響け!ユーフォニアム2 第十回「ほうかごオブリガート」シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第十話「ほうかごオブリガート


脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 山村卓也


◯(プロローグ)


あすか「質問タイムです」

久美子「え、えっとぉ、まず、元父親とは!?」

あすか「親が離婚したの」

久美子「わたし、大好きですよ!あの曲……」


OP


京阪電車三室戸駅


駅の情景。ホームに立つ久美子が、あすかの家での出来事を思い返す。


◯あすかの部屋(回想)


あすかの告白。


あすか「それで欲が出た。全国に行けば演奏を聴いてもらえる。だから……」


(時間経過)


あすか「その結果がこれ。まぁ、神さまは見てるってことだよね。うっふふふ」


京阪電車三室戸駅


久美子が右の耳を押さえる。


宇治川・堤防(回想)


水道橋の下で笑うあすか。


あすか「うっふふ。黄前ちゃんはほんとユーフォっぽいね」

久美子「……(あすかを見つめる)」


京阪電車三室戸駅


電車が入ってくる。耳を押さえたままの久美子。


久美子「(ナレ)あすか先輩のユーフォの音が頭にこびりついて離れない。どっか息苦しい感情が溶け込んでるあの音が……、何度も繰り返し頭に響く」


電車に乗り込む久美子の足元。ドアが閉まる。


◯タイトル 第十回「ほうかごオブリガート


◯北宇治高校・外観


エントランス前。登校する学生たち。


◯廊下


緑たち低音パートの面々が久美子を待ち受ける。


緑輝「どうでした!?」

久美子「どうって」

梨子「あすか先輩のことだよぉ」

久美子「あ、はい。元気そうは元気そうでしたけど、部活に戻ってくるかっていうと、あんまり……」

梨子「そっかぁ。あんなに成績いいのに、お母さんなにが不満なんだろ?」

緑輝「そうですよ。先輩はちゃんと勉強と部活両立しているのに、それを邪魔するなんて、緑は嫌です!!」

葉月「ぅぁ、どうどう(なだめる)」

卓也「でも将来的なことを考えたら、このまま部活をやめて勉強に専念するほうが為になるって考え方もあるけどな」

梨子「それはそうだけどぉ」

緑輝「でも、それでも、緑はあすか先輩と一緒に部活やりたいですっ!」

夏紀「だよね(緑の頭を撫でる)」

緑輝「ぁぁ……」

優子「(OFF)香織先輩!!今日の帰り、少し時間ありますか?」


廊下の奥で優子が香織に話しかけている。


香織「どうしたの?」

優子「ちょっと、教えて欲しい所があるんです」

香織「うん、大丈夫だよ」

優子「数学なんですけど……」

夏紀「(2人を見やり)香織先輩だ。ちょっと話してくる」


夏紀が優子たちの元に駆け寄る。


夏紀「香織先輩!」

香織「ぁ、おはよう」

優子「ちょ、邪魔しないでよ!何よ?」

夏紀「香織先輩に話があるの」


◯教室(3-2)


香織と晴香が試験勉強をしながら話している。


香織「とまあ、今朝中川さんに聞いた話なんだけど」

晴香「ま、分かっていたけどね。あすかだもんね」

香織「やっぱり1度つかまえて、3人でちゃんと話すしかないと思う」

晴香「何度も話したでしょ?」

香織「あきらめちゃ駄目だよ。今週終わったら本当に、あすか出られなくなっちゃうんだよ?」

晴香「(手を止めて)さすが、あすか派は違うなぁ……」

香織「もしかして、怒ってるの?」

晴香「……がっかり、かな?」

香織「え?」

晴香「あすかは特別なんかじゃなかった。だから、わたしたちがあすかを助けるんだって。それで駅ビルコンサート、頑張って……」

香織「うん……」


◯教室(3-6)


窓際の席で問題集を見ているあすか。


晴香「(OFF)わたしね、それを見たらあすか、どうにかしてくれるんじゃないかって。自分でなんとかしちゃうんじゃないかって。勝手な言い分だって言うのは分かってる。でも、あすかなら、って……」


◯教室(3-2)


話を続ける晴香。


晴香「わたしどこかで特別でいて欲しいって思ってるのかもね」


◯教室(1-3)


葉月がカバンに頭を乗せてぼやく。


葉月「はぁ……。現代文、範囲広すぎない?」

久美子「まぁねぇ」

緑輝「久美子ちゃん、葉月ちゃん、帰りましょう?」

久美子「ああ、うん」

葉月「そうだ!高坂さん呼びに行こうよ。部活ないんだし」

久美子「だねぇ」


◯教室(1-6)


教室を覗く葉月たち。


葉月「おおう、さすが進学クラス。なんか雰囲気が違う」

久美子「いやいやいや」

緑輝「いませんね。先、帰っちゃったんでしょうか?」

久美子「うーん」


◯コンビニ前


ダベる葉月と緑。久美子はスマホを見ている。SNSのメッセージ「クラス行ったけど いなかったので 先帰ってます」


葉月「古文とか、まったく手つかずだよぉ」

緑輝「一夜漬けは良くないですよ?」


久美子「(ナレ)考えることがいっぱいありすぎて、麗奈のことはその時はまだ特に深く考えることも無かった……」


◯マンション・外観


夕方の情景。


◯久美子の部屋

ベッドに突っ伏す久美子がスマホを見る。既読になったメッセージに返信はない。


久美子「(息が漏れる)んー……ん(鼻をクンクン)臭っ!?」


◯台所


駆けつけてドアを開ける久美子。鍋の前に立つ麻美子がバツの悪そうな顔で振り向く。


久美子「(ドアを開けて)んえ!?」

麻美子「あっ……」

久美子「お姉ちゃん……なにしてんの?」

麻美子「味噌汁作ろうと思って……」


黒こげの鍋を覗き込む久美子と麻美子。


久美子「うぇっ!?……どうやったら味噌汁作るのに、鍋が黒こげになるの?」

麻美子「(自嘲)ふふっ……」


スーパーの袋と食材。


久美子「ん?なにこれ?」

麻美子「母さんたち遅くなるって言ってたから、ご飯」

久美子「ご飯!?お姉ちゃんが?」

麻美子「……別にいいでしょ(頬を赤らめる)」

久美子「仲直りしたの?」

麻美子「これからするつもりなの」


鍋を見る久美子が麻美子に言う。


久美子「ん……お姉ちゃんはその鍋どうにかしてよ。料理はわたしがやるから」

麻美子「できるの?」

久美子「お姉ちゃんよりは?」

麻美子「……(言葉もない)」


(時間経過)ビニール手袋をはめて、スポンジで鍋をこする麻美子の手元。久美子は食材を切っている。


麻美子「あんた今日部活は?」

久美子「試験前だから早いの。じゃなかったらこんな時間に帰ってこないよ」

麻美子「だよねぇ。ほんとタイミング悪いんだから……。わたしさ」

久美子「ん?」

麻美子「わたしね、ずっと自分で決めることを避けてきたの。文句言いながら、ずっとお母さんたちの言うとおりにしてきた」

久美子「……」

麻美子「それが頑張ることだって勘違いしていた。我慢して、親の言うこと聞いて耐える。それが大人だって……」

久美子「……それで?」

麻美子「へっ?」

久美子「今の話」

麻美子「うん。だから……」


棚に飾られた2人がまだ幼い頃の家族写真。


麻美子「あんたのことすごくムカついていた。能天気に部活して、なんでこの子ばっかりって……」


料理をする久美子の手元。麻美子が話し続ける。


麻美子「わたしね、あんたのこと羨ましかった。好き勝手やって、父さんも母さんもあんたのワガママ聞いて」

久美子「お姉ちゃんの方がどう考えてもひいきされてたよ。わたしは出来が悪いから見放されてただけ」

麻美子「そんな訳ないでしょ」

久美子「ある。お母さん、お姉ちゃんばっかり褒めてたし。わたしのほうがいつも拗ねてたんだけど」

麻美子「まぁ、自慢の娘だったってのは認める。……でも演じるのはもうやめることにしたの。(鍋をこする手に力が入る)高校生なのに分かったフリして、大人のフリして、世の中なんてこんなもんだって全部飲み込んで、我慢して……。でも、そんなのなんの意味もない」


