響け!ユーフォニアム2 第四回「めざめるオーボエ」  シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第四回 「めざめるオーボエ

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 小川太一

 

◯(プロローグ)

 

橋本「滝くん、奥さんがいなくなってずーっと元気なかったから」

麗奈「滝先生、付き合ってないって」

橋本「ぶっちゃけツマラン!」

みぞれ「……?」

あすか「あの子、希美ちゃんのこと駄目なのよ」

 

◯OP

 

◯北宇治高校正門

 

夏休み、人気のない正門前の情景。

 

◯音楽室

 

美知恵が部員たちに関西大会の説明をしている。

 

美知恵「関西大会での演奏の順番が決まった」

部員たち「(ざわざわ)」

葉月「来たっ」

森田「うん」

美知恵「静かにしろ!」

晴香「どうか一番じゃありませんように(祈る素振り)」

美知恵「それで、北宇治高校は……16番目の演奏になる」

部員たち「(安堵のざわめき)」

緑輝「23番中、16番」

卓也「悪くないな」

梨子「うん」

雑賀「あの、他の高校は?」

美知恵「うん?(と、にらむ)」

雑賀「っ……」

美知恵「ふぅ……(ため息)」

滝「主な強豪校ですが、大阪東照は前半の3番目、秀大附属は12番目、そして明静工科はわたしたちの前、15番目になります」

部員たち「えぇっ!?(驚きの悲鳴)」

加橋「明静の次なんて……」

緑輝「っ……(静かに闘志を燃やすような表情)」

橋本「何?強豪校の次だからってビビってんの?」

大口「そりゃあ、ねぇ」

越川「うん」

橋本「関係ない、関係ない。関西大会といったら、どこもいたって強豪校ばかりなんだから」

滝「橋本先生の言う通りです。気にする必要なんてありません。わたしたちはただいつもと同じように、演奏するだけです」

部員たち「はいっ」

 

気合いが入る久美子、みぞれの方を見やり表情を曇らせる。

 

久美子「(OFF)関西大会まであと10日を切っていた。結局わたしは、あすか先輩から聞いたことを希美先輩に話せずにいた……」

 

ブンブンと頭を振って頬を叩く久美子。

 

久美子「……っ」

 

タイトル 第四回「めざめるオーボエ

 

◯校舎外観

 

壁に掛かる垂れ幕「祝関西大会出場 吹奏楽部」

 

◯音楽室

 

合奏練習後の部員たち。楽譜に書き込む久美子、新山の声が聞こえてくる。

 

植田「もう少しやってくでしょ?」

松崎「もちろん」

新山「鎧塚さん、今いい?」

久美子「ん?」

みぞれ「はい」

新山「わたし、あなたにちゃんと謝っておこうと思って……」

 

みぞれの横に座り話しかける新山。

 

新山「正直に言うとね、あなたのソロを聞いた時、わたしも物足りないと感じたの。なのに、高校生だからこれで十分って……。わたしはあなたの可能性の上限を決めつけていた……」

みぞれ「ぁ……」

新山「ごめんなさい(頭を下げる)。」

みぞれ「ぁ、あの……」

 

みぞれが久美子を見やる。慌てて挙動不審の久美子。

 

久美子「ぁっ、あっ……」

 

荷物をまとめて、一礼して立ち去る久美子。みぞれがそれを目で追いかける。

 

新山「失礼なことしてしまったなって。あなたの技術は素晴らしいわ。でも……、なぜだか聞いてると苦しくなる。もっと楽しんでいいのよ?(笑う)」

みぞれ「…………はい」

 

◯楽器室

 

楽器をしまう久美子の手元。

 

久美子「はぁ…」

 

窓枠に頭を打ち付けて反省の久美子。

 

久美子「あぁ……、ん?」

 

◯1階の渡り廊下

 

なにか話している夏紀と希美の姿が見える。

 

◯楽器室

 

階下を見下ろす久美子がため息。

 

久美子「はぁ……」

 

◯マンション外観

 

夜の情景。

 

久美子「(OFF)ただいまぁ」

 

◯玄関

 

靴を脱ぐ久美子。リビングから麻美子と健太郎の声が聞こえてくる。

 

麻美子「(OFF)もう決めたから!」

健太郎「(OFF)待ちなさい!」

久美子「ん?」

 

リビングの扉を開けて麻美子が出てくる。

 

明子「ちょっと、麻美子!」

久美子「お姉……ちゃん?」

 

久美子を無視して、険しい表情で家から出ていく麻美子。明子が久美子に声をかける。

 

久美子「っ……」

明子「おかえり」

久美子「どしたの?」

明子「ちょっとね、お父さんと……」

久美子「ふうん」

 

◯グラウンド

 

ランニングしている運動部の部員たち。

 

◯音楽室

 

優子がみぞれと話しをしている。久美子と麗奈が入ってくる。

 

優子「このあたり、もう少しタップリ目で吹いてみたら?」

みぞれ「それが感情ってこと?」

優子「ぅうーん」

麗奈「おはようございます」

久美子「はよございまーす」

優子「(振り返って)あぁ、おはよう。(みぞれに)……あんまり考えすぎるのも良くないよ。思ったまま、吹いてみよ?」

みぞれ「うん……」

 

みぞれがオーボエソロパートを吹く。それを見ている久美子に、麗奈が声をかける。

 

麗奈「久美子」

久美子「あ……」

 

そそくさと譜面台を持ち上げて、その場を立ち去る久美子。

 

久美子「わたし、外で吹いて来るね」

 

◯校舎裏

 

いつもの場所で練習している久美子。

 

久美子「(駄目だぁ、集中しなくちゃ……)」

 

苦戦していた箇所もスムーズに吹けるようになっている。

 

久美子「……はぁ。よし、もう一回」

 

◯渡り廊下

 

希美がやってきて、ユーフォの音の方へ近づく。

 

◯校舎裏

 

静かに覗く希美。雑草から飛び立つテントウムシ。久美子が拳を握りしめる。

 

久美子「よしっ、今のはいいっしょ」

 

突然、拍手が聞こえる。

 

久美子「わっ!?」

希美「(拍手しながら)やるねぇ」

久美子「希美先輩?」

希美「あ、あっはは、おはよー」

久美子「おはようございます。早いですね。あすか先輩ですか?」

希美「あー、うん。練習始まる前に、と思って。でも、もう関西大会だからね。本番前とかに来ると邪魔かなぁって、夏紀とも話してて……」

久美子「そうですか……、ぁ」

希美「あ、気にしないでね。それで、復帰諦めたわけじゃないし。最後にあすか先輩の手伝いがしたかったから、ちょっと残念だけど。ありがとね。それだけ言いたかったんだ(にっこり笑う)」

久美子「(ハッとする)……」

希美「ぉ、そういえばみぞれ」

久美子「え?」

希美「音楽室に、1人だよね?」

久美子「よ、よ、鎧塚先輩ですか」

希美「えっ?あ、うん。オーボエの音しか聞こえなかったし」

久美子「あ、な何かあったんですか?」

希美「うん。なんか感情込めて吹くように言われてるって。それでソロ悩んでるって聞いて」

久美子「あぁ……」

希美「変だなって」

久美子「え?」

希美「あの子、性格は淡々としてるけど、演奏はすごい情熱的で、楽しそうな音出して。感情爆発って感じだったのに」

久美子「そうなんですか?」

希美「うん。だから、気になっちゃって……。ちょっと様子見て来ようかなぁ(と走り去る)」

久美子「ん?(考え込んで)……わあっ!」

 

◯階段の踊り場(回想)

 

希美のフルートの音色に気持ち悪くなるみぞれ。その様子を思い出して、久美子が焦る。

 

久美子「やばい。やばい、やばい、やばい、やばいよぉ!」

 

◯校舎裏

 

慌てて楽器を置き、希美を追いかける久美子。角を曲がるが希美の姿はない。

 

久美子「希美先輩!……い、居ない」

 

◯音楽室

 

練習しているみぞれ。

 

◯坂道

 

坂道を駆け下りて、校舎に近づく希美。

 

◯校舎外

 

息を切らして校舎の角を回り来る久美子。

 

久美子「先輩!」

 

◯校舎入口

 

階段に近づく希美が振り返る。近づく晴香と香織。

 

希美「あ……」

晴香「希美ちゃん?」

希美「あぁ、……おはようございます(頭を下げる)」

晴香「あ、おはよう」

香織「おはよう」

希美「それじゃあ(一礼して立ち去る)」

晴香「えっ?」

香織「フルートの?」

晴香「うん」

 

離れた場所で様子を見ている久美子。

 

久美子「(ナレ)放っておいたら、きっと何かが起こる……」

 

走る希美の背中。

 

久美子「(ナレ)嫌な予感が止まらなかった」

 

◯校舎外

 

校舎越しの夏空の情景。

 

久美子「(OFF)(なんとかしなくちゃ……)」

 

◯手洗い場。

 

マウスピースを洗う久美子。

 

◯階段

 

踊り場で話す夏紀と希美。

 

夏紀「ほんとにいいの?」

希美「うん、今日で最後。あとは大会終わるまで来ないようにする」

夏紀「……そっか」

 

◯手洗い場

 

マウスピースを洗い終えた久美子が振り返る。

 

久美子「(でもどうやって……)」

 

◯音楽室前の廊下

 

こっそり近づく希美が何かを見つけて笑顔を見せる。

 

◯教室(低音パート)

 

あすかがパート練習の指示をしている。

 

久美子「(ナレ)そんなことを考えている時に、事件は起こった……」

 

◯教室(トランペットパート)

 

優子たちがパート練習をしている。

 

◯音楽室前の廊下

 

オーボエの練習をしているみぞれに、希美が声をかける。

 

希美「なんか久しぶりだね」

みぞれ「……ぁ」

希美「みぞれ」

みぞれ「(息を呑む)」

 

◯手洗い場前の廊下

 

歩いて来る久美子。希美の声が聞こえる。

 

希美「(OFF)みぞれ!?」

久美子「?」

 

◯音楽室前の廊下

 

倒れる譜面台。

 

◯手洗い場前の廊下

 

大きな音に驚く久美子。

 

久美子「わっ!?」

 

◯音楽室前の廊下

 

走り去るみぞれに戸惑う希美。

 

希美「待って!みぞれ!?」

 

固まる夏紀の手前、教室から出てきて険しい顔になる優子。

 

優子「っ……」

 

追いかけようとする希美の手を、優子が掴む。

 

希美「っ、………ぁっ」

優子「やめて!」

希美「優子?」

 

◯手洗い場前の廊下

 

みぞれが久美子にぶつかりそうになりながら逃げ去る。

 

久美子「ぅわ、わっ、鎧塚先……輩」

 

◯教室(低音パート)前の廊下

 

状況を把握したあすかが舌打ち。

 

あすか「ちっ、最悪……」

 

◯音楽室前の廊下

 

久美子がやってくる。優子が希美の手を掴んだまま詰問する。

 

優子「どういうつもりよ?」

夏紀「ちょっと、希美が何したって言うの?」

優子「何もしてない……。だから怒ってるの!」

夏紀「はぁ?」

優子「とにかく、早く探さなくちゃ……ぁ」

 

優子が久美子を見やり、歩み寄る。

 

優子「黄前さん」

久美子「えっ!?」

優子「あの子の事情、知ってるよね。みぞれのこと、探してくれない?」

久美子「え……あ……」

優子「あの子いま、慣れてない子と会うのヤバいから」

希美「(状況が分からず)……」

優子「お願い」

久美子「は、はい……」

 

CM(オーボエを吹くみぞれ)

 

◯廊下

 

息を切らして走る久美子。

 

久美子「(ナレ)何が起こっているのか……」

 

◯音楽室前の廊下(回想)

 

ぶち切れる優子。

 

優子「何もしてない……。だから怒ってるの!」

 

◯廊下

 

走る久美子の背中。

 

久美子「(ナレ)分からなかった……」

 

◯音楽室前の廊下(回想)

 

久美子に頼む優子。

 

優子「黄前さん、お願い……」

 

◯廊下

 

教室前に走り来る久美子。

 

希美「(OFF)みぞれ!?」

 

手洗い場前の廊下(回想)

 

逃げ去るみぞれ。

 

◯廊下

 

教室を覗き込む久美子。

 

久美子「(ナレ)悪い予感と胸騒ぎのなか……」

 

◯太陽公園・ファミリープール(回想)

 

希美が久美子に問いかける。

 

希美「変かな?」

 

◯校舎裏(回想)

 

久美子に礼を言う希美。

 

希美「ありがとね」

 

◯音楽室前の廊下(回想)

 

呆然とする希美と夏紀。

 

◯図書室

 

扉を開けて、久美子が入ってくる。

 

久美子「(ナレ)ひとつひとつ、教室を探して行った」

 

◯廊下

 

向かいの校舎の廊下を走る優子。

 

◯教室

 

扉を開けて、優子が入ってくる。みぞれの姿はない

 

優子「みぞれ!……どこよ……」

 

◯下足室

 

探す久美子の背中。

 

◯渡り廊下

 

走り探す優子の姿。

 

◯階段

 

息を切らして久美子が上ってくる。

 

久美子「はぁ、…はっ……」

 

◯理科室

 

窓越しの空。すすり泣く声が聞こえる。

 

みぞれ「(すすり泣く)」

 

◯廊下

 

ドアに手をかけるが、鍵が閉まっている。

別のドアを開ける久美子、何かに気づく。

 

久美子「あ……」

 

◯中庭

 

息を切らしている優子の背中。

 

優子「はあっ……はあっ……」

 

◯理科室

 

すすり泣く声が聞こえる中、久美子が声に近づく。教卓の陰でうずくまるみぞれを見つける久美子。

 

久美子「あ……先輩……」

みぞれ「っ……」

久美子「あ、あの、何があったんですか?……えっと、希美先輩のこと嫌いなんですか?」

みぞれ「嫌いじゃない……。そうじゃない」

久美子「あ、じゃあ何か言われたとか……」

みぞれ「違う!」

久美子「ぁ」

みぞれ「違う、希美は悪くない。悪いのは全部……わたし。わたしが……希美に会うのが、怖いから……」

久美子「……どうしてですか?」

みぞれ「分かっちゃうから、……現実を」

久美子「……現実?」

 

◯音楽室前の廊下

 

夏紀と希美のもとに、あすかが近づく。あすかの方を見る希美。

 

◯理科室

 

膝を抱えて話すみぞれ。

 

みぞれ「わたしにとって、希美は特別。大切な友達」

久美子「えっ?」

みぞれ「わたし、人が苦手。性格暗いし……」

 

◯南中学校(回想)

 

1人でお弁当を食べているみぞれ。1人で下校しているみぞれ。それを見ている希美。

 

みぞれ「(OFF)友達もできなくて、ずっと1人だった」

 

教室で本を読んでいるみぞれに、希美が話しかける。

 

希美「ねぇねぇ、鎧塚さん部活入ってる?」

みぞれ「(ふるふると首を横に振る)」

希美「あ、じゃあ帰宅部かぁ。何も入ってないんだ……」

みぞれ「(OFF)希美はそんなわたしと仲良くしてくれた……」

 

一緒に登校する希美とみぞれ。希美が入部届をみぞれに渡す。

 

みぞれ「(OFF)希美が誘ってくれたから、吹奏楽部に入った……」

 

◯理科室

 

膝を抱えてうずくまるみぞれ。

 

みぞれ「嬉しかった……」

 

〇南中学校(回想)

 

下校する希美とみぞれ。フルートの説明をする希美。希美の横でオーボエの練習をするみぞれ。

 

みぞれ「(OFF)毎日が楽しくって……」

 

他の子に呼ばれて立ち去る希美。教室の入口で話す希美たち。それを見ているみぞれ、さみしげに練習を再開する。

 

みぞれ「(OFF)でも希美にとって、わたしは友達の1人。たくさんいる中の1人だった。」

 

〇理科室

 

話しを聞いていた久美子が慰めの言葉をかける。

 

久美子「そんなこと……」

みぞれ「だから、部活辞めるのだって知らなかった。」

 

〇夕景の教室(回想)

 

1人で練習するみぞれ、後ろを振り向く。

 

〇教室(フルートパート・回想)

 

サボってお喋りをしている3年生たち。みぞれが入ってきて尋ねる。

 

部員「えー、本当?」

部員「ホントホント」

部員「あはははは……」

部員「フフフフ……」

みぞれ「あの、今日……希美は?」

部員「えぇっ、辞めたじゃん」

みぞれ「……」

 

〇理科室

 

膝を抱えてうずくまるみぞれ。

 

みぞれ「わたしだけ、知らなかった」

久美子「(ハっとする)……」

みぞれ「相談ひとつないんだって、わたしはそんな存在なんだって知るのが、怖かった。分からない……、どうして吹奏楽部にいるのか」

 

頭を抱えて、首を横に振るみぞれ

 

みぞれ「分からない…」

久美子「じゃあ、どうして続けてるんですか?」

みぞれ「楽器だけが……、楽器だけが……」

 

〇バス車内(回想)

 

南中時代のみぞれと希美。

 

みぞれ「(OFF)わたしと、希美を……」

 

〇理科室

 

頭を抱えているみぞれ。久美子が立ち尽くして、みぞれのことを見つめる。

 

みぞれ「繋ぐものだから」

 

久美子「(ナレ)言葉が出てこなかった。こんな理由で……」

 

〇音楽室(回想)

 

窓を背景に一人でオーボエを練習しているみぞれ。楽器を下ろして、窓外を振り向く。

 

久美子「(ナレ)楽器をやっている人がいるなんて……」

 

〇理科室

 

言葉をかけられず、みぞれを見ている久美子。

 

久美子「(ナレ)思いもしなかった」

 

駆ける足音がして、入り口に優子がやってくる。

 

久美子「ぁ……」

優子「(息を切らして)っはぁ……はぁ……」

久美子「優子先輩……」

 

優子が教卓の影に隠れるみぞれに近づき、肩に手をかける。

 

優子「みぞれ……」

久美子「ん……」

優子「みぞれ、みぞれ!もう何やってるのよ、心配かけて」

みぞれ「ごめん……」

優子「まだ、希美と話すの怖い?」

みぞれ「……(コクン)だって、わたしには、希美しか居ないから……」

優子「っ(ハッとする)」

みぞれ「拒絶…されたら……」

優子「(怒気をはらみ)なんでそんなコト言うの?」

みぞれ「はっ……(顔をあげる)」

優子「そしたらなに?みぞれにとって、わたしはなんなのっ!?」

みぞれ「ぁ……、優子は……わたしが……可哀想だから……、優しくしてくれた。……同情してくれた」

優子「(ハッとなってから瞳を潤ませて)っ……」

 

パンっと、優子がみぞれの両頬を手のひらで挟み込む。びっくりするみぞれに構わず、頬をつねる優子。

 

優子「バカ!!あんた、マジでバカじゃないの!?」

みぞれ「優子?」

優子「わたしでも、いい加減キレるよ?」?」

みぞれ「?……?……」

優子「誰が好きこのんで嫌いなヤツと行動するのよ」

みぞれ「痛い……。く……」

 

そのままもみ合う2人。

 

優子「わたしがそんな器用なコト出来るわけないでしょ!?」

みぞれ「痛い……」

優子「同情!?なにそれ?」

久美子「せ、先輩……」

優子「みぞれはわたしのこと、友だちと思ってなかった訳!?」

みぞれ「違う!……」

久美子「わぁ……」

 

勢い余って、優子がみぞれを押し倒す。

 

優子「部活だって、そう。本当に希美のためだけに、吹奏楽続けて来たの!?」

 

インサート(回想)

 

滝の指揮で合奏練習をしている部員たち。府大会で演奏する部員たち。

 

優子「(OFF)あんだけ練習して、コンクール目指して、なにもなかった!?」

 

優子に押し倒されたみぞれの横顔。

 

みぞれ「(はっ…、と息を呑む)」

 

インサート(回想)

 

府大会の演奏風景。結果発表の文字。喜ぶ部員たち。涙を流してみぞれに抱きつく優子。

 

優子「(OFF)府大会で関西行きが決まって、嬉しくなかった!?」

 

涙をこぼしてみぞれに語りかける優子。

 

優子「わたしは嬉しかった!頑張ってきて良かった!努力は無駄じゃなかった!中学から引きずっていたモノから、やっと解放された気がした!」

 

みぞれの頬に優子の涙が落ちる。みぞれの瞳も潤んでいる。

 

優子「みぞれは違う!?なにも思わなかった!?ねぇ!」

みぞれ「っ……(首を横に振り)嬉しかった……。でも……、でも、それと同じくらい辞めていった子に申し訳なかった。喜んで……いいのかなって」

優子「いいに決まってる!」

 

優子がみぞれの手を取り、引き起こす。日陰から陽のあたる場所へと引っ張り出されるみぞれ。

 

優子「(優しく)いいに決まっるじゃん。だから、笑って(と、にっこり)」

みぞれ「(ハッとしたあと、ボロボロ涙を流す)はっ……、うぐっ……、うぅっ……、ゔっ……」

優子「ちょっ、みぞれ」

みぞれ「(嗚咽)うっ……、うぅっ……、うっ……ゔっ……う」

優子「どうして泣くのよ!?ほらっ……」

 

〇廊下

 

中越しに、中の様子を聞いている夏紀と希美。とん、と希美を肘でついて夏紀が問いかける。

 

夏紀「どうする?」

希美「……大丈夫」

 

〇理科室

 

夏紀に続いて、オーボエを持った希美が理科室に入ってくる。

 

久美子「あっ……。希美先輩……」

みぞれ「(ビクっとする)」

優子「希美……。(みぞれに)ちゃんと話したら?」

みぞれ「(希美の方を見て)…………ぅ(コクンとする)」

 

歩み寄る希美に、みぞれもオズオズと近づく。希美がオーボエを差し出す。

 

希美「あすか先輩が、これ持ってけって。……あたし、なんか気に障ることしちゃったかな?」

みぞれ「(粗い呼吸)……」

希美「わたし、バカだからさ。なんか心当たりがないんだけど」

みぞれ「どうして……、どうして話してくれなかったの?」

希美「えっ?」

みぞれ「部活辞めた、とき」

希美「だって……、必要なかったから」

みぞれ「え?」

希美「え?だってみぞれ、頑張ってたじゃん。」

 

インサート(回想)

 

昨年の部活の情景。無視される希美。うつむく希美。1人で練習しているみぞれ。そんなみぞれを見て、微笑む希美。

 

希美「(OFF)わたしが腐ってた時も、誰も練習してなくても、1人で練習してた。そんな人に、一緒に辞めようとか……」

 

笑顔で話す希美、みぞれの反応に戸惑う。

 

希美「言える訳ないじゃん。……ぉ?」

みぞれ「だから言わなかったの?」

希美「うん……」

みぞれ「……」

希美「ぁ……、もしかして、仲間はずれにされたって思ってた?」

みぞれ「(泣きだす)」

希美「え、えっ、なんで、違う!違うよ。全然違う。そんなつもりじゃ……」

 

慌ててみぞれの肩に手を伸ばす希美。

 

みぞれ「(嗚咽)」

希美「みぞれぇ、ごめん、ごめんね!」

みぞれ「ごめん」

希美「えっ、どうしてみぞれが謝るの?」

みぞれ「わたしずっと、避けてた。勝手に……思い込んで……、怖くて……」

 

ボロボロ涙を流すみぞれ。

 

みぞれ「ごめん、ごめんなさい」

希美「みぞれ……」

みぞれ「ごめんなさい」

希美「みぞれ……。ねぇ、わたしね、府大会見に行ったんだよ。みんなキラキラしてた……」

 

インサート(回想)

 

コンサートホール客席の希美。演奏する部員たち。

 

希美「(OFF)鳥肌立った。聴いたよ……」

 

みぞれの肩に手を置いて、希美が笑顔で話す。

 

希美「みぞれのソロ。カッコ良かった」

みぞれ「本当?」

希美「ホントに決まってるじゃん。わたしさ、中学の時からみぞれのオーボエ好きだったんだよ。」

 

希美が差し出すオーボエを、みぞれが抱えるように受け取る。

 

希美「なんかさ、キューンとしてさ。聴きたいな、みぞれのオーボエ(にっこり)」

みぞれ「(嗚咽)うっ……う……ぐっ……」

優子「みぞれ……」

夏紀「……」

みぞれ「…………、(顔を上げて笑う)うんっ……」

 

向かい合うみぞれと希美。

 

みぞれ「わたしも……、聴いてほしい」

 

〇校舎外観

 

夕焼けの情景。

 

〇廊下

 

並び立って、みぞれの演奏の音を聴いている久美子、夏紀、優子の3人。

 

久美子「すごい、綺麗な音……」

夏紀「こんなふうに吹けるんだ」

優子「結局みぞれの演奏は、ずっと希美のためにあったんだね」

夏紀「まあね」

優子「希美には勝てないんだなぁ。1年も一緒にいたのに」

久美子「……」

夏紀「そんなの、当然でしょ?希美ってアンタの100倍いい子だし」

優子「そーね。アンタの500倍はいい子かも」

夏紀「でもさ、みぞれには、あんたがいて良かったと思うよ」

優子「っ……もしかして……、(茶化すように)慰めてくれてるぅ?」

夏紀「はぁ!?」

優子「はいはい。照れない、照れない。」

夏紀「なにそれ?」

優子「ぎゃあー、夏紀が優しくしてくるよぉ」

夏紀「ちょっ、気持ち悪いコト言うな!」

久美子「あははは」

 

走って逃げる優子を夏紀が追いかける。久美子が笑って見送る。

 

〇教室(低音パート)

 

机に腰掛けて、あすかが久美子に話す。

 

あすか「コンクール終わるまで引き離しておきたかったんだけどなぁー」

久美子「はぁ……」

あすか「でも、ズルい性格してるよね?みぞれちゃんも」

久美子「え?」

あすか「思わない?みぞれちゃんが希美ちゃんに固執してるのって、結局1人が怖いからでしょ?優子ちゃんは保険だね」

久美子「そんな……」

あすか「案外ヒトって、打算的に動くものだと思うなぁ」

 

窓外に眺めていたあすかが、久美子を振り向く。久美子、手を握り締めて反論する。

 

久美子「……あすか先輩は、穿った見方をしすぎですよ」

あすか「あっははは。穿ったかぁ。そうかもね。それより……」

 

あすかの視線が教室の入り口に向けられる。麗奈が立っている。

 

久美子「えっ……?あっ……」

麗奈「遅い」

あすか「じゃあ、帰ろっか」

久美子「あっ、はい……」

 

うぅーん、と伸びをするあすかが、立ち去ろうとする久美子に呼びかける。

 

あすか「黄前ちゃん」

久美子「はい(振り返る)」

あすか「(目を合わせず)全国、行こうね……」

 

夕方の教室に佇む久美子とあすか。

 

久美子「(ナレ)なにが本音で、なにが建前なのか。その境目はあまりにも曖昧で……」

 

伏せられたあすかの目。あすかを見やる久美子。

 

久美子「(ナレ)この人には一体なにが見えているのか……」

 

〇校舎外観

 

校舎越しの宇治市街・夕景。

 

久美子「(ナレ)それを考えるのは少し怖かった……」

 

〇下足室

 

靴に履き替える久美子の汚れた上履きを見て、麗奈が尋ねる。

 

麗奈「ねぇ、どこ行ったらそんなに汚れるの?」

久美子「ん……?(汚れに気付いて)わっ、あー……」

 

上履きを見つめながら、久美子が麗奈に尋ねる。

 

久美子「ねぇ、麗奈はさ……」

麗奈「ん?」

久美子「誰かの為に吹いてるとか、そういうのある?」

麗奈「考えたことない。……強いて言うなら、自分のためかな」

久美子「!」

 

麗奈の言葉に嬉しそうな表情になる久美子。

 

〇大階段前

 

先に歩く麗奈。久美子が走って追いつき、背中を押す。

 

久美子「(笑う)」

麗奈「きゃっ!」

久美子「麗奈って、マジ麗奈だよね」

麗奈「なにそれ、からかってる?」

久美子「全然っ」

麗奈「ホントに?」

久美子「はははは……」

 

久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです……」

 

〇音楽室

 

机の上に並んで置かれたオーボエとフルート。

 

つづく

 

〇ED