響け!ユーフォニアム2 第六回「あめふりコンダクター」シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第六回「あめふりコンダクター」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 河浪栄作


◯(プロローグ)


男「最後に、プログラム16番。京都府代表、北宇治高等学校

部員たち「(歓声)」


◯OP


◯北宇治高校・正門前


北高祭のゲート。校門前の人々。『君は天然色』の演奏が流れる。


◯講堂


講堂入り口の情景。北高祭吹奏楽部コンサートの看板。内部ではパイプ椅子の観客ごし、あすかの指揮で演奏する部員たち。


(演奏が終わり)拍手のなか、挨拶をするあすか。


あすか「えー、こうしてわたしたちが活動できているのも、先生や保護者の方々、そして皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。(一礼するあすかに観客の拍手)全日本吹奏楽コンクールは、10月の末から名古屋で行われます……」

久美子「(微妙な間に)ぁ?……」

あすか「(一瞬、目を伏せて)そこでも、皆さんによい報告ができるよう、頑張って練習していきたいと思っています。それでは最後の曲です『学園天国』!」


楽器を構える部員たち。


◯校舎外観


通路の人々。『学園天国』の演奏が聞こえる。他校の学生たちのスカートの手前、風に揺れるオシロイバナ


◯講堂・内部


壁際で演奏を見守る滝。演奏する部員たち。


久美子「わたしたち北宇治高校吹奏楽部は、関西大会で金賞を獲り、全国大会出場を決めた」


タイトル 第六回「あめふりコンダクター」


教室(1年3組)


Cafe in Wonderlandの看板。教室内で暇そうにしているメイド姿の久美子たち。


葉月「だれも来ないね……」

久美子「いまさらメイド喫茶なんて、流行んないよね……」

緑輝「だめですよ2人とも!笑顔を絶やさないようにしないと。さん、はい!」

葉月「あっはっはっはっは、あはっあはっ……」

久美子「うはははは、あっはっはっは、はぁ……」

葉月「そうだ!」

久美子「?」

葉月「お客さん呼ぶなら、もっと目立つコトしようよ!」


◯教室前・廊下


組体操をしながら呼び込みをする久美子たち。


久美子「1年3組で喫茶店やってまーす。」

緑輝「ぜひ一度、お立ち寄りくださーい」

葉月「美味しいケーキもありまーす」


山のポーズの久美子、冷静になってつぶやく。


久美子「みんな見るだけで入って来ないね……」

葉月「だめかな?アグレッシブメイド喫茶

緑輝「これで繁盛したら奇跡ですね……」

葉月「ふぇー、奇跡起きないかなぁ」


そこに麗奈がやってきて久美子たちに声をかける。


久美子「ん……?」

麗奈「お茶がしたいので、メニューをいただけるかしら?ウェイトレスさん」

久美子「来たよ、奇跡!」


◯外渡り廊下


シフトが終わって、制服姿の久美子。ため息をついて座り込む。


久美子「あぁー、落ち着いたぁ」

麗奈「似合ってたのに、もったいない」

久美子「似合ってないよ、緑ちゃんなら分かるけどぉ……」

麗奈「2人はまだシフトなの?」

久美子「んー。風邪で休みの子が出ちゃって、その代わり」

麗奈「そっか。ねぇ、どこに行く?わたしも当番があるから、急ぎ足になっちゃうけど」

久美子「じゃあ緑ちゃんオススメの猫カフェ行こうよ」

麗奈「えっ、動物の持ち込みって禁止なんじゃないの?」

久美子「そ、だから……」


◯教室(2-1)猫カフェ


猫のヌイグルミを手におもてなしの生徒たち。


男子「ニャ、ニャニャニャ」

女子「ニャンニャンニャンニャン


廊下でその様子を見ている久美子と麗奈。


麗奈「ヌイグルミ、なるほどね……」

久美子「はは……」

麗奈「別のところにしない?」

久美子「あぁ……、うん」


教室(2年2組)


