響け!ユーフォニアム2 第八回「かぜひきラプソディー」シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム2 第八回「かぜひきラプソディー」

 

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 北之原孝將 演出補佐 澤 真平

 

◯(プロローグ)

 

明美「あすか、この場で退部すると言いなさい」

あすか「……お母さん、わたし部活辞めたく(平手打ちされる)」

晴香「……今度はわたしたちがあすかを支える番だと思う」

 

◯OP

 

◯体育館(回想)

 

幼い久美子が絵本「しろいこいぬとくろいこいぬ」を読んでいる。明子が声をかける。

 

明子「久美子っ」

久美子「ん?」

 

ビデオカメラを構えた明子が、前を向いたまま久美子に言う。

 

明子「お姉ちゃんだよ」

 

前方のステージでは揃いのコスチュームを着た金管バンドの子どもたちが楽器を構えている。タクトが振られ、『アメリカンパトロール』の演奏が始まる。トロンボーンを吹く麻美子の姿。

 

久美子「はぁっ……」

 

感動の久美子、明子につぶやく。

 

久美子「お母さん、くみこもあれやりたい」

明子「久美子にはまだ早いかな。入れるのは4年生からだから」

久美子「じゃあ、4年生になったらやってもいい?」

明子「ぁ……そうね、いいわよ」

久美子「(嬉しげな鼻息)」

 

嬉しそうにステージに目を向ける久美子。

 

タイトル 第八回「かぜひきラプソディー」

 

◯マンション・外観

 

麻美子の声が聞こえる。

 

麻美子「だから、最初から本気って言ってるでしょ!」

 

◯リビング

 

ソファーに座るの久美子の後方で、麻美子が両親と話をしている。

 

明子「あと1年で卒業なのに……」

麻美子「それじゃ遅いの!……今じゃないと」

明子「でも、どうして美容師なんて急に……」

 

困惑の表情を浮かべる明子。テーブルには専門学校のパンフレットが置かれている。

 

明子「急に……?中学の時からなりたいって言ってた。反対したのはお母さんでしょ?今までわたしはお母さんの言うとおりにしてきた。全部我慢して、お姉ちゃんだからって、ずっと!」

健太郎「麻美子……」

麻美子「転校だって、受験だって、本当は全部嫌だった。わたしだって、久美子みたいに部活を続けたかった。トロンボーンだってやめたくなかった」

健太郎「そこまで思っていたなら、大学入る前に言うべきだったんじゃないか?」

麻美子「っ……、言えない空気作ったのは誰よ!?」

健太郎「(ため息)確かに、父さんも母さんもお前に負担を強いて来たかもしれない。だが、それでも大学に行くと決めて、受験したのはお前自身だ。違うか?」

麻美子「……(唇を噛みしめる)」

健太郎「もし本当にやめるなら、この家から出ていきなさい。生活費も美容師になる費用も、自分でなんとかしろっ、いいな」

明子「ちょっと、お父さん……」

 

立ち上がり、和室に戻る健太郎

 

健太郎「リスクも背負わずにやりたいことができると思うな。お前の言っていることは、あまりにも自分に都合が良すぎる!本気なら覚悟を示せ」

麻美子「……」

 

襖が閉まる。泣きながらリビングを出ていく麻美子に、明子が声をかける。

 

明子「麻美子、お母さんは家を出て行けとは言わないわ……。ただ……」

 

ドアが閉まる。顔を覆う明子に久美子が声をかける。

 

明子「ぁぁ……」

久美子「お母さん、お姉ちゃん本気だと思うよ……」

 

◯マンション・外観

 

朝の情景。エントランス前で住人が立ち話。久美子が出てきて挨拶をする。

 

久美子「お早うございます」

住人たち「お早う」

 

◯住宅街

 

足早に登校する久美子。

 

久美子「(ナレ)トロンボーンを続けたかった。そのひと言が頭から離れなかった……」

 

宇治橋

 

橋の下、宇治川の流れ。

 

久美子「(ナレ)姉がそんなことを思っていたなんて、考えたことも無かった……」

 

◯麻美子の部屋(回想)

 

トロンボーンをケースにしまう中学時代の麻美子に、久美子が問いかける。 

 

久美子「お姉ちゃん、なんでやめちゃうの?」

麻美子「別に……」

久美子「わたし、お姉ちゃんといっしょに吹きたい」

麻美子「うるさい」

久美子「ねぇ、お姉ちゃ……ぁ」

 

麻美子が大きな音で参考書を揃える。驚く久美子。

 

麻美子「うるさいって言ってるでしょ?次に変なこと言ったら、あんたのクチ縫うからね!」

 

楽器ケースの手前に置かれた中学復習の参考書。

 

◯手洗い場

 

水筒に水を入れる久美子に、秀一が声をかける。

 

秀一「おう」

久美子「ん?」

 

久美子の横で蛇口から直接水を飲む秀一。おもむろに久美子に聞く。

 

秀一「麻美子さん、大学やめるのか?」

久美子「な、な、なんで知ってるの?」

秀一「ぁ、うちの母ちゃんが聞いたって」

久美子「はぁ……、人には外で言うなって言っておいて……」

秀一「大学で何かあったのか?」

久美子「知らないよ。お姉ちゃん大学入ってから、ほとんど話してないし」

 

歩き去る久美子を見ている秀一。

 

◯音楽室

 

基礎練習の指示をしている晴香。扉が開き、遅れてあすかがやって来る。

 

晴香「はい、次13番……」

あすか「田中あすか、帰還しました」

晴香「何が帰還よ」

 

部員たちがあすかを取り囲む様に迎える。

 

あすか「えへへへ……」

 

久美子「(ナレ)あすか先輩は駅ビルコンサートが終わり、コンクールが迫っても、練習に来ることはほとんど無かった」

 

香織「マメに連絡くらいしてよ」

あすか「いやー、色々あってさぁ」

 

香織があすかに言う。

 

香織「みんな心配してたんだよ」

卓也「既読スルーやめてください」

あすか「何度も言ってるでしょう?迷惑はかけないから」

梨子「ですけど……」

晴香「(手をたたき)はいはーい、みんな座って。」

 

久美子の横に座るあすか。

 

あすか「おっはよう。どう、調子は?」

久美子「ボチボチです」

あすか「あいかわらず黄前ちゃんは黄前ちゃんだねぇ」

久美子「どういう意味です?」

あすか「褒めてるよ、一応」

 

久美子があすかを見る。

 

久美子「(ナレ)いつものあすか先輩の姿……」

 

◯廊下

 

音楽室の入り口に並ぶ、部員たちの上履き。

 

久美子「(ナレ)でも、久しぶりにその橫顏を見た瞬間……」

 

◯校舎・外観

 

薄曇りの情景。

 

久美子「(ナレ)わたしはどうしようもない不安におそわれた」

 

◯楽器室

 

楽器ケースを棚にしまうあすか。久美子が声をかける。

 

あすか「よっと……」

久美子「あの……」

あすか「ん?」

久美子「あすか先輩……、やめないですよね?」

あすか「……」

久美子「やめない、ですよね?」

 

立ち上がったあすかが、久美子の両唇をつまむ。

 

久美子「やめな……」

あすか「(顔を近づけて)あんまりしつこいと、そのクチ縫っちゃうよ?」

久美子「んんんんんんー」

 

あすかが、ぱっと唇から指を離して言う。

 

あすか「そうだ、黄前ちゃん。中間大丈夫?」

久美子「?」

あすか「心配してなかったけ?高校入ったら、途端に難しくなったって」

久美子「や、まあ、数学は確かに……」

あすか「教えてあげよっか?」

久美子「えっ?」

あすか「(手帳を見て)えーとぉ、来週練習早く終わるんだよねぇ。うち、おいでよ(手で誘うポーズ)」

久美子「うち……?あすか先輩のうちですか?」

あすか「嫌ぁ?」

久美子「嫌じゃないですけど……、急にそんな」

あすか「あ、心配しないで。その日は夜までわたし1人だから」

久美子「はぁ……」

あすか「じゃあ決まりね。言っとくけど、1人で来てね」

久美子「1人?」

あすか「そっちの方が集中できていいでしょー(久美子の鼻をつつく)」

久美子「ぁ、あぃ」

あすか「じゃ、約束だからねー。じゃあねー(手を振り、立ち去る)」

久美子「(深いため息)あぁぁぁぁ……」

 

麗奈がやってくる。

 

麗奈「あ、居た……。どうかした?」

久美子「家に誘われた」

麗奈「誰に?」

久美子「あすか先輩。どうしてだろ?」

麗奈「何か気に入らないことでも言ったんじゃないの?」

久美子「えぇぇ、そうなのかなぁ……」

 

◯校舎外観

 

「三日月の舞」の合奏練習の音。

 

久美子「(ナレ)しかし、あすか先輩は……」

 

◯廊下

 

音楽室の扉前に並ぶ部員たちの上履き。

 

久美子「(ナレ)翌日からまた……」

 

◯音楽室

 

空席のあすかの椅子。

 

久美子「(ナレ)ぱったり部活に来なくなった」

 

演奏を聴いた橋本が、並ぶ部員たちに言葉をかける。

 

橋本「はい、ありがとう。えーと、そうだなぁ……うーん。正直に感想を言わせてもらうと、辛気くさい。学校が始まって練習時間が減っているのに、夏休みの頃の音を維持できているのは凄いと思う。……けど、あの頃よりみんな固い。音がガチャガチャで、聴いててキツい!」

部員たち「はいっ……」

橋本「もしかして、全国だから緊張してる?みんな全然面白くなさそうだよ?滝くんみたいに怖い顔して」

 

聞いている久美子が小さく咳ばらいをして、喉を押さえる。

 

久美子「コホンッ、……あれ?(首をかしげる)」

滝「わたしは怖い顔なんてしませんよ」

橋本「これだから自覚のないヒトは困るなぁ。色んな学校の子に言ってるけど、僕、実はコンクールってあんまり好きじゃない。一生懸命やってるなら、金でも銀でもいいって思ってる。まあ、耳にタコかもしれないけど、音を楽しむと書いて音楽。金だの銀だの意識して、縮こまって、固くてジメジメした演奏になってたら意味がない!明るく・楽しく・朗らかに!はいっ、復唱!!」

部員たち「(おずおずと)明るく……」

橋本「ハキッと、明るく!」

部員たち「明るく・楽しく・朗らかに!」

橋本「はい。じゃあ気になった所を順番に言って行くと……。まずユーフォ!」

久美子「はっ、はいっ……」

橋本「ぜーんぜん音、聴こえてなかったけど?ホントに吹いてた?」

久美子「ふ、吹いてました」

橋本「1人だからかもしれないけど、音小さいな。いつもの上手い先輩は?ほら、赤メガネの」

久美子「あすか先輩は、その……」

卓也「(OFF)今日は欠席です」

橋本「(呆れた様に)この大事な時期に?ま、いいや。とにかく、もっとちゃんと鳴らさないと!」

久美子「はい。……クシュン(とクシャミ)」

橋本「(OFF)大丈夫?」

久美子「はい、ずびばせん(鼻声)」

 

一連のやり取りを見ていた滝が、あすかの空席を見やる。

 

◯教室(低音パート)

 

久美子が鼻をかむ音。ティッシュの箱を持った葉月が心配げに声をかける。

 

久美子「(鼻をかむ)」

葉月「おわっ、大丈夫?」

久美子「うん、鼻少し出るくらいだし……、ゴホンッ!」

緑輝「久美子ちゃん!」

久美子「ん?」

 

緑の声に振り向く久美子。緑が久美子の額に頭突き。

 

久美子「痛っ!!ぁ、なに?」

緑輝「久美子ちゃんの熱を測ろうとして!」

葉月「熱測る強さじゃないじゃん」

緑輝「少しやり過ぎました。(額に額を当てて)……あ、熱がありますね!」

葉月「本当?」

久美子「んー?えー、平気だよぉ……」

梨子「駄目だよ。今日は帰ったら?いま久美子ちゃんいなくなったら、ユーフォのコンクールメンバー1人もいなくなっちゃう」

卓也「だな。周りにうつす可能性もある訳だしな」

久美子「うーん」

緑輝「はい。ジャックは緑が片付けておきますから、帰る準備を」

久美子「うーん、ありがと……」

 

机に置かれた久美子のユーフォ。

 

◯渡り廊下(屋外)

 

練習をしている麗奈、久美子に気づき声をかける。

 

麗奈「久美子、帰るの?」

久美子「うーん、ちょっと風邪みたい……」

麗奈「大丈夫?一緒に帰ろうか?」

久美子「ううん、平気平気。うつすといけないし。じゃあ」

 

手を振り歩き去る久美子を麗奈が見やる。

 

宇治橋

 

川面に立つ白い鳥。橋の上を久美子が咳をしながら歩く。交差点の向こうから、葵が久美子に声をかける。

 

久美子「(タンが絡む咳)ゴホゴホ……。うーわ、本格的にヤバいかも……」

葵「久美子ちゃーん」

久美子「ん?……葵ちゃん」

 

手を振りながら横断歩道を渡ってくる葵、咳をする久美子に尋ねる。

 

久美子「コンコン……」

葵「風邪?」

久美子「んー、こじらせる前に帰って早く休めって、先輩にも言われて……」

葵「次は全国だしね、休んだ方がいい」

久美子「うん」

葵「それにしても、まさか全国行っちゃうなんてね……。あの先生、ホントに凄かったんだ……」

久美子「葵ちゃんは?勉強どうなの?」

葵「うん。この前も模試は合格判定だったけど、大切なのは本番だから」

久美子「頑張ってね」

葵「お互いに。じゃあ、わたしこっちだから……」

久美子「うん」

 

赤信号で立ち止まる葵に、久美子が尋ねる。

 

久美子「あ、そうだ」

葵「?」

久美子「葵ちゃんって、あすか先輩の家、行ったことある?」

葵「ううん、どうして?」

久美子「なんか誘われてて……」

葵「あすかが?全然そんなこと言うイメージないけど」

久美子「だよねぇ」

葵「何かあったの?そう言えばこの前、結構早い時間に帰って行くのを見たけど……」

久美子「うーん、なんかちょっと親と揉めてるっぽくて、部活も休んだりしてて……」

葵「あすかが?」

久美子「うん」

葵「……そうなんだ」

 

白い鳥が飛び立つ。葵の独白。

 

葵「あすかって、何でも上手くこなしちゃうから、そういうのとは無縁のヒトなんだと思ってたよ……」

久美子「……」

 

旋回する白い鳥。葵の話が続く。久美子が静かに反論。 

 

葵「揉めごと抱えるのは愚かなヒト、くらいに思ってるのかなって」

久美子「(OFF)……そんなこと無いよ」

葵「ぁ……」

久美子「そんなこと、無いでしょ」

 

葵が微笑んで言う。

 

葵「…………うん。でも、なんかホッとした」

久美子「……ぇ?」

葵「あの子も、ちゃんと人間だったんだね」

久美子「……」

葵「じゃあね」

 

立ち去る葵。

 

久美子「(ナレ)その笑顔は、冷たい氷を毛布で包(くる)んだ様な、とても不思議な笑顔だった……」

 

鳥のいなくなった水面。

 

CM(チューバを抱える梨子)

 

◯北宇治高校・正門

 

登校する生徒たちの情景。トロンボーンの音色が聞こえる。

 

◯廊下

 

上履きが並ぶ音楽室前の情景。

 

野口「(OFF)そこ、まだ速くないか?」

 

◯音楽室

 

野口が秀一にアドバイス。梨子が久美子の様子を尋ねる。

 

 

秀一「あ、すいません……」

梨子「(OFF)久美子ちゃんは?」 

緑輝「あぁ、今日は学校休みますって、さっき連絡来ました。ね?」

麗奈「うん……」

梨子「(OFF)やっぱり風邪だったんだね」

緑輝「ですね……」

 

麗奈が心配そうな顔で久美子の椅子を見やる。

 

◯職員室

 

滝と晴香が話をしている。

 

滝「(OFF)そうですか、黄前さんも……」

晴香「はい……。」

滝「分かりました。今日の合奏は、中川さんに入ってもらいましょう」

 

◯マンション

 

昼下がりの情景。明子の声。

 

明子「(OFF)肩、冷やさない様にね」

 

◯久美子の部屋。

 

ベッドで休む久美子。テーブルにお茶を置いて部屋を出る明子。

 

久美子「うん」

明子「お母さん買い物行ってくるけど、何か買ってきて欲しい物ある?」

久美子「プリン。抹茶じゃないやつ」

明子「うん」

久美子「お姉ちゃんは?」

明子「部屋にいるんじゃない?(ドアを閉める)」

久美子「(ため息)うぅーん」

 

ベッドの久美子、寝返りをうち、棚のCDを眺める。小学生時代の情景が脳裏をよぎる。

 

顧問「(OFF)久美子ちゃんは、なんの楽器がやりたいの?」

 

◯教室(金管バンド)・(回想)

 

小学4年生の久美子が、金管バンドの顧問の女性と話をしている。

 

久美子「あの、お姉ちゃんがトロンボーンをやっているので、わたしもそれがしたいです」

顧問「トロンボーンかぁ……」

 

顧問が見やる先には、トロンボーンパートの5人の子どもたちの姿がある。

 

顧問「ん……、(久美子に視線を戻し)ユーフォは?」

久美子「……ゆーふぉ?」

 

スタンドに立つ、シルバーのユーフォニアム。顧問がそれを久美子に持たせる。

 

顧問「(OFF)この楽器なんだけどね、キラキラしてて、カッコいいでしょ?」

久美子「……ゆーふぉー」

 

顧問が入門書とCDを手渡す。

 

顧問「はい。これが初心者用のガイドブック。あと、プロの人が演奏したユーフォのCD。家に帰ったら聴いてみて」

久美子「……はい」

顧問「じゃあまず、音の出し方からやってみようか」

子どもたち「はーい」

 

久美子が嬉しそうな鼻息。指で押さえた唇を上手に震わせる。

 

久美子「(鼻息)……、ブーーー」

子どもたち「(歓声)わぁ……、すげー」

顧問「おっ、上手、上手(と、拍手)」

久美子「(得意げに)えへ、お姉ちゃんが教えてくれたので(ニヒッと笑う)」

顧問「へえ、いいお姉ちゃんだね」

久美子「うん!お姉ちゃん、カッコいいんだあ……」

 

◯久美子の部屋

 

久美子が目を覚ます。テーブルの上のほうじ茶プリンの空き容器。スマホのタップ音に目を向けると、麗奈が窓際に座っている。

 

久美子「(OFF)…………麗奈?」

麗奈「……ぁ、起きた?」

久美子「ん、(身体を起こして)いつの間に」

麗奈「30分くらい前。寝てたから、起こすのも悪いかと思って……」

久美子「なんで?」

麗奈「なにが?」

久美子「なんで来たの?」

麗奈「お見舞い(レジ袋を見せる)」

久美子「あぁ、ありがとう……」

麗奈「電気、付けていい?」

久美子「うん」

麗奈「(立ち上がり)川島さんたちも来たがってたけど、練習終わったの遅かったから……」

久美子「緑ちゃん、家反対だもんね……、(明かりが付き)んっ」

 

麗奈がベッドの久美子の横に座る。

 

麗奈「これ(カプセルトイ)は川島さんから。プリンが加藤さん」

久美子「ありがとう。(嬉しそうに)これこれ。普通のプリンが食べたかったんだよ……」

麗奈「わたしからはこれ(進藤正和のアルバムを手渡す)」

久美子「このCD……」

麗奈「ユーフォの曲をって思ったんだけど……(棚を見やり)、持ってたね」

久美子「んーん、嬉しい。ちょうど聴こうと思ってたんだよね」

麗奈「(嬉しそうに)そうなの?」

久美子「うん」

 

ニコンポにCDがセットされる。やわらかなユーフォニアムの音色『北宇治四重奏

・第一番 ユーフォニアム』が流れる。目を閉じて聴く麗奈の横顔を見つめる久美子。

 

麗奈「いいよね……」

久美子「……うん」

 

久美子も目を閉じる。久美子を見やり微笑む麗奈。再び目を閉じて言う。

 

麗奈「なんか、あすか先輩の音に似てるかも」

久美子「やっぱり!わたしも思った。……ん(CDを手に取る)」

 

CDジャケット、進藤正和の名前を見る久美子。突然ドアが開き、麻美子が入ってくる。

 

麻美子「(怒気を含み)久美子、(麗奈に気づきトーンダウン)ぁ、お客さん?」

麗奈「……(ペコリと頭を下げる)」

麻美子「悪いんだけど、CD止めてくれない?」

久美子「どして?」

麻美子「聴きたくないの。嫌いだから」

 

麻美子がCDを取り出し、久美子に渡す。

 

麻美子「はい」

 

出ていこうとする麻美子に久美子が言う。

 

久美子「だったら……、(大きな声で)だったら続けたかったなんて言わないでよ!」

麗奈「(ハッとする)」

久美子「吹奏楽、嫌いなんでしょ?だったらあんなこと言わないでよ!今になって、続けたかったなんて言うの、ズルいよ!?」

麻美子「(小さく)うるさい……」

久美子「お父さんとお母さんに学費も、アパートの家賃も出してもらって大学行ってるんだよ?なのに、我慢してたなん……」

麻美子「(絶叫)うるさいっ!!」

久美子「(ムッ)……」

麗奈「(ビクッ)……」

麻美子「(弱々しく)あんたに、わたしの気持ちなんて分かる訳ない」

 

強くドアを閉めて、麻美子が出ていく。

 

麗奈「……大丈夫?」

久美子「ごめん……」

麗奈「ううん、大丈夫」

久美子「訳分かんないよね……」

 

麗奈が立ち上がり、久美子の肩にカーディガンをかける。

 

麗奈「……冷えるよ」

久美子「うん……、ありがと」

 

ベッドに置かれたCDジャケット。

 

◯エレベーター

 

階数表示が1階を示す。

 

◯マンション・エントランス

 

麻美子がマンションを出ようとする。秀一がドアを開けて麻美子に気づく。

 

秀一「あ、麻美子さん」

麻美子「ん、秀一?」

秀一「どうも。ご無沙汰してます」

麻美子「背ぇ伸びたね。カッコいいよ。モテるでしょ?」

秀一「あ、いや、そんな(照れる)」

 

◯エレベーター

 

階数表示が1階を示す。ドアが開き、麗奈が降りてくる。

 

◯マンション・エントランス

 

マンションを出ようとした麗奈、秀一と麻美子に気づいて、隠れる。

 

秀一「あのー、久美子は?」

麻美子「あぁ、起きてるよ。インターホン押せば出てくると思う。友だちもいるし」

秀一「友だち……」

麻美子「じゃ」

 

出ていく麻美子に秀一が声をかける。

 

秀一「あの……」

麻美子「ん?」

秀一「麻美子さん、俺たちの演奏、聴きに来てくれた事ありました?」

麻美子「なんで?」

秀一「1度聴いて欲しいなって思って。関西大会の演奏とか、自分たちでもびっくりするくらい良かったんで。ほら、次全国だし」

麻美子「(フッと笑い)名古屋まで来いって言うの?」

秀一「そっか、ですよね」

麻美子「……」

秀一「でも、久美子、1度くらい麻美子さんに聴いてもらいたいんじゃないかって」

麻美子「……(ハッとする表情)」

秀一「ほら、あいつ麻美子さんに憧れて吹奏楽始めたんだし」

麻美子「わたしに……」

 

柱の影で立ち聞きする麗奈。秀一の声が届く。

 

秀一「いつも言ってませんでしたっけ?上手くなって、いつか一緒に吹くんだって」

 

麻美子が昔のことを思い出す。

 

◯麻美子の部屋(回想)

 

パジャマ姿の幼い久美子が麻美子にねだる。

 

麻美子「今?」

久美子「うん、ちょっとだけ……」

麻美子「うるさいから駄目」

久美子「ん……(落胆)」

 

◯麻美子の部屋(回想)

 

麻美子の手が楽器ケースを開ける。久美子の嬉しげな表情。

 

久美子「吹いてくれるの!?」

 

◯麻美子の部屋(回想)

 

マウスピースで音を鳴らす久美子。

 

◯麻美子の部屋(回想)

 

ドアを開けて久美子が入ってくる。

 

久美子「お姉ちゃん」

 

宇治川沿いのベンチ(回想)

 

桜の花びらが舞うベンチ。久美子の横でトロンボーンを吹いて見せる制服姿の麻美子。

 

宇治川沿いのベンチ

 

穏やかな宇治川の流れ。落葉が舞う夜のベンチ。座っている麻美子がつぶやく。

 

麻美子「忘れた……」

 

◯マンション外観

 

夜の情景。

 

◯久美子の部屋

 

麻美子が静かにドアを開ける。久美子が目を覚ます。

 

久美子「ん…………、なに?」

麻美子「CDない?」

久美子「なんの?」

麻美子「……あんたが吹いてるやつ」

久美子「んー?(首をかしげる)」

 

◯北宇治高校・正門

 

放課後、下校する生徒たち。

 

久美子「(ナレ)翌日……」

 

◯音楽室

 

音楽室のプレート。復帰を喜ぶ低音パートのメンバーたち。

 

久美子「(ナレ)熱の下がったわたしは、再び練習に戻り……」

 

梨子「おお、復活だね」

夏紀「もう平気なの?」

久美子「はいっ!」

 

(時間経過)練習が終わり、滝が生徒たちに告げる。

 

滝「では、本日の練習はこれで終了しますが、1つ皆さんにお話があります。田中さんが今週末までに、部活を続けていくことのできる確証が得られなかった場合、全国大会の本番は中川さんに出てもらうことにします」

香織「ぁ……」

 

衝撃を受ける部員たち。空席のあすかの椅子。

 

久美子「(ナレ)そして、次の曲が始まるのです」

 

つづく

 

ED