝が観客席に深々と礼。立ち尽くして万雷の拍手を浴びる部員たち。


〇舞台袖


泣いているチームもなか。


〇舞台


肩で息をしながら、拍手を浴びている部員たち。


〇ホール外観


ホール前広場の情景。


ED


〇ホール内部


結果発表の情景。拍手が響く中、舞台で表彰が行われている。客席で祈る北宇治の部員たち。


男「プログラム14番。奈良県代表、花咲女子高等学校。銀賞」

男「プログラム15番。大阪府代表、明静工科高等学校。ゴールド金賞」

夏紀「次だよ」

葉月「はいっ」

男「プログラム16番。京都府代表、北宇治高等学校。ゴールド金賞」


目を閉じていた久美子が安堵の溜息をつく。


久美子「っ……、はぁ……」

部員たち「(歓声)」

久美子「はっ……(麗奈を見やる)」

麗奈「(笑顔でピースサイン)ふっ」

久美子「(笑顔になる)」


(時間経過)男たちの背ごしの観客席。全国大会進出の代表校の発表が行われている。


男「続きまして、全国大会に進む関西代表3校を発表します……」


祈る部員たち。


男「プログラム3番。大阪府代表、大阪東照高等学校」


余裕の表情で拍手して喜ぶ東照の学生たち。


男「OFF)プログラム15番。大阪府代表、明静工科高等学校」

学生たち「(歓声)」


緊張が解け、涙目で歓声をあげて喜ぶ明静工科の学生たち。


不安げな表情で、葉月が夏紀に話しかける。


葉月「夏紀先輩、残り1つだけです……」

夏紀「だ、大丈夫……」

優子「っ……(祈る)」


真剣な表情で、祈るように発表を待つ部員たち。後方には滝、美智恵と橋本、新山の姿。


男「最後に……、プログラム16番……」

久美子「はっ(息をのむ)」

男「京都府代表、北宇治高等学校

部員たち「(歓声)」


歓声を上げるチームもなか。ガッツポーズの滝野。泣いて顔を覆う優子の横で、笠野が香織に抱きつく。顔を上げる久美子。歓喜のパーカッションパート、ホルンパート。秀一の肩に手を回して野口が歓喜


野口「よっしゃー‼」


立ち上がる久美子の奥で、雄たけびの卓也。梨子に抱きつかれて緑も歓声。


緑輝「うふうふうふ……」


1人で拍手する希美。大粒の涙を流す久美子の横顔。


久美子「……ぁ」


舞台上でお互いの顔を見るあすかと晴香。


観客席後方、歓喜の新山、橋本。拍手する滝の横で美智恵が号泣している。


舞台に向かって、涙を流しながら拍手をしている麗奈。久美子が麗奈に話しかける。


久美子「やったよ、麗奈」

麗奈「うんっ」


久美子と麗奈ごし、無表情のみぞれ。久美子がみぞれに向かって問いかける。


久美子「先輩……」

みぞれ「……?(首をかしげる)」

久美子「コンクールはまだ嫌いですか?」

みぞれ「(ハッ、としてから笑う)ふっ」


満面の笑みを浮かべるみぞれ。


みぞれ「たった今、好きになった」


客席ごしの舞台。


つづく

 

 

響け!ユーフォニアム2 第六回「あめふりコンダクター」シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第六回「あめふりコンダクター」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 河浪栄作


◯(プロローグ)


男「最後に、プログラム16番。京都府代表、北宇治高等学校

部員たち「(歓声)」


◯OP


◯北宇治高校・正門前


北高祭のゲート。校門前の人々。『君は天然色』の演奏が流れる。


◯講堂


講堂入り口の情景。北高祭吹奏楽部コンサートの看板。内部ではパイプ椅子の観客ごし、あすかの指揮で演奏する部員たち。


(演奏が終わり)拍手のなか、挨拶をするあすか。


あすか「えー、こうしてわたしたちが活動できているのも、先生や保護者の方々、そして皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。(一礼するあすかに観客の拍手)全日本吹奏楽コンクールは、10月の末から名古屋で行われます……」

久美子「(微妙な間に)ぁ?……」

あすか「(一瞬、目を伏せて)そこでも、皆さんによい報告ができるよう、頑張って練習していきたいと思っています。それでは最後の曲です『学園天国』!」


楽器を構える部員たち。


◯校舎外観


通路の人々。『学園天国』の演奏が聞こえる。他校の学生たちのスカートの手前、風に揺れるオシロイバナ


◯講堂・内部


壁際で演奏を見守る滝。演奏する部員たち。


久美子「わたしたち北宇治高校吹奏楽部は、関西大会で金賞を獲り、全国大会出場を決めた」


タイトル 第六回「あめふりコンダクター」


教室(1年3組)


Cafe in Wonderlandの看板。教室内で暇そうにしているメイド姿の久美子たち。


葉月「だれも来ないね……」

久美子「いまさらメイド喫茶なんて、流行んないよね……」

緑輝「だめですよ2人とも!笑顔を絶やさないようにしないと。さん、はい!」

葉月「あっはっはっはっは、あはっあはっ……」

久美子「うはははは、あっはっはっは、はぁ……」

葉月「そうだ!」

久美子「?」

葉月「お客さん呼ぶなら、もっと目立つコトしようよ!」


◯教室前・廊下


組体操をしながら呼び込みをする久美子たち。


久美子「1年3組で喫茶店やってまーす。」

緑輝「ぜひ一度、お立ち寄りくださーい」

葉月「美味しいケーキもありまーす」


山のポーズの久美子、冷静になってつぶやく。


久美子「みんな見るだけで入って来ないね……」

葉月「だめかな?アグレッシブメイド喫茶

緑輝「これで繁盛したら奇跡ですね……」

葉月「ふぇー、奇跡起きないかなぁ」


そこに麗奈がやってきて久美子たちに声をかける。


久美子「ん……?」

麗奈「お茶がしたいので、メニューをいただけるかしら?ウェイトレスさん」

久美子「来たよ、奇跡!」


◯外渡り廊下


シフトが終わって、制服姿の久美子。ため息をついて座り込む。


久美子「あぁー、落ち着いたぁ」

麗奈「似合ってたのに、もったいない」

久美子「似合ってないよ、緑ちゃんなら分かるけどぉ……」

麗奈「2人はまだシフトなの?」

久美子「んー。風邪で休みの子が出ちゃって、その代わり」

麗奈「そっか。ねぇ、どこに行く?わたしも当番があるから、急ぎ足になっちゃうけど」

久美子「じゃあ緑ちゃんオススメの猫カフェ行こうよ」

麗奈「えっ、動物の持ち込みって禁止なんじゃないの?」

久美子「そ、だから……」


◯教室(2-1)猫カフェ


猫のヌイグルミを手におもてなしの生徒たち。


男子「ニャ、ニャニャニャ」

女子「ニャンニャンニャンニャン


廊下でその様子を見ている久美子と麗奈。


麗奈「ヌイグルミ、なるほどね……」

久美子「はは……」

麗奈「別のところにしない?」

久美子「あぁ……、うん」


教室(2年2組)


