響け!ユーフォニアム2 第十一話「はつこいトランペット」
脚本 花田十輝 絵コンテ 藤田春香 演出 小川太一
◯(プロローグ)
久美子「わたしはあすか先輩に本番に立ってほしい!あのホールで先輩と一緒に吹きたい!先輩のユーフォが聴きたいんです!!」
夏紀「わたし、あすか先輩のこと待ってたんですから」
◯OP
◯音楽室
椅子に置かれたあすかのユーフォ。滝とあすかが部員たちの前で話をする。
滝「みなさんも既に聞いているかと思いますが、無事田中さんがコンクールに出場できることになりました」
あすか「結局、みんなに迷惑をかける形になってしまって、本当にすみませんでした。これから本番まで必死で練習していい演奏をしたいと思います。よろしくお願いします(深々と頭を下げる)」
部員たち「(歓声)わぁっ!」
拍手する部員たち。拍手する新山の横で橋本が冷やかす。
橋本「なんかずいぶん真面目な挨拶だなぁ。性格変わった?」
あすか「そうですねぇ……、ちょっぴり大人になったのかも(久美子を見て笑う)」
久美子「……(目を潤ませて笑いうなずく)」
滝「(OFF)演奏は確実に良くなってきた様に思えますが、慢心はいけません。決して思い上がらず、最後まで向上心を持って練習に励んでください」
久美子が笑顔で麗奈を見やる。麗奈はそれに気づきながらも無視して正面を向く。
久美子「……」
橋本「ラストスパートかけるぞっ!!」
部員たち「はいっ!!」
久美子「(麗奈が気になりつつ)ぁ、はいっ!!……(麗奈を見やる)」
◯タイトル
第十一話「はつこいトランペット」
◯廊下
音楽室前に並ぶ部員たちの上履き。扉が開いて田浦と赤松が出てくる。
◯音楽室
久美子が声もかけずに出て行く麗奈の様子を伺う。緑が声をかける。
久美子「……(麗奈を目で追う)」
緑輝「久美子ちゃん、パート練行きますよ」
久美子「(力なく)うん……」
緑輝「ぁ……」
◯廊下
歩く久美子と緑。
緑輝「麗奈ちゃんが?」
久美子「うん……。はっきりしないんだけど、なんか避けてるっていうか、無視されてるっていうか」
緑輝「喧嘩ですか!」
久美子「なんで嬉しそうなの……」
緑輝「なにか心当たりは?」
久美子「うーん、それがさっぱり分からなくて……。特になにも無かったというか無さすぎたというか」
緑輝「あすか先輩のこととかで、大変でしたもんね」
久美子「(苦笑)うははは……。それで、直接聞いたほうが早いかもって思ったんだけど、帰りはいつの間にか帰っちゃってるし、朝も別々だし……」
緑輝「はっ!もしかして誰かに告白されて悩んでいるとか?」
久美子「ないない、それは絶対」
緑輝「どうして言い切れるんです?はっ!!まさかもう恋人……」
久美子「うぇっ!いや違くて、そういうんじゃなくってえっとぉ、うぅ……」
緑輝「分かりました」
久美子「えっ?」
緑輝「久美子ちゃん、こういうときは作戦会議ですっ」
久美子「……(困惑の表情)」
◯階段
無人の階段に響くユーフォの音。
◯廊下
あすかが1人、個人練習をしている。夏紀がやってきてペットボトルを差し出す。
あすか「はぁ……、やば。こんなに劣化するかぁ……、(差し出されたペットボトルに)おっ?」
夏紀「差し入れ、いいですか?」
あすか「(笑って)ふっ、ありがとう」
夏紀「どうですか?」
あすか「うーん、マズイねぇ。ほんと格好悪いわ」
夏紀「(笑って)うふっ、嬉しいです。先輩の格好悪いところ、ほとんど見たこと無かったから」
あすか「ぁ……、(水を飲んで笑う)夏紀」
夏紀「……(あすかを見やる)」
あすか「よく見ておきなよ。明日からはもうこんな姿、見られないから」
夏紀「はいっ(笑う)」
◯北宇治高校・正門
日の落ちた正門前。久美子、葉月と、緑の3人が麗奈を待ち構えている。
葉月「高坂さん遅いねぇ……てか、こうやって3人で待ってるの、なんか待ち伏せみたいじゃない?」
緑輝「確かに」
久美子から距離を取る葉月と緑。
緑輝「じゃあ、わたしと葉月ちゃんは隠れているので、久美子ちゃんは自然に声かけてください」
久美子「……」
◯正門前(久美子の空想)
下校する麗奈に声をかける久美子。
久美子「や、やあ麗奈、偶然だねぇ」
麗奈「(笑顔で)久美子。一緒に帰ろ?」
並び歩く2人。
久美子「あは、あはははは……」
麗奈「うふふふふ……」
◯北宇治高校・正門前
空想して思案顔の久美子。緑輝が久美子に声をかける。
久美子「うーん」
緑輝「来ました!」
久美子「えっ、あぁ」
歩いて来る麗奈に久美子が声をかける。
久美子「れ、麗奈。い、今帰り?よかったら一緒に帰ろ?」
麗奈「(素っ気なく)悪いけど、ちょっと用事あるから(立ち去る)」
久美子「ぇえええぇ……」
呆然と立ち尽くす久美子に葉月たちが駆け寄る。
葉月「振られたねぇ」
緑輝「久美子ちゃん、追いかけて!」
久美子「いやぁ、でも……」
久美子が歩き去る麗奈の背中を見やる。
久美子たちが信号待ちをしている。
葉月「確かにちょっと変な感じだったね。なんか嫌なことでもあったのかなぁ?」
緑輝「分かりません……。でも、麗奈ちゃんがなんの理由も無しにあんな態度取るなんて思えません」
久美子「そうかなあ?」
緑輝「ぇ?」
葉月「……(久美子を見やる)」
久美子「麗奈って結構面倒くさいところあるからなぁ。些細なコトにこだわると言うか……」
久美子が、ポカンと見ている葉月たちに気づいて慌てて取り繕う。
久美子「ぁ、わたしは悪くないと言ってる訳じゃないよ。ただ……」
話しているうちに歩行者信号が赤に変わる。
葉月「ぅお、渡りそびれた……」
久美子「(ナレ)ちゃんと話したのはいつだっただろう?風邪で休んだ時だったか……」
◯宇治橋
夜の情景。
久美子「(ナレ)一緒に帰った時だったか……」
◯マンション・エントランス
郵便受けから手紙を取り出す久美子。
久美子「ん……ふぅ。(封筒を見て)お母さん宛だ……、(差出人を見て)ぁ……」
前麻美子の文字。
◯台所
洗い物をしている明子。久美子が封筒を手渡す。
久美子「ただいまぁ」
明子「おかえり。ご飯もうすぐよ」
久美子「ん。ねぇ、これ」
明子「ん?」
久美子「お姉ちゃんから」
明子「麻美子?(封筒を開けて)これ……」
久美子「なんだったの?」
明子「(手紙を読んで)銀行の通帳。自分で口座作ったから返すって。なんでわざわざ……」
久美子「……それだけ本気なんだよ」
久美子がテーブルを見やる。3人分の食器が置かれたテーブル。
◯麻美子の部屋
暗い、無人の部屋。
久美子「(OFF)お姉ちゃん」
◯リビング
夕食を食べている明子と久美子。味噌汁をすする久美子のスマホにメッセージが届く。
久美子「……(味噌汁をすする)ん?、(スマホを見て)はっ……」
スマホの画面。麗奈からのメッセージ「話あるんだけど」「これから出てこれる?」の文字。
明子「(OFF)久美子、もう。ご飯の時は携帯やめなさいって、お父さんに言われてるでしょう?」
久美子「(スマホをいじって)うん……」
テーブルに置かれたスマホの画面。久美子の返信「わかった。」の文字。
◯宇治川沿い
宇治十帖モニュメント越しの朝霧橋。
◯宇治神社・参道
鳥居の下に立つ麗奈。久美子がやって来て声をかける。
久美子「ごめん、遅れた……」
麗奈「……(黙って歩き出す)」
久美子「(息が漏れる。)んー……」
麗奈「大吉山、行こ」
久美子「えっ、今から?」
麗奈「……嫌?」
大吉山・登山道
麗奈の懐中電灯が「お別れ植樹」のプレートを照らす。麗奈の後を歩く久美子が不安げな息を漏らす。
久美子「んー……、真っ暗だねぇ」
麗奈「だったら帰る?」
久美子「いや、そうじゃないけど……」
麗奈「……わたし、怒ってるのは分かってるよね?」
久美子「う……、一応」
麗奈「なんで怒ってるのかは分かってる?」
久美子「えっと、まぁ、なんとなくぼんやりあのコトかなぁとか……」
麗奈「あのコトって?」
久美子「それは……」
麗奈「分かんないなら分かんないって言えばいいのに」
久美子「……(ちょっとカチンときて)だって、分かる訳ないよっ。普通に話してただけで、特に何もしてないし、何も言ってないし」
麗奈「だからでしょ……」
久美子「……えっ?」
歩き出す麗奈を目で追う久美子。
久美子「ん……?」
◯大吉山・展望台
宇治市街の夜景。展望台に麗奈と久美子がやって来る。
久美子「着いたぁ……、(風に吹かれて)寒っ……」
展望台の手すりに手を置いた麗奈、大きな声で叫ぶ。
麗奈「っあーーーーーーーーっ!!」
久美子「麗奈……」
宇治橋西詰交差点の遠景。息を整えて、麗奈が久美子に尋ねる。
麗奈「(息を切らす)はぁっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ、はっ…………。久美子、知ってたんでしょ?」
久美子「え?」
麗奈「滝先生の奥さんのこと」
久美子「(ハッとする)なんで……」
麗奈「滝先生に鍵、返しに行ったとき……」
◯職員室(回想)
麗奈が滝の机の上に置かれた写真立てに気づく。滝の横には千尋が座っている。
麗奈「(OFF)確かめずにいられなかった……」
◯階段(回想)
踊り場で橋本と話しをする麗奈。
橋本「滝くんの?」
麗奈「はい」
橋本「あっ、うーん。あっ、もしかして黄前さんに聞いたの?」
麗奈「(ハッとする)……」
◯大吉山・展望台
久美子と麗奈の会話が続く。
久美子「そっか……」
麗奈「……(久美子を振り返り)どうして隠してたの?」
久美子「……傷つけたくなかったから」
麗奈「知ってる。それでもわたしは(うつむく)、教えてほしかった」
久美子「……ごめん」
麗奈「(ハッとして、泣き声で)わたしさ、自分の弱さにビックリした。奥さんがいたって聞いた時、ヤバいくらい動揺して。わたし……、グスッ、なんで気付けなかったんだろう?お母さんにもなんで今までなにも教えてくれなかったのって八つ当たりして……、ホント最悪」
久美子が麗奈の横に歩み寄る。
麗奈「でも、今は全国大会のこと考えないと駄目だって分かってる。だから呼び出したの。ここで話して、それで1度忘れようって」
久美子「うん……」
久美子が麗奈の手をそっと握って静かに言う。
久美子「こんなこと言うとまた性格悪いって言われるかもだけど、……もう奥さん、いないんだよ」
麗奈「(目を潤ませる)ぐっ……」
久美子の手に麗奈が指を絡ませる。
久美子「わたし、応援してるよ……」
◯CM(トランペットを持つ麗奈の背中)
◯音楽室(小学校・回想)
ピアノの前に並んで座る小学生の麗奈と少女(由佳)。由佳が涙を浮かべて麗奈に言う。
由佳「麗奈ちゃんにはわたしの気持ちなんて絶対分かんないもん」
麗奈「(悲しげに)……なんでそんなこと言うの?」
由佳「麗奈ちゃんはがんばれって言うけど、わたしの家、麗奈ちゃんちみたいにピアノ無いし!」
麗奈「(ハッとなる)……」
由佳が走り去り、1人残される麗奈。
◯高坂家・玄関(回想)
玄関に入ってくる麗奈。
麗奈「……ただいま」
ふと見ると、男物の靴が揃えて置いてある。麗奈が座って、その皮靴と自分のスニーカーの大きさの違いに驚く。
麗奈「はぁ……(息が漏れる)」
◯高坂家・廊下(回想)
客間を覗き込む麗奈。トロンボーンを持った滝が麗奈の母親に挨拶をしている。
滝「(OFF)息子の昇です、初めまして。いつも父がお世話になっています」
母親「(OFF)いえいえ、こちらこそ。」
麗奈「(滝の楽器を見てつぶやく)トロンボーン……」
母親「(OFF)待ってらしてね。主人ももうじき戻ると思いますので」
麗奈「(滝の顔を見上げて)めがね……」
客間の滝が麗奈に気付いて笑いかける。麗奈が顔を引っ込めて目を潤ませる。
母親「(OFF)お父様はお元気?」
滝「(OFF)はい、おかげさまで」
麗奈「はぁ……(目が潤み、息が漏れる)」
母親「(OFF)そう。今お茶をいれますね」
滝「(OFF)ぁ、すみません。ありがとうございます」
◯観流橋(回想)
中学の制服姿でトランペットの練習をしていた麗奈のもとに滝がやって来て声をかける。
滝「どこまでも伸び上がっていくような音ですね」
麗奈「いらしてたんですか?」
滝「もっと上手くなりたい。もっと遠くに行きたい。そんな音です」
麗奈「……先輩には周りの音を聴いてないって怒られるんですけど」
滝「確かに、それも大事です。でも高い所を目指す気持ちはとても大切だと思いますよ。もっと上へ、もっと高く……」
滝が麗奈を見やり、楽譜を手渡す。
滝「ところで、この曲知っていますか?」
麗奈「(楽譜を受け取り)……いいえ」
滝「よかったら差し上げますよ」
麗奈「えっ、いいんですか?」
滝「わたしにはもう、必要無いものなので……」
麗奈「……(楽譜を見やる)」
滝「吹いてみてください」
麗奈「(ハッとする)」
滝「あなたにピッタリだと思います」
目を潤ませる麗奈の横顔。
◯音楽室
物思いに耽る麗奈の横顔。滝が手を叩き、ハッとする麗奈。滝の厳しい指摘。
麗奈「(滝の手の音に)ハッ……」
滝「弱い……、弱いです。全然弱い」
麗奈「……すみません(うつむく)」
滝「集中できていませんね。やる気はあるんですか?」
麗奈「(顔を上げて)あります」
滝「では、すぐに立て直してください」
麗奈「はい」
優子が麗奈を見やる。滝の指示の声。
滝「(OFF)Hからもう一度」
◯渡り廊下(屋外)
個人練習をする麗奈。楽器を下ろす麗奈に優子が話しかける。
優子「なんだ、全然音出てるじゃない」
麗奈「優子先輩……」
優子「ここんとこ(麗奈に近づく)、ずっと集中切れてるでしょ?」
麗奈「……(うつむく)」
優子「(麗奈を見やり)香織先輩も心配してたから……」
麗奈「(ハッとする)」
優子「なにかあるなら、話してよ。(照れ隠しにそっぽを向いて)ぁっ、私じゃあ話しにくいかもしれないけど……」
麗奈「(微笑んで)……ありがとうございます。(キリッと)すみません、立て直します」
麗奈が力強くトランペットを吹く。優子が笑みを浮かべて、空に視線を向ける。夕空の情景。
(時間経過)
星空の情景。麗奈のトランペットの音色。
◯倉庫
並ぶメトロノームやマウスピースなどの備品。干してある雑巾。
◯渡り廊下(屋外)
久美子がドアを開けて、練習している麗奈に声をかける。
久美子「麗奈」
麗奈「!」
久美子「もう時間だよ……」
麗奈「……うん」
◯廊下
音楽室の鍵をかけて、久美子が麗奈に言う。
久美子「よしっ、急ご?」
麗奈「うん……」
久美子「……わたし行ってこようか?」
麗奈「えっ?」
久美子「鍵。先生んとこ」
麗奈「……行く」
◯職員室
書類を見ている滝。久美子たちが入ってくる。
久美子「(OFF)失礼しまぁす」
麗奈「(OFF)失礼します」
(時間経過)滝に鍵を渡す久美子の手元。穏やかに話す滝の左手を麗奈が見やる。
滝「ありがとうございます。外は暗いので、気をつけて帰ってください。なるべく一人にはならないように」
久美子「はい。失礼します」
立ち去ろうとする久美子。麗奈が意を決したように口を開く。
麗奈「あの……」
久美子「?(振り返る)」
麗奈「滝先生の奥さんって」
滝「ぁ」
久美子「ぁ……」
麗奈「どんな方だったんですか?」
滝「……(久美子を見やり)黄前さんに聞いたんですか?」
久美子「うぇっ……ぇぇ(目をそらす)」
麗奈「はい(真剣な表情)」
久美子「ぁ……」
滝「(微笑んで)そうですか。黄前さんからどのくらい聞いたかは分かりませんが、妻はもともとこの学校の生徒だったんですよ。吹奏楽部にいたんです。橋本先生も一緒でした。うちの父がここの顧問で」
麗奈「……そういうんじゃなくて」
滝「……ぁ」
麗奈「どんな……人だったんですか?」
滝「ぁ、(フッと笑って)元気な人でした。よく笑って、身体を動かすのが大好きで。身体が丈夫なのが取り柄だと言っていました。ふふっ、将来は吹奏楽部の顧問になって全国を目指すと言っていたんですよ。だから……、余命の宣告を受けたときは頭の中が真っ白でした。それからは本当に……、あっという間で……」
麗奈「…………じゃあ、滝先生が吹奏楽部の顧問になったのは……」
滝「どうなんでしょう?彼女がいなくなったあと、吹奏楽とは距離を置いていたんです。どうにも、楽器に近づく気にならなくて。ですが父から顧問をやるように頼まれてしまって……。(フッと笑って)いつまでもふさぎ込んでいたら、怒られてしまいますからね」
麗奈「……」
天井を仰ぎ見る滝の様子を、麗奈が見つめる。
◯廊下
暗い廊下に消火栓のランプが赤く光る。
久美子「(OFF)馬鹿だと思う……」
◯エントランス前
久美子と麗奈が下足室から出てくる。
久美子「あんなこと聞いちゃったら、麗奈が傷つくだけじゃん」
麗奈「久美子」
久美子「ん?」
麗奈「滝先生、奥さんのこと好きだよね?」
久美子「(ハッとして)……」
麗奈「大好きだよね?」
麗奈が明かりの灯る職員室の窓を見上げる。
麗奈「奥さんのために顧問になって、奥さんのために金獲りたいって、思ってるよね?」
久美子「分からない。でも、そういう気持ちが全く無いとは思わない……。だって結婚するくらいだもん」
麗奈「……」
窓を見上げる麗奈の横顔。ブロンズ像のあおり。
久美子「(ナレ)それから麗奈は一切その話をしなくなった……」
◯音楽室
合奏練習でソロパートを吹く麗奈の横顔。優子が驚きの表情で麗奈を見ている。
久美子「(ナレ)表情を変えることもなく、音がみだれることもなく……」
◯中庭
練習するホルンパートの4人。
◯渡り廊下(屋外)
個人練習をする麗奈。
久美子「(ナレ)むしろそれまでよりも力強い音を……」
◯廊下
個人練習のあすか、麗奈の音を聴いて微かに笑う。
久美子「(ナレ)響かせていた」
◯音楽室
晴香が部員たちに指示を出している。
晴香「各自早め早めの行動を心がけてください。では各係ごとに集まって、当日の行動の確認をしてください」
部員たち「(ざわざわ)」
久美子のもとに麗奈が近付き声をかける。
麗奈「久美子」
久美子「ん?」
麗奈「明日の朝、付き合ってもらっていい?」
久美子「えっ?いいけど……」
麗奈「じゃあ、この前の所で。またメールする」
久美子「うん。……ん?」
◯宇治神社・参道前
鳥居の下、自転車の久美子が麗奈を待つ。麗奈が遅れてやって来る。
麗奈「ごめん」
久美子「ん……」
麗奈「遅れた。……行こっか?」
久美子「……ん」
麗奈「こっち」
自転車で走り出す2人。
天ヶ瀬ダム遠景。
◯墓地公園
止めてある2台の自転車。階段を登って来た久美子が麗奈に尋ねる。
久美子「麗奈……、ここって」
ふと、久美子が1つのお墓に気づく。花立てに供えられたイタリアンホワイト。
久美子「……」
麗奈「新山先生に無理言って教えてもらったの」
麗奈がひざまずいて、お墓を見つめる。
麗奈「滝先生の奥さんのお墓……」
手を合わせる麗奈。それを見ている久美子。
麗奈「(OFF)わたし、前から思っていたの……」
遠景。放流の情景。
麗奈「(OFF)どうしてもっと、早く生まれてこなかったんだろうって……」
◯白虹橋
橋の上の2人。麗奈が久美子に話している。
麗奈「わたしだけ時間が進むのが早ければいいのに……、早く大人になって滝先生に追いつければいいのにって」
久美子「……滝先生の奥さんに、なんて言ったの?」
麗奈「……金賞獲りたい……」
朝日が昇り、麗奈の顔を照らす。
麗奈「滝先生の夢を叶えてあげたい」
久美子「……(微笑んで)獲ろう、絶対」
麗奈「うん」
(時間経過)麗奈がトランペットを吹く。麗奈のカバンの上に置かれた『孤高のトランペット』のスコアブック。
久美子が演奏を聴いて目を閉じる。演奏を終えた麗奈も目を閉じた後、空を見上げる。
ダムの上空に向かって鳥が飛ぶ。
久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」
つづく
◯ED