響け!ユーフォニアム 第二回 「よろしくユーフォニアム」 シナリオ抜き書き

響け!ユーフォニアム 第二回 「よろしくユーフォニアム

脚本 花田十輝 絵コンテ・演出 石原立也

 

(プロローグ)

 

麗奈「悔しい……」

久美子「えっ?」

麗奈「悔しくって死にそう」

あすか「輝かしいみなさんの入学を祝して」

久美子「駄目だこりゃ」

緑輝「吹部、一緒に入りませんか?」

 

OP

 

〇北宇治高校・廊下の手洗い場

 

手を洗う麗奈に恐る恐る近づく久美子。扉の影から葉月と緑が見守る。

 

~久美子の空想~

 

久美子「やぁ、麗奈ちゃん!中学のときは色々あったけど、高校ではよろしくねぇ」

麗奈「そうね、仲良くやりましょう」

 

握手&ハグする2人

 

久美子「ハグっ」

麗奈「ハグぅ」

 

(空想おわり)

 

緊張のあまり、鼻息を荒くする久美子。

 

緑輝「不自然です。完全に変質者です」

葉月「(こちらを振りかえる久美子に)なにやってんの?行け行けっ!」

緑輝「久美子ちゃん、ファイトですぅ!」

久美子「(覚悟を決めて)あの、高坂さん……あぁ」

 

気付かず歩み去る麗奈。ホッとする久美子に、葉月ら駆け寄る。

 

久美子「ホッ……」

葉月「なにホッとしてんのさ」

緑輝「今日こそ高坂さんと話すって言ってたじゃないですか」

久美子「うーん、分かってるよぉ。今日の部活の時、話しかけてみるよ」

葉月「昨日もそう、言ってたでしょ!」

 

そう言うと葉月、久美子の背中をグイグイと押す。

 

久美子「え、ちょっと、葉月ちゃん!?」

葉月「行け!久美子!とぅ」

久美子「(ズザーとこけながら)うわぁー」

麗奈「どうしたの?大丈夫?」

久美子「(立ち上がって)アハハハ、ダイジョウブダヨー」

麗奈「ホントに?」

久美子「全然、大丈夫ー」

麗奈「そう」

 

いぶかしげな麗奈の背後で手を合わせて謝る葉月。立ち去る麗奈を見送る久美子たち。

 

久美子「(ナレ)入学式から2週間、わたしはまだ高坂さんと話せずにいた」

 

タイトル 「第二回 よろしくユーフォニアム

 

〇1-3教室内

 

窓際の久美子たち。先程の反省会を開いている。

 

久美子「(落ち込んで)あー、絶対変だって思われてる」

葉月「(あきれて)ちゃんと話さないからでしょ?」

久美子「葉月ちゃんのせいじゃんか」

葉月「わたしと緑が間に入ろうか?久美子が昔のこと謝りたいって、高坂さんに話せば」

久美子「わたしが謝るのかぁ……」

緑輝「違うんですか?」

久美子「うーん、確かに言わなくてもいい一言だったのかもしれないけど、あの時ホンキで全国に行けるって思ってた子は少なかったと思うんだよね。泣いて悔しがる方が珍しいっていうか……」

葉月「じゃあ、むしろ気にすることじゃないじゃん」

久美子「あ、うん。そっか(笑顔になって)そうだよね」

緑輝「なんとかなりそうですね」

久美子「(ふたたび落ち込み)でもなぁぁぁ」

葉月「めんどくさ!」

 

〇廊下

 

話しながら並んで歩いてくる葉月・緑・久美子

 

久美子「そういえば、楽器決めるのって今日だっけ?緑ちゃんはコンバス続けるの?」

緑「もちろんです!」

久美子「そんなに好きなんだ、コンバス

緑輝「そうですね。……強いて言うなら、命、かけてます!」

葉月「言い切った!」

 

〇階段

 

踊り場まで上ってくる三人

 

緑輝「久美子ちゃんは、やっぱりユーフォですか?」

久美子「え、なんで?」

緑輝「なんで?って」

久美子「あ、そうか。わたしだって別の楽器、希望してもいいんだよね」

葉月「そりゃ、そうじゃない?」

緑輝「変えるんですか?」

久美子「うん、それもいいかなぁ。わたし、もともとはトロンボーンやってみたかったし」

 

〇回想(小学校時代の金管バンドクラブ)

 

教室内の久美子たち。久美子だけ手に楽器を持っていない。

 

教師「ユーフォニアムがいません。希望する人、いませんか?」

久美子「……ぇ?」

 

