響け!ユーフォニアム2 第九回「ひびけ!ユーフォニアム」シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第九回「ひびけ!ユーフォニアム


脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 石立太一 


◯(プロローグ)


滝「田中さんが今週末までに、部活を続けていくことのできる確証が得られなかった場合、全国大会の本番は中川さんに出てもらうことにします」


OP


◯夕空


空に響く、運動部女子の声。


◯下足室


靴に履き替える久美子に、夏紀が声をかける。


夏紀「黄前ちゃん……」

久美子「ん?……ぁ夏紀先輩」

夏紀「……やっぱ、わたしだと不安?」

久美子「えっ?いや……、そんなこと」

夏紀「わたしは不安」

久美子「ぁ……、いつから知ってたんですか?」

夏紀「あすか先輩のお母さんが、学校に来てすぐだったかな?あすか先輩に言われて」

久美子「……(息が漏れる)」


久美子が無言で拳を握りしめる。


タイトル 第九回「ひびけ!ユーフォニアム


京阪電車六地蔵駅


夕景の六地蔵駅駅前の情景。


葉月「(OFF)どうなっちゃうんだろうね……」


◯同・ホーム


ベンチに並んで座る葉月、緑、久美子と麗奈。久美子が1人、下を向いている。


麗奈「あすか先輩次第だよ。相手は親だし、周りが下手に口を挟んだらこじれるだけ」

緑輝「ですよね……」

麗奈「滝先生の判断は正しかったと思う。今みたいな状況が続いて、みんなが揺れているのは良くないし」

久美子「あすか先輩はそれでいいのかなぁ?」

葉月「ぁ……」

緑輝「久美子ちゃん……」

麗奈「……了承してるって、滝先生言ってた」

久美子「……(下を向いたまま)」


◯楽器室(回想)


久美子があすかに尋ねる。


久美子「あすか先輩……、やめないですよね?」

あすか「……(久美子の顔を見る)」

久美子「やめない、ですよね」


◯廊下(低音パート教室前)


笑って答えるあすか。


あすか「大丈夫。みんなに迷惑かけるようなことはしないから」


京都コンサートホール(回想)


薄暗い舞台で久美子があすかに言う。


久美子「……何言ってるんですか?今日が最後じゃないですよ。わたしたちは全国に行くんですから」

あすか「……(久美子に目を向ける)」


京阪電車・車内


つり革を持ち、浮かない表情の久美子。麗奈が尋ねる。


麗奈「久美子……」

久美子「?」

麗奈「どうして久美子がそんな顔してるの?」

久美子「……悔しくて」

麗奈「なにが?」

久美子「分からない……」


◯マンション・外観


赤信号越しのマンション。ドアの開く音。


久美子「(OFF)ただいまぁ……」


◯久美子の部屋


机の上に置かれた関西吹奏楽コンクールのCD。それを見ている久美子。


◯麻美子の部屋


ノックをして、久美子がドアを開ける。


久美子「(OFF)お姉ちゃん?」


薄暗い麻美子の部屋。少しだけ乱雑な様子。


久美子「……」


◯廊下


無人の廊下。新山の声がかぶる。


新山「はい。ではもう一回」


◯音楽室


タクトを手に、新山が部員たちを指揮している。


新山「……3、4っ」


『三日月の舞』の合奏練習。


久美子「(ナレ)あすか先輩は翌日からの練習にも現れず、夏紀先輩の譜面には、あすか先輩の字でたくさんのアドバイスが書かれていた」


アドバイスが書き込まれた夏紀の譜面。「吠えろ全国!」の文字を見る久美子。


久美子「(ナレ)まるで遺言みたい。そう思った……」


◯北宇治高校・エントランス前


夕方の情景。ブロンズ像。飛び立つ鳩の像アップ。


◯教室(低音パート)


