響け!ユーフォニアム 第九回 「おねがいオーディション」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第九回 「おねがいオーディション」

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 北之原孝



(プロローグ)

 

秀一「ユーフォは……、全員行けそうだよな」

久美子「人、少ないしね。でも滝先生って実力なかったら平気で落としそうな気がするし、気は抜けないよ」

 

OP

 

〇北宇治高校・正門

 

下校の情景。『三日月の舞』の合奏練習が聞こえている。

 

〇音楽室

 

合奏練習の情景。夏服に衣替えして合奏練習に臨む生徒たち。

 

久美子「(ナレ)あがた祭りも終わり、1面、白になった練習風景にも慣れてきたころ、オーディションが近づいた部の空気は……」

 

滝「Cの頭、タンバリンロールにアクセントをください」

田邊「はいっ」

 

久美子「(ナレ)より緊張感を増していた」

 

滝「(練習が終わり)今、注意した点を重点的に、パート練習を進めてください」

部員たち「はいっ」

鳥塚「先生、クラなんですけど……」

滝「はい、このあと来てください」

姫神「フルートもお願いします」

滝「はい」

 

〇校内

 

練習する部員たち(トランペットパート、パーカッションパート、サックスパート、香織と優子、ホルンパート、秀一、フルートパート、クラリネットパート、一人練習する麗奈)。

 

久美子「(ナレ)各パートは、自分たちのパートが足を引っ張らないようにと、練習に熱がこもり、個人練では楽譜とにらめっこしている時間が次第に増え、それぞれが自分の目指すところだけを見つめ、不安に追い立てられるように練習を続けていく。そんな中……」

 

〇教室(低音パート)

 

低音パートのパート練習。あすかが、緑に注意している。

 

あすか「コンバス、弱い!」

緑輝「ぁ、……はい」

あすか「さっきからどうしたの?サファイア川島」

緑輝「ぁ……、川島緑ですぅ……」

 

久美子「(ナレ)緑ちゃんは落ち込んでいた」

 

タイトル 第九回 「おねがいオーディション」

 

〇校舎外観

 

雨が降っている。

 

〇教室(低音パート)

 

全員で、お互いの演奏の感想を言い合う部員たち。

 

あすか「夏紀、注意されたところ、まだ弱いよ。怖がって吹かないで、一発で強く音を狙って」

夏紀「はい」

梨子「葉月ちゃんは鳴らすことにばかり意識が行ってて、音が雑になってるよ」

葉月「はい」

卓也「黄前さん……音、良くなったよな」

久美子「え?」

あすか「確かにね。真面目で面白みに欠けてたのが、味わい染み出てきた。何かあったのぉ?」

久美子「良く分からないですけど」

夏紀「……」

あすか「まあ、それにわたしはコクとまろやかさも加わった料亭の味だけどね」

卓也「何の話ですか……」

 

久美子、反応の薄い夏紀を見やる。夏紀、それに気づいて笑って見せる。

 

久美子「……?」

夏紀「……、ふっ」

あすか「それより、サファイア川島」

緑輝「ぁはいっ」

あすか「今の気の抜けた演奏は何よ?罰として、これガタガタだから新しい譜面台持ってくる!」

緑輝「ぁ、はい……(と、教室から出ていく)」

卓也「そんなにガタガタですか、それ?」

あすか「そんな訳ないでしょ。黄前ちゃん、サファイア川島、何があったの?」

久美子「え!?あー、いやぁ……、その……」

夏紀「あったぽいね」

久美子「あったっていうか……」

葉月「あのー、……実は、わたしが祭りの時に失恋しまして……」

久美子「葉月ちゃん!」

葉月「いいの、いいの。もう終わったことだし」

夏紀「何、相手は部内?」

葉月「それは勘弁してくださいよぉ。で、緑その時わたしの背中を押してくれてたから……」

梨子「失恋の責任感じちゃってるのかぁ」

葉月「気にしなくていいって、言ったんですけどね」

あすか「どうでもいい。(椅子をガタガタ)正直、超どうでもいい。超々超々どうでもいい」

久美子「正直すぎま……(夏紀が久美子の口を塞ぐ)」

あすか「個人練、行ってくる」

梨子「行ってらっしゃいませっ」

あすか「私情で練習できなくなってる様な奴に、構ってる暇ない(と、出て行く)」

卓也「……怒ってたな」

久美子「え、あすか先輩ですか?」

梨子「あぁ、怖かった」

夏紀「あすか先輩は、練習時間削られるのが一番キライだからね」

葉月「(こそっと)久美子。帰りなんだけどさ、時間いいかな?」

 

〇住宅街の公園

 

公園の久美子たち。ブランコに座る緑の頭を、葉月がチョップする。

 

葉月「チョップ!」

緑輝「痛っ!」

葉月「チョップ、チョップ、チョップ、チョップ、チョップ、チョップ」

緑輝「痛っ、痛っ、痛っ、痛っ、痛っ、痛っ」

久美子「葉月ちゃん……」

葉月「いつまでウジウジしてるの?もういいって言ったでしょ?」

緑輝「ですが……、緑があんな事を言わなければ。はあぁ、あの時を止めたい。愛と死以外にも歌はあるのですぅ……」

葉月「なんの話?とにかく、わたしこうなって良かったって思ってるからさ」

緑輝「でも」

葉月「ほら、ああいうのって、1人だとどうしても勇気がなくてずっと悩んじゃうでしょ?だから背中を押されて良かったよ。時間かけても結果は同じだった気がするし。久美子もそう思うでしょ?」

久美子「えっ!?あぁ、うん、それはなんとも……」

葉月「ほら、だからもう気にしないで。わたし本心でそう思ってるから」

緑輝「……(涙目)」

葉月「(声色を変えて)緑ちゃん、おれジョージくん。元気だして(と、コンバスのキーホルダーを差し出す)」

緑輝「葉月ちゃん……」

葉月「元気出して、緑ちゃん。(声色戻って)これも好きなんでしょ?」

緑輝「もちろんです。死ぬほど集めてます」

葉月「さ、行こ?」

 

緑、キーホルダーを握りしめて笑顔を見せる。

 

六地蔵駅

 

上下線の電車に分かれて手を振る久美子、葉月と緑。

 

京阪電車・車内

 

走る電車の車内で、葉月が久美子に話している。

 

葉月「ありがとね、協力してくれて」

久美子「えぇ、あ、ううん。緑ちゃん落ち込んでいると、わたしも何かつらいし」

葉月「でも、ちょっと複雑だったでしょ?微妙に当事者っていうか、そういう所あったし」

久美子「ぁあ、いやっ、むしろわたしが悪かったかなって」

葉月「え?」

久美子「なんとなくだけど……、ていうか、なんか……ごめん。だから……」

葉月「悪いって言ったら、わたしの方が悪いよ」

久美子「ないよ……」

葉月「ある。だってわたし、緑に話したらきっと緑が背中押してくれるかもって思ってたし。それに久美子も気ぃ弱いところがあるから、わたしが先に話したら引いてくれるかもって。……ごめんね。わたし、最悪な女だよね」

久美子「そんなこと……、え?ちょっと待って、引くってわたしが秀一からってこと?」

葉月「うん」

久美子「それってわたしが秀一を好きってこと?」

葉月「そうでしょ。だって、わたしが学校で塚本に声かけたとき、嫌そうな顔をしてたよ?」

久美子「あ、いやいやいやっ、あれは好きっていうより、友だちがとられちゃうかも……的なヤツだよ」

葉月「こっちも無自覚かぁ」

久美子「本当!本当だって」

葉月「ま、その時になったら言ってよ。協力してあげるから」

 

電車が黄檗駅に着き、降りようとした葉月が何かに気付いて別の扉から降りる。

 

葉月「じゃね」

久美子「ぁあ……、(乗り込んできた秀一に気付いて)ぁ……」

秀一「よぉ……」

久美子「……」

 

〇パン屋の店先

 

葉月、秀一がいつも買い食いしているフランクデニッシュを買って出てくる。

 

店員「(OFF)ありがとうございました」

葉月「(一気に頬張り)あむ……。あむ、あむ、あむ……。うまぁ(と笑う)」

 

京阪電車・車内

 

扉をはさんで離れて座る久美子と秀一。



〇久美子の家

 