2年2組&3組合同、ストロベリーホイップの看板。メイド服のみぞれが久美子たちにぎこちなく接客する。


みぞれ「あっ、えぇ……」

麗奈「こんにちは」

久美子「どうも……」

みぞれ「あの、えぇと、ここ?(と席を指さす)」


席に座る久美子たち。麗奈がおかしそうに言う。


麗奈「鎧塚先輩らしいね」

久美子「うん。接客業には向いてないよねぇ」

優子「(OFF)何よ、コレ!?」


後方から優子の声が聞こえて、振り向く2人。優子の目の前には、山盛りのクリームとフルーツでデコレートされたクレープが置かれている。


優子「どう見ても嫌がらせなんですけど?」

夏紀「違いますよぉ」

優子「わたし、ピサの斜塔なんて頼みましたっけ?」

夏紀「これが当店のスペシャリティ、イチゴクレープですよ、お客さま」


夏紀がクリームのてっぺんにイチゴを乗せる。傾くクレープ。


優子「おぉっ!?」

夏紀「サービスでぇす。ゆっくりとお召し上がりください、お客さま」

優子「うっうっうっ……。ぅ分かったわよ、受けて立とうじゃない!」


スプーンを手に気合いを入れる優子。様子を見ていた久美子たちのテーブルに、希美がお水を置く。


希美「あの2人、仲いいよねぇ」

久美子「希美先輩?」

希美「いらっしゃい」

みぞれ「希美もあれ、食べたい?」

希美「えぇ?いや気持ちだけで十分だよ」

みぞれ「(商品のクレープを手に)好きな方食べる?」

希美「えっ?ちょっとぉ、これ注文のやつでしょ?」

みぞれ「また作ればいい」

希美「もぉー」

久美子「こっちも仲いいねぇ」


◯廊下


瀧川が秀一に話しかける。


瀧川「次、どこ行く?」

秀一「そうだな……。(久美子を見つけて)ぉ」

瀧川「おっ、演劇やってるじゃん。オンディーヌだって。うわ、でもあと10分で始まっちゃうぞ」


歩く久美子と麗奈。思わず柱に隠れる秀一に、いぶかしがる瀧川。


瀧川「秀一?」

秀一「あぁ、おう」


◯階段


踊り場で話し込む久美子と麗奈。橋本と新山が降りてくる。


麗奈「優子先輩、食べきってたね」

久美子「うぅ、思い出しただけで胸焼けするぅ……」

橋本「よぉ」

新山「こんにちは」

久美子「あ、こんにちは」

新山「部活もあるのに、準備たいへんだったんじゃない?」

久美子「それはまぁ、ねぇ……」

麗奈「うん」

新山「ウフフッ、部活の方はわたしたちも力を貸すから、頑張りましょうね」

麗奈「よろしくお願いします」

久美子「よろしくお願いします。……そういえば、滝先生は一緒じゃないんですか?」

橋本「ああ、さっきまで一緒にいたんだけど(新山と顔を見合わせる)」

久美子「ん?」


◯渡り廊下(1階)


滝が他校の女子たちに囲まれている。遠くからそれを見ている久美子たち。


女子たち「(歓声)」

久美子「うわー、囲まれてる……」

新山「関西大会を観て、ファンになったみたいね」

橋本「ま、外見だけじゃ性格までは分からないしな」

久美子「フフッ、ですね。あっ、麗奈……」


麗奈が滝たちの方へ歩みだす。橋本が久美子に耳打ち。


橋本「あの子に話したの?」

久美子「えっ?」

橋本「滝くんの話」

久美子「あぁ……、いえ……。(麗奈を見やり)麗奈(追いかける)」


女子たちに囲まれている滝に、麗奈が話しかける。


女子「燕尾服、カッコよかったです。指揮のとき……」

麗奈「滝先生」

滝「あ……」

女子たち「?」

麗奈「(後方を指さし)橋本先生が、あちらでお待ちです……」


◯廊下


久美子と麗奈が歩きながら話す。


久美子「(おかしそうに)気持ちは分かるけど、嘘言っちゃマズイよ」

麗奈「廊下で待っていたのは本当でしょ?」

久美子「あれは待ってたっていうか、見てただけっていうか……。(独り言)ぁぁ、言える訳ないよね……」

麗奈「何?」

久美子「えっ、いや何でもない。(滝先生は……)」


◯廊下(1階)・(回想)