トロンボーンのケースが閉まるイメージと鍋をこする手元のカットバック。


麻美子「後悔も、失敗も、全部自分で受け止めるから、自分の道を行きたい。……そう素直に言えば良かった。反対されてもそう言えば良かった。だから、今度は間違えない」


焦げを洗い流す手元。焦げが落ちた小キズだらけの鍋を見て満足げな麻美子。久美子が尋ねる。


久美子「ねぇ、家、出てくの?」

麻美子「うん」

久美子「そっか」

麻美子「寂しい?」

久美子「別に……」

麻美子「そっか。わたしはちょっと寂しい。(歩き出す)ちょっとだけどね」

 

麻美子が立ち止まり、リビングに目をやったあと、久美子を振り向き言う。

 

麻美子「そうだ、あんたの演奏聴いたよ。すごく上手だった」

久美子「あ、うん……」

麻美子「全国聴きに行くから、頑張ってね」

久美子「えっ?お姉ちゃんが、まさか……見に来るの?」

麻美子「(笑って)だからそう言ってるじゃん」


鍋が吹きこぼれそうになり慌てる久美子に麻美子が言う。


久美子「うわぁぁあっ!」

麻美子「じゃあ母さんたちが帰ってきたら呼んで。それまで寝てるから……」

久美子「うん……」

麻美子「(ドアに向いたまま)まあ、あんたもさ、後悔のないようにしなさいよ(出て行く)」

久美子「……(味見して)熱っ……!」


宇治橋


早朝の宇治橋の情景。


◯マンション・外観


早朝の情景。


◯麻美子の部屋


ドアを開ける久美子。ダンボールにまとめられた麻美子の荷物。机の上に置かれた関西吹奏楽コンクールのCD。


久美子「……(無言で見る)」


◯リビング


明子が久美子に話しかける。


明子「あ、お早う。今日も部活無いのよね?」

久美子「うん……。お姉ちゃんは?」

明子「今朝、向こうに戻った」


久美子が健太郎の背を見やる。無言で新聞を広げる健太郎


久美子「……そっか」


京阪電車宇治駅・外観


駅横の道路を歩く男。


京阪電車宇治駅・構内


歩く久美子の足元〜ホームで電車を待つ久美子。


京阪電車・車内


ハロウィンの広告。車掌の声が流れる中、久美子が扉の近くで窓外を眺める。


車掌「……その他の場所ではマナーモードに設定の上、通話はご遠慮ください……」


流れる車窓からの景色。久美子が幼い頃のことを思い出す。


◯リビング(回想)


幼い久美子が、トロンボーンを持つ制服姿の麻美子にねだる。


久美子「もう一回。もう一回だけ」

麻美子「(笑って)しょうがないなぁ……」


◯麻美子の部屋(回想)


麻美子が久美子を叱りつける。


麻美子「うるさいって言ってるでしょ!」


京阪電車・車内


潤む久美子の目元。

 

麻美子「(OFF)CDない?」


◯久美子の部屋(回想)


麻美子が久美子に尋ねる。

 

麻美子「あんたが吹いてるやつ」


◯台所(回想)


麻美子が久美子に語る。


麻美子「わたしね、あんたのこと羨ましかった」


◯リビング(回想)

 中学生の麻美子がトロンボーンを片手に、幼い久美子に尋ねる。


麻美子「本当にやりたいの?」

久美子「うん、やりたい!お姉ちゃんと一緒に吹きたい!」


京阪電車・車内


久美子の制服に涙が落ちる。ポロポロと泣いている久美子。慌てて下を向く。周りの乗客たちがその様子を気にしている。


久美子「わぁっ……わっわっ、ぐっ……ひっ、ぐっ……、(声が漏れるのを我慢して)……ひっく、わたしも……寂しいよ……」


◯CM(チューバを持つ卓也)


◯北宇治高校・外観


ブロンズ像アオリ〜登校する生徒たち。


◯廊下


始業前、教室前の生徒たちの情景。


◯音楽室前の手洗い場


水道を止める手元。久美子が手鏡で目の色をチェックしている。


久美子「んー、……うん。はぁ……よしっ」


楽器室の方からあすかの声が聞こえてくる。


あすか「(OFF)だーかーらぁ……」

久美子「えっ?あすか先輩?」


◯楽器室


晴香と香織の奥、窓外を見るあすかの背中。


あすか「滝先生も夏紀で行くって言って、夏紀もそれがいいって、そういう話になってるんだよぉ。今さら蒸し返してどうするの?」

香織「中川さんは、本当はあすかに吹いて欲しいって言ってるの」

あすか「そりゃそうでしょ。この状況でわたし吹きたいです、なんて堂々と言うと思う?」

香織「でも……、でも……」

あすか「……わたし、もう踏ん切りはついてるから。その分受験頑張るって」

香織「あすか……」

晴香「本当にそれでいいのね?本当に、いいんだよね?」

あすか「(笑って)最初からそう言ってるじゃん」

久美子「……」


廊下で立ち聞きしている久美子が顔を上げる。


◯教室(1-3)


数学の教師が黒板を背に生徒たちに声をかける。


教師「はいっ、時間あげるので、これ解いてみて」


問題を解く久美子の浮かない表情。


久美子「(どうしてあんな嘘つくんだろ?全国大会行きたいに決まってるのに……)」


◯あすかの部屋(回想)


勉強会の時のあすか。


久美子「(吹きたいに決まってるのに……)」


◯台所(回想)


鍋を擦る麻美子。


麻美子「高校生なのに、分かったふりして、大人のフリして……(時間経過)自分の道を行きたい。そう素直に言えば良かった。反対されても、そう言えば良かった……」


◯教室(1-3)


ノートに解答を書き込む久美子の決意の表情。チャイムが鳴る。


教師「(OFF)はーい、じゃあ今日はここまで。テスト頑張れよ」


久美子がおもむろに立ち上がる。驚く緑。


久美子「……(立ち上がる)」

緑輝「あっ、久美子ちゃん……お昼は?」

久美子「先、食べてて」

緑輝「あぁ……ぁ」

葉月「ん?」


◯廊下


歩く久美子。


◯教室(3-6)


3年生の女子たちが話している。久美子がそこにやって来る。


女子A「でねぇ」

女子B「ぁ1年……」

女子A「ぁ、誰?」

久美子「あ、あの、あすか先輩。田中あすか先輩を……」

女子A「あ、もしかして吹部?」

久美子「はい」

女子A「あすかー!」


窓際の席でサンドイッチを食べているあすかが振り向く。


あすか「ん?ぉぉ……」


◯廊下


歩くあすかと久美子。


あすか「教室まで来て緊張したでしょ?飴ちゃん食べる?」

久美子「ありがとうございます……」

あすか「単なる貰い物だけどねぇ」


◯渡り廊下(焼却炉前)


やって来る2人。


あすか「ここならいっかぁ……。で、なに?」

久美子「どうしても話しておきたいことがあって」

あすか「もしかして、ついに愛の告白?自宅でふたりきりの間にぃ」

久美子「違います」

あすか「ん」

久美子「……(真面目な表情)」

あすか「だよねぇ……なに?」

久美子「コンクールに出てください」

あすか「(冷たい声)用件はそれだけ?」

久美子「はい……」

あすか「なら答えはNO。理由は、わたしが出ない方が部にとっていいから」

久美子「そんなことないです」

あすか「どうして?練習も出ない、本番も来られるか分からないヒトなんて、迷惑以外の何者でもない。わたしだったら絶対嫌だなぁ」

久美子「先輩には事情があります」

あすか「ふぅ、事情ある子なんて他にいくらでもいるよぉ?しかもわたしは希美の復帰に反対しちゃったしねぇ。それが、自分のときは例外ですなんて、言えると思う?」

久美子「でもみんな言ってます。あすか先輩がいいって」

あすか「みんな?みんなって誰?」

久美子「はっ……、それは……」

あすか「大体、そのみんなが本心を言ってる保証がどこにあるの?」

久美子「保証?」

あすか「あすか先輩が出たほうがいい。あすか先輩と吹きたい。そりゃあみんなそう言うよ。だって、そう言っとけば誰も傷つけない。誰にも悪く言われないもの」

久美子「だからって、全員がそう思ってるとは限らないじゃないですか!少なくとも低音パートのみんなや夏紀先輩は、絶対あすか先輩に出てほしいって思ってます」

あすか「どうして言い切れるの?」

久美子「言い切れます」

あすか「ふっ……、黄前ちゃんがそんなこと言うなんてねぇ」

久美子「駄目ですか?」

あすか「駄目じゃないけど。黄前ちゃん、そう言えるほどその人たちのこと知ってるのかなぁって思って」

久美子「はっ……」

あすか「みぞれちゃんと希美ちゃんの時も黄前ちゃん、結局最後は見守るだけだった。境界線引いて、踏み込むことは絶対にしなかった。気になって近づくくせに、傷つくのも傷つけるのも怖いからなあなあにして、安全な場所から見守る。そんな人間に、相手が本音を見せてくれてると思う?」

久美子「……(息が漏れる)」

あすか「なんだ、珍しく威勢がいいと思ったらもう電池切れ?ふっ、(久美子の肩をポンと叩き)わたしがこのままフェードアウトするのがベストなの。心配しなくてもみんなすぐわたしのことなんて忘れる。一致団結して本番に向かう。それが終わったら、どっちにしろ3年生は引退なんだから」


立ち去ろうとするあすか。久美子の脳裏に色々な声がよみがえる。


(インサート)麗奈「あの先輩、とてもそんな風には見えなかったけど。どちらかと言うと、自分が吹ければいい、みたいな感じだったし」


(インサート)夏紀「今この部にとって1番いいのは、あすか先輩が吹くことなんだから」


(インサート)みぞれ「伝えて欲しい。あすか先輩に……」


◯リビング(回想)

 

ドア前に立つ麻美子が久美子を見ずに言う。

 

麻美子「まあ、あんたもさ、後悔のないようにしなさいよ」

 

リビングから出て行く麻美子。ガスの火がつく。

 

◯渡り廊下(焼却炉前)

 

久美子が振り向き、叫ぶように言う。


久美子「だったらなんだって言うんですか!!先輩は正しいです。部のこともコンクールのことも全部正しい。でもそんなのはどうでもいいです!あすか先輩と本番に出たい。わたしが出たいんです!」

あすか「そんな子供みたいなこと言って……」

久美子「子供でなにが悪いんです?先輩こそなんで大人ぶるんですか?全部分かってるみたいに振る舞って、自分だけが特別だと思いこんで、先輩だってただの高校生なのに!!」

あすか「(ハッとする)っ……」

久美子「こんなののどこがベストなんですか?先輩、お父さんに演奏聴いてもらいたいんですよね?誰よりも全国行きたいんですよね?それをどうして無かったことにしちゃうんですか?」

あすか「……(久美子を見つめる)」

久美子「我慢して諦めれば丸くおさまるなんて、そんなのただの自己満足です!!(泣きながら)おかしいです」

あすか「……はっ」

久美子「(涙を流して絞り出すように)待ってるって言ってるのに……、諦めないでくださいよ……。後悔するって分かってる選択肢を自分から選ばないでください。(ぐすっと涙を拭って叫ぶ)諦めるのは最後までいっぱい頑張ってからにしてください!!わたしはあすか先輩に本番に立ってほしい!あのホールで先輩と一緒に吹きたい!先輩のユーフォが聴きたいんです!!」


ハアハアと息を切らす久美子。あすかが笑い出す。


あすか「ふっ、うっふふふ」

久美子「ぁっ……」

あすか「なんて顔してんの?ぐちゃぐちゃだよ?」

久美子「だって……、だって……」


涙を流してうつむく久美子。あすかが近づき、そっと久美子の頭に手を置いて撫でる。


あすか「そんなんだったら言わなきゃいいのに」


久美子「だって……」

あすか「でも嬉しいね……。嬉しいなぁ……」


久美子の視点、あすかのふとももが震えている。


久美子「(ハッとして)先輩……」

あすか「なに?」

久美子「顔、見てもいいですか?」

あすか「(久美子の頭をグッと押さえて)駄目。見たら末代まで呪われるよ?」


あすかが目をしばたたかせて笑う。屋根ごし久美子とあすかの足元。葵が窓を開けて呼びかける。


葵「あすかぁ?(久美子を見て)あれ?久美子ちゃん」

久美子「葵ちゃん……」

葵「(あすかを見て)あぁ、あすか、池田先生呼んでる。この前の模試のことで話があるって」

あすか「模試……、(ハッとして、久美子に)ごめん、ちょと行くね!」


走り去るあすか。久美子が深くため息をつく。


久美子「はぁぁ……」


◯教室(1-6)


麗奈の教室を覗き込む久美子たち。


葉月「あれ?高坂さん、またいない……」

緑輝「進学クラスですからね。早く帰って勉強してるのかも」

久美子「そう言えば、ずっと話してないなぁ」


◯マンション・外観


カラスの鳴く夕方の情景。


◯エレベーター


スマホを見る久美子の手元。スマホのメッセージに返信がない。


◯マンション・廊下


久美子が私服姿の秀一と出くわす。


久美子「ん?」

秀一「ぁ?」

久美子「ん?なに?」

秀一「や、母さんがお菓子貰ったから、お前んちに届けてきた」

久美子「ふーん(通り過ぎる)」

秀一「(久美子の背に)麻美子さん、大学やめたのか」

久美子「うん」

秀一「そっか」

久美子「うん……」


振り返らず歩き去る久美子。秀一が目をそらす。


◯喜撰橋


夕方の宇治川の情景。


宇治橋


早朝の宇治橋の情景。


◯北宇治高校・外観


団地の屋根越しの校舎。


◯廊下


音楽室前に並ぶ部員たちの上履き。楽器を鳴らす音。


◯音楽室


合奏準備をする部員たち(トランペットパート、クラリネットパート、田邊の手元、フルートパート、トロンボーンパート、希美とみぞれ)。晴香が手を叩いて指示を出す。


晴香「はーい、じゃあ5分したら始めます」


梨子が卓也に耳打ちをしている。


卓也「っ、まじ!?」

梨子「(嬉しげに)うんっ」


夏紀が譜面を手に立ち上がる。


夏紀「じゃ、頑張ってね」

久美子「えっ、始まりますよ?」

夏紀「あれ、もしかして聞いてないの?(苦笑して)あすか先輩も意地悪だなぁ」

久美子「あすか先輩?」


音楽室のドアが開く。振り向く部員たち。


部員たち「!?」

梨子「っ!!(目を潤ませる)」

部員たち「(歓声)わあっ!!」


あすかがユーフォを手に立っている。


あすか「ごめん、遅れた」

植田「田中先輩!?」

女子部員「嘘っ、あすか先輩!?」


嬉しそうな晴香、目を潤ませる香織。久美子が夏紀に尋ねる。


久美子「どういうことですか?」

夏紀「あすか先輩、模試で全国30位以内だったらしくてね。それを盾に母親と話ししたみたい。どうしても出たいって」


あすかが夏紀に歩み寄る。


あすか「夏紀……、ごめん」

夏紀「謝らないでください。わたし、あすか先輩のこと待ってたんですから(にっこりと笑って立ち去る)」


譜面を置き久美子の横に座るあすか。久美子が嬉しげに話しかける。


久美子「……おかえりなさい」

あすか「(照れくさそうに笑って)ただいま」

久美子「うふふふ……」


久美子が笑顔のまま麗奈に視線を向ける。そっぽを向く麗奈。


久美子「ぁ……」


並ぶあすかと久美子の色違いのユーフォ。


久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」


つづく


◯ED