外観~久美子の部屋。ベッドにうつぶせの久美子。目に付いたサボテンに話しかけていると、麻美子が入ってくる。

 

久美子「(声色変えて)わたしと秀一はそんなんじゃないんです。秀一はただの幼馴染でっていうか、そういう……」

麻美子「それ何なの?怖いんだけど」

久美子「だから、勝手に開けないでよ」

麻美子「顧問、変わったって聞いたよ」

久美子「えっ、なんでお姉ちゃんが知ってるの?」

麻美子「吹部だった友達が言ってた。強いところの顧問やってた人の息子らしいじゃん。知ってる人の間じゃ、結構うわさになってるってさ」

久美子「そうなの?」

麻美子「今にその先生目当てで入部してくる子とか、出てきたりしてね」

久美子「そんなに?」

麻美子「いや、知らないけど」

久美子「てか、いつまで居んの?」

麻美子「はいはい、もう帰りますよっと(立ち上がり、出ていく)」

久美子「滝先生、すごいのか……ま、確かに。あっ(と、思い出す)」

 

〇(回想)サンフェス会場

 

梓が久美子に話す。

 

梓「北宇治って言えば、ほら、高坂麗奈

久美子「えっ?」

梓「あの子ってさ、立華の推薦蹴って北宇治行ったって聞いたよ」

 

〇(回想)宇治川沿いの石段

 

秀一と久美子に抗議する麗奈。

 

麗奈「言っとくけど、滝先生すごい人だから!馬鹿にしたら許さないから!」

 

〇久美子の家

 

ベッドの久美子、スマホの着信音に気付く。緑からのメール「まだ起きてますか?」。

 

久美子「ん……、緑ちゃん?」

 

(時間経過)電話する久美子と緑。

 

緑輝「(通話)夜分遅くにすいません」

久美子「ううん、どしたの?」

緑輝「(通話)葉月ちゃん、あの後どうだったのかなって思いまして」

久美子「ああ……」

緑輝「(通話)やっぱり落ち込んでましたよね。明るく振る舞っているけど、きっと落ち込んでいるんじゃないかって」

久美子「うん……、そうだと思う。でも、葉月ちゃん、無理にでも元気で話してたいんじゃないかな」

緑輝「(通話)え?」

久美子「葉月ちゃん、元気でいたいんだよ。いつも通りでいたいんだと思う。だから緑ちゃんもわたしも、いつも通りがいいよ。……あれ?もしもーし」

緑輝「(通話)(微かに笑って)久美子ちゃん、ちょっと変わりましたよね」

久美子「えっ、そうかな?」

緑輝「(通話)はい。ちょっと大人っぽくなった気がします」

久美子「……なに、それ?」

緑輝「(通話)緑はそんな久美子ちゃん、好きですよ」

久美子「ははは、ありがと。なんか照れるね」

 

久美子「(ナレ)多分それは、あの麗奈との夜があったからで……」

 

〇コンビニ前

 

朝のコンビニ、1人でガチャガチャを回す緑。

 

久美子「(ナレ)自分でも処理しきれないような、意味不明な気持ちと闘いながら、どんどん前に進もうとする麗奈の姿に……」

 

宇治駅ホーム

 

入ってくる電車を待つ久美子、ホームを見ると、離れたところに立つ秀一が目に入る。

 

久美子「(ナレ)わたしは感動したんだ……。秀一とはまだ話せないままだけど……」

 

〇北宇治高校・正門

 

登校する生徒たち。

 

〇1-3教室

 

緑が葉月にチューバ君のストラップを差し出す。

 

葉月「何、これ?」

緑輝「チュパカブラだヨ」

葉月「チュパカブラじゃなくてチューバ君じゃん」

 

緑が葉月のカバンにチューバ君のストラップをくくりつける。

 

葉月「ぉ、駄目だよ。これ、ずっと緑が欲しがってたやつでしょ?」

緑輝「違います。これはチュパカブラです」

葉月「緑って、ホント頑固だよね、もうっ」

緑輝「(チューバ君を名残惜しんで)ぁあ……」

葉月「もう駄目だよ。これ、チュパカブラだから」

緑輝「あぁ……、そうです。その子はチュパカブラですぅ……」

 

〇渡り廊下

 

香織がソロパートの練習をしている。晴香がそこに近づく。

 