解放され、橋本たちと話す滝。滝の視線が久美子に向けられる。久美子がそっと麗奈の横顔を見やる。


久美子「(気づいているのかな?麗奈の気持ち……)」


◯渡り廊下(1階)・(回想)


他校の女子たちに囲まれている滝に声をかける麗奈の様子。


久美子「(麗奈はどんな気持ちだったんだろう?どんな気持ちで滝先生を……)」


◯廊下


麗奈が久美子に声をかける。考えごとをしていた久美子、なにかにぶつかってよろける。


麗奈「久美子!」

久美子「えっ?うわっ……つぅ」

麗奈「大丈夫?」

久美子「んぉ……、えっ?」


久美子たちに手を振るうさぎの着ぐるみ(3の2おいでませのタスキ)。


久美子「何、知り合い?」

麗奈「心当たりないけど……」

香織「ぁ、驚かせちゃった?」


着ぐるみの頭を取って、香織が久美子に声をかける。


久美子「香織先輩?」

麗奈「その着ぐるみ、何ですか?」

香織「わたし宣伝隊長だから。うちのクラス、ダンスパフォーマンスやってて」

久美子「すごーい」

香織「そうだ、あすかのところはもう行った?」

久美子「いえ、まだですけど……」

香織「じゃあそっちもオススメ!けっこう面白いらしいよ」

久美子「あすか先輩かぁ。どう?行ってみる?」

麗奈「……(スマホを見る)」

香織「(着ぐるみ姿で手を振る)それじゃあ、お2人とも楽しんでねぇ」

久美子「あはは、ノリノリだぁ……」

麗奈「そろそろクラス戻るね。2時半までは当番でいる予定だし、遊びに来て」

久美子「分かった」


立ち去る麗奈に手を振る久美子。プログラムを開く。


久美子「えっと、あすか先輩……」


◯教室(占いの館)


水晶玉に映る久美子。魔女のコスチュームのあすかが久美子に声をかける。


あすか「ウェルカーム!迷える子羊よ」

久美子「うわぁ、似合いますね……」

あすか「でしょ?もぅ、みんなこのセンス分かんなくてさぁ」

久美子「他のヒトは何をしてるんですか?」

あすか「全員占い師に決まってるでしょ?」

久美子「多すぎません?」

あすか「ねぇ、占ってあげようか?」

久美子「結構です」

あすか「(水晶玉に手をかざして)黄前ちゃんの未来は……」

久美子「だから結構ですって!」

あすか「もー、つまんない子だねぇ。こういうのはノリと気分でしょ?(声を作って)えー、じゃあワタシの恋の相談しちゃお〜、的な?」

久美子「あすか先輩にわたしの何が分かるって言うんですか?(水晶玉を覗き込む)」

あすか「あぁ、勝手に見ちゃ駄目でしょ、スケベ!どうしたらおっぱいが大っきくなるか、占ってあげないよぉ」

久美子「余計なお世話です」


暗幕を開いて、晴香があすかに声をかける。


晴香「もぉ、あすかうるさい。奥も混んできてるんだから、早く手伝いに来てよね」

久美子「ほぉら、怒られてるじゃないですか」

あすか「うぅん、ええい可愛くない後輩め!お前なんかお化けに取り憑かれて、呪われてしまえ!くぅぅぅ(念力を送るポーズ)」

晴香「あーすーか」


◯教室(1-6)


「こわぁいお化けやしき」の看板。久美子が戸惑いの表情。


久美子「えっとぉ、お化けやしき。ここが麗奈のクラス……」


◯おばけやしき内


こわごわ歩く久美子の足元。


久美子「うーん、やだやだぁ。こういうの苦手なんだよなぁ……。麗奈ぁ?」


突然、穴から多数の手が飛び出てきてびっくりする久美子。


久美子「うわぁぁぁ!……びっくりしたぁ」

瀧川「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


後方から悲鳴を上げて、瀧川が久美子を抜き去り、曲がり角の向こうへ消える。


久美子「えっ、瀧川くん?」

瀧川「(OFF)うぉっ!!」

久美子「うっ(びくっとする)」

秀一「あーあ、ビビリすぎだろ、って……(久美子を見つけて立ち止まる)」

久美子「あ……」

秀一「……んだよ?」

久美子「別に……」

秀一「ふんっ」


歩き去ろうとした秀一が何かのスイッチを踏んでしまい、灯りが消える。


久美子「きゃっ!」

秀一「うわっ、変な声出すなって」

久美子「だ、だだだだって、手持ちのライトも消えちゃうし……」

秀一「そういう仕掛けだろ?とっとと出口探そうぜ」

久美子「待ってよぉ」


久美子が秀一のシャツを掴む。振り向く秀一。


秀一「なんだよ?」

久美子「……わたしこういうの苦手だから、先々歩かないでくれると助かる……」

秀一「……(ムスっと照れる)」


御幣の下、並ぶこけし。歩きながら話す久美子と秀一。久美子の手は秀一のシャツを掴んだまま。


久美子「凝ってるね……」

秀一「歩くの速くないか?」

久美子「うん、大丈夫」

秀一「大会、よかったな」

久美子「うん、みんなすごかったよね……」

秀一「ああ。(久美子を見やり)……あのさぁ久美子、俺さぁ今度の大会で……」


突然幕が開き、なかから幽霊が現れる。


久美子「うぁっ!?」

秀一「うぇっ!?」

幽霊「(恨めしげに)待って、いたぞぉぉぉぉぉぉ!」

秀一「うぉっ!」

久美子「な、何!?……ぁあ、麗……奈?」


幽霊装束の麗奈のアップ。


◯中庭


階段に座り綿菓子を食べる久美子と麗奈。


麗奈「(楽しげに)うっふふふふ」

久美子「もぉ、笑い過ぎだって」

麗奈「ごめんごめん。だって久美子と塚本のあの驚き方……」

久美子「麗奈のお化けが怖すぎるんだよぉ」

麗奈「でも、本当に偶然会ったの?」

久美子「えっ、何が?」

麗奈「塚本」

久美子「うぇっ、ちょっとやめてよ。偶然に決まってるでしょ」

麗奈「そうなんだ」

久美子「そうだよ」

麗奈「ふーん、ならいいけど」


綿菓子を食べる麗奈。突然強い風が吹く。


麗奈「(風に)っ!!」

久美子「すごい風……」

麗奈「大丈夫?台風が近づいてるらしいけど」

久美子「らしいね。学園祭中止にならなくて良かったよ、ホント。みんな準備頑張ってし」

麗奈「うん。でも明日は休みになるかもって」

久美子「本当!?よしっ」

麗奈「ひょっとして、小テストの予習してないとか?」

久美子「ぁ、いや……。だって忙しかったんだもん」

麗奈「うふっ」

久美子「(空を見上げて)また明日から練習だね」

麗奈「(空を見上げて)うん」


2人の頭上、風にのって流れる雲。


久美子「変な感じ。もう秋なのに、まだ大会の練習してるなんて。不思議だね……」

麗奈「うん……」

久美子「(風に)ふっ!」


強い風が吹き付ける。人々の驚く声。赤い風船が空に飛んでいく。


久美子「(ナレ)台風が運んだその風は、学園祭のどこか浮ついた空気を一気に吹き飛ばし……」


◯信号機


夕方〜日没後の変わる天気の情景。(晴〜強い雨


久美子「(ナレ)夜、雨が降り始める頃には、すっかりいつもの日常が戻っていた」


◯久美子の部屋


ノートに向かい、頭を押さえる久美子。


久美子「んんんー、範囲広すぎ……。ん?」


玄関から聞こえる物音に久美子が振り返る。


◯廊下


扉を開けて覗く久美子。玄関には麻美子のバッグが乱雑に置かれている。


久美子「あ、お姉ちゃん?うーわ、水浸しじゃん……」


濡れた足跡を追ってリビングに近づく久美子。


◯リビング


濡れそぼった麻美子に明子が声をかける。


明子「ほら、お風呂湧いてるから、風邪ひかないうちに入りなさい。……麻美子?」

麻美子「……お母さん」

明子「なあに?」

麻美子「わたし、やっぱり大学やめる……」


固まる久美子。


◯マンション外観


強い雨の情景。


CM(ユーフォを吹く夏紀)


◯北宇治高校・外観


人気のない校内の情景。ニュースの音声が被る。


アナウンサー「大型で非常に勢力の強い台風20号は……」

 

京阪電車宇治駅ホーム


電光掲示板、調整中の文字。


アナウンサー「暴風域を……」


宇治川堤防


天ヶ瀬ダム放流中〜の文字。葉っぱの上のアマガエル。


アナウンサー「伴いながら時速25キロで……」


◯滝のシトロエン


ラジオアプリから聞こえるアナウンサーの声。運転する滝の横顔。


アナウンサー「北東へ進んでいます。明日にかけて……」


宇治市


強い雨風の中を滝のシトロエンが走る。


アナウンサー「暴風や高波に十分警戒してください。不要な外出は控え……」


◯久美子の部屋


ベッドの上でスマホを見ている久美子。麗奈とのやり取り「風強くなってきた」「休校決定だって」の文字。


久美子寝返りをうって、スマホをつつく。


久美子「ぅーん……」


スマホの画面「良かったね」「でも……」「そうでもないかも……」。麗奈からの返信「何かあったの」の文字。


久美子「(独り言)うん、まあ色々ねぇ……」


◯リビング(回想)


濡れそぼった麻美子。覗き見る久美子。


麻美子「わたし、やっぱり大学やめる」

久美子「えっ……」


◯リビング(回想)


朝のリビング。健太郎たちが麻美子と話しをしている。廊下で立ち聞きの久美子。


健太郎「だから、理由を言えと何度言ったら分かるんだ!」

明子「お父さん……」

麻美子「言ってるでしょ?行きたくなくなったって」

健太郎「……もういい。帰ってきたらもう一度話す。」


ドアが開き、健太郎が出てくる。


久美子「ん?ぁ……、行ってらっしゃい」

健太郎「ん……」

明子「外で言わなくていいからね」

久美子「分かってるよ……」


◯リビング(回想)


椅子に座る麻美子に久美子が声をかける。


久美子「お姉ちゃん、大学やめるの?」

麻美子「……」

久美子「あれだけ人に勉強しろってうるさかったのに大学やめちゃうの?」


久美子が手を握りしめる。


◯久美子の部屋(回想)


落ち込む久美子に麻美子が嫌味を言う。


麻美子「部活ばっかして、今から真面目に勉強してしておかないと、大学はいれないよ」


(時間経過)


麻美子「音大行くつもりないのに吹部続けて、何か意味あるの?」


◯リビング


久美子が麻美子を責める様に言う。


久美子「なんで!?お姉ちゃんはいい学校行って、いい会社入るために勉強してたんでしょ?やめたら意味ないじゃん」

麻美子「(ムッとしてボソリと)あんたには関係ない」

久美子「ぁっ……」


久美子を相手にせず、リビングから出ていく麻美子。1人残される久美子。


◯玄関


靴を履く久美子に、明子が声をかける。


明子「ちょっと、こんな時に何処行くの?」

久美子「買い物……」


宇治市


強い雨風の中、傘をさして歩く久美子。


久美子「(ナレ)特に行く場所があった訳じゃない。ただ、あのまま家にいたくなかった……。重い空気が耐えられなかった」


風に煽られる久美子。


久美子「っ……」


傘越しに灰色の空を見る久美子。


久美子「(ナレ)このまま姉といたら、きっと喧嘩になる。そんな気がした……」


ふと、視線を前に落とすと、明かりのついた店先に滝が立っているのが見える。


久美子「ん?滝先生……?」


◯フラワーショップ


店先に歩み来る久美子。滝が驚き話しかける。


滝「ん、黄前さん?」


(時間経過)並ぶ花々。滝が久美子に諭す。


滝「駄目ですよ、こんな日に出歩いたら」

久美子「すみません。ちょっと散歩に……」

滝「この雨の中?」

久美子「えっと、雨好きなんで。先生は雨、大丈夫でしたか?」

滝「えぇ、クルマですから。でも台風は嫌ですね。靴の中がびしょびしょです」

久美子「よく来られるんですか?お花屋さん」

滝「まあ、たまに。今日は台風でお店を閉めるところだったそうでなんですが、特別に用意してくださるそうです。無理をお願いしてしまいました」

久美子「(微笑む)」


(時間経過)店先て雨を見ながら話す2人。


滝「でも、ちょっと嬉しいんじゃないですか?」

久美子「へ?」

滝「学校が休みになって」

久美子「あぁ、はい」

滝「わたしも学生の頃は、台風の度に期待してましたからね。大抵は朝までに去ってしまうんですけど」

久美子「そうなんです!滅多に休校ってならなくて」

滝「実感、こもってますね」

久美子「へっ、いえ、はい……」


(時間経過)店員が滝にヒマワリの花束を手渡す。


店員「お待たせしてしまって、すみません」

滝「こちらこそ、こんな日にすみませんでした」

店員「いえいえ。(久美子を見て)娘さん?」

滝「教え子です。偶然通りかかったみたいで」

店員「そうですか。ですよね、先生まだお若いですものね」

滝「(紙幣を取り出し)じゃあ、これで」

店員「はい。ちょうど頂戴いたします」


久美子の目が、滝の指輪をとらえる。


久美子「ん?指輪……。ぁあっ(手で口を押さえる)」

滝「え?(困った様に笑って)あぁ、今日は特別なんですよ……(指輪を撫でて目を伏せる)」


久美子「(ナレ)その声はゾッとするほど優しかったけど、同時に追及を許さない厳しさが含まれていた……」


気まずくなって帰ろうとする久美子。


久美子「それじゃあ、わたしはそろそろ帰りますので」

滝「えっ、大丈夫ですか?少し小降りになるのを待ったほうが……」

久美子「ぁ、雨が好きですので……ひゃあ!」

滝「黄前さん!」


久美子の傘が突風に煽られ飛ばされる。

 

(時間経過)地面でひしゃげた傘。


滝「これは駄目ですね……」

久美子「ぁぁ……」


(時間経過)滝が車に久美子を乗せる。


滝「後ろ、荷物がありますので助手席に」

久美子「はぃ……」


◯滝のシトロエン・車内


助手席に乗り込む久美子に、滝がタオルを渡す。


滝「こちら、使ってください」 

久美子「ありがとうございます。……ん?」


ダッシュボードに置かれた写真。男女4人が写っている。滝が無言でそれを後席に移す。滝を見やる久美子に、滝は無反応のまま車を出す。


宇治市


走る滝のシトロエン


◯滝のシトロエン・車内


沈黙が続く。写真を気にする久美子に、滝が話しかける。


滝「橋本先生、少しだけ話したそうですね」

久美子「えっ……」


キャンプファイヤー場(回想)


橋本が久美子に話す。


橋本「まぁね、5年前にお亡くなりになったけど……」


◯滝のシトロエン・車内


滝と久美子が話す。


久美子「はい。少しだけ、ですけど……」

滝「合宿の後、橋本先生にうっかり口を滑らせてしまったって、謝られましてね。本当しょうがない人です」

久美子「あの、今の写真に写っていた人って、滝先生の奥さんなんですか?」

滝「……」

久美子「ぁ……、すみません。聞いちゃ駄目なこと聞いちゃいました」

滝「いいんですよ。気を使わせてしまってすみません。別に怒っているわけではありませんから。ここは?」

久美子「ぁ、左で」


宇治市


縣神社の脇を左折するシトロエン


◯滝のシトロエン・車内


滝が話を続ける。


滝「黄前さんの想像通り、そこに写っているのはわたしの妻です。大学の同級生で、橋本先生とわたしの妻は北宇治高校の生徒でもあったんですよ」

久美子「そうだったんですか」

滝「ええ。その頃はわたしの父が顧問で、全国大会にも行っていたらしいです」

久美子「らしい、って?」

滝「わたしはその頃、父に反発していたので、よく知らないんですよ。ただ妻の話だと高校3年間、全国大会には出ても金賞は獲れなかったって。だから自分が先生になって、母校を全国金賞に導くんだって。病気になってからも、ずっと言っていました」

久美子「……(滝の顔を見つめる)」


◯久美子のマンション前


走り去る滝のシトロエンに頭を下げる久美子。


久美子「(ナレ)滝先生はそれ以上、なにも言わなかった。多分、自分の個人的な事情をわたしたちに押し付けたくないのだろう……」


◯音楽室(回想)


初めての合奏の際の滝の厳しい一言。


滝「なんですか、これ?」


(時間経過)


滝「でも、それでは困るのです」


◯控え室(回想)


滝が笑みを浮かべて部員たちを促す。


◯久美子のマンション前


滝のシトロエンを見送りながら、久美子の瞳が揺れる。


久美子「(ナレ)でも、強く願っている。全国で、金を。北宇治高校が全国金賞を獲ることを」


(時間経過OL)雨があがった夜明けの情景。


◯久美子の部屋


5時に鳴る目覚まし時計。間髪入れずに止める久美子の横顔。


久美子「よしっ……」


団地の道路


水たまりの残る道路を歩く久美子の足元。先を歩くみぞれを見つけて、久美子が声をかける。


久美子「ぁ、鎧塚先輩!」

みぞれ「?」

久美子「(駆け寄り)おはようございます」

みぞれ「おはよ」

久美子「相変わらず早いですね」

みぞれ「希美に笑われたくないし、昨日休みだった分もあるし」

久美子「うふふっ。わたしは小テストがラッキーでしたけど」

麗奈「来週やるみたいだけど?」

久美子「のわぁ、麗奈!」


いつの間にか、麗奈も久美子たちと並んで歩いている。


麗奈「いつもより早いのね」

久美子「うん、なんか気がはやっちゃって……」

緑輝「久美子ちゃーん、麗奈ちゃーん」


緑が手を振って駆け寄る。


久美子「おぉ、緑ちゃんも早練?」

緑輝「えっへへ」

みぞれ「みんなここまで来たら、全国でも金賞をって気持ちなのかな?」

緑輝「そうです、そうなんです。このままみんなでいっぱい練習して、どんどん上手くなりましょう!」

久美子「そしたら上手な新入生、たくさん入ってくるかなぁ?」

緑輝「新入生?」

麗奈「当たり前でしょう。滝先生がいるんだから。いい先生の所には、いい生徒が集まる」

久美子「麗奈みたいな?」

麗奈「否定はしない」

久美子「あはははは」

緑輝「えへへへへ」

久美子「あっ……」


久美子が街かどに咲く花を見つける。


麗奈「どうしたの?」

久美子「あの花……」

緑輝「あぁ、イタリアンホワイトですね」

久美子「イタリアンホワイト?」

麗奈「あの花がどうかしたの?」

久美子「えっ、いや、キレイだなって」

緑輝「分かりますぅ。緑も大好きなんです!(ウットリと)花言葉もロマンチックなんですよねぇ」

みぞれ「花言葉?」

緑輝「はい!イタリアンホワイトの花言葉は……」


久美子が花を見やる。


緑輝「(OFF)あなたを想いつづけます」


(インサート)昨夜の情景(後席の花束と写真、滝の指輪、写真に写る滝と女性、滝の目元)


久美子「(あなたを、想いつづけます……)」


久美子が麗奈を見やる。


麗奈「ん?」

久美子「(なにも言えず空に視線を移す)わたしね、滝先生が顧問で良かった……」

麗奈「(ハッとして)当然でしょ?行こう、全国が待ってる」

緑輝「そうです、緑たちには全国での活躍が待っているのですぅ!」

久美子「(微笑む)」


久美子が先を歩く麗奈たちを追いかける。


久美子「(ナレ)上手な新入生が入ればいいな。何気なく言った言葉……」


◯教室(低音パート)


あすかが1人、ユーフォのピストンバルブを押さえる。


久美子「(ナレ)でもそれは同時に3年生の引退を意味していた訳で……」


あすかが深く息を吸って、吐く。


◯玄関ホール


パンプスを脱ぐ足元。


◯教室(低音パート)


ユーフォを抱えるあすか。


◯玄関ホール


来客用の下駄箱にパンプスを収める手元。


◯教室(低音パート)


あすかが窓の外を見やる。


◯玄関ホール


スリッパを履く足元。歩き出すスーツ姿の女性。


◯教室(低音パート)


あすかが目を伏せる。


久美子「(ナレ)そして……」


◯職員室


ドア前に来る女性が、ノックする。


久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」


ED