〇階段

 

踊り場で立ち話を続ける久美子たち。

 

久美子「……それで、ユーフォニアムになって。それ以来、ユーフォって希望者が少ないから、なんとなく中学もそのまま続けてきちゃったんだよねぇ」

緑輝「じゃぁ、トロンボーンですか?」

久美子「それか、サックスもいいかも」

葉月「トランペットは駄目だよ!わたしがやるから。マウスピースも買ったし」

久美子「あっ、それ……」

葉月「さっ、行くよ!(と階段を駆け上がる)だっはっはぁ」

久美子「緑ちゃん、教えてなかったの?」

緑輝「久美子ちゃんだって……」

 

〇音楽室

 

部員たちの前で、副顧問の美知恵が話している。

 

美知恵「新しく顧問になる滝先生が明日からいらっしゃるので、詳しいことはその時に聞くように。では高校生らしい態度と、高校生らしい服装で(前方の岡本をにらみながら)、今後も部活に励むように。以上だ」

 

スカート丈を戻す岡本。美知恵が音楽室から出て行き、室内の空気が緩む。

 

葉月「美知恵先生が副顧問だったとは……」

緑輝「びっくりしましたね」

久美子「滝先生って、どんな人なんだろうね」

 

部長の晴香が手をたたきながら中央に歩み出る

 

晴香「はーい、じゃぁ、楽器の振り分けに移ります。わたしは部長の小笠原晴香です。担当はバリサクなんで、サックスパートの人は、関わることも多いと思います。じゃぁ……」

あすか「はいっ、はーい。低音やりたいひとっ?」

晴香「まだ早い。(咳ばらいをして)じゃぁ、初心者もいると思うのでまずは楽器の説明をしていきます。そのあと各自、希望の楽器の所へ集まってください。ただし、希望が多い楽器は選抜テストになります」

葉月・緑輝「(気合いが入る)」

晴香「じゃぁ、まずトランペット」

 

紹介を受けて、トランペットパートリーダーの香織が歩みでる。

 

香織「トランペットパートリーダー中世古香織です」

部員たち「(拍手)」

優子「きゃぁぁぁ!香織先輩、今日も超美人っ!」

加部「(からかうように)ライバル増えるよー。絶対、1年にも人気でるもん」

香織「トランペットは金管の中でも花形です。ソロやメロディーが多いし、きっと楽しいと思います。いまこのパートは5人いて仲も良いので、是非みなさん希望してくださいね」

部員たち「(拍手)」

晴香「では次……」

野口「トロンボーンはぁ……」

鳥塚「木管楽器のなかでも……」

姫神「その音色の美しさは……」

田邊「結構ストレス発散にもなったりしてぇ……」

晴香「よくテレビで見る人も多いと思います……(時間経過)では次」

あすか「はいっ、はい!低音パートリーダー兼副部長の田中あすかです。楽器はユーフォです」

中野「UFO?」

高野「楽器の名前かなぁ?」

葉月「(自慢げに)ぅんっ!ユニフォームのことだよ」

久美子「ユーフォニアム

葉月「あっ、ぅう」

久美子「ていうか、わたしがユーフォニアムやっていたことは秘密ね」

葉月「え?なんでなんで?」

久美子「その方が他の楽器に移りやすいでしょ?」

 

前方ではあすかの楽器紹介が続いている。

 

あすか「ユーフォニアムっていうのは、ピストンバルブが装備された変ロ調チューバのことを指します。この楽器の起源ははっきりしませんが、ゾンメロフォンという楽器を基に改良が加えられ一般に使われるようになった説や、サクソルン属の中のピストン式バスの管を拡げてイギリスで……」

晴香「(たまりかねて)ストーップ!その話、どれくらい続くの?」

あすか「ふふん(と、ビッチリ印刷されたA4の紙の束を晴香に見せる)」

晴香「(あきれて)はい、次」

あすか「えー、まだおさわりだよお。3行目だよ!?」

晴香「次、チューバ……」

卓也「チューバ担当の後藤です。チューバは低音で、メロディーがあんまりなくて、あと重いです(ぺこりと頭をさげる)」

晴香「えぇ?終わり!?」

卓也「はい」

あすか「ちょっと後藤、それじゃぁチューバの魅力が全然伝わってないよ!代わりにこの田中あすかが……」

晴香「はいはい、あすかは黙っとく」

葉月「(それを見て)チューバは無しだな」

久美子「うん」

晴香「……それから、低音パートにはコントラバスという楽器があるんですが、残念ながら今は演奏者がいない状況です。この中に誰か……」

 

晴香とあすか、挙げられた手に気付く。緑がまっすぐ手を伸ばしている。

 

あすか「おぉ、もしかしてコンバス経験者?」

緑輝「はい。聖女でやってました」

部員たち「(ざわめき)」

晴香「聖女って、あの聖女?」

あすか「やった!」

葉月「(一連のやり取りを聞いて、久美子に)聖女ってすごいの?」

久美子「うん。お嬢様学校で、吹奏楽の強豪だよ」

あすか「(緑の手をとり)やってくれる?」

緑輝「その言葉を待ってました」

あすか「気に入った!(晴香に)ということで、この子はわたしがもらったから」

晴香「本当は希望を取ってからだけど、まぁいいわよね」

あすか「やったぁ。(緑を麗しく見つめ)カモナ・ベイビー、コンバスちゃん。今日から君は僕のものだよ」

緑輝「よろしくお願いします」

晴香「(手を叩いて)じゃぁみんな、それぞれ希望の楽器のところに並んでください」

葉月「じゃぁわたし、トランペット行ってくるね」

 

各パートで楽器紹介が始まっている。

 

サックスパート

 

晴香「指の運びはリコーダーに……」

 

フルートパート

 

高橋「どう持つんですか?」

渡辺「それはね……」

雑賀「ドからレに移る時って……」

 

低音パート

 

久美子「じゃぁ、わたしトロンボーンに行ってくるね」

緑輝「はい」

あすか「(久美子の背後に近づき)うちのパート、サファイアちゃん以外、まだ一人も希望者来てないんだけど……」

久美子「うっ(びっくりしつつ)、あぁ、どうも」

あすか「うちのパート、サファイアちゃん以外、まだ一人も希望者来てないんだけど……」

久美子「(楽器をチラリとみて心の中で)(低音パート……)」

あすか「うちのパート、サファイアちゃん以外……」

久美子「(引きつつ)あ、あの、なんで3回も言うんですか?」

あすか「(あきれたように)君、にぶいのかにゃぁ?わたしは勧誘しているのだよ、君のこと」

久美子「わたしですか?」

あすか「そう、君。絶対ユーフォニアムが似合う!そんな顔してる!」

久美子「どんな顔ですか!?」

あすか「一言で言うと地味!もちろん良い意味で」

久美子「(目をうるませて)意味わかりません!」

あすか「やってみない?ユーフォ。ねぇ、サファイアちゃん」

緑輝「緑は低音に知っている人がいると、嬉しいですけど」

あすか「ほら、ね?」

久美子「いや、わたしトロンボーン希望だし。ユーフォとかやったこと……」

緑輝「えっ?」

久美子「っ、っ!(と緑に目くばせ)」

緑輝「あぁ。(察して)そうですね。やっぱり希望する楽器になるのが一番かと思います」

あすか「えぇー、しょうがないなぁ」

久美子「そ、それじゃぁ」

 

立ち去ろうとした久美子の後ろで、トランペットの音が響き渡る。

ハッとする久美子。その力強い音色に上級生たちも驚きの表情を浮かべる。

久美子が振りかえると、トランペットパートで麗奈が試奏をしている。

 

クラリネットパート

 

越川「(気を取り直して)で、そのリードっていうのは消耗品だから、個人で買ってもらわないとかな……」

田中「(同じく、我に返って)でね、その細い金属の部分は強く握らないようにして……」

 

トランペットパート

 

麗奈「これでいいですか?」

香織「(ハっとして)うん(と微笑む)」

晴香「高坂さん上手ねぇ、中学は?」

麗奈「北中です。あと、部活のほかに教室にも通っているので」

晴香「それでかぁ。ちょっとびっくり」

麗奈「褒めてくださってありがとうございます。嬉しいです」

 

低音パート

 

あすか「(久美子に)ちょっと」

久美子「ぁはい」

あすか「あのチューバのマウスピースを持ってる子は何?(と葉月を指さす)」

 

トランペットパート

 

葉月、手持ちのマウスピースがトランペットに挿さらず困惑している。

 

葉月「なんか小さい?」

吉沢「持っててあげる」

葉月「あ、お願い……」

 

低音パート

 

久美子「あぁ。あれ、トランペットのと間違って買っちゃったんです」

あすか「なんと」

緑輝「中学の時はテニス、やっていたそうです」

あすか「ほーん」

 

トランペットパート

 

音が出ず顔を真っ赤にして苦戦する葉月に、香織がやさしく声をかける

 

香織「頑張って!唇をふるわせるの」

葉月「プハッ!そんなこと……、言ったって……」

 

低音パート

 

あすか「よしよし、肺活量はバッチしだな。川島サファイア!」

緑輝「緑です……」

あすか「あの子連れてきて。トランペットはもういいでしょ」

緑輝「はい!」

久美子「どうするつもりですか?」

あすか「あの子がチューバやってくれたら、君もユーフォやりたくなるかなぁって」

久美子「んん~……」

緑輝「連れてきました!」

葉月「何なに?わたしもう少しで音、出そうだったんだけど」

あすか「待った!君はまだ知らないかもしれないけど、人と楽器は男と女のように赤い糸で結ばれているのだよ」

葉月「そうなんですか!?」

久美子「そんなこと、初めて聞きまし……」

あすか「シャラーップ!君の運命の相手は、君自身が買ったそのマウスピースが決めてくれる。それって素敵じゃない?」

葉月「これが……。(パぁっと顔が輝き)本当ですか?」

あすか「もちろん!さぁ、ここにある楽器たちにそれを挿してみて」

葉月「色々な楽器にマウスピースを挿そうとして)うーん、少しきつい。うーん、これもダメ。……おっ!?(チューバにマウスピースが挿さり)おぉぉ」

 

 (インサート)ガラスの靴をはくシンデレラ葉月。

 

葉月「こ、これはっ!?」

あすか「そう、それが君の運命の相手だよ!その名はチューバ君!!」

葉月「チューバ君!」

緑輝「チューバ君!」

久美子「(うひゃー、駄目だここにいると強引に巻き込まれる。)じゃぁわたし、あっち見てきまーす」

あすか「あぁ、ちょっとー」

 

トロンボーンパート

 

トロンボーンパート希望の新入生の列に並ぶ久美子。

 

久美子「(トロンボーンだ)」

秀一「なんだ、やっぱり吹部にしたんだな。」

久美子「(横に立つ秀一を見て)げっ、秀一。なんでここにいるの?あんたホルンじゃないの?」

秀一「高校になったし、変えようかなーと思って」

久美子「わたしは別に……」

葵「久美子ちゃんと、秀一くん?」

久美子「はい?」

葵「久しぶりー」

 

 (インサート)回想・小学校時代、久美子とブランコで遊ぶおさげの女の子

 

久美子「葵ちゃん……」

葵「やっぱりだー。何だ、2人ともこの高校だったんだ」

秀一「ごぶさたです」

あすか「何なに?葵、知ってるの?」

葵「黄前久美子ちゃんと、塚本秀一くん。近所に住んでて、小学校の頃よく遊んでいたの」

あすか「ふーん」

葵「ああ、低音に欲しいよね。小学校の頃からユーフォだもんね、久美子ちゃん」

久美子「ふぁっ……」

あすか「えっ!?はっはーん。(あすか、久美子の肩にがっちり手をまわし)お姉さんとちょーっとあっちで話そうか?」

久美子「……はぃ」

 

何が起きたかよくわかっていない葵に、久美子が恨み言。

 

久美子「(OFF)もぅ、葵ちゃんのせいだよぉ」

 

宇治橋

 

橋を渡り帰路につく久美子と葵

 

久美子「結局、ユーフォによろしくだよぉ」

葵「ふふ、知らないよ。そんなの」

久美子「葵ちゃん、北高だったんだね。全然知らなかった」

葵「本当は堀山高校に行きたかったんだけど、滑っちゃってね……」

久美子「そう……なんだ。って、先輩なのにわたしタメ口でいいのかなぁ?」

葵「わたしはいいけど、学校では敬語の方がいいかな」

久美子「うん、分かった。……葵ちゃん、高校でもテナーサックスなんだね」

葵「うん。でも特にこだわりがあるわけじゃないよ(と、下を向く)」

久美子「下を向く葵をいぶかしんで)ぁ……」

葵「わたし、塾があるからここで。じゃあね」

久美子「うん……、また明日」

 

横断歩道を走って渡る葵。その背中を見送る久美子。

 

CM(ダブルリードパートの部員たち)

 

〇音楽室~廊下

 

合奏練習のため、机の運び出しを行う久美子たち

 

久美子「部活前の机の運び出しは1年生の役割なの。終わったらまた元に戻す。吹奏楽部の基本だよ。ね、緑ちゃん」

緑輝「聖女は専用のホールがあったので、やったことないですぅ」

葉月「さっすがお嬢様学校だねぇ」

久美子「わたしは毎日だった……っあ(麗奈とぶつかりそうになる)。あぁ」

葵「(机を重そうに持ったまま)ちょっと、どいてくれない?」

久美子「あっ。ご、ごめん!」

葉月「(それを見て)もう、ねぇ高坂さん」

久美子「葉ー月ちゃん!(葉月の口を押さえて)しーっしーっ!」

葉月「何なに?」

 

と、準備室の扉が開いて滝先生が出てくる。

 

滝「おや、準備できましたか?(うずくまる久美子たちを見て)大丈夫ですか?」

久美子「あ……、すいません」

葉月「大丈夫です」

滝「初めまして、顧問の滝です。よろしく(と優しげに笑う)」

久美子&葉月「よろしくお願いします!」

 

〇音楽室内

 

部員たちの前に滝。挨拶をしている。

 

葉月「(ひそひそと)結構イケメンだよね」

久美子「(ひそひそと)そう?」

滝「新入部員が22名ですか。これで欠けていた楽器も埋まりますね」

晴香「はい。コントラバスは聖女でやっていた子が入部してくれました」

滝「それは良かった。(生徒を見渡して)では、部活を始めるにあたって、最初にわたしから話があります。(黒板に向かって何か書き始める)わたしは生徒の自主性を重んじるというのをモットーにしています。ですので今年1年指導して行くにあたって、(黒板とチョークがこすれる)おっと失礼。まず皆さんで今年の目標を決めて欲しいのです」

 

黒板には「全国大会出場」の文字

 

滝「これが、昨年度の皆さんの目標でしたよね?」

 

麗奈の方を見やる久美子。手前では上級生が軽口を叩いている

 

岡「頑張ってはいるんだけどねー」

 

反応の鈍い生徒を見回す滝に、晴香が遠慮がちに声をかける。

 

晴香「あの先生、それは目標というかスローガンみたいなもので」

滝「なるほど。では、これはなかったことにしましょう(と、×印を書く)」

 

それを見て、久美子の表情が陰る。

 

滝「では、決めてください。わたしはそれに従います」

晴香「決めるっていうのは?」

滝「そのままの意味ですよ。皆さんが全国を目指したいと決めたら、練習も厳しくなります。反対に楽しい思い出を作るだけで十分というなら、ハードな練習は必要ありません。わたし自身はどちらでも良いと考えていますので、自分たちの意思で決めてください」

晴香「わたしたちで決めるんですか?」

滝「そう言ったつもりですが?」

晴香「あ、ぅ……(と、あすかを見やる)」

あすか「わかった。わたし書記をやるから、多数決で決めよ」

晴香「多数決?」

あすか「こんだけ人数いて、他に決めようないじゃない?いいですよね、先生」

滝「どうぞ。みなさんの納得のいく様にしていただければ」

あすか「ほら」

晴香「(部員たちを見て)それでは多数決で決めたいと思います」

久美子「(……まずい、どうしよう)」

晴香「えーっと、まず全国大会出場を今年の目標にしたいという人」

 

続々と周りが手を挙げる中、決断できずあせる久美子、周囲を伺う。

 

 (インサート)中学時代の泣き顔麗奈・回想

 

久美子「(どう……しよう)」

 

横を見ると麗奈は真っすぐ手を挙げている。

数えるあすかと、見渡す晴香の2人。

 

晴香「では次に、全国まで目指さなくてもいいと思う人」

 

うつむいていた久美子、周囲のざわめきに顔を上げる。と、葵が手を挙げている。

 

久美子「(葵ちゃん……)」

晴香「(ハッとするも持ち直して)はい。多数決の結果、全国大会を目標に活動して行くことになります」

滝「ご苦労様。(中央に歩み出て)反対の人もいましたが、いま決めた目標は皆さん自身が決めたものです。私はその目標に向かって力を尽くしますが、努力するのは皆さん自身。そのことを忘れないでください。分かりましたか?」

生徒達「(1人だけ)はい」

滝「なにをぼぉっとしているのです?返事は?」

生徒たち「(まばらに)はいっ」

 

滝がおもむろに手を叩き、はっとする生徒たち。

 

滝「(少し大きな声で)もう一度言います。皆さん、わかりましたか?」

生徒「はいっ!」

 

〇通学路

 

お茶畑のわきを久美子・葉月・緑の3人が歩いてくる。

 

緑輝「久美子ちゃん、さっきどっちにも手を挙げませんでしたね?」

久美子「うーん」

葉月「そうだったの?」

緑輝「どうしてです?」

久美子「だって、嫌じゃない?ああいうのって」

緑輝「ああいうのって?」

久美子「全国大会か?楽しければいいか?なんて選択肢」

緑輝「それで手を挙げなかったんですか?」

 

〇電車、車内

 

窓際に1人立つ久美子。

 

緑輝「(OFF)わたし、久美子ちゃんが手を挙げなかったの、高坂さんのことがあったからだと思いました」

 

(インサート)先ほどの通学路での会話

 

緑輝「どっちに手を挙げても、高坂さんにどう思われるのか、気にしているのかなぁ?って」

 

宇治川沿いのベンチ

 

ベンチに座っている久美子、頭を抱える。

 

久美子「あぁー、わたしの馬鹿!なに質問のせいにしてんのよぉ。緑ちゃんの言う通りだよぉ。高坂さんが怖かっただけじゃん」

 

 (インサート)中学時代の泣き顔麗奈(モノクロ)

 

久美子「引きずってるなぁ……」

葵「久美子ちゃん?」

 

声がして振りかえると、葵が立っている。

 

葵「そっか、そんなことがあったんだね」

久美子「わたし、きっとどこかで自分は悪くないって思ってるんだよ。だから謝るのも嫌で、だったら気にしなきゃいいのにそれも嫌で……」

葵「高坂さんに、わたし悪くないって言いたいんだ」

久美子「えっ?」

葵「違う?」

久美子「うーん……、そうかも」

 

カラスノエンドウで草笛を吹く久美子。「プー」と音が鳴る。

 

葵「鳴るねぇ」

久美子「一応。吹奏楽部なので。って、吹奏楽関係ないけどね」

 

葵もベンチから立ち上がり、久美子の傍らで草笛を吹き始める。

 

葵「気持ちはわかるよ。うちの部だって去年も一昨年も、目標は全国大会って書いてあったけど、本気で目指してるひとなんていなかったんじゃないかな」

久美子「だよねぇ……。でも今日みたいに聞かれたら、全国大会目指すっていう方に手を挙げるでしょ?」

葵「そりゃあ、ねぇ」

久美子「だからややこしくなるんだよ。大人はずるいよ」

葵「それ言ったら、どっちにも手を挙げなかった誰かさんが一番ずるいんじゃない?」

久美子「それは……、そうだけど」

葵「きっと、そうするしかないんだよ。みんな、なんとなく本音を見せないようにしながら、一番問題の無い方向を探ってまとまって行く。学校も吹部も、先生も生徒も」

久美子「どうして?」

葵「そうしないと、ぶつかっちゃうからだよ。ぶつかって、みんな傷ついちゃう」

久美子「葵ちゃん」

葵「ん?」

久美子「じゃぁ、なんで葵ちゃんは手を挙げたの?全国行くか聞かれた時に」

葵「そうねぇ……、アリバイ作りかな?」

久美子「アリバイ?」

葵「わたし、そろそろ行くね」

 

草笛を捨てて、カバンを手に取った葵、久美子の方を振り向く。

 

葵「久美子ちゃんも気を付けた方がいいよ」

久美子「?」

葵「3年なんて、あっという間だから」

 

葵を見送る久美子

 

久美子「(ナレ)わたしはその言葉が何を意味しているのか、葵ちゃんがその時どんな思いでいたのか、全く知らなくて。きっと、わたしの背中を押そうとしてくれているんだと思って」

 

〇北宇治高校・廊下の手洗い場

 

手洗い場でマウスピースを洗う麗奈。その背後で久美子たちが様子を伺う。

 

緑輝「久美子ちゃん、やるしかないんですよ」

久美子「ん」

葉月「おぉ」

 

麗奈に近づく久美子、振り向く麗奈に緊張しつつ……。

 

久美子「あっ、えへへへヘ……」

麗奈「(いぶかしげに)ん?……高校もユーフォだね」

久美子「そう……だよ」

麗奈「そっか」

 

それだけ言って立ち去る麗奈。見送る久美子。

 

久美子「(ナレ)交わした言葉はそれだけで、でも何故かわたしはホッとした」

 

〇音楽室

 

吹奏楽部員たちが座っている。扉が開き、部員たちが振りかえると滝が入ってくる。

 

久美子「(ナレ)そして……」

滝「練習を始めましょうか(と微笑む)」

 

久美子「(ナレ)次の曲が始まるのです」

 

つづく

ED