机をはさんで、夏紀と久美子が話している。


久美子「えっ!?『あすか先輩を連れ戻すぞ大作戦』?」

夏紀「そっ」

久美子「なんですか、その作戦」

夏紀「あ、言っとくけど作戦名決めたのは香織先輩だから」

久美子「(取り繕う様に)す、ステキな作戦名ですねぇ……」

夏紀「でさ、黄前ちゃん来週あすか先輩の家に勉強教わりに行くんでしょ?」

久美子「(きっぱりと)無理です!」

夏紀「まだなにも言ってないけど」

久美子「そこでお母さん説得して来いって言うんですよね?」

夏紀「っ……まぁね」

久美子「無理ですよぉ。無茶言わないでください」


立ち上がりそっぽを向く久美子。夏紀が肩をポンっと叩き言う。


夏紀「大丈夫。香織先輩からいいもの貰ってるから」


猫の便箋。「頑張って! 駅前幸富堂の栗まんじゅうがいちばんオススメだよ! 香織」の文字。


久美子「駅前幸富堂の栗まんじゅうがいちばん……」

香織「(OFF)栗まんじゅうがいちばんオススメだよ!」 


にっこり笑う香織のイメージ。久美子がいぶかしげに夏紀に尋ねる。


久美子「なんですか、これ?」

夏紀「あすか先輩のお母さんの好物なんだって。これさえ持っていけば、全てOK(サムズアップ)」

久美子「……わたしの目を見て言ってください」

夏紀「(目をそらして)オッケー……」

久美子「はぁ……(大きなため息)」

夏紀「けど、本当に今まで上手くやってきたよ。高坂さんの時も、みぞれの時も」

久美子「わたしはなにも……」

夏紀「そんな事ない。あすか先輩がどうして黄前ちゃんを呼んだと思う?」

久美子「分かりません……」

夏紀「わたしは、黄前ちゃんならなんとかしてくれるって期待してるからだと思う」


向き合う2人の姿が窓ガラスに反射している。


久美子「そんな事ないです。それに、それでもしあすか先輩が戻ってきたら、夏紀先輩吹けなくなります。」

夏紀「……わたしはいいの。来年もあるし。今この部にとって1番いいのは、あすか先輩が吹くことなんだから」

久美子「……それは、夏紀先輩の本心ですか?」


カーテンを握り、尋ねる久美子。夏紀が小さく笑って答える。


夏紀「……黄前ちゃんらしいね。うん、本心だよ」

久美子「……(夏紀を見やる)」


希美が夏紀の名を呼びながら、教室に入ってくる。みぞれも一緒。


希美「夏紀ー?終わった?」

夏紀「あっ、もう。わたしから行くって言ってたのに……」

久美子「希美先輩……、鎧塚先輩」


久美子に向き合う希美とみぞれ。みぞれが久美子に言う。


みぞれ「……伝えて欲しい、あすか先輩に。待ってますって」

久美子「……」


OL(時間経過)


日が落ちた後の教室。電気が消される。スイッチの久美子の手元。


麗奈「(OFF)そっか、そんな話ししてたんだ」

久美子「うん、責任重大だよぉ……」


◯廊下


久美子が背中を丸めて、麗奈に近づく。


久美子「麗奈はどうしてあすか先輩が私のこと呼んだと思う?」

麗奈「わたしパートも違うから、あすか先輩のことよく分からないし」

久美子「……そうだよねぇ」

麗奈「でも何となく分かる部分もある」

久美子「え?」

麗奈「久美子って、なんか引っかかるの。普通のフリして、どっか見透かされてる様な。気づいてなさそうで、気づいてる様な」

久美子「なにそれ?」

麗奈「そして1番痛い時に、ポロッと言葉になって出てくる」

久美子「……」

麗奈「……本気で全国行けると思ってたの?」

久美子「あぁ……ぁ、あれは……、あの時は……」

麗奈「(笑って)だからなんか引っかかる」


麗奈が久美子の手を取り、顔を近づける。


麗奈「ギュッと掴まえて」

久美子「ぅっ」

麗奈「その皮剥がしてやるって……」

久美子「は……」


廊下で向き合う2人のヒキ。


久美子「あすか先輩も?」

麗奈「……分からないけど」

久美子「……(麗奈を見る)」


◯職員室


ドアをノックして、久美子と麗奈が入ってくる。机の滝が居眠りをしている。


久美子「失礼しまあす。先生……?ぁ、わっ」

麗奈「しっ!!」

滝「(静かな寝息)」

久美子「ぐっすりだねぇ……」

麗奈「朝からだもん。(滝を見つめて)誰よりも早く来て、みんなの練習見て(微笑む)」

久美子「起こしたら可哀想だね。鍵は置いておこう」

麗奈「(小声で)うん」


机の上にそっと鍵を置こうとする麗奈。滝が目を覚ます。


滝「う……」

久美子「あ……」

麗奈「ハッ……」

滝「ぁ……、あれ?」

麗奈「ハッ……」

滝「黄前さん?……高坂さん。(微笑んで)すみません。マズイ所を見られてしまいました」

久美子「(目を潤ませる麗奈に)麗奈っ」

麗奈「ぁ……、え、いつもご指導ありがとうございます。鍵、持ってきました」

滝「あぁ、ありがとうございます」


鍵を受け取る滝の手が、麗奈の指先に触れる。ハッ、となる麗奈。上履きのつま先が上がる。


麗奈「はっ……、い、いえ」

滝「(麗奈を見る久美子に)あぁそうだ、黄前さん」

久美子「はいっ」

滝「中川さんの演奏で気づいた事があったら、遠慮せずに言ってあげてください。中川さんもそれを待ってると思います」

久美子「はい……」


麗奈の視線が、滝の机の写真立てに向けられる。滝と千尋たちの写真を見て、呆然とする麗奈。


滝「それから、自由曲の158小節目からは、黄前さん1人で吹くつもりでいてください……」

久美子「……はい」


京阪電車・車内


シートに座る久美子が、つり革を見上げて言う。


久美子「最悪1人で、か……」


横に座る麗奈も無言でつり革を見上げている。言葉を交わさない2人。


◯CM(トランペットを吹く香織)


◯教室(1-3)


教科書(数学Ⅰ)を持つ久美子。


久美子「(ナレ)ついに……」


◯下足室


下駄箱の影から覗き見る久美子。


久美子「(ナレ)あすか先輩の家にいく日が来た」


本を読みながら久美子を待つあすか。


久美子「いる……(覗く)」

あすか「(久美子に気づき)お」

久美子「はっ(逃げようとする)」

あすか「黄前ちゃーん」


(時間経過)観念してあすかの前に立つ久美子。


久美子「あー、それなんの本ですかぁ?」

あすか「気になる?」

久美子「(うんうん!と首を振る)」

あすか「じゃあ、面白かったら貸してあげる」

久美子「……(あすかを見つめる)」

あすか「行こっか?」

久美子「……はい(追いかける)」


◯通学路


屋根越しの明るい空。歩いている2人。


あすか「(OFF)こんな時間に帰るの久しぶりでしょ?」

久美子「(OFF)はい。あ、でもこの前風邪で練習休んだので……」

あすか「(OFF)え、そうなんだ?」

久美子「はい」

あすか「そっかー、そういう事も分からなくなっちゃってたんだねぇ、わたし」

久美子「……。あ、あすか先輩の家ってどこら辺にあるんですか?」

あすか「ん?近いよ。普段は自転車で10分くらいかなぁ」

久美子「あぁ、そうなんですね……」


並んで歩く2人。久美子が困り顔。


久美子「(うぅ、会話が続かない……)」

あすか「どう?」

久美子「ぁ、はい?」


あすかの足元。真新しいスニーカー。


あすか「このスニーカー、カワイイでしょう?」

久美子「ああ、確かにぃ……」

あすか「んふふ。たまたまサイズがあってさ。わたし、足大きいから」

香織「あすかー!」


大きな声に振り返る2人。香織が息を切らせて駆け寄る。


香織「(粗い息)」

あすか「香織……」

香織「(息を整える)」

あすか「どしたの?」

香織「(息を切らせて)後ろ姿が……、見えたから……。黄前さん」

久美子「はいっ」

香織「一緒に帰っても……いいかな?」

久美子「も、もちろんです」


(時間経過)階段を並び降りるあすか、久美子と香織。久美子越しにあすかと香織が話している。


あすか「それはちょっと問題かもねぇ」

香織「晴香とも話して、1度パーリー会議で話し聞こうと思ってるんだけど」

あすか「うん、いいんじゃない?」

香織「だよね。ありがとう」

あすか「うん」

香織「あ、じゃあわたし寄っていく所あるから……。黄前さん、はい、これ(紙袋を手渡す)」

久美子「ぁ……、(紙袋を見て)あっ」


幸富堂 栗まんじゅうの紙袋。


香織「勉強会にはお茶菓子がいるでしょ?(と、ウィンク)」

あすか「貰っていいの?」

香織「うん。じゃあ、あすかのことよろしくね」

あすか「えぇ、面倒見るのはわたしだけどね」

香織「(フッと笑って)あ、あすか靴ひもほどけてる……(しゃがみ込む)」


久美子の視線の先、スカートから伸びる香織のふともも。


香織「まだ馴染んでないんだね。ほら、こうやって結ぶとほどけにくいんだよ」


久美子があすかを見やる。あすかの口もと、久美子の目もと。久美子の頬に汗が光る。


あすか「ありがと」

香織「どういたしまして。じゃあね(立ち去る)」

あすか「うん」

久美子「お疲れ様です」

あすか「……カワイイでしょ?」

久美子「え?」

あすか「香織って」

久美子「ん……(言葉にならない)」


◯あすかの家


古い日本家屋の情景。


あすか「ここが私の家。誰もいないから気にせず上がって」


◯廊下


廊下を歩く2人。旧家らしく、和室の立派な欄間。遺影がいくつか掲げられている。久美子が思わずため息。


久美子「はぁ……、わぁ」


◯あすかの部屋


あすかがローテーブルに飲み物を置く。もぞもぞと正座をしている久美子。


あすか「はい、どうぞ」

久美子「あぁ、すみません」


棚に並ぶたくさんの参考書や問題集。六法全書も見える。


あすか「落ち着かない?」

久美子「あ、いえ……。(ケースを見つけ)ユーフォ、持って帰ってるんですね」

あすか「えっへへへ、あの人にはナイショだけどね。あ、そうそうこのグラスさぁ、香織が誕生日にくれたやつなんだよ」


黒猫がプリントされたグラスを見せる。


久美子「そ、そうなんですかぁ……」

あすか「……フッ。じゃあ、ちょっと見せてもらおうかな?」

久美子「えっ?」

あすか「ノート」

久美子「ぁ……、お願いします」

あすか「うむ」


ノートをめくるあすか。久美子がそっとお菓子の紙袋を背後に隠す。


あすか「んなぁ、お嬢さん……」  

久美子「はいっ」

あすか「これは重症ですぞ」

久美子「はい……」


◯縁側


庭の情景。あすかの声が聞こえる。


あすか「(OFF)で、こことここを足して……」


◯あすかの部屋


壁掛け時計(4時30分)。あすかと久美子の会話が続く。


久美子「あぁ、そうか……」

あすか「そうそう、そうだよ黄前ちゃん。はぁ(息をついて)じゃあ、ちょっと休憩しよっか?その栗まんじゅう、食べる?」

久美子「えぇっ!?あ、これは、その……お母さんに……」

あすか「やっぱりそういうことか。香織が考えそうなことだよねぇ」

久美子「あぁ、いや……、はぁ……」

あすか「残念だけど、今日は帰ってくるの遅いから……。一応渡してはおくけど。ほいっ(促す)」

久美子「……よろしくお願いします(紙袋を手渡す)」

あすか「まいどっ。(立ち上がり)あー、お茶淹れなおしてくるね」

久美子「あ、わたしも手伝いますっ……、すっ……、しっ、痺れた……」


足が痺れて立ち上がれない久美子。


◯台所


食器棚の前の久美子。あすかは冷蔵庫を物色している。


あすか「んんー、あんまりいいのないねぇ……。クッキーでいい?」

久美子「あの、1つ聞いていいですか?」

あすか「ん?」

久美子「どうして急に勉強見てくれるって……」

あすか「(目をそらして)風の噂で、黄前ちゃんの成績がとんでもなくヤバいって聞いて」

久美子「だ、だ、誰情報ですか!?」

あすか「ふっ、冗談。ちょっと……話がしたくて」

久美子「ぁ……」


◯あすかの部屋


並ぶティーカップとクッキー。あすかが「楽しいユーフォニアム」の教本を見せる。


あすか「これ読んだことある?」

久美子「はい。わたしも持ってます。最初は大抵みんなこの本ですよねぇ……」

あすか「その本の著者、進藤正和って言うユーフォニアム奏者なんだけどさぁ」

久美子「(笑顔で)有名ですよね。CDも持ってます」

あすか「わたしの元父親なの。」

久美子「(固まる)……」

あすか「……紅茶、冷めちゃうから飲もっか?」

久美子「(興奮して)あのっ!!それどころではなく!!」

あすか「……質問タイムです」


促す仕草のあすか。久美子が指折り数える様に興奮して尋ねる。


久美子「え、えっとー、まず、元・父親とは!?」

あすか「あー、とぉ、それはわかるでしょ?親が離婚したの(んっ、とクッキーを口に放り込む)。だから、田中あすか

久美子「ですよね」

あすか「わたしがまだ2歳の時だったから、父親の記憶はほとんど無いけどねぇ」

久美子「……それ以来、会ってないんですか?お父さんとは」

あすか「母親がねぇ、絶対に関わらせたくないみたいで。ほら、職員室で見たでしょ?あの人ちょっとオカシイから」

久美子「オカシイって……」

あすか「束縛が強くて、すぐヒステリックになるし。多分、それに嫌気が差して出て行ったんだろうね」

久美子「……(言葉が出ない)」

あすか「あぁ、でもわたし、あのヒトのこと嫌いってことじゃないの。ここまで育ててくれた訳だし、その借りはあるから返さなきゃって気持ちはちゃんとある」

久美子「……嫌いじゃないって言いましたけど、嫌いなんですよね?お母さんのこと」

あすか「……好きとか嫌いとかじゃない。だって母親はどこまで行っても母親だから。どう足掻いてもそのヒトから生まれたという事実は動かない。枷ね。一生外せない枷」

久美子「……(あすかを見つめる)」

あすか「あのヒトの中には明確な幸せの理想像があって、そこに吹奏楽は入っていない。……最初から」

久美子「じゃあ、どうしてユーフォを?」

あすか「小1の頃だったかなぁ……」


◯玄関(回想)


小学生のあすかの前に配達された大きなダンボール箱


あすか「(OFF)いきなり届いたの……」


◯和室(回想)


あすかの小さな手にノートと(あすかへ)と書かれた封筒。畳の上のケースにはシルバーのユーフォニアム


あすか「(OFF)ボロいノートと手紙。……それとユーフォニアムが」


◯楽器店・店頭(回想)


三葉楽器店の外観


あすか「(OFF)それから少しして……」


◯楽器店・店内(回想)


店員の女性があすかにユーフォの手ほどき。拍手されて嬉しそうに笑うあすか。


あすか「(OFF)近くにあった楽器店にユーフォをやってた店員さんがいるって聞いてね。やってみたら案外うまく吹けちゃってさぁ……。けど、それがすごく嬉しくて」


◯あすかの部屋


あすかと久美子の話しが続く。


久美子「マンガみたいな話ですね」

あすか「……でも、もちろんあのヒトは反対でさぁ。初めは我慢してたんだけど、一向にやめようとしないわたしと大げんかになって。それで、成績が悪くなったらすぐやめるってことになったんだ……」

久美子「だから……」

あすか「うん。ずっと好きなことを続けるために必死だった。だから周りを見ていつも思ってた。わたしは遊びでやってる訳じゃない。1人で吹ければそれでいいって」

久美子「……(あすかを見つめる)」

あすか「ばちがあたったんだろうね」

久美子「えっ?」


(時間経過)5時を指す壁掛け時計。あすかがノートPCを久美子に見せる。


あすか「これ見て。全国大会のホームページ……。あ、ここ」


指差す先には審査員一覧、進藤正和の文字が見える。


久美子「進藤、正和……」

あすか「これで欲が出た。全国に行けば演奏を聴いてもらえる。だから……」


アルカイックホール・控え室(回想)


あすかが部員たちに発破をかける。


あすか「ここまで来た以上、なんとしてでも次へ進んで、北宇治の音を全国に響かせたい!」


◯教室(低音パート)(回想)


復帰を希望する希美を冷たくあしらうあすか。


あすか「……分かった。じゃあはっきり言うよ。私は希美ちゃんの復帰に賛成しない。この部にプラスにならないからね」


◯あすかの部屋


並び置かれた久美子とあすかのカバン。


あすか「全部、私利私欲のため。で、その結果がこれ。まぁ、神さまは見てるってコトだよね。ふふふっ……」


あすかがノートPCを閉じて、久美子に謝る。


あすか「あー、ごめんね。すっかり時間使っちゃった。続き、やろっか?」

久美子「(被せる様に)わたしっ!!」

あすか「……(立ち止まる)」

久美子「あすか先輩のユーフォが好きですっ!合宿の朝、先輩1人で吹いてましたよね?」

あすか「……」

久美子「あの曲聴いて思ったんです。わたし、この音が好きだって……」

あすか「…………あの曲、進藤さんが作った曲なの。ユーフォと一緒に送られてきたノートに書いてあった」

久美子「お父さんの……」

あすか「もしかしたらわたし、あの曲を黄前ちゃんに否定して欲しいのかも知れないなぁ。こてんぱんにして欲しいのかも」

久美子「どうしてですか……?わたし大好きですよ?あの曲。……暖かくて、なんか優しくて……。ずっと聴いていたいです!今、吹いてほしいくらい!!」

あすか「(振り向いて)黄前ちゃん……。今日は珍しく積極的だね」

久美子「(ハッとして)あすか先輩が、いつもと違うんですよ」

あすか「……そっか。そうだね」

久美子「はい」

あすか「ねぇ」

久美子「?」

あすか「川行こうか?吹きたくなっちゃった」

久美子「(嬉しそうに息を吸って)はいっ!!(笑う)」


宇治川沿いの堤防


流れる川面の情景。土手を歩くあすかと久美子。


久美子「いつもここで吹いてるんですかぁ?夏場とかトビケラすごくないですか?あと、蚊とか」

あすか「蚊ねぇ。わたしそんなに刺されない体質だからねぇ。香織とか刺されそうだけど」

久美子「え?」

あすか「だって香織の血とか美味しそうじゃない?」


サンダル履きのあすかが水道橋の下に座る。久美子も横に座る。


あすか「カプッと噛みつきたくなるって言うか」

久美子「ふふ、そうですかね?」

あすか「……本当に聴きたいと思ってる?」

久美子「はいっ!!」

あすか「(ハッとして笑う)うっふふ。黄前ちゃんはホント、ユーフォっぽいね」

久美子「?」

あすか「わたし、自分のことユーフォっぽくないってずっと思ってたんだ。だから黄前ちゃん見たときビックリしたの。こんな、こんなにユーフォっぽい子がいるんだ、って」

久美子「褒めてます?」

あすか「褒めてるよ。だからかなぁ?話聞いてほしいって思ったのは(にっこりと笑う)」


水道橋の下に並んで座る2人。


久美子「(ナレ)その笑顔は今まで見たあすか先輩の、どの笑顔とも違う笑顔で……」


ユーフォを構えるあすか、音出しをして合宿の朝に吹いていた曲を吹き始める。目を閉じて聴いていた久美子があすかを見て、空を見上げる。夕方の情景に響くあすかのユーフォの音色。


◯あすかの部屋


薄暗いあすかの部屋。ローテーブルの上のノートと便箋。便箋には破られた跡。


久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」


つづく