2年2組&3組合同、ストロベリーホイップの看板。メイド服のみぞれが久美子たちにぎこちなく接客する。


みぞれ「あっ、えぇ……」

麗奈「こんにちは」

久美子「どうも……」

みぞれ「あの、えぇと、ここ?(と席を指さす)」


席に座る久美子たち。麗奈がおかしそうに言う。


麗奈「鎧塚先輩らしいね」

久美子「うん。接客業には向いてないよねぇ」

優子「(OFF)何よ、コレ!?」


後方から優子の声が聞こえて、振り向く2人。優子の目の前には、山盛りのクリームとフルーツでデコレートされたクレープが置かれている。


優子「どう見ても嫌がらせなんですけど?」

夏紀「違いますよぉ」

優子「わたし、ピサの斜塔なんて頼みましたっけ?」

夏紀「これが当店のスペシャリティ、イチゴクレープですよ、お客さま」


夏紀がクリームのてっぺんにイチゴを乗せる。傾くクレープ。


優子「おぉっ!?」

夏紀「サービスでぇす。ゆっくりとお召し上がりください、お客さま」

優子「うっうっうっ……。ぅ分かったわよ、受けて立とうじゃない!」


スプーンを手に気合いを入れる優子。様子を見ていた久美子たちのテーブルに、希美がお水を置く。


希美「あの2人、仲いいよねぇ」

久美子「希美先輩?」

希美「いらっしゃい」

みぞれ「希美もあれ、食べたい?」

希美「えぇ?いや気持ちだけで十分だよ」

みぞれ「(商品のクレープを手に)好きな方食べる?」

希美「えっ?ちょっとぉ、これ注文のやつでしょ?」

みぞれ「また作ればいい」

希美「もぉー」

久美子「こっちも仲いいねぇ」


◯廊下


瀧川が秀一に話しかける。


瀧川「次、どこ行く?」

秀一「そうだな……。(久美子を見つけて)ぉ」

瀧川「おっ、演劇やってるじゃん。オンディーヌだって。うわ、でもあと10分で始まっちゃうぞ」


歩く久美子と麗奈。思わず柱に隠れる秀一に、いぶかしがる瀧川。


瀧川「秀一?」

秀一「あぁ、おう」


◯階段


踊り場で話し込む久美子と麗奈。橋本と新山が降りてくる。


麗奈「優子先輩、食べきってたね」

久美子「うぅ、思い出しただけで胸焼けするぅ……」

橋本「よぉ」

新山「こんにちは」

久美子「あ、こんにちは」

新山「部活もあるのに、準備たいへんだったんじゃない?」

久美子「それはまぁ、ねぇ……」

麗奈「うん」

新山「ウフフッ、部活の方はわたしたちも力を貸すから、頑張りましょうね」

麗奈「よろしくお願いします」

久美子「よろしくお願いします。……そういえば、滝先生は一緒じゃないんですか?」

橋本「ああ、さっきまで一緒にいたんだけど(新山と顔を見合わせる)」

久美子「ん?」


◯渡り廊下(1階)


滝が他校の女子たちに囲まれている。遠くからそれを見ている久美子たち。


女子たち「(歓声)」

久美子「うわー、囲まれてる……」

新山「関西大会を観て、ファンになったみたいね」

橋本「ま、外見だけじゃ性格までは分からないしな」

久美子「フフッ、ですね。あっ、麗奈……」


麗奈が滝たちの方へ歩みだす。橋本が久美子に耳打ち。


橋本「あの子に話したの?」

久美子「えっ?」

橋本「滝くんの話」

久美子「あぁ……、いえ……。(麗奈を見やり)麗奈(追いかける)」


女子たちに囲まれている滝に、麗奈が話しかける。


女子「燕尾服、カッコよかったです。指揮のとき……」

麗奈「滝先生」

滝「あ……」

女子たち「?」

麗奈「(後方を指さし)橋本先生が、あちらでお待ちです……」


◯廊下


久美子と麗奈が歩きながら話す。


久美子「(おかしそうに)気持ちは分かるけど、嘘言っちゃマズイよ」

麗奈「廊下で待っていたのは本当でしょ?」

久美子「あれは待ってたっていうか、見てただけっていうか……。(独り言)ぁぁ、言える訳ないよね……」

麗奈「何?」

久美子「えっ、いや何でもない。(滝先生は……)」


◯廊下(1階)・(回想)


解放され、橋本たちと話す滝。滝の視線が久美子に向けられる。久美子がそっと麗奈の横顔を見やる。


久美子「(気づいているのかな?麗奈の気持ち……)」


◯渡り廊下(1階)・(回想)


他校の女子たちに囲まれている滝に声をかける麗奈の様子。


久美子「(麗奈はどんな気持ちだったんだろう?どんな気持ちで滝先生を……)」


◯廊下


麗奈が久美子に声をかける。考えごとをしていた久美子、なにかにぶつかってよろける。


麗奈「久美子!」

久美子「えっ?うわっ……つぅ」

麗奈「大丈夫?」

久美子「んぉ……、えっ?」


久美子たちに手を振るうさぎの着ぐるみ(3の2おいでませのタスキ)。


久美子「何、知り合い?」

麗奈「心当たりないけど……」

香織「ぁ、驚かせちゃった?」


着ぐるみの頭を取って、香織が久美子に声をかける。


久美子「香織先輩?」

麗奈「その着ぐるみ、何ですか?」

香織「わたし宣伝隊長だから。うちのクラス、ダンスパフォーマンスやってて」

久美子「すごーい」

香織「そうだ、あすかのところはもう行った?」

久美子「いえ、まだですけど……」

香織「じゃあそっちもオススメ!けっこう面白いらしいよ」

久美子「あすか先輩かぁ。どう?行ってみる?」

麗奈「……(スマホを見る)」

香織「(着ぐるみ姿で手を振る)それじゃあ、お2人とも楽しんでねぇ」

久美子「あはは、ノリノリだぁ……」

麗奈「そろそろクラス戻るね。2時半までは当番でいる予定だし、遊びに来て」

久美子「分かった」


立ち去る麗奈に手を振る久美子。プログラムを開く。


久美子「えっと、あすか先輩……」


◯教室(占いの館)


水晶玉に映る久美子。魔女のコスチュームのあすかが久美子に声をかける。


あすか「ウェルカーム!迷える子羊よ」

久美子「うわぁ、似合いますね……」

あすか「でしょ?もぅ、みんなこのセンス分かんなくてさぁ」

久美子「他のヒトは何をしてるんですか?」

あすか「全員占い師に決まってるでしょ?」

久美子「多すぎません?」

あすか「ねぇ、占ってあげようか?」

久美子「結構です」

あすか「(水晶玉に手をかざして)黄前ちゃんの未来は……」

久美子「だから結構ですって!」

あすか「もー、つまんない子だねぇ。こういうのはノリと気分でしょ?(声を作って)えー、じゃあワタシの恋の相談しちゃお〜、的な?」

久美子「あすか先輩にわたしの何が分かるって言うんですか?(水晶玉を覗き込む)」

あすか「あぁ、勝手に見ちゃ駄目でしょ、スケベ!どうしたらおっぱいが大っきくなるか、占ってあげないよぉ」

久美子「余計なお世話です」


暗幕を開いて、晴香があすかに声をかける。


晴香「もぉ、あすかうるさい。奥も混んできてるんだから、早く手伝いに来てよね」

久美子「ほぉら、怒られてるじゃないですか」

あすか「うぅん、ええい可愛くない後輩め!お前なんかお化けに取り憑かれて、呪われてしまえ!くぅぅぅ(念力を送るポーズ)」

晴香「あーすーか」


◯教室(1-6)


「こわぁいお化けやしき」の看板。久美子が戸惑いの表情。


久美子「えっとぉ、お化けやしき。ここが麗奈のクラス……」


◯おばけやしき内


こわごわ歩く久美子の足元。


久美子「うーん、やだやだぁ。こういうの苦手なんだよなぁ……。麗奈ぁ?」


突然、穴から多数の手が飛び出てきてびっくりする久美子。


久美子「うわぁぁぁ!……びっくりしたぁ」

瀧川「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


後方から悲鳴を上げて、瀧川が久美子を抜き去り、曲がり角の向こうへ消える。


久美子「えっ、瀧川くん?」

瀧川「(OFF)うぉっ!!」

久美子「うっ(びくっとする)」

秀一「あーあ、ビビリすぎだろ、って……(久美子を見つけて立ち止まる)」

久美子「あ……」

秀一「……んだよ?」

久美子「別に……」

秀一「ふんっ」


歩き去ろうとした秀一が何かのスイッチを踏んでしまい、灯りが消える。


久美子「きゃっ!」

秀一「うわっ、変な声出すなって」

久美子「だ、だだだだって、手持ちのライトも消えちゃうし……」

秀一「そういう仕掛けだろ?とっとと出口探そうぜ」

久美子「待ってよぉ」


久美子が秀一のシャツを掴む。振り向く秀一。


秀一「なんだよ?」

久美子「……わたしこういうの苦手だから、先々歩かないでくれると助かる……」

秀一「……(ムスっと照れる)」


御幣の下、並ぶこけし。歩きながら話す久美子と秀一。久美子の手は秀一のシャツを掴んだまま。


久美子「凝ってるね……」

秀一「歩くの速くないか?」

久美子「うん、大丈夫」

秀一「大会、よかったな」

久美子「うん、みんなすごかったよね……」

秀一「ああ。(久美子を見やり)……あのさぁ久美子、俺さぁ今度の大会で……」


突然幕が開き、なかから幽霊が現れる。


久美子「うぁっ!?」

秀一「うぇっ!?」

幽霊「(恨めしげに)待って、いたぞぉぉぉぉぉぉ!」

秀一「うぉっ!」

久美子「な、何!?……ぁあ、麗……奈?」


幽霊装束の麗奈のアップ。


◯中庭


階段に座り綿菓子を食べる久美子と麗奈。


麗奈「(楽しげに)うっふふふふ」

久美子「もぉ、笑い過ぎだって」

麗奈「ごめんごめん。だって久美子と塚本のあの驚き方……」

久美子「麗奈のお化けが怖すぎるんだよぉ」

麗奈「でも、本当に偶然会ったの?」

久美子「えっ、何が?」

麗奈「塚本」

久美子「うぇっ、ちょっとやめてよ。偶然に決まってるでしょ」

麗奈「そうなんだ」

久美子「そうだよ」

麗奈「ふーん、ならいいけど」


綿菓子を食べる麗奈。突然強い風が吹く。


麗奈「(風に)っ!!」

久美子「すごい風……」

麗奈「大丈夫?台風が近づいてるらしいけど」

久美子「らしいね。学園祭中止にならなくて良かったよ、ホント。みんな準備頑張ってし」

麗奈「うん。でも明日は休みになるかもって」

久美子「本当!?よしっ」

麗奈「ひょっとして、小テストの予習してないとか?」

久美子「ぁ、いや……。だって忙しかったんだもん」

麗奈「うふっ」

久美子「(空を見上げて)また明日から練習だね」

麗奈「(空を見上げて)うん」


2人の頭上、風にのって流れる雲。


久美子「変な感じ。もう秋なのに、まだ大会の練習してるなんて。不思議だね……」

麗奈「うん……」

久美子「(風に)ふっ!」


強い風が吹き付ける。人々の驚く声。赤い風船が空に飛んでいく。


久美子「(ナレ)台風が運んだその風は、学園祭のどこか浮ついた空気を一気に吹き飛ばし……」


◯信号機


夕方〜日没後の変わる天気の情景。(晴〜強い雨


久美子「(ナレ)夜、雨が降り始める頃には、すっかりいつもの日常が戻っていた」


◯久美子の部屋


ノートに向かい、頭を押さえる久美子。


久美子「んんんー、範囲広すぎ……。ん?」


玄関から聞こえる物音に久美子が振り返る。


◯廊下


扉を開けて覗く久美子。玄関には麻美子のバッグが乱雑に置かれている。


久美子「あ、お姉ちゃん?うーわ、水浸しじゃん……」


濡れた足跡を追ってリビングに近づく久美子。


◯リビング


濡れそぼった麻美子に明子が声をかける。


明子「ほら、お風呂湧いてるから、風邪ひかないうちに入りなさい。……麻美子?」

麻美子「……お母さん」

明子「なあに?」

麻美子「わたし、やっぱり大学やめる……」


固まる久美子。


◯マンション外観


強い雨の情景。


CM(ユーフォを吹く夏紀)


◯北宇治高校・外観


人気のない校内の情景。ニュースの音声が被る。


アナウンサー「大型で非常に勢力の強い台風20号は……」

 

京阪電車宇治駅ホーム


電光掲示板、調整中の文字。


アナウンサー「暴風域を……」


宇治川堤防


天ヶ瀬ダム放流中〜の文字。葉っぱの上のアマガエル。


アナウンサー「伴いながら時速25キロで……」


◯滝のシトロエン


ラジオアプリから聞こえるアナウンサーの声。運転する滝の横顔。


アナウンサー「北東へ進んでいます。明日にかけて……」


宇治市


強い雨風の中を滝のシトロエンが走る。


アナウンサー「暴風や高波に十分警戒してください。不要な外出は控え……」


◯久美子の部屋


ベッドの上でスマホを見ている久美子。麗奈とのやり取り「風強くなってきた」「休校決定だって」の文字。


久美子寝返りをうって、スマホをつつく。


久美子「ぅーん……」


スマホの画面「良かったね」「でも……」「そうでもないかも……」。麗奈からの返信「何かあったの」の文字。


久美子「(独り言)うん、まあ色々ねぇ……」


◯リビング(回想)


濡れそぼった麻美子。覗き見る久美子。


麻美子「わたし、やっぱり大学やめる」

久美子「えっ……」


◯リビング(回想)


朝のリビング。健太郎たちが麻美子と話しをしている。廊下で立ち聞きの久美子。


健太郎「だから、理由を言えと何度言ったら分かるんだ!」

明子「お父さん……」

麻美子「言ってるでしょ?行きたくなくなったって」

健太郎「……もういい。帰ってきたらもう一度話す。」


ドアが開き、健太郎が出てくる。


久美子「ん?ぁ……、行ってらっしゃい」

健太郎「ん……」

明子「外で言わなくていいからね」

久美子「分かってるよ……」


◯リビング(回想)


椅子に座る麻美子に久美子が声をかける。


久美子「お姉ちゃん、大学やめるの?」

麻美子「……」

久美子「あれだけ人に勉強しろってうるさかったのに大学やめちゃうの?」


久美子が手を握りしめる。


◯久美子の部屋(回想)


落ち込む久美子に麻美子が嫌味を言う。


麻美子「部活ばっかして、今から真面目に勉強してしておかないと、大学はいれないよ」


(時間経過)


麻美子「音大行くつもりないのに吹部続けて、何か意味あるの?」


◯リビング


久美子が麻美子を責める様に言う。


久美子「なんで!?お姉ちゃんはいい学校行って、いい会社入るために勉強してたんでしょ?やめたら意味ないじゃん」

麻美子「(ムッとしてボソリと)あんたには関係ない」

久美子「ぁっ……」


久美子を相手にせず、リビングから出ていく麻美子。1人残される久美子。


◯玄関


靴を履く久美子に、明子が声をかける。


明子「ちょっと、こんな時に何処行くの?」

久美子「買い物……」


宇治市


強い雨風の中、傘をさして歩く久美子。


久美子「(ナレ)特に行く場所があった訳じゃない。ただ、あのまま家にいたくなかった……。重い空気が耐えられなかった」


風に煽られる久美子。


久美子「っ……」


傘越しに灰色の空を見る久美子。


久美子「(ナレ)このまま姉といたら、きっと喧嘩になる。そんな気がした……」


ふと、視線を前に落とすと、明かりのついた店先に滝が立っているのが見える。


久美子「ん?滝先生……?」


◯フラワーショップ


店先に歩み来る久美子。滝が驚き話しかける。


滝「ん、黄前さん?」


(時間経過)並ぶ花々。滝が久美子に諭す。


滝「駄目ですよ、こんな日に出歩いたら」

久美子「すみません。ちょっと散歩に……」

滝「この雨の中?」

久美子「えっと、雨好きなんで。先生は雨、大丈夫でしたか?」

滝「えぇ、クルマですから。でも台風は嫌ですね。靴の中がびしょびしょです」

久美子「よく来られるんですか?お花屋さん」

滝「まあ、たまに。今日は台風でお店を閉めるところだったそうでなんですが、特別に用意してくださるそうです。無理をお願いしてしまいました」

久美子「(微笑む)」


(時間経過)店先て雨を見ながら話す2人。


滝「でも、ちょっと嬉しいんじゃないですか?」

久美子「へ?」

滝「学校が休みになって」

久美子「あぁ、はい」

滝「わたしも学生の頃は、台風の度に期待してましたからね。大抵は朝までに去ってしまうんですけど」

久美子「そうなんです!滅多に休校ってならなくて」

滝「実感、こもってますね」

久美子「へっ、いえ、はい……」


(時間経過)店員が滝にヒマワリの花束を手渡す。


店員「お待たせしてしまって、すみません」

滝「こちらこそ、こんな日にすみませんでした」

店員「いえいえ。(久美子を見て)娘さん?」

滝「教え子です。偶然通りかかったみたいで」

店員「そうですか。ですよね、先生まだお若いですものね」

滝「(紙幣を取り出し)じゃあ、これで」

店員「はい。ちょうど頂戴いたします」


久美子の目が、滝の指輪をとらえる。


久美子「ん?指輪……。ぁあっ(手で口を押さえる)」

滝「え?(困った様に笑って)あぁ、今日は特別なんですよ……(指輪を撫でて目を伏せる)」


久美子「(ナレ)その声はゾッとするほど優しかったけど、同時に追及を許さない厳しさが含まれていた……」


気まずくなって帰ろうとする久美子。


久美子「それじゃあ、わたしはそろそろ帰りますので」

滝「えっ、大丈夫ですか?少し小降りになるのを待ったほうが……」

久美子「ぁ、雨が好きですので……ひゃあ!」

滝「黄前さん!」


久美子の傘が突風に煽られ飛ばされる。

 

(時間経過)地面でひしゃげた傘。


滝「これは駄目ですね……」

久美子「ぁぁ……」


(時間経過)滝が車に久美子を乗せる。


滝「後ろ、荷物がありますので助手席に」

久美子「はぃ……」


◯滝のシトロエン・車内


助手席に乗り込む久美子に、滝がタオルを渡す。


滝「こちら、使ってください」 

久美子「ありがとうございます。……ん?」


ダッシュボードに置かれた写真。男女4人が写っている。滝が無言でそれを後席に移す。滝を見やる久美子に、滝は無反応のまま車を出す。


宇治市


走る滝のシトロエン


◯滝のシトロエン・車内


沈黙が続く。写真を気にする久美子に、滝が話しかける。


滝「橋本先生、少しだけ話したそうですね」

久美子「えっ……」


キャンプファイヤー場(回想)


橋本が久美子に話す。


橋本「まぁね、5年前にお亡くなりになったけど……」


◯滝のシトロエン・車内


滝と久美子が話す。


久美子「はい。少しだけ、ですけど……」

滝「合宿の後、橋本先生にうっかり口を滑らせてしまったって、謝られましてね。本当しょうがない人です」

久美子「あの、今の写真に写っていた人って、滝先生の奥さんなんですか?」

滝「……」

久美子「ぁ……、すみません。聞いちゃ駄目なこと聞いちゃいました」

滝「いいんですよ。気を使わせてしまってすみません。別に怒っているわけではありませんから。ここは?」

久美子「ぁ、左で」


宇治市


縣神社の脇を左折するシトロエン


◯滝のシトロエン・車内


滝が話を続ける。


滝「黄前さんの想像通り、そこに写っているのはわたしの妻です。大学の同級生で、橋本先生とわたしの妻は北宇治高校の生徒でもあったんですよ」

久美子「そうだったんですか」

滝「ええ。その頃はわたしの父が顧問で、全国大会にも行っていたらしいです」

久美子「らしい、って?」

滝「わたしはその頃、父に反発していたので、よく知らないんですよ。ただ妻の話だと高校3年間、全国大会には出ても金賞は獲れなかったって。だから自分が先生になって、母校を全国金賞に導くんだって。病気になってからも、ずっと言っていました」

久美子「……(滝の顔を見つめる)」


◯久美子のマンション前


走り去る滝のシトロエンに頭を下げる久美子。


久美子「(ナレ)滝先生はそれ以上、なにも言わなかった。多分、自分の個人的な事情をわたしたちに押し付けたくないのだろう……」


◯音楽室(回想)


初めての合奏の際の滝の厳しい一言。


滝「なんですか、これ?」


(時間経過)


滝「でも、それでは困るのです」


◯控え室(回想)


滝が笑みを浮かべて部員たちを促す。


◯久美子のマンション前


滝のシトロエンを見送りながら、久美子の瞳が揺れる。


久美子「(ナレ)でも、強く願っている。全国で、金を。北宇治高校が全国金賞を獲ることを」


(時間経過OL)雨があがった夜明けの情景。


◯久美子の部屋


5時に鳴る目覚まし時計。間髪入れずに止める久美子の横顔。


久美子「よしっ……」


団地の道路


水たまりの残る道路を歩く久美子の足元。先を歩くみぞれを見つけて、久美子が声をかける。


久美子「ぁ、鎧塚先輩!」

みぞれ「?」

久美子「(駆け寄り)おはようございます」

みぞれ「おはよ」

久美子「相変わらず早いですね」

みぞれ「希美に笑われたくないし、昨日休みだった分もあるし」

久美子「うふふっ。わたしは小テストがラッキーでしたけど」

麗奈「来週やるみたいだけど?」

久美子「のわぁ、麗奈!」


いつの間にか、麗奈も久美子たちと並んで歩いている。


麗奈「いつもより早いのね」

久美子「うん、なんか気がはやっちゃって……」

緑輝「久美子ちゃーん、麗奈ちゃーん」


緑が手を振って駆け寄る。


久美子「おぉ、緑ちゃんも早練?」

緑輝「えっへへ」

みぞれ「みんなここまで来たら、全国でも金賞をって気持ちなのかな?」

緑輝「そうです、そうなんです。このままみんなでいっぱい練習して、どんどん上手くなりましょう!」

久美子「そしたら上手な新入生、たくさん入ってくるかなぁ?」

緑輝「新入生?」

麗奈「当たり前でしょう。滝先生がいるんだから。いい先生の所には、いい生徒が集まる」

久美子「麗奈みたいな?」

麗奈「否定はしない」

久美子「あはははは」

緑輝「えへへへへ」

久美子「あっ……」


久美子が街かどに咲く花を見つける。


麗奈「どうしたの?」

久美子「あの花……」

緑輝「あぁ、イタリアンホワイトですね」

久美子「イタリアンホワイト?」

麗奈「あの花がどうかしたの?」

久美子「えっ、いや、キレイだなって」

緑輝「分かりますぅ。緑も大好きなんです!(ウットリと)花言葉もロマンチックなんですよねぇ」

みぞれ「花言葉?」

緑輝「はい!イタリアンホワイトの花言葉は……」


久美子が花を見やる。


緑輝「(OFF)あなたを想いつづけます」


(インサート)昨夜の情景(後席の花束と写真、滝の指輪、写真に写る滝と女性、滝の目元)


久美子「(あなたを、想いつづけます……)」


久美子が麗奈を見やる。


麗奈「ん?」

久美子「(なにも言えず空に視線を移す)わたしね、滝先生が顧問で良かった……」

麗奈「(ハッとして)当然でしょ?行こう、全国が待ってる」

緑輝「そうです、緑たちには全国での活躍が待っているのですぅ!」

久美子「(微笑む)」


久美子が先を歩く麗奈たちを追いかける。


久美子「(ナレ)上手な新入生が入ればいいな。何気なく言った言葉……」


◯教室(低音パート)


あすかが1人、ユーフォのピストンバルブを押さえる。


久美子「(ナレ)でもそれは同時に3年生の引退を意味していた訳で……」


あすかが深く息を吸って、吐く。


◯玄関ホール


パンプスを脱ぐ足元。


◯教室(低音パート)


ユーフォを抱えるあすか。


◯玄関ホール


来客用の下駄箱にパンプスを収める手元。


◯教室(低音パート)


あすかが窓の外を見やる。


◯玄関ホール


スリッパを履く足元。歩き出すスーツ姿の女性。


◯教室(低音パート)


あすかが目を伏せる。


久美子「(ナレ)そして……」


◯職員室


ドア前に来る女性が、ノックする。


久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」


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