晴香「おぉ、すごい!高いところの音、安定してる。難しいんでしょ?」

香織「あすかにこのまえ言われたからかな、神だのみしても意味ないって」

晴香「そっか」

香織「わたしね、去年の事があったから、もめごととかが無い様にって、それだけちゃんと出来ればいいって思ってた。でも、わたし3年生なんだよね。これで最後なんだよね」

晴香「……うん」

香織「3年間やってきたんだもん、最後は吹きたい。自分の吹きたい所を、思いっきり」

晴香「……じゃぁ、駄目だった時はお芋、買ってあげる」

香織「夏だよ?」

晴香「だから、わたしが探し回らなくてもすむ様にして」

香織「(フッと笑って)変な励ましかた……」

 

急に雨が降り出し、2人が慌てる。

 

晴香「わっ、降ってきた」

香織「さすが部長」

晴香「わたし?」

 

〇廊下

 

2人が雨をさけて、廊下に入ってくる。

 

香織「みんな言ってるよ?部長の雨女っぷり、半端ないって」

晴香「言いがかりだよ」

 

香織と晴香、廊下の曲がり角で麗奈と鉢合わせ。

 

香織「……ぁ、高坂さん」

麗奈「おはようございます」

香織「……」

晴香「練習?」

麗奈「はい」

晴香「頑張ってね」

麗奈「ありがとうございます」

 

立ち去る麗奈。トランペットを持つ香織の手に、力がこめられる。

 

CM(ホルンパート)

 

〇久美子のマンション

 

外観~久美子の部屋。久美子が6時に目覚まし時計のアラームを止める。リビングで明子と話す。

 

明子「ずいぶん早いのね」

久美子「今日オーディションだから、ちょっと早めに行く」

明子「そう」

久美子「行ってきます」

明子「朝ご飯は?」

久美子「ん(と、手に持った食パンを見せる)」

 

宇治駅ホーム

 

入ってくる電車を待つ久美子。ホームを見るが、秀一の姿は見当たらない。

 

〇北宇治高校・正門

 

早朝の人気のない朝の情景。

 

〇廊下

 

かけてくる久美子。走る久美子の耳に、さまざまな楽器の自主練習の音が聞こえている。

 

〇楽器室

 

ケースからユーフォを取り出す久美子に葉月が声をかける。

 

葉月「おはよっ」

久美子「あ、おはよう」

葉月「久美子も朝練?」

久美子「うん、ちょっとでもやっときたいしね」

葉月「だよね、わたしも」

緑輝「あ……」

葉月「あ……」

久美子「あ……」

緑輝「お早うございます!(と、敬礼)」

葉月「おはよっ!(敬礼)」

久美子「おはよう」

 

〇グラウンド

 

練習する野球部員たち。

 

〇校舎裏

 

個人練習する久美子、どこかからユーフォの音が聞こえてくる。

 

久美子「……ぁ、……いい音。あすか先輩?」

 

久美子が音の方に駆け寄り、覗き見る。と、そこにいるのは夏紀。

 

久美子「あ、夏紀先輩だ」

 

真剣な表情で練習する夏紀(運指を確認して、ペットボトルの水を飲む)。それを見つめる久美子。

 

〇(回想)教室(低音パート)

 

練習をさぼる夏紀の背中。

 

卓也「(OFF)中川は全然できない……」

久美子「そうですか」

 

夏紀が久美子の経歴を聞いて。

 

夏紀「じゃあ今年で7年か……。そりゃ差も付くか」

 

〇(回想)音楽室

 

久美子、ユーフォを背負う夏紀に気付いて。

 

久美子「持って帰るんですか?」

夏紀「うん、たまにはね」

 

〇校舎裏

 

走って戻る久美子、自分のユーフォを見つめる。

 

久美子「(ナレ)みんな吹きたいんだ。コンクールに出たいんだ。そんな当たり前のことを、わたしはやっと理解した……」

 

〇楽器室

 

久美子がユーフォをケースにしまう。

 

久美子「(ナレ)同時に、先輩たちと競い合わなければいけない事を怖いと思った」

 

〇(回想)中学時代

 

窓際で久美子をにらむ先輩。

 

〇楽器室

 

久美子が立ち尽くしていると、麗奈がやってくる。

 

麗奈「おはよ」

久美子「……麗奈」

麗奈「どうしたの?」

久美子「麗奈、わたし……」

 

様子のおかしい久美子に気付く麗奈。楽器を置いて、久美子の頬を両手で挟む。

 

久美子「む、……ん?」

麗奈「わたしも頑張る。だから頑張って」

久美子「麗奈……」

麗奈「わたしも頑張るから、頑張って。約束」

 

久美子も麗奈の頬を両手で挟み返す。

 

麗奈「っ……」

久美子「うん、頑張る」

 

〇1-3教室

 

授業の情景。久美子の指が運指をなぞっている。

 

〇校舎外観

 

校舎越しの青空。滝の声が聞こえてくる。

 

滝「(OFF)ではこれより、オーディションを始めます……」

 

〇廊下

 

音楽室前に並べられた椅子。

 

滝「(OFF)わたしたちが参加するA編成でのコンクールは……」

 

〇音楽室

 

滝が生徒たちの前で説明をしている。生徒たちが真剣な表情でそれを聞いている。

 

滝「1チームにつき、最大55名までしか参加することができません。つまり、ここにいる何名かは必ず落選してしまうことになります。みなさん、緊張していますか?」

女子「してまぁす……」

部員たち「(笑い声)」

滝「ですよね。ですが、ここにいる全員、コンクールに出場するのに恥じない努力をしてきたと、わたしは思っています。胸を張って、みなさんの今までの努力の成果を見せてください。では始めます」

部員たち「よろしくお願いします!」

 

〇教室(低音パート)

 

オーディションの順番を待つ低音パートの部員たち。葉月が緊張している。

 

葉月「あああぁ、やばいよ、やばいよ、やばいよ……」

久美子「葉月ちゃん……」

葉月「ああ、もういいっ!何でもいいから、早く終わって」

梨子「本当、待ち時間って心臓に悪いね」

卓也「だな」

葉月「うぅ」

 

葉月がふらつく。久美子が支えようとして、ユーフォを机にぶつけてしまう。

 

久美子「あぶないっ、痛っ」

葉月「あ、ごめん」

緑輝「(楽器を見て)大丈夫ですか?」

久美子「あ、うん。大丈夫」

緑輝「久美子ちゃんが痛いと感じるのは、久美子ちゃんの魂がジャックに届いている証拠ですよね」

久美子「うん……、この子?」

緑輝「はい。ジャックです(と指を立てる)」

久美子「(指の絆創膏を見て)緑ちゃん、その指……」

緑輝「あぁ、コンバスって練習しすぎちゃうと、良くあるんですよ」

葉月「痛そう……」

緑輝「このくらい全然平気です。中学の頃は演奏中に切れちゃって、譜面血まみれとかありましたから」

葉月「血まみれ……、嫌にならない?」

緑輝「いいえ。緑、コンバス大好きですから!」

葉月「はー、さすがの緑だね」

緑輝「命、かけてますんで」

 

オーディションを終えたトロンボーンパートの1年生が低音パートを呼びにくる。

 

福井「お待たせしました。次、低音だそうです。ユーフォからです」

久美子「はい」

あすか「よしっ。さ、行こうか」

久美子「はいっ……」

 

〇校舎外観

 

あすかのユーフォの音が聞こえている。

 

久美子「(ナレ)あすか先輩のオーディションは……」

 

〇音楽室前

 

久美子と夏紀が椅子に座り順番を待っている。あすかがオーディションを終えて出てくる。

 

久美子「(ナレ)思ったよりもあっさりと終わった……」

 

あすか「お先ぃ」

夏紀「(音楽室に入り)よろしくお願いします」

 

久美子「(ナレ)反して、夏紀先輩のオーディションは思ったよりもじっくりと行われた……」

 

〇校舎外観

 

夏紀の、少したどたどしいユーフォの音が聞こえてくる。

 

〇音楽室

 

久美子が滝と美知恵の前に座り、オーディションが始まる。

 

久美子「(ナレ)そして、わたしの番が来た」

 

滝「黄前さんは経験者だとお聞きしています。何年くらい演奏されているのですか?」

久美子「小4からなので、今年で7年目です」

滝「ずっとユーフォで?」

久美子「はい」

滝「それは……、なかなかすごいですね」

久美子「(しまった、ハードル上がったかも)」

滝「チューニングは大丈夫ですか?」

久美子「あ、はい。(音を確認する)」

滝「椅子の向きはそのままで?」

久美子「大丈夫です」

滝「では、始めましょうか。ユーフォは……、23小節目からですね」

久美子「はい……」

 

久美子が息を吸い込み、ユーフォを吹き始める。滝の指がテンポを刻む。

 

滝「はい、結構です。では次に……そうですね、61小節目から70小節目まで吹いていただけますか」

久美子「あ、はい(どうしよう、あんまり練習していないところだ……)」

滝「大丈夫ですか?」

久美子「はい……」

 

久美子、今朝の麗奈とのやりとりを思い出す。

 

〇(回想)楽器室

 

麗奈が久美子を勇気づける。

 

〇音楽室

 

久美子、気を取り直してオーディションを続ける。

 

久美子「行きます」

滝「……」

 

久美子「(ナレ)自分の番が長かったのか短かかったのかは、よく分からなかった……」

 

〇音楽室

 

部員たちがオーディションを受ける情景(葉月、麗奈、香織、緑)。

 

久美子「(ナレ)緊張からの高揚感で破裂しそうな心臓を抱えたまま、わたしは音楽室を後にした」

 

〇音楽室(夕景)

 

無人の音楽室の情景。

 

〇北宇治高校・外観

 

グラウンド越しの校舎

 

久美子「(ナレ)それから数日が過ぎ……」

 

〇音楽室(外)

 

音楽室のプレートが映る。

 

久美子「(ナレ)結果発表の時が来た……」

 

音楽室(室内)

 

並ぶ部員たちの前に、美知恵が入ってくる。

 

久美子「(ナレ)オーディションの緊張がまた甦り、音楽室の空気はピンと張りつめた」

 

美知恵「それでは合格者を読み上げる。呼ばれたものは返事をする様に」

部員たち「はいっ」

美知恵「まずパーカッション。田邊名来」

田邊「はいっ」

美知恵「加山沙希」

加山「はいっ」

(時間経過)

美知恵「高久ちえり」

高久「はいっ」

美知恵「クラリネットは以上の12名」

(時間経過)

美知恵「瀧川ちかお」

瀧川「はいっ」

美知恵「サックスは以上の7名」

森田「(泣き崩れる)」

(時間経過)

美知恵「続いてユーフォニアム田中あすか

あすか「はいっ」

美知恵「黄前久美子

久美子「はいっ」

美知恵「以上2名」

久美子「ハッ……」

 

久美子が夏紀を見やるが、夏紀は硬い表情のまま。

 

美知恵「続いてチューバ、後藤卓也」

卓也「はいっ」

美知恵「長瀬梨子」

梨子「はいっ」

美知恵「以上2名。続いてコンバス川島緑輝

緑輝「はいっ」

 

〇(回想)音楽室

 

久美子がユーフォを背負う夏紀に気付き、尋ねる。

 

久美子「持って帰るんですか?」

夏紀「うん。たまにはね」

 

〇(回想)中学時代

 

久美子を詰める先輩。

 

上級生「馬鹿にしてんの?」

 

〇音楽室

 

オーディションの結果発表が続いている。

 

美知恵「塚本秀一

秀一「はいっ」

 

久美子、秀一の名前が聞こえて、ハッとする。秀一が小さくガッツポーズ。秀一を見やる葉月。

 

美知恵「トロンボーン、以上5名」

葉月「(ここでやっと気付いて)わたし、落ちちゃった……」

美知恵「では、最後にトランペット、……中世古香織

香織「はいっ」

美知恵「笠野沙菜」

笠野「はいっ」

美知恵「滝野純一」

滝野「はいっ」

美知恵「吉川優子」

優子「はいっ」

美知恵「高坂麗奈

麗奈「はいっ」

美知恵「以上5名。ソロパートは高坂麗奈に担当してもらう」

優子「ぇっ……」

部員たち「(ざわざわ)」

香織「……」

優子「っ……」

 

久美子「(ナレ)そして……」

 

麗奈「はいっ」

 

久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED