響け!ユーフォニアム 第七回 「なきむしサクソフォン」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第七回 「なきむしサクソフォン

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 武本康弘

 

(プロローグ)

 

滝「今年はオーディションを行うことにしたいと思います」

卓也「課題曲、自由曲の譜面とCDもらってきた」

葵「オーディション、頑張りなよ!!」

久美子「えっ!?」

 

OP

 

〇北宇治高校、外観~校内情景

 

音楽室から基礎練習の音が聞こえている。

 

〇音楽室

 

晴香が基礎練習の指揮を執っている。

 

晴香「少し音が安定していないので、各自気を付けて」

部員たち「はいっ」

晴香「自分の耳で、自分の音と周りの音、ちゃんと確認しながら外さないように」

部員たち「はいっ」

晴香「じゃ、5分休憩。トイレ行く人は急いで」

 

休憩中の部員たち。トイレへ行ったり、チューニングしたり、おしゃべりしたり。

 

岡「ヒロネがずっとこっち向いてる……」

喜多村「噓っ、チューニングずれてるのかな?」

井上「ペンある?」

釜屋「はい」

井上「ありがとう」

 

久美子「(ナレ)試験も終わり、コンクールに向けての練習がいよいよ本格的になってきた。後日行われるオーディションに備え、各自コンクールで演奏する曲をひたすら練習する」

 

平尾「あ、葵先輩、塾ですか?」

葵「うん、ごめんね。(晴香に向かって)じゃあ、あとよろしく」

晴香「ぁあ……、うん」

 

久美子、出ていく葵と残された晴香を見やる。晴香の表情が曇る。

 

タイトル 第八回 「なきむしサクソフォン

 

〇校舎外観

 

『三日月の舞』の演奏が聞こえてくる。

 

〇音楽室

 

滝が手をたたいて演奏を止める。

 

滝「田邊くん。出だしのロール、フォルテピアノですが、アクセントをもっと大げさにください」

田邊「はいっ!」

滝「良い返事ですけど、ズボンのファスナーが開いてます」

田邊「えぇ!?」

部員たち「ははは」

滝「では、頭からもう一度」

 

〇廊下

 

練習が終わり、挨拶を終えた野口、田浦ら部員たちがでてくる。

 

部員たち「(OFF)ありがとうございました」

 

〇音楽室

 

部屋から出ようとする香織に、優子が駆け寄る。

 

優子「先ぱぁい♡」

香織「ぁ」

優子「今日は一緒に帰っていいですか?」

香織「うん、いいよ」

優子「やったぁ」

 

優子がソロパートの練習をしている麗奈に気づき、眉をひそめる。

 

優子「ん……」

香織「どうしたの?」

優子「高坂さんですよ。これ、ソロパートのところじゃないですか。香織先輩がいるのに……」

香織「1年がソロの練習しちゃいけないって決まりはないでしょ?……前にも言ったけど、無視とか嫌がらせとかしてないよね?」

優子「……してませんよ。(麗奈に)高坂さん」

麗奈「はい」

優子「練習、終わりよ。片付けて」

麗奈「分かりました」

香織「ほら、素直じゃない」

優子「ん……」

 

香織、沈んだ表情で出て行く晴香に気づく。

 

優子「どうしたんですか?香織先輩」

香織「ごめん、やっぱり先に帰ってて」

優子「ぇえ~っ」

 

〇廊下~音楽室

 

片づけの情景、久美子が最後の机を音楽室に運び込む。

 

久美子「よっと」

緑輝「これで終わりですね」

久美子「うん」

葉月「あれ、雨降りそう」

緑輝「緑は雨も好きですよ」

夏紀「ねぇ」

久美子「あ、はい」

夏紀「そこの椅子、どこかに戻しておいてくれる?」

久美子「あ、ホントだ。倉庫ですかね?(と、夏紀がケースを背負っているのに気付き)あ……、持って帰るんですか?」

夏紀「うん。たまにはね」

久美子「ぁぁ……(と、頬が上気する)」

優子「そこ、邪魔なんですけど?」

夏紀「よけてけばいいでしょ?」

優子「むっ、ごめんあそばせ!(わざとぶつかって出ていく)」

夏紀「うぁ、おい、なにすんの!?(無視する優子に)ふんっ……」

梨子「前からああなの。犬猿の仲なんだよねぇ」

久美子「はぁ……」

 

〇倉庫

 

久美子が椅子を持って倉庫に近づくと、中から香織と晴香の声が聞こえてくる。

 

香織「葵、言ってたもんね」

久美子「葵?」

晴香「うん。あと少し、コンクールまでは頑張らないっ?て言って、とりあえず保留になってはいるんだけど」

香織「頑固な所あるからね、葵。あすかには言ったの?」

晴香「うん……。受験なんだし、辞めたい人ムリに続けさせても良くないんじゃない、って」

久美子「(ハッとする)」

香織「あすからしいね」

久美子「辞める?葵ちゃんが?」

 

宇治神社

 

手水所の屋根の下、雨宿りをする久美子。秀一がやってきて並ぶ。

 

秀一「おい」

久美子「ん、あぁ秀一か」

秀一「ここらへんでお金がかからず雨宿りできそうな所って言ったら、ここくらいだもんな。……さっきさ、聞いたんだろ?葵先輩の話」

久美子「えっ?」

秀一「黙っていた訳じゃないぞ。俺も一昨日、トロンボーンの先輩から聞いたのが初めてだし」

久美子「そっか……。何で今なんだろうね?コンクール終われば、3年生部活終わりなのに……。どう思う?」

秀一「あー……」

久美子「なんか知ってるの?」

秀一「あぁ、いや、あくまで先輩の推測なんだけど、去年のことがあるんじゃないかって」

久美子「去年って、今の2年生がたくさん辞めたって話?」

秀一「うん……」

 

〇北宇治予備校

 

外観~講義を受けている葵。

 

久美子「(OFF)でも、あれって葵ちゃんの上の代と下の代が衝突したって話でしょ?」

秀一「(OFF)そりゃ直接は関係ないけどさ。でも、あいだに挟まれていた訳だから、色々あったんじゃないのか?」

 

宇治神社・手水所

 

久美子と秀一の話が続く。

 

秀一「だからどの先輩も、あんまり話したがらないんだよ。去年のこと」

 

久美子「(ナレ)まるで、夏を飛び越えて秋になってしまったかの様な……」

 

〇夜のコンビニ前

 

傘をさして歩く葵。店頭に貼られた吹奏楽コンクールのポスターをちらりと見て、立ち去る。

 

久美子「(ナレ)少し冷たい空気を感じながら。それでもわたしは、葵ちゃんが辞めるはずないと、どこかで楽観していたのだ。だけど……」

 

〇校舎外観

 

雨が降り続くなか、練習の音が聞こえる。



〇音楽室

 

合奏練習をする部員たち。

 

久美子「(ナレ)その瞬間は翌日、唐突に訪れた」

 

滝「(譜面台を叩き)今のところ、サックスだけでもう一度。オーボエソロ前まで」

部員たち「はい」

滝「1、2、3……」

 

サックスパートの演奏。滝がそれを中断させて言う。

 

滝「粒が荒いです。もっとなめらかに音を繋げられませんか?そして穏やかにオーボエを迎え入れてください」

部員たち「はい」

滝「テナーサックス、出だしがブレてます。1人ずつ、斎藤さん……」

葵「はい……」

滝「3……」

 

葵が演奏するが、微妙な空気。

 

滝「もう一度……。(葵が演奏しないので)どうしました?」

晴香「葵……」

滝「分かりました。斎藤葵さん」

葵「はい」

滝「今の所いつまでに出来るようになりますか?」

葵「……」

滝「残念ながらコンクールは待ってはくれません。いつまでにと目標を決めて、課題をクリアてゆく。そうやってレベルを高めて行かないと、良い演奏はできません。分かりますか?」

葵「はい」

滝「ここは美しいハーモニーで旋律を支えなければいけません。今、テナーサックスのあなただけが音を濁しています。受験勉強が忙しいのは分かります。が、同時にあなたはコンクールを控えた吹奏楽部員でもあるのです。もう一度聞きます。いつまでに出来るようになりますか?」

葵「先生」

滝「なんですか?」

葵「(顔をあげて)わたし、部活辞めます」

部員たち「えぇっ(ざわめき)」

晴香「はっ……」

滝「……理由はありますか?」

葵「今のまま部活を続けたら、志望校には行けないと思うからです。前から悩んでいたんですが、これからもっと練習が長くなることを考えると、続けるのは無理です」

滝「そうですか。分かりました。後で職員室に来てください」

葵「はい(立ち上がり、退室する)」

森田「斎藤先輩、辞めないでください……」

岡本「葵、待ちなよ」

部員たち「(ざわめき)」

久美子「ぁ……」

岡「晴香ぁ」

 

久美子が立ち上がり、葵を追って音楽室から出てゆく。

 

葉月「久美子……」

滝「……(ため息をつく)」

 

〇廊下

 

葵を追いかける久美子を、晴香が追い抜く。

 

久美子「葵ちゃん……」

晴香「葵!」

久美子「あっ……」

晴香「本当に辞めるの?」

葵「前に話したでしょ?高校は受験失敗したから、大学は志望校に絶対受かりたいの」

晴香「練習きついんだったら、別にコンクール出なくてもいいから……」

葵「最初はそのつもりだった。でも今は……、今の部は去年までとは違うでしょう?」

晴香「……」

葵「サンフェスの時に思った。滝先生だけじゃなく、みんな本気だって。コンクール、金賞取るつもりで頑張ってるって。わたし、そこまで出来ない。わたし、のうのうと全国目指すなんて出来ない。去年、あの子たち辞めるの止められなかったのに、そんなこと出来ない」

晴香「……っ」

葵「ちょうど良かったんだよ。どっちにしろ受験勉強しなきゃいけないのは本当なんだし、これでスッキリする(と、背を向ける)」

久美子「葵ちゃん」

葵「(振り返り)オーディション、頑張りなよ。じゃぁね」

 

葵が立ち去り、久美子と晴香が残される。

 

晴香「やっぱり……。わたしが部長なんて無理だったんだ。あすかが部長だったら……、そしたらこんな事にはならなかったのに」

久美子「そんな事……」

晴香「いいよ、最初から分かってたから。みんなそう思ってる。あすかじゃなくて、どうしてわたしが部長なんだって」

久美子「思ってないですよ、そんな事。小笠原先輩だってすごい所、いっぱいあるじゃないですか」

晴香「じゃあそれを言ってみてよ!」

久美子「え、えぇと、気配りできるし、優しいし……」

晴香「他には?」

久美子「ぁ、その、後輩にちゃんと挨拶してくれるし、たまに差し入れも入れてくれて優しいし」

晴香「優しいしか無いじゃない !優しいなんて、他にほめる所が無いひとに言うセリフでしょ?わたし分かってるんだから!」

久美子「……すいません」

晴香「……(息を吞む)」

あすか「謝らなくていいよ」

久美子「ぁ……」

あすか「なに後輩にグチグチ絡んでるのよ。あんたはヘビか?」

晴香「絡んでない!何で来たの?」

あすか「あんまり遅くて、みんな心配してるから。黄前ちゃんは先に音楽室に戻ってて」

久美子「はい……」

あすか「ほら、涙ふいて(とハンカチを差し出す)」

晴香「(ハンカチを奪い)自分でできる!」

あすか「だめだよぉその情緒不安定な所、直さないと。前にも香織に言われたでしょ?部長は堂々として怖がられ……」

晴香「だったら、あすかが部長をやればいいでしょ!」

あすか&久美子「はっ」

晴香「あすかが断ったから、わたしがやらなきゃいけない事になったんだよ?あすか……」

あすか「だったら、(ふっと笑い)だったら晴香も断れば良かったんだよ」

晴香「っ……」

久美子「ぁ……」

あすか「違う?」

晴香「……(言葉が出ず、うつむく)」

 

CM(トランペットパート)

 

〇校舎外観

 

雨が降り続いている。

 

〇校舎内

 

校舎内で練習をしている部員たち(香織、加瀬と高久、みぞれ)の姿。

 

〇職員室

 

人気のない職員室で、葵の退部届に目を落とす滝。

 

〇廊下

 

硬い表情で歩いてくる葵。

 

〇晴香の家(外観~晴香の部屋)

 

雨の情景~ベッドの上で外を見ている晴香。

 

〇校舎外観

 

雨が降り続いている。

 

〇音楽室

 

休みの晴香に代わり、あすかがチューニングの指示をしている。

 

あすか「はいっ(と止め)。ユーフォ、いま吹いてた?」

夏紀「はい」

久美子「ぁ……、すみません」

あすか「何で?チューニングは必要ないの?」

久美子「いえ……」

あすか「じゃあ、ちゃんと吹いて」

久美子「はい……」

 

〇校舎外観

 

降り続く雨。『三日月の舞』合奏が聞こえている。

 

〇音楽室

 

滝が手をたたき、合奏を中断させる。

 

滝「204小節目から、低音パートだけでもう一度」

部員たち「はいっ」

滝「3。……(演奏を聞いて)黄前さん」

久美子「ぅぇ」

滝「何かもたついていませんか?さっきからずっと音を取りこぼしています。ちゃんと集中してください」

久美子「はい……」

 

〇廊下

 

練習が終わる様子。

 

滝「(OFF)では、今日はこれまでにします」

部員たち「(OFF)ありがとうございました」

 

〇教室(低音パート)

 

合奏練習が終わり、ぐったりの久美子。葉月たちが慰めている。

 

久美子「あぁ、疲れた……」

葉月「大丈夫?あんなに怒られてる久美子、初めて見た」

久美子「厄日だね。はは……」

緑輝「音楽は一度奏でられると消え、2度と取り戻せないといいますよ。常にそのつもりで演奏しないと」

久美子「うん……」

夏紀「あんまり気にしてもしょうがないって」

梨子「葵先輩の事でしょ?」

夏紀「受験だったんだし、仕方ないよ」

久美子「はぁ……」

緑輝「やっぱり気になってたんですか?」

葉月「幼馴染だもんね」

久美子「……あの、夏紀先輩」

夏紀「ん?」

 

〇楽器室

 

緑のコンバスを運んできた久美子と夏紀、楽器室にそれを置く。

 

久美子&夏紀「しょっ、しょっと……よっと」

緑輝「ありがとうございます」

夏紀「去年の事かぁ。色々あったからねぇ」

葉月「先輩はどうして部に残ったんですか?」

夏紀「んー、まぁやる気が無かったからかな。でも、その時はそれが良いと思ってたんだよ」

葉月「思ってたんですか?」

夏紀「ほら、吹奏楽ってサッカーみたいに点数で勝ち負けがはっきり決まらないじゃん?コンクールもあくまで決めるのは審査員だし……」

久美子「はぁ」

夏紀「そんなはっきりしない評価に振り回されるのって、本来の音楽の楽しさとは違うんじゃないかって、やる気の無かった先輩たちは言っててさ。わたしもそう思っていた訳。でも、それって結局キツイ練習したくないための言い訳だったんだよね」

久美子「そうなんですか?」

 

〇(回想)教室内(去年の低音パート)

 

雑談している上級生たちの前に座る夏紀と梨子。そこにフルートを持った部員ら1年生がやって来る。

 

夏紀「(OFF)うん。だってうちらの同級生が真面目にやろうって言ってきた時、その人たち無視したんだよ。まるでその子たちがいないかのようにふるまって……」

 

〇楽器室

 

夏紀の話が続く。

 

夏紀「いなくなるまで、ずっと続けて」

緑輝「ひどい。ひどすぎます」

夏紀「でも、それに意見できる人はいなかった訳よ。相手は先輩だったし、怖かったしさ」

 

〇通学路

 

1人下校する香織。

 

夏紀「(OFF)それでも香織先輩や葵先輩は頑張ってた。無視には加担しないで、互いの話を聞いて、間を取り持とうとして……」

 

〇晴香の部屋

 

ベッドの上で外を見ている晴香。

 

緑輝「(OFF)でも、辞めてしまったんですね」

 

〇予備校

 

講義を受けている葵。シャーペンのサックス君を見つめる。

 

夏紀「(OFF)うん。晴香先輩も、葵先輩も、香織先輩も、多分思ってるよ。あの子たちが辞めるの止められていたら今頃って」

 

〇楽器室

 

4人の会話が続く。

 

夏紀「思ってないのは、あすか先輩くらいじゃない?」

久美子「あすか先輩が?」

夏紀「あの人は去年、どっちにも加担しなかった。どこまでも中立。今とまったく変わらず」

久美子「はぁ……」

夏紀「ま、そのくらい去年と今年の空気は違うってこと。あれだけやる気が無かったわたしが、ちょっとやる気になってる位だからね」

久美子「無視……か」

 

〇教室(トランペットパート)

 

優子が入って来るが、香織の姿が見えない。

 

優子「あれっ、香織先輩は?」

笠野「帰ったよ」

優子「えーっ、またぁ?」

 

〇晴香の家(玄関)

 

チャイムが鳴り、ドアを開ける晴香。傘を差した香織が紙袋を差し出す。

 

晴香「はい?……あ、香織?」

香織「おいも」

 

ハンバーガーショップ

 

寄り道する3人。久美子は本降りの窓の外を見ている。

 

緑輝「よいしょっ、と。(ポテトの載ったトレーを置く)」

葉月「帰ったらご飯じゃないの?」

緑輝「ご飯は別腹ですから。良かったらポテトどうぞぉ」

葉月「でも、去年入学じゃなくてよかったなぁ。あんなんだったら、辞めてたかも」

緑輝「緑は続けてたかもしれませんね。音楽、好きなので」

 

〇(回想)楽器室(中学時代)

 

先輩に詰められる久美子。

 

先輩「わたし、あなたのこと認めないから……」

久美子「えっ……」

 

ハンバーガーショップ

 

会話が続く。窓の外を見ている久美子に緑輝

 

緑輝「久美子ちゃん?」

久美子「えっ、ぁごめん」

 

〇晴香の部屋

 

焼き芋を食べながら話す晴香と香織。

 

香織「はむっ……、うん」

晴香「なんでこの時期に芋なの?」

香織「食べたかったの芋。牛乳で。合うでしょ?」

晴香「一応、吹奏楽部のマドンナなんだよ」

香織「マドンナだって、芋が好きなの」

晴香「(フッと笑う)」

香織「はむっ、んー……」

晴香「練習はあすかが?」

香織「副部長だからね。滞りなく完璧に」

晴香「だよね」

香織「でもね……」

晴香「ん?」

香織「でもね、わたしそれを見て思った。あすかは部長を断ったんじゃなくて、引き受けられなかったんだなぁって」

晴香「……そうかな?」

香織「多分、あの状態の部を引き受けるのは、相当な勇気が必要で……。あすかは頭が良いから、そういうの全部計算しちゃって、引き受けられなかったんじゃないかなぁ」

晴香「……それって、わたしが馬鹿ってこと?」

香織「おぉ、そうか」

晴香「そうかぁ?」

香織「うふふ、違うよ。それだけ勇気があったってこと。そしてそのことを、少なくとも上級生はみんな分かってる」

晴香「……ぅう」

香織「あの時、晴香が部長を引き受けてくれたから、今の部があるんだって」

晴香「……それは滝先生のおかげだよ」

香織「そう?わたしは晴香のおかげだと思ってるけど」

晴香「……なにそれ?あすか派のくせに」

香織「ふふ。カッコイイからねぇ。演奏者としてあそこまで切り捨てて演奏に集中出来たらって思っちゃう」

晴香「浮気者ぉ」

香織「ふふっ」

晴香「でも、何か分かるよ。なんだかんだ言って、私もいつも気にしてるもん、あすかのこと(と香織の牛乳を飲む)」

 

京阪電車外観~車内

 

下校途中の久美子と葉月が、お腹をさすりながら話している。

 

葉月「うう、つられてポテト食べ過ぎたぁ」

久美子「Lサイズ同じ値段って、罠だよね」

アナウンス「黄檗黄檗です。電車とホームの間が開いています。お降りのお客様はお足もとにご注意ください」

久美子「あ……」

葉月「あ……。さて、じゃあ降りますか」

久美子「うん」

葉月「久美子」

久美子「ん?」

葉月「あんまり力になれないかもだけど、話したいことあったらいつでも話してよ。聞くからさっ(と笑う)」

久美子「(笑顔になって)……ありがと」

葉月「どういたしまして。じゃね」

久美子「うん、また明日」

 

黄檗駅ホーム

 

電車から降りる葉月が、秀一とぶつかる。

 

葉月「うわっ」

秀一「おっと、悪い。(電車に乗り込み、久美子に)よっ」

 

ドアが閉まり、走り出す電車。葉月が頬を染めて、秀一を見送る。

 

京阪電車・車内

 

並んで座る久美子と秀一。

 

秀一「やっぱり部長、昨日のことが有ったから休んでるみたいだって」

久美子「あすか先輩は何も言ってなかったけど?」

秀一「もし部長が辞めたら、田中先輩が部長になるのかなぁ?」

久美子「む……、辞めないよ。変なこと言わないでよ」

秀一「仮にだよ。……俺さ」

久美子「ん?」

秀一「実は田中先輩、苦手でさ」

久美子「あすか先輩が?良い先輩じゃない?」

秀一「あー、まぁそうなんだけど。完璧すぎるっていうか、どこまで演技で、どこから本気なのか全然分からないっていうか。いや、久美子にこんなこと言ったら怒られるかも知れないけど」

久美子「うぅん、分かる気がする」

 

〇あすかの家

 

自室で譜面を見つめるあすか。

 

久美子「(OFF)あすか先輩って、見てる所が全然違うっていうか……」

 

京阪電車・車内

 

久美子と秀一、ふと横に座っている麗奈に気付く。

 

秀一「うわぁ」

久美子「うわっ、……いつの間に」

秀一「何か用か?」

麗奈「別に……」

久美子「ぁぁ……」

秀一「ぁぁ……」



〇校舎外観

 

すっかり晴れわたった空~校舎外観。

 

〇音楽室

 

部員たちの前で話す晴香。

 

晴香「昨日は休んでしまって、すみませんでした。体調も戻ったので、今日からまた頑張ります」

部員たち「(拍手)」

晴香「拍手する所じゃないって……」

あすか「これからは皆勤賞で頼むよ。わたしは楽器とたわむれる為にここにいるんだから」

晴香「わかってるよ。じゃぁ、チューニングB♭」

 

鳥塚のクラリネットに合わせてチューニングする部員たち。晴香、葵が座っていたはずの空席を見やる。

 

〇(回想)夜の街角

 

雨上がりの街角。立ち尽くす晴香に、葵が手を振る。

 

晴香「(OFF)本当に辞めるの?」

葵「(OFF)今から戻る訳にはいかないよ」

 

〇(回想)ファミレス・店内

 

晴香と葵が話している。

 

葵「辞めて分かったの。こうするしかなかったんだなぁ、って」

晴香「葵……」

葵「やっぱりわたし、そこまで吹部好きじゃなかったんだよ」

晴香「ぅ(うつむく)……」

葵「晴香はどう?」

晴香「えっ?う、うん、私は……」

 

〇(回想)夜の街角

 

立ち去る葵の背中を見つめる晴香。

 

晴香「わたしは……、多分……」

 

〇音楽室

 

チューニングを終える部員たち。

 

晴香「はい。じゃぁ次……」

 

〇校舎外観

 

基礎練習の音が聞こえてくる。

 

久美子「(ナレ)葵ちゃんのいない吹奏楽部は、新たなスタートを切った。そして……」

 

〇1-3教室

 

昼休み。お昼を食べようとする久美子たち。久美子のお弁当箱の中には玉子焼き、タマゴサラダ、煮卵、たまのりふりかけ。

 

久美子「おぉ!やったぁ卵尽くし」

緑輝「(鼻歌)ふんふんふん……ん?(と、葉月の様子に気付く)」

葉月「ねえ、久美子……」

久美子「ん?」

緑輝「(ハッとする)」

葉月「久美子ってさ、トロンボーンの塚本と付き合ってんの?」

久美子「はい?」

 

玉子焼きを落っことす久美子。

 

久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED