響け!ユーフォニアム 第十二回 「わたしのユーフォニアム」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第十二回 「わたしのユーフォニアム

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 三好一郎

 

(プロローグ)

 

滝「……高坂さん」

麗奈「はい」

滝「あなたがソロです。中世古さんではなく、あなたがソロを吹く。良いですか?」

麗奈「はいっ」

 

OP

 

〇校舎外

 

入道雲のもと、部活動の情景。『三日月の舞』の合奏の音が重なる。

 

〇倉庫、廊下

 

並ぶ楽器ケース。手洗い場の蛇口。

 

久美子「(ナレ)早朝から夕方まで、夏休みに入って長くなったはずの練習は一瞬の間に過ぎ……」

 

〇音楽室

 

入り口に並ぶ上履き、合奏練習をする部員たち。

 

久美子「(ナレ)むしろ誰もが足りないとすら思うなか、それは突然訪れた」

 

滝が演奏を止めて楽譜を見た後、ユーフォの2人に指示を出す。

 

滝「ふぅん……今のところ、ユーフォも入れますか?」

久美子「え?」

あすか「え、どこですか?」

滝「162小節目です。コンバスとユニゾンで」

あすか「黄前ちゃん、いける?」

久美子「あっ、はい」

緑輝「久美子ちゃん、ここです(と楽譜を渡す)」

久美子「ありがと……う(びっしり並ぶ音符に目が泳ぎ)……ん?」

 

タイトル 第十一回 「わたしのユーフォニアム

 

〇手洗い場

 

顔を洗う卓也の背中。

 

〇教室(低音パート)

 

楽譜を見ながら、滝からの指示について話している部員たち。

 

梨子「うーん、ここかぁ。たしかに難しいよねぇ……」

卓也「まぁでも、先生の言うことも分かる。ここはちょっと音の厚み、弱かったしな」

あすか「じゃあ、ちょっとやってみるね。黄前ちゃん、聞いてて」

久美子「あ、はいっ」

あすか「(一通り吹いて)……まぁ、こんな感じかな?」

久美子「すごい……」

梨子「さすがです」

久美子「ありがとうございました」

あすか「お礼を言ってどうするの?黄前ちゃんも吹くんだよ。ほら、構えて」

久美子「あ、はい……」

 

みんなが注目する中、久美子が吹いてみるが、上手く吹けない。微妙な空気。

 

久美子「(すくっと、立ち上がって)あの、わたし個人練行ってきます」

 

〇校舎裏

 

久美子が椅子に座って練習を始める。

 

久美子「はぁ。……(気合を入れて)よしっ」

 

花から飛び立つアゲハ蝶。久美子のユーフォが校内に響く。久美子が苦戦しつつ、何度も何度も繰り返し練習する。麗奈がやってきて、久美子の横に立つ。視線を交わす2人。

 

久美子「(マウスピースから唇を離す)……はぁ」

麗奈「よくなってる。でも、コンクール的には駄目」

久美子「だよね。……ねぇ、麗奈」

麗奈「ん?」

久美子「わたし上手くなりたい、麗奈みたいに。わたし、麗奈みたいに特別になりたい」

麗奈「……じゃあ、わたしはもっと、特別になる」

久美子「……うん」

 

(時間経過)ほかの部活の活動情景。

 

久美子が一人で練習を続けている。ポタポタとスカートに落ちる汗に、血が混じる。そこに緑がやって来る。

 

緑輝「久美子ちゃん、まだやってたんですか?」

久美子「うん」

緑輝「もう合奏の時間……あぁっ!」

久美子「え?」

緑輝「大変、鼻血が!」

久美子「え、ええー!?」

緑輝「あぁ、保健室……」

 

〇保健室

 

久美子がジャージ姿でベッドに座っている。葉月と緑が付き添っている。

 

葉月「どう?」

久美子「ん、もう大丈夫」

葉月「水、飲む?」

久美子「ありがとぉ……(と、一気に飲み干す)」

葉月「こりゃ、飲んでなかったなぁ」

久美子「ぷはっ、……うん。よしっ、もう大丈夫」

葉月「え、えぇ、ちょっと待ってよ」

緑輝「そうですよ、少し休まないと……」

久美子「平気平気。鼻血止まったし、吹いてれば治る」

葉月「久美子、最近熱いよね」

久美子「え?」

葉月「前はどっちかって言うとクールっていうか、冷めてるところあったのに」

久美子「そうかなぁ?」

緑輝「はい、今は月に全力で手を伸ばすぜ!って感じです」

久美子「月かぁ。良く分からないけど、……でも上手くなりたいっていう気持ちは前よりも強くなった!(フンっと気合を入れると、ティッシュが鼻から飛び出て)うっ、んもぉ……」

葉月たち「(笑う)」

 

〇廊下

 

駆けてゆく久美子たち3人。

 

久美子「(ナレ)熱いのか、冷めているのか……」

 

〇校舎外観

 

夕方の情景。

 

久美子「(ナレ)そもそも、今までの自分はどんなだったのか……」

 

宇治川沿いのベンチ

 

久美子が1人、練習をしている。

 

久美子「(ナレ)とにかく……」

 

〇(回想)ホール

 

再オーディションの情景。演奏する麗奈、それを見ている久美子たち。

 

久美子「(ナレ)あのオーディションの麗奈を見て、あの音を全身で受け止めてしまってから……」

 

宇治川沿いのベンチ

 

久美子が1人、練習を続ける。

 

久美子「(ナレ)わたしは完全に侵されてしまったのだ。上手くなりたいという熱病に」

 

汗を拭う久美子の耳に、トロンボーンの音色が聞こえてくる。

 

久美子「……ん?」

 

秀一が対岸に座って、トロンボーンの練習をしている。それに呼応するかのように、久美子もユーフォを吹く。秀一、それに気付き微笑む。川を挟んで響きあう、ユーフォとトロンボーンの音色。

 

あじろぎの道

 

久美子が帰宅していると、塾に向かう葵に声をかけられる。

 

葵「あ、久美子ちゃん」

久美子「葵ちゃん……」

葵「こんな時間まで練習?」

久美子「うん、コンクール直前だし。葵ちゃんはこれから塾?」

葵「そう。ね、全国行けそう?」

久美子「うーん、どうかな?分かんない。でも、上手くなったと思う。春に比べたら段違いだよ」

葵「そっか、滝先生さまさまだね。じゃあ、頑張ってね」

久美子「うん。……葵ちゃん」

葵「ん?」

久美子「吹部辞めたこと、後悔してない?」

葵「(微笑んで)してないよ。全然してない。(目をそらして)わたしは吹部より受験の方が大切だったから。多分、部のごたごたがなくても辞めてたと思う。わたしには、続ける理由がなかったから……」

 

そう言って立ち去る葵を久美子が見送る。

 

〇久美子の家

 

外観~廊下。久美子が帰宅すると、麻美子が帰ってきている。

 

久美子「ただいまぁ」

麻美子「おかえりぃ、あー、また持って帰ってきた。吹かないでよ」

久美子「お姉ちゃんこそ、大学生にもなって一々帰ってこないでよ」

麻美子「いいでしょ、自分の家なんだから(と乱暴にドアを閉める)」

久美子「……」

 

〇久美子の部屋

 

ベッドに顔を押し付けるようにして、床に座る久美子。ふと昔を思い出す。

 

久美子「ん……」

久美子(小学生)「(OFF)お姉ちゃん、楽器やめちゃうの?……」

 

〇(回想)小学生時代

 

麻美子の部屋で、勉強している麻美子が久美子の質問に答える。

 

麻美子「うん」

明子「受験だからね。その分、久美子が頑張りなさい」

 

〇(回想)あじろぎの道

 

先ほどの葵との会話。

 

葵「わたしには、続ける理由がなかったから……」

 

〇久美子の部屋

 

考え込んでいる久美子、歯を食いしばる。

 

久美子「ぐっ……」

 

〇リビング

 

明子と麻美子がくつろいでいると、楽器の音が聞こえてくる。ビックリする2人。

 

明子「……っ」

麻美子「えっ!?」

 

〇久美子の部屋

 

立ち上がり、ユーフォを吹く久美子。部屋の外から声がする。

 

麻美子「ちょっと、なに吹いてんのよぉ!?」

明子「久美子ぉ、やめなさい。近所迷惑よ」

 

〇北宇治高校・正門

 

登校する生徒たちの情景。

 

〇廊下

 

合奏練習の音が聞こえている。

 

〇音楽室

 

滝の指導のもと『三日月の舞』の合奏練習。

 

滝「はい、そこまで。前よりは良くなりましたが、それでもまだ求められる音にはなっていません。ここはあなたたち次第です。トロンボーン、いま出だしがずれたのは誰ですか?」

秀一「……(手をあげる)」

滝「練習で出来ないことは、本番では絶対に出来ません。そのつもりで取り組んでください」

秀一「はい……」

滝「では、158小節目から……」

 

真剣な表情で演奏する生徒たち。滝がおもむろに演奏を止める。

 

滝「はい、止めて。ユーフォ、162から1人ずつ聞かせてもらえますか?黄前さんから」

久美子「は、はい(と、吹き始める)」

滝「はい、そこまで」

久美子「(マウスピースから唇を離す)はぁ」

滝「黄前さん、そこ、難しいですか?」

久美子「……」

滝「本番までに出来るようになりますか?」

久美子「はい」

滝「本番で出来ないということは、全員に迷惑をかけるということになりますよ。もう一度聞きます。できますか?」

久美子「はいっ、できます!」

滝「分かりました。……ではその次から、全員で」

 

〇校舎裏

 

久美子が個人練をしている。ゆっくりしたテンポから、徐々にテンポを上げて行く久美子。

 

久美子「(ナレ)その指、息の強さとタイミング。求めるべき音はちゃんと頭の中で鳴っているのに、実際にその音が出ないもどかしさ。次々と確実に、狙った力加減で、狙った息の強さで、狙った音をリズムに合わせて出していくことが、いかに難しいか。わたしは思い知らされていた」

 

麗奈が近付き、ペットボトルを久美子の額に載せる。

 

久美子「(目を閉じて)はぁ……、ん?……麗奈」

麗奈「まず飲んで」

久美子「……」

(時間経過)

久美子「(ごくごくと水を飲み)ぷはっ……」

麗奈「合わせよ」

久美子「……うん」

 

ユーフォとトランペット、2人の合奏が空に響く。

 

CM(コントラバスの緑)

 

〇北宇治高校・正門

 

登校する生徒たち。ユーフォの音が聞こえている。

 

〇エントランス前

 

麗奈が久美子のユーフォに微笑む。香織と優子が話しかける。

 

香織「高坂さん」

優子「おはよ、早いね」

麗奈「おはようございます」

香織「これ、黄前さん?」

麗奈「はい」

優子「けっこう苦戦してましたからね、合奏で」

香織「あすかが上手く教えてあげられれば良いんだけど」

麗奈「あの……」

香織たち「ん?」

麗奈「あの、ずっと言いたかったことがあって……」

香織「え、何?」

麗奈「オーディションの時、生意気言ってすみませんでした(頭を下げる)」

優子「ぅ……」

香織「ううん、こちらこそ。付き合わせちゃって、ごめんなさい」

優子「か、香織先輩」

夏紀「(後ろから優子に近づき)なーに一人で赤くなってんの?」

優子「ひぃっ!な、なんであんたが居るのよぉ!?」

夏紀「フっ」

優子「ム?」

 

優子が夏紀を追いかける。

 

優子「こらーっ」

 

〇音楽室

 

晴香が部員たちを前に話をする。

 

晴香「コンクールまでいよいよあと10日です。各自課題にしっかり取り組んで、練習に臨んでください」

部員たち「はいっ」

 

〇教室(低音パート)

 

久美子が練習をしている。前の方では葉月が緑の指のテーピングに感嘆している。

 

葉月「うわぁ、少し休ませた方が良いんじゃないのぉ?」

緑輝「平気です。慣れっこですので」

葉月「はぁ……」

梨子「(久美子の演奏に)うん。最初に比べるとずいぶん良くなったね」

久美子「本当ですか?」

梨子「本当。この調子であと10日頑張ろう!」

あすか「じゃあ、いっちょ黄前ちゃんに稽古つけてやっかぁ」

久美子「はい、お願いします!」

 

久美子「(ナレ)その時はまだ10日ある、このまま練習を続ければ何とかなる……」

 

〇音楽室

 

合奏練習をしている部員たち。滝が演奏を止める。

 

久美子「(ナレ)そう思っていた」

 

滝「テナー、バリトン、ユーフォ、ここ重要です」

部員たち「はいっ」

(時間経過)

滝「7小節前からもう一度。ここのバリトン、もっとクリアに」

晴香「はいっ」

(時間経過)

滝「スネアはロール頭にアクセント」

(時間経過)

滝「前にも言いましたよ。この曲はホルンがカッコいい曲です。分かってますか?」

(時間経過)

滝「トロンボーン、塚本君」

秀一「はい」

滝「今のを常に吹けるように」

秀一「(小さく感動)ぉぉ」

(時間経過)

滝「では、いきます。158小節目から」

 

真剣な顔で演奏する部員たち。滝が演奏を止める。

 

滝「はい、そこまで。トランペットはきちんと音を区切って」

部員たち「はいっ」

滝「ホルンはもっとください」

部員たち「はいっ」

滝「それからユーフォ、ここは田中さん1人でやってください」

 

あすか、緑、卓也、梨子、麗奈が息を吞む。

 

滝「田中さん、聞こえましたか?」

あすか「はい……」

滝「ではもう一度、今の指示に気を付けて、3……」

 

ふたたび演奏が始まるが、久美子のユーフォは膝の上に横たわったまま動かない。

 

久美子「(ナレ)それは一瞬だった。反論のスキも猶予もなく、先生はそれだけ言うとすぐ演奏に戻った。そう……」

 

〇(インサート)蜘蛛の巣にかかったアゲハ蝶。

 

久美子「(ナレ)これは関西大会進出をかけた戦いなのだ……」

 

〇楽器室

 

久美子がユーフォのケースを撫でる。葉月たちが声をかける。

 

葉月「久美子ぉ」

久美子「……?」

葉月「緑がどーしても何か食べに行きたいって」

緑輝「行きましょう!」

久美子「うん」

 

久美子が立ち上がる。足元にスマホの忘れ物。

 

黄檗駅ホーム

 

久美子たち3人がベンチに座って話す。久美子の手には大量のパンの入った袋。

 

久美子「えー、こんなに食べられないよ?」

葉月「いいから、こういう時は食べる!」

緑輝「そうです。緑も付き合います」

久美子「でも……」

緑輝「久美子ちゃんは月に手を伸ばしたんです。それは、素晴らしいことなんです」

 

緑が手を空に伸ばす。手に持つメロンパンが月と重なる。

 

宇治駅近くの道路

 

歩く久美子の脳裏に今日の出来事がフラッシュバックする。

 

滝「それからユーフォ、ここは田中さん1人でやってください」

 

思わず足を止めた久美子、足早に歩き出し、やがて駆け出す。

 

久美子「(上手くなりたい……、上手くなりたい……、上手くなりたい……、上手くなりたい……、上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい……、上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい……、上手くなりたい、上手くなりたい、誰にも負けたくない、誰にも……、誰にも………………)」

 

宇治橋

 

久美子、橋の中程まで走ってきて足を止め、川面に向かって叫ぶ。

 

久美子「上手くなりたああああぁい!……」

秀一「(道路の向こうから)おーい久美子、なにやってんだぁ?」

久美子「……上手くなりたい」

秀一「(聞こえず)えぇ?」

久美子「上手くなりたいって言ってんの!!」

秀一「そんなの……、俺だって上手くなりてぇ!」

久美子「わたしの方が上手くなりたい!」

秀一「俺の方がもっと上手くなりてぇ!」

久美子「わたしの方が……(ボロボロ泣いて欄干にすがる)悔しいっ、悔しくて死にそう……」

 

ハッと顔をあげる久美子。脳裏に『地獄のオルフェ』が流れる。

 

久美子「(ナレ)その時、わたしは知った……」

 

〇(回想)中学時代

 

吹奏楽コンクールの会場で駄目金に悔し涙を流す麗奈。それを見ている久美子。

 

麗奈「悔しくって、死にそう」

 

宇治橋

 

大粒の涙を流す久美子。

 

久美子「(ナレ)そのつらさを……」

 

〇(回想)中学時代

 

吹奏楽コンクールの会場。立ち上がり、涙を流す麗奈。

 

麗奈「わたしは悔しい!めちゃくちゃ悔しい!」

 

久美子「(ナレ)あの時、麗奈がどんな思いでいたかを……」

 

宇治橋

 

橋の上で泣き続ける久美子。その背中を秀一が見守る。

 

久美子「(ナレ)わたしは知ったのだ」

 

〇久美子の部屋

 

久美子がベッドでうつぶせになっている。麻美子が入ってくる。

 

麻美子「入るよ。うわ、暑。ちょっとクーラーくらいつけな」

久美子「……」

麻美子「ごはん」

久美子「今いらない」

麻美子「あんた、ちゃんと勉強してんの?」

久美子「お姉ちゃんに関係ない」

麻美子「部活ばっかして、今から真面目に勉強してしておかないと、大学はいれないよ」

久美子「お姉ちゃんなんて受験で吹部辞めたくせに、希望の学校行けなかったじゃん。意味ないよ」

麻美子「うるさいなぁ。音大行くつもりないのに吹部続けて、何か意味あるの?」

久美子「ある、意味あるよ!」

麻美子「どんな意味よ?」

久美子「だって、わたしユーフォ好きだもん(と、立ち上がる)」

麻美子「は?」

久美子「わたし、ユーフォが好きだもん」

麻美子「……へえ、えらいね」

 

麻美子が出てゆき、ベッドに座る久美子、鏡を見ながらつぶやく。

 

久美子「わたし、ユーフォが好きだ……」

 

〇北宇治高校・正門

 

夜の情景

 

〇職員室

 

滝が、事務員に付き添われて入り口に立つ久美子に気付く。

 

滝「ん……、黄前さん?どうしたんです、こんな時間に?」

久美子「すみません。忘れ物したみたいで……」

滝「何を忘れたんです?」

久美子「え、あの……、携帯を……」

 

〇廊下

 

滝と久美子が歩いてくる。

 

滝「学校では使ってませんよね?」

久美子「あ、はい」

滝「気をつけてくださいよ。また教頭に怒られてしまいますから」

久美子「また……」

滝「はい。実は最近ちょくちょくお叱りを受けているんです。練習させすぎだって」

久美子「はぁ」

滝「まあ、あまり気にしてませんけど」

久美子「はぁ……」

 

〇階段

 

階段を登る2人。

 

久美子「あの、滝先生のお父さんって、滝透さんですよね?」

滝「ええ、よく知っていますね。私の父は10年前まで、この学校の吹奏楽部で顧問をしていました。ですからこの学校に配属された時は、少し嬉しかったんですよ」

久美子「プレッシャーとか無かったんですか?お父さんと同じ仕事って……」

滝「さあ、どうでしょう?小さい頃は父と同じ仕事に就きたいなんて、思ったこともなかったのですが、でも、選んだのはこの仕事でした。結局、好きなことってそういうものなのかも知れません」

久美子「……ですよね」

滝「はい?」

久美子「好きって、それでいいんですよね」

 

〇エントランス外

 

久美子が礼をして帰ろうとする。

 

久美子「ありがとうございました」

滝「もう遅いから、気をつけて帰ってくださいよ」

久美子「はい」

滝「あぁ、それから……」

久美子「?」

滝「吹けなかった所、練習しておいてください。次の関西大会に向けて」

久美子「……」

滝「あなたの出来ますという言葉を、わたしは忘れていませんよ」

久美子「……はいっ」

 

団地の

 

はあはあっ、と息を切らして走ってくる久美子、高台で立ち止まりスマホを見る。麗奈からの着信があったことに気付き、電話をする。

 

久美子「もしもし麗奈?あのね、今から会える?うん、そう、駅前の……」

 

宇治駅

 

三日月の夜空の下、久美子と麗奈が話している。

 

久美子「ごめんね」

麗奈「今日のことなら、謝ることじゃない」

久美子「でも、せっかく協力してくれたのに」

麗奈「まだ終わってないでしょ?」

久美子「うん……、そうだね」

麗奈「呼び出したのはそのこと?」

久美子「ん、実はね、いままで滝先生と2人きりだったから」

麗奈「……」

久美子「それでね、滝先生がわたしの……はっ!?」

 

久美子の言葉にペットボトルを落として呆然の麗奈。久美子はそれに目もくれず、ガチャガチャ(楽器くんシリーズ 第5弾 ユーフォ君登場!)に釘付け。嚙み合わない2人の会話が続く。

 

久美子「(ナレ)努力したものに神様が微笑むなんて噓だ。だけど、運命の神様がこちらを向いてウィンクをし……」

 

久美子「ユーフォ君?ちょっと麗奈、ねえこれ見て」

麗奈「久美子、いま何て言った?」

久美子「やっとユーフォ君……どうしよう」

麗奈「ねぇ、先生と2人きりって」

久美子「お金。お金、お金」

麗奈「ちょっと、ねえ久美子」

久美子「やった、出た!一発ゲット!」

麗奈「久美子!」

久美子「わたし、ユーフォが好き!」

麗奈「久美子!」

 

京都コンサートホール・外観

 

まだ無人京都府大会の会場。

 

久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED